咎人たちは風と詠いて - 1 -



 降下するシャトルの姿を、赤茶けた砂煙が隠した。それもすぐに強風にさらわれ、鈍い銀色の飛行体が顕わになる。
 迎えの任務を与えられた十人の〈咎人〉の少年たちは、おもしろくもなさそうにそれを見ていた。シャトルの乗員が出てくるまでは、彼らがやることはほとんどない。
 コンピュータに制御されたシャトルは危なげなく、雑草の一本も生えていない砂の大地に着陸した。そして、舞い上がる砂煙も完全に収まらないうちに、側面ハッチが上にスライドする。
 現われたのは、八人。戸惑ったように視線をさまよわせながら、ラダーを降りてくる。
「今回はけっこう少ないな」
 少ないと、一人一人の負担が多くなる。それでも、よれよれの上着のポケットに両手を突っ込んだ、栗色の髪の少年――ナユトは心のどこかで安堵していた。
 砂の大地に頼りなげに降り立ったのは、全員成人前の少年少女たち。少年が六人で、なかには十歳になるかならないかの幼い子どももいた。少女は顔立ちの似た、姉妹らしい二人だけだ。
「へえ、女だぜ。綺麗なのが来たじゃねえか」
 後ろからの低い声を聞いて、ナユトは顔をしかめる。
 上背はないが体格のいい男、グレスのだみ声だ。そのそばには、いかにも子分のように、常にイシュタという少年が付き従っている。ナユトは、二人とは到底ウマが合うとは言えない。
 乗員が降りると、シャトルのコンピュータはラダーを引き揚げ、離陸する。何のよどみもない、計算しつくされた動作だった。
 だが、そちらに注意を向けている者は少ない。ためらいながらも歩み寄ってくる新人たちを、十人の少年たちが迎える。なかでも、素早く飛び出したのはグレスとイシュタだ。
「惑星ガロンへようこそ、お嬢さんがた」
 長い黒髪の、ワンピースのスカートを着た楚々とした雰囲気の少女に、他の咎人にもある黒い紋章が刻まれた右手を差し出し、グレスは、通称囚人惑星と呼ばれる惑星の名を口にした。
 手の甲の紋章は、地球からの入植者の、子孫の証。かつてはこの星系の主要惑星アレツに歓迎された地球人も、アレツの支配体制の変化で、疎まれる存在になった。アレツの人々は地球人に比べ貧弱で、地球人は彼らにとって、労働力としては貴重だが恐るべき相手でもある。
 だから、アレツ政府は一計を案じた。地球からの入植者の子孫に遺伝子操作を施し、右手の甲にナンバー入りの紋章を入れた。それには端末と猛毒が仕込んであり、アレツ人が管理システムに指示を下せば――あるいはあらかじめプログラムした該当状況になれば、すぐにそれを全身に流すことができる。
 もちろん、グレスの前の二人の少女の右手にも、どこかおぞましい形の紋章が浮き上がっていた。
「あ、ありがとう……わたしはホナミ。こちらは妹のツキミ」
 少女はほんの一瞬だけためらったものの、すぐにほほ笑みを浮かべ、となりに立つ髪の短い少女を紹介した。動きやすい服装で活発そうな妹のほうは、姉より、少し疑わしげにグレスを見ている。
「オレはグレス。こっちは弟分のイシュタだ。さあ、案内は任せてくれ。いいところ、知ってるからよ」
 強引にホナミの手首をつかみ、少年たちの集まりから抜け出そうとする。ホナミは少し驚いたものの、とりあえず、妹と一緒に大人しくついていく。
「グレス! シティ・ワンはそっちじゃないだろ!」
 最年少の少年に声をかけていたナユトが振り向き、グレスを見咎める。
 体格のいい少年は、ホナミの細い腕をつかんだまま、茶色の髪の少年をにらみつけた。
「なんだよ、ナユト。てめえもお嬢さん方とご一緒したいのか?」
「あんた、まさか!」
 ツキミがグレスの真意に気づいて声を荒げた。
 グレスは悪びれるでもない。大きな口の端を吊り上げて、いやらしい笑みを浮かべた。となりで、イシュタもそれに倣う。
「一番強くて男らしいグレスのアニキが相手してやるってんだ。ありがたく思えよ」
「その通り。どうせ、アレツじゃそうやって客をとって暮らしてたんだろう? その細腕じゃあ、とてもきつい仕事はできそうにないからな」
 政府は、必ずいずれは入植者の子孫を犯罪者に仕立て上げるが、もともと紋章を右手に持つ者が暮らしていくのは非常に困難なため、多くの者が遅かれ早かれ犯罪を犯す。まっとうに食べていける仕事にありつけたとしても、それは命の危険が伴う困難なものに違いない。
「違うよ、そんなんじゃない! 姉さんが稼いでたのは――」
 ツキミが、顔を真っ赤にして叫ぶ。
 対して、姉はグレンの手首をつかみながら、冷静に言った。
「ストリートファイトですよ」
 ホナミが軽く手をひねったと見るや、少年にしてはかなりの巨体と言える身体が、宙で一回転する。
「ぶぼっ」
 頭を砂の中に突っ込んで、グレスは砂煙を舞い上げた。
「大した仕事だ……
 しばらく周囲の少年たち同様立ち尽くしたあと、ナユトは口笛を吹いた。

 大半が未開の状態である惑星ガロンには、大陸上に、三つの町が作られていた。管理システムのある無人のメインベースを中心に、三角の頂点を形作る町は、上から右回りにシティ・ワン、シティ・ツー、シティ・スリーという、何の面白みもない名をつけられている。
「なんだか、暗い雰囲気だね」
 アレツや他の惑星より薄暗い空を見上げて、ツキミがぼやく。
 少年たちは、シャトルの着陸地点から、シティ・ワンに移動していた。町の居住区は白いテントが多いが、時折、工場や通信塔など、科学レベルの高い建物が目に入る。それらの間を抜けて、一行は街の中心部に向かう。
 グレスとイシュタはさすがにもう姉妹に手を出すつもりはないらしく、最後尾についていた。姉妹は、ナユトと先頭を歩いている。
「ここはどこもそうさ。希望も何もない。常に管理システムの情報網に監視されて、命令通りに、時間通りに動かないといけない。時間に遅れたら、死ぬ」
……シビアね」
 ホナミが、無感動につぶやく。
 ナユトらにとっては、もう慣れ切ったことだった。だが、新人たちはまだ、ここでの生活を知らない。慣れることができなければ、早いうちに命を落とす可能性が高い。
「ナユトくん……ここの人たちは、全員が犯罪らしい犯罪を犯したわけじゃないでしょう? あなたは、どうしてここに? ……答えたくなければ、それでもいいけど」
 そんなこと聞いてどうするんだ、と、ナユトは内心思った。しかし、ホナミの静かな口調は、どこかだいぶ前に亡くした母親を思い出させて、話してもいいか、という気持ちになる。
「大したことじゃないよ。ありがちな話さ。両親もとっくにこっちに送られて死んで、家族も保護者もいなかった。だから、盗みをやんなきゃ生きていけなかった」
 歩きながら、短く語る。
「そっか。みんな一緒だね。あたしたちも、なんとかストリート・ファイトで食ってたんだけど……一瞬間前にぶちのめしたヤツが、役人の息子でさ」
 ツキミが、苦笑交じりに言い、肩をすくめた。その反応がどこか新鮮で、ナユトは一瞬目を細めるが、すぐに視線をそらす。
 彼らは間もなく、大きな通りに出た。荷物を運ぶ、やはり右手に紋章を刻まれた少年少女たちの奇妙な目から逃れるように歩くスピードを上げた。レモと名のった最年少の少年が転びかけて、ホナミに手を握られる。少女のほほ笑みに安心した顔を見せ、レモは遅れずに歩き続けた。
「町の連中も、やっぱりあたしたちと同じか」
「ここにいるのはぼくらと同じ、子どもの咎人だよ。大人は、とても少ない」
 金髪の少年が、小声でツキミに説明した。
「この町のみんなは、あちこちを回るぼくらをうらやましく思ってるかもしれないね。でも、ぼくは、囚人列車より、地に足をつけて落ち着いて生活できるほうがいいと思うんだ」
 囚人列車。その単語の意味を問いかけて、ツキミは口を閉じた。その単語を表わす存在が、丁度視界の中に滑り込んできたためだ。
 駅、とも言えない、木製の段に屋根がついただけのプラットフォーム。半ば砂に埋もれた青い道の上に、もともとは純白だったのだろう機関車に引かれた、側面に赤いラインの走った汚れた列車が停止していた。
「囚人列車とも呼ばれる、砂上列車〈スカーレットウィンド〉だ。砂上列車って言っても、実際に砂の上を走るわけじゃないけどな」
 説明しながら、ナユトは段の端の坂を登り、左右のスライド式ドアが開け放たれたままの列車横の入口をくぐる。
 内部は薄暗く、荷物が並び、少々狭かった。壁際から鋭い視線を投げかけてくる少年たちの存在が、新米たちにさらに窮屈な印象を与える。
「オレたちはここで。ナユト、ちゃんと仕事をこなせよ」
 ホナミに投げ飛ばされて以来黙り込んでいたグレスが、列車内に入るなり、イシュタを連れて集団を離れた。
「ナユト、ぼくらも行くよ。リーダーによろしく」
 どうやら、新人たちの案内はナユト一人に任されているらしい。少年たちが、次々と別の車両に移っていく。
 ナユトも、それにかまわず、先頭車両に向かう。まだ状況に慣れていない新米たちは、物珍しそうに各車両内を見回しながら、ただただ案内役の少年の背中を追った。
 何度もスライド式のドアをくぐり抜け、やがて、他の車両とは内装が大きく異なる空間に出る。
 そこは、ホナミやツキミらがこの惑星に来てから見た場所で、もっとも文明水準が高そうだった。コンソールが並び、前面と左右の壁が窓になっている。窓の外では、なだらかな赤い砂漠の景色が流れていた。
 しかし、まず皆の目を引いたのは外の景色ではなく、椅子に腰掛けた、片目の男だった。黒い、しかし色あせた革の上着を着込んだその男は、少年ではない。年齢は、三〇代半ばくらいか。
「ナユト、連れてきてくれたか。ご苦労だった」
 男は椅子ごと向き直って、新しい顔を迎えた。
「オレはシェザース。数少ない大人だからか、一応ここのリーダーをやらされてる。一応簡単に、これからのことを説明しよう」
 話しながら、彼は目に焼き付けようとするかのように、一人一人の顔を見回す。
「まずは三日間、この列車の仕事をしてもらう。それで適性を見て、町での仕事か、ここに残るかが決まる。本人の希望なんてものは考慮されない」
 もう説明しなれているのか、何の感慨もなく言い切る。
「少しでも長く生きたければ、管理システムの機嫌を損ねないことだ……機嫌なんてものがあれば、もっとマシだったかもしれないが。我々は、ただのコマだ。ミスを犯せば、何の躊躇もなく切り捨てられる」
 彼の青い左目が、暗い影を映したまま一人一人を見据える。
 ホナミもツキミも、そしてナユトも改めて、シェザースのことばを胸に刻んだ。

 新米たちは、来た当日から、囚人列車での仕事を体験する。三日目には、全員がそれなりに、与えられた仕事に慣れていた。
 列車は砂に隠れたレールの上に浮かび、三つの町を回る。何もなければ三日ごとに回り、物資や手紙、時には乗客を運んだ。乗員の仕事は物の持ち運びの手伝いと整理、列車の点検や警備、そして、時折ある、町や砂上ビーグルからのSOSに応えることだった。
「そろそろタイム・リミットだぞ。あと三分だ」
 リーダーのシェザースが、歩いて列車に戻ってくるメンバーに向けて声を張り上げる。
 車両から飛び出した少年少女たちが、それぞれ担当の荷物を抱えて届け先に走り出してから、間もなく一時間が過ぎようとしていた。出て行った者が戻らなくても、列車は時間通りに発車する。そして、乗り遅れた者は役立たずとみなされ、命を落とす。遺体もエネルギーに変換され、その存在の痕跡は一片たりとも残さない。
「急ごう」
 列車からのシェザースの声を聞きつけ、ナユトたちは他の子どもたちに混じり、全力で駆け出した。
 彼とホナミ、ツキミが任されたのは、一番大きく重量のある箱だった。見た目に反し腕力も体力もある三人が、リーダーに担当を指名されたのだ。それを無事に工場に届けた三人は、急いで引き返して来た。それでも、プラットフォーム付近に辿り着いたときには、時間はかなり切迫している。
「あと一分!」
 息を切らし、プラットフォームに駆け上る。周囲の少年たちも、必死の表情で列車の入口に走る。
「五八……五七……
 秒単位のカウントが始まる。他のメンバーともつれ合うようにして、一番近い出入口に転がり込んだ。
「さ、別の車両に移動しろ。残りの連中の邪魔になる」
 金髪の少年が一人だけ残り、となりの車両へのドアを、素っ気なく顎で示す。オーリスという名の、年齢より落ち着いた雰囲気のある少年だ。
 帰還した少年少女たちは言われた通り、急いで車両を移動した。移った先の車両に新米で一番年下の少年、レモの姿をみつけ、内心ナユトと姉妹はほっとする。
 だが、周囲はその思いとは裏腹に、緊迫している。
「おい、急げ! 早く!」
 ドアの近くに集まった少年たちが、鋭い声を投げかける。カウントダウンは、まだ続いていた。
「一二……一一……一〇」
 出入口のそばに集まるメンバーの後ろから顔を出してのぞき見ると、全力疾走でプラットフォームに上がってくる、小柄な少年が見えた。
「八…………
 彼は仲間たちに声をかけられながら、顔を紅潮させ、歯を食いしばって走る。
 しかし、出入口まで数メートルといったところで、プラットフォームのわずかなくぼみに足をとられ、つまづいた。
「三…………
 少年の手が、宙で、入口の仲間たちに向かって伸ばされる。だが、それは遠過ぎた。
「あんた……!」
「やめろ! 間に合わない!」
 周りの少年をかき分けて飛び出そうとしたツキミを、となり車両の出口からの声が制止した。ほぼ同時に、後ろから、ナユトが腕を、ホナミが服をつかんで引き戻す。
……一」
 ボオオオォォォォ……
 重々しい、どこか幻のような汽笛が鳴った。
 ドアが閉じていく。その隙間から、目を見開いて見上げる、外に取り残された少年が見えた。
 窓をのぞけば、紋章の毒で命を絶たれる彼の最期が見えたはずだが、誰も動こうとしない。少年たちは声もなく、立ち尽くしていた。