「一條大蔵譚」 亀治郎の大蔵卿 2009.1.13 W234 |
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7日、浅草公会堂で新春浅草歌舞伎、第一部と第二部を通しで見てきました。
「一條大蔵譚」のあらすじ 大蔵卿の家来・八剣勘解由はひそかに播磨大掾広盛と通じ、常盤御前が源氏再興を企てているかどうか見張っていた。 その大蔵卿の屋敷へ広盛がやってきて八剣勘解由と密談しているところへ、大蔵卿が姿を現し、広盛に「靱猿」(うつぼざる)を披露しようと言って、勘解由の妻・鳴瀬と女狂言師としてやとったお京を相手に舞い始める。 広盛と勘解由はこの機会に乗じて大蔵卿を暗殺しようとするが、大蔵卿は舞いながら巧みにこれをかわし、何も気がつかなかったかのように機嫌よく立ち去る。広盛は勘解由に常盤をさらに厳しく見張るように言い残して帰っていく。 今年は浅草歌舞伎常連の獅童や愛之助がほかの劇場に出ているため、役者の人数が例年より少なかったですが、皆総出で一生懸命舞台をつとめていたうえ、お正月らしい華やかさがある演目が揃い、楽しく観劇できました。 第一部は勘太郎の口上で始まり、序幕の「一條大蔵譚」では珍しい「曲舞の場」が演じられ、亀治郎の大蔵卿がいかにもはんなりとお公家さんらしくて、阿呆ぶりもとても自然に見えました。舞を舞いながら敵をあしらうところは小気味よくきまり、初めてみた澤瀉屋の曲舞でしたが、大変面白く感じました。 大蔵卿の写真というとほとんどが手に持っている靱(うつぼ・矢を入れて背中に背負う入れ物のこと)。後の「奥殿の場」で大切な源氏の重宝・友切丸が入っていたということが明かされる靱を手に登場し、「靱猿」を舞うというのは阿呆を装っている大蔵卿のせめてもの抵抗なのかもしれません。 大蔵卿が鬼次郎に「とっとといなしゃませ」と言うセリフを聞くと、先代仁左衛門が映画の中で繰り返しお弟子さんに教えていたことを思いだします。十三代目は最初を時代に途中で切り替えて世話で言っていたのが、一瞬で大蔵卿のつくり阿呆への変身を現していて素敵でした。 亀治郎はこのセリフを最初から世話に言っていましたが、それはそれで自分のものにしていました。つくり阿呆にもどった大蔵卿が勘解由の首をかかえて大笑いしている場面で幕となりましたが、最後に首をボールのように思いきりほおりあげるやり方で見てみたいものだと思いました。 常盤御前の七之助は、凛とした美しい貴婦人で、初役とは思えない品格がありました。子供たちの命を救うためとはいえ次々と別な男の所へ行かざるをえない常盤の苦悩が感じられました。 ―ここは源頼光の館。先ごろから頼光が病にかかっていると聞いて家臣の平井保昌が見舞にやってくる。太刀持を連れて現れた頼光は、一條に住む女を訪ねた帰りに冷たい風にあたっていらい病にかかったと話す。 その後へ典薬の頭から薬をあずかった胡蝶が訪ねてくる。胡蝶は頼光から紅葉の様子を聞かれて、頼光をなぐさめようと舞を舞う。 しばらくの後、頼光が休んでいるとどこからともなく比延山の学僧・智籌と名乗る怪しい僧が姿を現す。智籌は自分の厳しい修行の様子を物語り、五大明王に頼光の病平癒を祈願すると言うが、太刀持の音若がこれを見とがめる。智籌が実は土蜘の妖怪だと知った頼光は一太刀切りつける。蜘の糸をはきながら智籌は姿を消す。 かけつけた保昌に、頼光はことのしだいを話し、自分の病気も土蜘のためだったと気づき、さっそく家来に土蜘を退治することを命令する。頼光の家来たちが土蜘の血をたどっていくと東寺の裏の古墳へ辿りつく。古墳を崩すとはたして土蜘があらわれて、日本征服をたくらみ都を守っている頼光を消そうとしたと語り、蜘蛛の糸をはいて最後まで抵抗するがとうとう保昌らによって退治される。― 七之助の胡蝶は喝食に壺折のこしらえが似合いとても綺麗でした。この踊りは能取り物ですが、能役者のように踏み出したつま先を最後にちょっとあげるという歩き方はしていなかったようです。 ぼ~っとしていた私はうっかり見過ごしてしまったのですが^_^;知人から伺った話では、いつもある間狂言がなく、それゆえに大変短い時間で蜘蛛の隈をとらなくてはならないということ。にもかかわらず凄味と迫力のある隈取りで、隈を取ることはめったにないと思われるのに、勘太郎にはセンスがあるなぁと感心しました。 頼光の松也には品があって良かったです。ただ太刀持ちが土蜘の正体を見破ったあと、後見が頼光の衣装の袖を龍神巻きにしますが、手際が悪く動いているうちに着崩れてきてしまったのにはハラハラしました。この演目をみるたびに芝のぶのきびきびとした鮮やかな後見ぶりが目にうかび、つくづく成駒屋は幸せだと思います。 第二部は亀鶴の口上ではじまり、最初が勘太郎の「一本刀土俵入」。勘太郎は誠実に演じていましたが、前半の取的時代の茂兵衛は田舎者ではあるけれど、若くておなかが空いているとだけなのに、知能がたりないように見えてしまうのは、後半との対比ということでしょうけれど、ちょっとやり過ぎだと思いました。 後半渡世人となった茂兵衛を勘太郎はすっきりと格好よく演じ、波一里儀十(男女蔵)との相撲の勝負もあっさりとしていました。最後の名台詞「十年前、櫛・簪、巾着ぐるみ、意見を貰った姐さんに、せめて見て貰う駒形の、しがねえ姿の横綱の土俵入りでござんす。」は叫ばずにもう少ししみじみと言ってくれたらもっと良かったですが、気持ちの良いさわやかな幕切れでした。 お蔦の亀治郎は前半は人生を半ばあきらめたような、酌婦らしいくずれた色気を出そうと少しがんばりすぎていたようです。茂兵衛がやくざ者の弥八に頭突きをくらわせる肝心の場面でお蔦は後ろを向いていましたが、それだと再開したときに茂兵衛の頭突きを見て「思い出した!」というのはちょっと不自然なのではと思います。しかし亀治郎の唄うおわら節には味があり故郷をしのぶ気持ちが感じられました。後半かたぎになりお君の母親として地道に暮らすお蔦を亀治郎は好演していました。 船印掘師(だしぼりし)・辰三郎の松也は、声がお蔦より高いためか軟弱な男という感じがしましたが、それも一つの辰三郎像かと思いました。子守の少女を演じた鶴松は短い出番ながらはきはきとした物言いが印象に残りました。 清大工の桂三、老船頭の由次郎、若船頭の宗之助の三人がいつもながら、のんびりとした田舎の風情を醸しだしていました。 大切りは七之助初役の「京鹿子娘道成寺」。きいたか坊主のくだりを短くカットし、紅白の幕が上がるとすぐに金冠の踊りからスタートしていました。鞨鼓を打ちながら踊るところは、わりに遅れがちになりやすいと思いますが、この点七之助は見事に踊っていました。 |
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この日の大向こう | ||||||||||||||
この日は大向こうさんもいらしていました。寿会の会長さんがみえていてその威勢の良いお声はお正月のおめでたい雰囲気をさらに盛り上げていました。一般の方もここぞというところでは数人、声を掛けておられました。 「土蜘」の怪僧・智籌の出は花道に明かりも入らず、もちろんどなたも声を掛けられません。花道七三で蜘蛛が台詞をひとくさり言い終わった時、会長さんの「中村屋」という声がきまっていました。 |
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新春浅草歌舞伎演目メモ | ||||||||||||||
第一部 ●「一條大蔵譚」 亀治郎、七之助、勘太郎、松也、亀鶴、京蔵、男女蔵 ●「土蜘」 勘太郎、七之助、亀鶴、松也 第二部 ●「一本刀土俵入り」 勘太郎、亀治郎、男女蔵、松也、亀鶴、鶴松、由次郎、宗之助、桂三 ●「京鹿子娘道成寺」 七之助、亀治郎、松也 |