サルベージ隊、信州へ(サルベージ決行編)
2011年7月10日に、信州の東の端にある川上村の林道の奥深くに置かれたボンネットバスの事前調査を行った宮城県のサルベージ隊は、地元の関係行政機関との調整を終え、その年の11月5日、バスの引き出しを決行しました。(写真はすべて、2011年11月5日撮影)
高原にサルベージ隊現る
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この日、仙台を深夜1時に出たサルベージ隊の皆さんは、早朝から高原のレタス畑に重機を持って現れました。
もちろん、広報担当の伏見さんは、7月の下見以降、林道を管理する林野保護組合に連絡を取り、管轄が村の役場であることを確認し、川上村建設課からボンネットバスを運び出す許可を受けるなど、きちんと手続きを済ませていました。
本当はもっと早く実行したかったものの、村の建設課から、高原野菜の収穫作業の妨げになるため、11月以降での許可となったそうです。
林道は狭かった
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林道に入ってみると、道幅がかなり狭い上、カーブもきつくなっています。
若手の桂田さんが「セルフローダーも簡単に入る幅だって言ってたじゃないですか」と言うと、伏見さんが「入るように見えたんだけど、夏と秋じゃあ、見た目が違うべなあ」と頼りない返事を返します。
「今回は昼には終わるサルベージだって聞いてたのに・・・」
静かに佇んでいたボンネットバス
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葉が落ちた木々の間にボンネットバスが静かに佇んでいます。
1951年式ですので、10年ほど山梨交通で使ったとして、その後営林署で10年は使えなかったと思いますので、1970年より前にはこの場所に置かれて、作業小屋になっていたと想像されます。
村建設課の担当者も、役場の職員になったときには既にあったとのこと。40年くらいはこの場所にあったのだと思われます。
左後輪のハブがない
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車内に入って確認していた桂田さんから「左後輪がハブごとないですよ」と声が上がりました。
「伏見さん、下見のときにタイヤは全部付いてるって言ってたじゃないですか」
左後輪を覗き込む伏見さん。「あの時はあったはずなんだけど・・・だれかにハブさはずして持ってかれた」
「刈谷車体」がなくなってる
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更に車内を見ていた海和さんから「刈谷車体のプレートさ盗られてる!」との声が。確かに、下見の際についていたボディメーカーのプレートが外されています。
「山登りの人が記念に取って行ったんじゃあ」
「まさか・・・。バスの分かる人の仕業だよ」
「この4か月の間に来た人が持ってったのか。ひどいなあ・・・」
それを聞いていた伏見さんがすかさず「左後輪のハブと一緒に持ってったんだ」
車内の点検と整理をする
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動かす前に、車体内外の確認と点検を行います。
今回は窓ガラスはすべてなくなっていますので、割れるものはありませんが、外れそうなものは予め外しておきます。
「あれ、燃料が残ってる!!」
「水です! 雨水!」
この人たちの会話は、芸人並です。
運転席まわりのスイッチ類
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車内の運転席部分です。伏見さんが指差す先にあるのは、アクセルより右にあるセルスターターペダル。1950年前後のガソリン車には、このようなエンジン始動方式が多かったそうです。
また、右上の白いつまみは、当時の飛び出すウィンカーを操作するスイッチ。
後ろのドアはあと付け
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前回の下見の際に謎だった2か所の非常口。後ろ面のドアの開口部を見ていた下河原さんが「これは後付けだな」と一言。外板を切り、ねじ止めした跡が雑だというのです。さすが職人の目。
後面のドアは、多分営林署に移籍した際につけた出入口なのでしょう。側面にあるのが本来の非常口ということです。
やっと重機がやってきた
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そんな感じでボンネットバスの細部の点検をしていると、かすかにエンジン音が聞こえてきました。ようやく重機の登場です。
伏見さんの計画では、ここまでセルフローダーを乗り入れ、重機で引き出した後すぐに乗せる予定だったらしいですが、狭くてカーブのきつい林道への大型車の乗り入れはやはり無理だったようです。
引き出すための道作り
時間も押していたのでさっそく引き出し作業に入ります。
まずは、バスの後ろ側から林道にかけてのスロープを作ります。
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後部を掘り出す
長い間同じ場所に置かれていたため、バスが地面にめり込んだ状態になっています。バスの周囲の土を丁寧にどけてゆきます。
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持ち上げてみる
後部のバンパーにワイヤを結びつけ、バスを持ち上げてみます。
何とか持ち上がるのを確認。これなら、引っ張り出すことも可能です。緊張して見守っていた皆さんも、ほっと一息。
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フレームに結んで再度持ち上げ
しかし、バンパーを支点にして持ち上げるにはバスボディは重過ぎました。バンパーが外れてしまうので、一旦バンパーを外し、シャーシのフレームにワイヤーを結び替え、再度持ち上げにかかります。
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バスの前側からアプローチ
続いて、バスの左側にある旧道の部分に重機を乗り入れ、足元を整えます。バスの前側もかなり土に埋まっており、タイヤ周りを掘り出しておかないとうまく引き出せないからです。
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引き上げ前の最後の仕上げ
再度バスの後方に回り、引き出す準備の仕上げに入ります。
メンバーの皆さんがそれを見守ります。
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引き上げ前の一服
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引き上げの段取りが済んだところで、安心の一服。
「こいつを復活させれば、日本で一番古いボンネットバスじゃないかな」
「いやあ、もっと古いバスさあった気がする」
「車検とって走らせてるバスはないべ?」
こういうひと時がないと作業もはかどりません。
引き上げ開始
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ボンネットバスと重機にロープを結び付けて、引き上げを開始します。
重機のバランスを取りながら、少しずつボンネットバスを引いてゆきます。澤田社長の操縦テクニックが光ります。
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林道まで引き上げたボンネットバス。
長年同じ場所で過ごしたこのバスの土垢を落としてあげます。
いつものことですが、終戦直後の光景に見えます。
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引き上げてから眺め直してみると、いくつかの気になるものを見つけました。
まずはタイヤに刻まれていた文字。サイズを表すと思われる「33」という数字と並んで、「山伊」という文字が見えます。山梨の山でしょうか。
そして、一つだけ残っていたホイールキャップの「トヨタ」のマーク。
次は前のバンパーについていた「工」マークのプレート。かつて国鉄の駅構内に乗り入れる許可を示すプレートでした。営業用時代のものでしょう。
山梨交通の痕跡
ボンネットのグリル脇に緑色とオレンジ色が見えました。現在、山梨交通が動態保存するボンネットバスにも使われている旧カラーです。当時の国鉄が使っていた湘南色に似た色合いに見えます。
ボディにはこの他に青い色が残っていますが、営林署時代には青く上塗りされていたのかも知れません。
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運び出した跡を整地する
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ボンネットバスがあった場所は、村の建設課からも要請されていた通り、きれいに馴らし、整地します。
これも、澤田社長の重機の操作で、見る間にきれいになってゆきます。
記念撮影
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引き上げたボンネットバスの前で記念撮影。
澤田社長いわく「このボンネットバス、よく見るとめんこいなあ」
確かに、正面窓のバランスといい、丸っこいグリルや控えめなボンネットといい、見れば見るほど整った顔をしています。
林道を出口へ向かう
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さて、次の難関は、このボンネットバスを林道入口に待機するセルフローダーの所へ運ぶこと。左後輪がなく、また残されたタイヤも回らないので、重機で後ろを持ち上げ、引きずるようにして進みます。
1kmほどの林道は、急なカーブや沢をまたぐ橋もあり、ある場所は豪快に、またある場所は慎重に牽引してゆきます。
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沢をまたぐカーブ
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沢をまたぐカーブでは、まっすぐに引けないので、バスの向きを変えながら一寸擦りになります。
タイミングに合わせてバスの向きを変えたり、一瞬で押し出したり、人力が必要になる場面です。
ようやく林道入口
なんとか1kmほどの道のりを通り、セルフローダーが待つ林道入口に到着です。
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積み込みの準備
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重機の位置を変え、セルフローダーにバスを積み込む準備がてきぱきと進みます。
積み込む
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出発
ボンネットバスを積み終えると、セルフローダーは林道とレタス畑を後にして、仙台へと帰ります。
荷台の長さとボンネットバスの長さがちょうど同じくらいです。
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