野崎村 福助のお光 2009.12.17 W261

4日歌舞伎座の昼の部を見てきました。(15日に「身替座禅」と「大江戸りびんぐでっど」を幕見)

主な配役
お光 福助
お染 孝太郎
久松 橋之助
久作 彌十郎
油屋後家お常 秀調
女中およし 芝喜松

「野崎村」のあらすじはこちらです。

12月の歌舞伎座は昼は新作の工藤官九郎作「大江戸りびんぐでっど」、夜は「野田版 鼠小僧」と若い脚本家の作品が並ぶのが注目されます。

しかし昼の部で一番印象に残ったのは、意外にも福助の「野崎村」でした。福助は前半のお染に意地悪したりするところはいつもの福助らしい表情や仕草でやっぱりかと思いましたが、後半髪を切って尼の姿になってからの、最後に久松を見送る表情がとても良かったと思いました。

今回は仮花道が作られなかったので、久松がお染とお光どちらを見ているかは微妙でしたが、おそらく両方見ているのだろうと思いました。最後まで続く三角関係。しかし女性二人は久松しか見ていないわけで、久松はいたたまれないだろうなぁと思いました。

ずっと微笑みを浮かべながら姿が見えなくなるまで久松を見送っているお光の手に、おとした数珠を久作が拾ってもたしてやると、そこで初めて「おとっつぁん」とお光は父の前にひざまずいて泣き崩れ号泣するのですが、お光の悲しみが一挙にあふれ出るようで、見ていて思わず涙を誘われました。福助は新作のお芝居で独特の面白い個性を発揮しますが、古典とははっきり区別し、古典にはその要素を持ち込まない方が良いとつくづく思いました。

久松の橋之助はいかにも歌舞伎役者らしい面長の美しい顔が、侍の家の出で二人の女性から思われる久松にぴったりでしたが、声が妙に高く浮いていたのはいただけないと思いました。

孝太郎のお染は衣装や頭がいつもと違うようで、文楽のお染がしている襟袈裟というフリルつきの涎かけのようなものを背中にしょっていました。もっとも文楽のほうはこれに鈴がついていて、髪の油が着物につかないようにという用途の他、箱入り娘がこっそりどこかに行かないようにということです。孝太郎のお染にはもうちょっと押しと華やかさがあっても良いのではと思いました。

昼の部の最初は勘太郎の「操り三番叟」。人形の動きの面白さがよく出ていたと思います。人形遣いの松也は端正な顔だちで正面を向いて挨拶するところが絵になっていました。

次が勘三郎と三津五郎の「身替座禅」。奥方玉の井の三津五郎は顔も普通でとりたてて醜女としては演じていず、ひどいやきもち焼きという欠点はあるけれど、あくまで右京を愛している奥さんでした。それゆえに右京は悪戯者という感じが強かったですが、新作の前に折り目正しく演じられたいかにも歌舞伎らしい一幕でした。

最後が話題の官藤官九郎作・演出の「大江戸りびんぐでっど」。(これからご覧になる方は、観劇後にお読みください)

―ここは芝の浜。くさや売りのお葉は必死になってくさやを売ろうとしているが、臭いといやがられるばかりで、一向に売れない。そこへふるさと新島で同じくくさやを作っていた半助が姿を現す。

お葉の亭主は新吉といって腕の良いくさや職人だったが、半年前盗人に襲われて死んだのだ。お葉は亭主のかたみとも言えるくさや汁の入った甕をかかえてこの江戸へ亭主を殺した犯人を捜しにきたのだ。半助はその犯人探しを手伝ってやると言って、強引に甕を持ち、お葉の手を引いていく。

品川の遊郭の相模屋では大工の辰が居座っている。その辰に遊女のお染や伊残り佐平次が廓を徘徊するらくだとよばれる恐ろしいゾンビの話を始める。するとらくだがおおぜい集まってきて、これを追い払おうと試みる人たちに食いつき、次々にゾンビの仲間にしてしまう。

女郎・喜世川の間夫で腕のたつ剣客の四十郎もゾンビたちを簡単に皆殺しにはするものの、すぐにまた生き返ってくるので疲れ果て、とうとうやられてしまう。

皆が恐怖に震えているところに飛び込んできたのが、くさや売りの半助。くさやの臭いが身体にしみこんだ半助にはなぜかゾンビたちは手出しができない。半助は奉行の前で「島で新吉に襲われ、もみ合いになって新吉は死んだが、くさやの汁をかけたら生き返った」と言う作り話をする。

だから新吉は「ゾンビの第一号で、いったん死んだ者をくさやの汁で行きかえらせたのがこのらくだだから、くさやの匂いが染みついた自分はゾンビに襲われないのだ」と半助は言い、自分はこれからこの連中を「はけん」という会社を作って働かせると宣言する。

半助はお葉と一緒にはけん長屋で「はけん問屋」を始めるが、それが大繁盛。四十郎はなんと自分を敵として追っている、緊張するとすぐにおもらししてしまう少年の助太刀に雇われる。半助はお葉に一緒になってくれと頼み、お葉は島へ帰る時は3人になって帰りたいとはにかみながら承知する。

そんなある日、杢蓮寺の御堂にお腹をすかせたゾンビたちが集まって、行き倒れの人を食べようと、お尚さん(実は死神)が「死んだ」と言ってくれるのをまっている。その行き倒れは、死んだはずのお葉の亭主・新吉だった。

実は新吉を襲ってくさや汁を盗もうとしたのは、半助だったのだ。母と二人、一向に売れないくさやを作り続けるのに絶望した半助は、評判の良い新吉のくさや汁を盗んだらもっと旨いくさやが作れるだろうと考え、犯行におよんだのだ。

だがゾンビになったとばかり思った新吉は半助に「自分は生きていて、ゾンビになったのはおまえだ」と告げる。自分がゾンビだったと知った半助は、お葉に島で新吉を襲ったのは自分だと真相を打ち明ける。だがお葉は半助の犯した罪を知っても、半助を愛していると答える。

自分がゾンビだと知ってしまった半助はやけになってお葉を遠ざける。大工の辰は仕事を失い、はけんに恨みを持つ。

ちょうどそのころ永代橋が落ちてたくさんの人が危ないと聞き、半助は駈けつける。そこで見たのは今にも橋から落ちそうになっているお葉の姿だった。お葉の自分への愛が変わっていないと確信した半助は、ゾンビたちを橋げたにして板を渡し、お葉を壊れた橋から救いだすのだった。―

官藤官九郎が初めて書いた歌舞伎ということで、注目を集めたこのお芝居。出だしはユニークで、大きなくさやの開きになって「寒い、臭い」とぶつぶつ言っている染五郎と亀蔵が傑作。亀蔵の方は開きをとじるとイルカだったことが分かり、海に飛び込んで気持ちよさそうに泳いでいくところなど、発想の新鮮さを感じました。

染五郎の方のくさやの開きは閉じるとイグアナだったとわかりますが、その着ぐるみをぬぐとこのお芝居の主人公半助の登場となるところは、これは面白い!と思いました。

お葉を演じた七之助もしゃきっとした口跡が気持ちよく響き、いかにも下町の若い女房という感じが出ていました。でもよく考えるとお葉は江戸っこではなく、新島生まれ。もう少し田舎風なところがあっても良かったかも。

この後廓の場では、三津五郎の気障な剣士・四十郎が愉快でした。大勢のゾンビをバッタバッタと斬ってツケ入りの見得をする時、ちょいと小首をかしげるのがとても愛嬌があり、そういえば「研辰」の家老もユニークで面白かったことを思いだしました。

このお芝居には落語のネタがいろいろと散りばめられているのが珍しく、獅童が演じた「死神」の件も気持ち悪いけれど、持ち味の軽さがあっていて傑作でした。このほか佐平次は「居残り」の女郎お染は「品川心中」の馬太郎、半次、くずやの久六は「らくだ」の主人公。居残り佐平次を演じた井之上隆志には目をひく存在感がありました。「決闘!高田馬場」での怪演が印象的だった萬次郎の遣り手もぴったりはまっていました。

お染の翫雀も喜世川の福助も、奇声を使いすぎるきらいはあるものの、こういうお芝居では実に生き生きとしています。

ぞろぞろ出てくるフランケンシュタインの仲間のようなゾンビたちが集団で踊るところは、わくわくするような楽しさ。この場面の音楽もダメ押しするような唄いぶりがなかなか個性的。

このあたりまでは珍しく生き生きとした面白いお芝居という感じでした。ところがゾンビが死人にくさやの汁をかけることで生まれたというあたりからなんだか理屈っぽくなり、一度見ただけでは覚えることができないほど話がややこしくなってしまいました。

それにゾンビ=はけんというのもすんなり面白いとは思えません。派遣によって雇用が崩れているという現代の問題を取り上げるのは両刃の剣であっという間に古びるかもしれませんし、もっと普遍性のあるものを題材にして欲しかったと思います。半助がゾンビだったとわかって、作者がなにが言いたいのかいよいよ分からなくなってしまいました。

しかしながら特に前半は客席は爆笑の渦。どちらかというと茶色の質の悪い紙に印刷された漫画本を連想させる雰囲気を持ったこの作者が、独特の魅力とエネルギーを持っているのは確かです。ただ毒のあるナンセンスな笑いの塊とこの半助たちの恋の話はかみ合わせが悪く、残念ながら最後は空中分解してしまったというように感じられました。

この日の大向こう

つねに2~3人の声が掛っているという状態で、会の方も出たり入ったりで計3人見えていたそうです。

新作にはほとんど声は掛かっていませんでした。劇中で七之助さんが、染五郎さんに何度も「くさ屋」と声を掛けるところで、どこからか女性の声で「高麗屋」と掛って染五郎さんが「本当は高麗屋っていうの」とすぐ反応していましたが、あまりにも良い間だったので、お芝居の中に計画的に織り込まれていたのかと思うほどでした。(*^_^*)

15日、「身替座禅」で、勘三郎さんが花道でくるくると袖を巻きつけ「いそいで、花子のもとへ」とドンドンと足を踏んだ瞬間、おひとりの方が「中村屋」と声をかけらました。場の雰囲気にぴったりの声で、お姿は見えませんでしたが、会の大向こうさんかなと思いました。(^^ゞ

12月歌舞伎座昼の部演目メモ
「操り三番叟」―勘太郎、松也、鶴松、獅童
「身替座禅」―勘三郎、三津五郎、巳之助、新悟
「野崎村」―福助、孝太郎、橋之助、彌十郎、秀調、
「大江戸りびんぐでっど」―勘三郎、染五郎、七之助、勘太郎、亀蔵、市蔵、彌十郎、福助、獅童、萬次郎、宜生、扇雀、三津五郎

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