#DOWN
決意 ―背神者たちの〈追走〉―(6)
「啓昇党について、どこまで知っていますか?」
突然の、心を読んだようなシータのことばに、ルチルは菓子を落としかけた。
少年は、目を閉じてうつむいていた。ルチルからは、その表情はうかがい知れない。
「仮想現実での人類の進化をめざす思想集団。同じような団体の中ではかなり大きいほうで、黒い噂もある。実際、クラッカーを何人も雇ってるみたい」
リルが淡々と、事務的な口調で説明した。ごく一般的な、啓昇党に対する情報だ。
少し間をおき、それに、彼女はいくつか付け加える。
「啓昇党を統べる者を、その思想に賛同する者たちは〈賢者〉と呼ぶ。複数のクラッカーを部下につけていることからして、本人もそれなりの腕前かもしれないわね」
「それに……」
ルチルが口を開く。彼女は、自分に注目が集まるのを感じる。
「その思想に従う者は、数百人……教会やその周辺にいるのが大体そのくらい。気をつけたほうがいいよ。セルサスの機能の一部を使えるってことは、全員にあたしたちの顔を覚えさせたりもできるし……」
「瞬間移動も厄介だしね……それにしても、詳しいのね」
意味ありげな視線が、赤毛の少女に向けられる。
ルチルは、覚悟を決めていた。そろそろ、感づかれるかもしれない――というより、早く話してしまいたい、という焦りが、彼女の中で大きくなっていた。
話してはいけないということもない。話す相手を選べ、とは言われていた。そして、彼女はここにいる三人が信頼できる相手だと判断する。
「あたしはね……ある意味、シータと同じよ。最初から、クレオを標的にして、近づくつもりだったの」
懐から、灰色の電子手帳を取り出し、開いてみせる。
開かれた手帳のモニターに、誰もが見覚えのある紋章とともに、彼女の顔の画像が入ったID画面が表示されていた。
複雑な暗号を組み合わせたような紋章――それは、管理局の印だ。
「管理局の身分証明書……サイバーフォースってわけ」
「まあ、そんなところよ。あたしたち管理局の者も、当然、今回の異常事態を解決しようと動いていたの……セルサスが遮断される前に、啓昇党が怪しい動きをしてることはわかってた。それに、クレオがヤツらの一味であることも」
束の間、表情をひきしめていたルチルは、笑みを浮かべる。
リルとシータはもちろん、ステラにも動揺はない。思い描いた通りの、冷静な反応だ。
「あなたとの出会いが偶然でないことは感じてたわ。それに、あなたの銃の腕が普通でないことも」
ルチルの腰に吊るされた、一般には出回らない型の銃を一瞥しながら、リルは、空になった紙コップと菓子袋を丸めてゴミ箱に放る。
「偶然でない出会い……読唇者が言ってたっけ。来たるべくして来た、運命に導かれし……て、四人ってことは、読唇者はクレオが外れることを言ってたのかな?」
「彼がそこまで知っていたかどうか……今の時点では、わかりませんね」
シータが目を開け、顔を上げた。
「少しだけ空間を渡って教会に接触してみましたが、教会の前で儀式のようなものが行われるようですね。賢者の姿は見えませんでしたが、大勢の姿が集まっていますよ」
「クレオは !?」
突然、ルチルに襟首をつかまれて、少年は呼吸困難になりかけた。
「ちゃ、ちゃんといましたよ……教会関係者たちと一緒に……」
「そう……早く行かないと、教会の前の儀式が終わっちゃうわ。シータ、空間を渡って一気にそこまで行けないの?」
「そ、それはシステムに負担をかけるし……他のクラッカーや教会関係者に発見される可能性が……」
「じゃあ、歩きのほうがいいね。リル、ステラ、準備はいい?」
「あの……手を、放して……」
ルチルがやっと気づいたように、両手を放す。ようやく解放されて咳き込むシータに見向きもせず、少女は東屋を飛び出した。
「あれは、クレオを任務遂行のための標的にしているからか、他の理由があるせいなのか……どちらなのかしら」
リルはシータにジュースを差し出しながら、やる気みなぎる背中を見送り、いたずらっぽく笑った。
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