#DOWN

決意 ―背神者たちの〈追走〉―(5)

 この、常に騒がしい、客のほとんどが男らしいギルサーの酒場は、一見、少女には似つかわしくないように見える。それでも、彼女がここに通っているということからすると、周囲の喧騒もそれほど嫌いではないらしい。
 食事を終えると、四人は席を立つ。
「気をつけてな」
 カウンターの奥で忙しそうなマスターと、テーブルからカウンターに戻ったジルの声を背に、少女たちは、賑やかな酒場を出ていく。
「まったく……無茶をするもんだな」
 食器を盆の上にまとめながら、マスターは溜め息混じりに言う。
 啓昇党のような、特定の思想のもとに集う者たちは、多くの一般人には一種の脅威だった。それも、クラッカーと多くのパイプを持っているという噂もある、大きな組織は。
 クレアトールもついているとはいえ、その中心部に、少女たちが簡単に出入できるとは思えない。
「ま……大丈夫だろ。あいつなら上手くやるさ」
「あいつって、リルちゃんかい?」
「ああ。いつも、あいつの行動だけは、このオレでも完全にはつかめねえ。オレの追跡を簡単にまくなんて、タダ者じゃない」
 いつになく静かな口調で言い、ジルはもらったばかりの酒瓶を傾け、紫色の液体をコップに注ぐ。
「つい先日も、一日の行動を追ってみようとしたら、昼食の後すぐに見失ったぜ」
「ジル、お前……」
 マスターの目が、見開かれた。
 いつの間にか他の客たちも静まり返り、次に外に出されることばを、じっと待ち受けているかのようだ。
「それじゃ、ストーカーじゃないか」
 その、マスターのことばが合図だったように――
「ジル、何やってんだ!」
「抜け駆けしやがって、このやろ!」
 口々にわめきながら、周囲のテーブルにいた男たちが同時にジルに詰め寄り、持っていたカップの中身をぶっかける。
「本当に、無事で帰ってきてくれよ……」
 寄ってたかってジルを潰しにかかっている男たちの横で、マスターは食器を片付けながら、もう一度、少女たちが出て行ったドアを見た。
 ジルがメモに記したルートは、かなり入り組んだものだった。
 少女たちはVRGの違う出入口を何度も通過し、ギルサーの酒場のような個人の設定した空間や、管理局により設置された大小さまざまなワールドをいくつも通り抜け――少しづつ、確実に目的地に近づいていく。
「これじゃあ、後でシュメールや管理局に行くのも、骨が折れそうだねえ」
 レグナム公園と呼ばれる、桜の花びらが舞う中にいくつもの東屋が並ぶ公園で、四人は休憩を取った。
 ルチルは、四角いテーブルを囲むように配置された木のぬくもりを感じる簡素な長椅子に、半ば寝転ぶように身を預けている。
「ねえ、あのジルとかいう情報屋に、シュメールへの道を聞いといたほうがよかったんじゃない?」
「さらに代償が必要だったかもしれないけど」
 リルはテーブルの上に布を敷き、酒場からのルートの途中にあった店で買った饅頭や菓子を並べた。
「あなたの記憶を差し出すなら、それも良かったかもね」
「やだわリルちゃん、ゼーメルまでの行き方がわかれば充分よぉ。やっぱり、自分が行きたい道は自力で見つけないとねえ」
 冷汗をかき、わざとらしく猫撫で声を出しながらも、赤毛の少女の手は嬉々として饅頭を取る。
「大丈夫ですよ。教会で行き方を聞けるでしょう。クレオも、主なルートは知っていたようですし」
 腕を組み、目を閉じた少年が、静かな声で言う。
 リルがレイフォード・ワールドからギルサーの酒場への帰り方を知っていたのも、クレオに聞いていたからだった。
 あの少年が、自分でレイフォードと酒場の間のルートを調べ上げたとは考えにくい。セルサスの能力の一部を手中に納めた啓昇党の一員として、ルートを知らされていたのだろう。
「なるほど……そういうことか」
 饅頭と同じく、リルが懐から出して紙コップに注いだジュースをすすり、ルチルは納得した。内心、教会から脱出できなくなることを心配していたのだ。
 自らものほほんと菓子を口にしながら、彼女はテーブルを囲む面々を密かに見渡した。
 彼女の左前の椅子に座るリルは菓子をつまみながら、メモを確認している。向かいのステラは、まるで初めて触れるような様子で饅頭や菓子をこねくり回し、ひとつひとつ確かめるように口に含んでは、幼子のように嬉しそうな笑顔を見せていた。右前の席のシータは、何かを考え込んでいるか、瞑想しているようにも見える。
 虫をも殺さぬ弱々しいメンバーに見えて、一筋縄ではいかないメンバーだ。
 今までの様子を見て、彼女はそう評価していた。このメンバーなら、啓昇党の狙いを阻止することができるかもしれない、と。

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