世界文化遺産と冬の雨(後編)
話はちょっと戻りますが、伏見さんからサルベージの予定を聞いた私は、さっそく富士吉田市のビジネスホテルを予約し、サルベージには前泊で望むことを決めました。大体いつも、彼らのサルベージは仙台から夜通し走ってくるので、開始が朝早くになります。早起きが苦手な私は、自宅から富士宮市まで早朝に向かう自信がなかったのです。しかし、前日に伏見さんに聞いた集合時間は6時30分と、予想以上の早い時間。同じ富士山の麓とは言っても、富士吉田市と富士宮市は富士山を挟んで真逆の方角。軽く1時間はかかります。せっかく「無料朝食」付ホテルに泊まったにもかかわらず、朝食を諦め、6時前にホテルを出ざるを得ませんでした。
まだ暗い国道139号線を走り出し、近くのセブンイレブンでセブンカフェの100円コーヒーを購入し、焼きとうもろこしの長渕剛風看板の前を通過し、空が白み始めた頃に山梨交通BUの廃車体付近を通過し、集合時間には間に合わなかったものの、サルベージ開始前に現場に到着することができたのでした。
(写真は、特記したものを除き、富士宮市で2014年2月2日に撮影)
手順4:車内の整理
積み込みの前に車内の整理を始めます。
大量のバッテリー補充液のボトルが出てきたかと思うと、ヘルメットが一つ、二つと出てきたり、大きな鉄板や鉄パイプが運び出されます。
車内は休憩室になっていた時代もあったようで、前向き2人掛けシートが内向きに並べられています。
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そういえばミーティングの際に伏見さんから、「今回は欠席の海和さんからもよく言われているんですが、車検証の切れ端とかが見つかることもありますので、捨てる前によく確認してください」と言う言葉がありました。
何か貴重なものは隠されているのでしょうか。伏見さんの目が光ります。
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デジャビュー?
気付いたら、また屋根の上に下河原さんがいました。
ボンネットバスのサルベージで、下河原さんが屋根の上に上がるのは、もう定番の風景です。
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運転台脇の三角窓も、運搬中に割れないように今のうちに養生しておきます。
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みんなが車内の整理整頓をしている間に、バスが置いてあった場所が綺麗に整地されていました。
これは重機を自在に操る澤田社長の仕業です。
時間を効率的に、そしてそれぞれの役割を的確に果たすのが、いつものこのチームの見事なプレーです。
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ところでこの車両の正体は
忘れていました。このボンネットバスの正体について書かなければなりません。
まずはバスについていた東京営林局のプレートです。「41年1月」と書いてありますので、1966(昭和41)年式ということです。その下の管理番号は「2BN」−「502」とあります。どういう意味でしょうか。
ボディメーカーのプレートには、金沢コーチと書いてあります。
車内名札入れのすぐ上には「静岡営林署富士宮製品事業所」のプレートが貼られています。
シャーシ銘板は見つかりませんでしたが、このバスは東京営林局が1966年に購入した日産自動車U690であることが分かりました。日産自動車と金沢ボディの組み合わせは、それなりに存在しましたが、この年式になるとそろそろ数が少なくなります。
富士宮の営林署で使用されていたこのバスは、最後まで地元富士宮で余生を過ごしていたのでした。(注1)
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この車両の外観です。
金沢ボディの場合に欠かせぬ参考文献である「金沢ボデーのアルバム」によると、同年式のこれと思われる記述があります。さらに、これと同一個体と思われる1980年代の廃車体写真も掲載されています。
前側を比較
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撮影:海さん様(信州バスまつり会場 2012.9.9)
後ろ側を比較
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撮影:一関市民様(一関市 2006.6.10)
金沢ボディのボンネットバスでは、元岩手県交通の「弁慶号」(左)が1964(昭和39)年式と近い時期ですので、外観を比較して見ます。正面窓の形状は似ていますが、窓上の水切りの形状等が異なります。正面窓脇の三角窓の形状は一致します、
側面や後ろ面のスタイルは、同時期のリアエンジンバス日野RB10に架装されたボディ(右)との共通性が見られます。リア窓の側面に向かってのカーブの切れ方などは全く同じです。また側面最後部の扇形の固定窓の形状も同じです。
シャーシを比較
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撮影:小野澤正彦様(佐原市 2008.11.15)
今回の廃車体と同じ、日産自動車のU690です。
日産自動車のボンネットバスは、1960年から日産ディーゼル製のUD3型エンジンを搭載したこの型式になりました。
また、日産自動車では、ヘッドライトを縦に配置した独特のデザインになりました。このデザインは1967年前後に横配置のデザインにモデルチェンジされており、今回のボンネットバスは縦目の最終期だと思われます。
手順5:セルフローダーに積み込む
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澤田社長の手により、セルフローダーがそろそろとボンネットバスの前に近づいてきます。
ここからサルベージ最後の見せ場が始まります。
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前輪の向きや位置を微調整しながらワイヤーで引き上げてゆきます。
ハンドルの向きやワイヤーの接続場所など、経験を積んだメンバーの細かい助言で、確実にバスを進める動作には、安心感さえ覚えます。
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そして、いつものようにボンネットバスは、セルフローダーの上に綺麗に収まるのです。
積載が完了したのは11時。予定より1時間遅れてはいましたが、開始から4時間でのサルベージ完了は、これまでの記録の中ではかなり早いほうです。
記念撮影
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積み込みを終了し、参加者が揃って記念撮影です。
今回は、発見者でありイベントオーナーでもある赤木さんの呼びかけで、各地から協力者が集合し、作業に当たりました。
バスの側面に小さな四角いシールが貼られていますが、これには「山火事用心」と書かれているようです。
最終ミーティング
出発前に再度ミーティングです。これからの予定が伝えられ、また、参加者全員にねぎらいの言葉が掛けられます。ただし、このときまだ、運搬コースは決まりませんでした。
澤田社長「中央道〜圏央道〜北関東道で行きたい」
伏見さん「東名の方が1時間くらい早いんじゃあ」
澤田社長「止まったり動いたりするとワイヤーが緩むから、スムーズに走れる道がいい」
伏見さん「でも東名の方が1時間くらい早く着くし」
澤田社長「首都高の渋滞は避けたい」
伏見さん「でもどっちで行ってもパーキングエリアさ止めたら、みんな集まってきて撮影会だし」
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手順6:運搬
出発
最終的には伏見さんの主張が通って、東名経由で帰ることに決まったようです。
雨もほぼあがった中、いよいよ出発です。
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東京スカイツリーが見えるはず
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撮影:墨田区
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撮影:伏見正浩様(2014.2.2)
順調な行程で首都高速道路までやってきました。
背景に東京スカイツリーがあります。日頃の行ないがいい方には、東京スカイツリーとボンネットバスの出会いを目にすることができるのだと思います。
それが無理な方は、左側の画像を利用して、何とかボンネットバスの背景にスカイツリーを見てください。
パーキングエリアの人気者
途中のサービスエリアやパーキングエリアで休憩していると、ギャラリーが集まってきます。
「どこのメーカーですか?」「どこのバス会社で使ってたんですか?」と質問攻めに遭います。
一番興味を持って見に来るのは、バスやトラックなど大型の運転手さんです。
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撮影:伏見正浩様(2014.2.2)
到着!
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撮影:伏見正浩様(茨城県 2014.2.2)
富士宮を出て4時間後の16時ごろ、ボンネットバスはどうやら目的地に到着したようです。
しかし、場所は仙台ではないようです。さらに、その場所にはなにやら別のボンネットバスが迎えに出ていました。迎えに出たとはいうものの、何だか恥ずかしそうにお尻を向けています。
このボンネットバスには見覚えがあります。今回サルベージしたバスと同じ日産U690ですが、ボディは富士重工製。このバスの所有者である小嶋さんが今回のサルベージに参加していた理由が分かりました。実は、廃車体発見者の赤木さんが、同じ日産U690ユーザーの小嶋さんに連絡し、このバスを小嶋さんが所有する約束でサルベージを実施したということなのでした。
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撮影:伏見正浩様(茨城県 2014.2.2)
セルフローダーからボンネットバスをおろすのですが、やはり右後輪が固着しており、回りません。
仕方なく、リアのリーフスプリングをジャッキで持ち上げ、ホークリフトでゆっくりと引っ張りながら下ろすという方法を取りました。
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撮影:伏見正浩様(茨城県 2014.2.2)
バスの床下が摺らないように、慎重に引っ張ります。
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撮影:伏見正浩様(茨城県 2014.2.2)
16時頃から始めた作業は、18時頃になってようやく終了。車庫の隅に置いたころには、あたりはすっかり暗くなっていました。
車庫の奥のほうには興味深い車両も見えるのですが、これから仙台に帰らなければならないため、あんまりゆっくりと観察もしていられません。
この後伏見さんたちは仙台に向けて再出発、仙台には23時ごろに到着したそうです。前日の23時に出発してから丸々1日がかりでのサルベージとなったのでした。
おまけ:伏見さんがバンコクで・・・
多分、サルベージとは全く関係のない用事で行ったのだと想像しますが、バスの写真もほんの少し撮ってきていただけましたので、ご紹介します。
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撮影:伏見正浩様(バンコク 2014.2.19)
新型の観光バスです。3軸のダブルデッカーで、やたら高く見えます。
側面には、「スーパーエレガンス」と言うような文字が書いてあり、GPSとかトイレとか飲み物とかの色々な装備があることも、表示されています。
ボディを斜めに上がるラインは、日本のバスにはないスピード感溢れるデザインです。
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撮影:伏見正浩様(バンコク 2014.2.18)
こちらも3軸のダブルデッカーです。
後ろ窓にはやはりピクトグラムで、衛星放送とか音楽が聴けるとか酒が飲めるとかいうことが表現されており、かなりデラックスな仕様であることが誇示されています。
こちらは、窓そのものが前に行くに従って下がってくるようなダイナミックなデザインです。
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撮影:伏見正浩様(バンコク 2014.2.17)
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撮影:伏見正浩様(バンコク 2014.2.17)
赤い色の路線バス。方向幕などに「47」と出ているのは、この路線の系統番号でしょう。
正面に日野のウィングマークがありますので、日本の日野自動車製。リアにAKとあるのは、この車両の型式でしょう。日本では見られないフロントエンジンの大型バスのようです。
ボディは日本で言えば1980年代に見られたような多少角張ったボディスタイル。中央にある扉は、二つの折り戸が付けられています。
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