CIによるカラーデザイン
1980年代からCI(Corporate Identity)が流行し、それは1990年代になる頃に交通事業者にも影響が広がりました。CIというのは、企業のブランディング戦略の一つで、企業の文化、特性、独自性などを統一したイメージで発信し、社会、顧客と共有することで、ブランド価値を高める手法です。
企業理念やビジョンを構築するほか、多くの場合、コーポレートマークやコーポレートカラーを制定し、それまでのイメージからの大きな転換をアピールします。交通機関の場合、そのボディカラーが変更される場合が多いことから、ここではそういった実例をご紹介します。
8-01 京王グループ(1990年〜)
路線バス(京王電鉄バス)
撮影:八王子駅(2017.4.30)
タクシー(京王自動車)
撮影:新宿(2017.2.18)
京王帝都電鉄(東京都)を中心とした京王グループでは、1990(平成2)年にCIを導入しました。
コーポレートロゴマークは1年前の1989年に制定されており、1990年に2色のコーポレートカラー(京王レッド、京王ブルー)を制定し、鉄道、バス、タクシーに展開しました。
バスとタクシーは、アイボリーの地色に、2色のコーポレートカラーのラインで、そのラインの先端はグラデーションを表現しています。
(CI導入については、京王電鉄50年史による)
鉄道(京王線)
撮影:高幡不動駅(2017.3.4)
京王線の電車は、元々アイボリーに濃赤のラインだったため、大きなイメージの変化はありませんが、2色のコーポレートカラーのラインに改められました。バスと異なり、グラデーションの表現はなく、全長に渡ってラインが引かれています。
コーポレートロゴマーク(社章)
1989年に制定された京王のロゴマークは、スピード感とダイナミズム(活力)を表現するため斜体とし、京王ブルーを基本に、アクセントとして京王レッドを加えています。単色ロゴの場合、アクセントは6本のストライプで表現します。
(京王グループ コーポレートロゴマークによる)
路線バス(京王バス南)
撮影:多摩センター駅(2019.11.9)
1997年に設立された京王バスでは、青色は使っていますがCIカラーとは異なるデザインを採用しました。
このほか、高速バスについては、CI導入直前の1989年に採用されたカラーリングを、ほぼそのまま使用しています。
8-02 アルピコグループ(1990年〜)
高速・貸切バス(諏訪バス)
撮影:諏訪市(1992)
タクシー(アルピコタクシー)
撮影:松本駅(2023.11.25)
松本電気鉄道(長野県)を中心にした松電グループでは、1990年よりGI(グループ・アイデンティティ)を導入し、まずは高速・貸切バスとタクシーのデザインを一新しました。
白地に5色のストライプは「ダイナミック・ストライプ」と呼ばれ、高原に咲き乱れる高山植物や草木の新緑をイメージしています。「Highland Express」のロゴマークは、スピーディなサービスを表します。
1992年にグループ名を「アルピコグループ」と変えました。これは、日本アルプスを背景とする地域に事業展開する「ALPINE CORPORATIONS」の略称です。その後、バス会社は2011年に3社合併の上、アルピコ交通と改称しています。
路線バス(川中島バス)
撮影:長野営業所(1992)
路線バスのカラーは1991年から変更されますが、地色がクリーム色になっています。またロゴも「Highland Shuttle」に変りました。
地色については、リフトバスやハイブリッドバスは白地で導入されており、一般車両も2000年代に入ってから白地に統一されています。
鉄道(アルピコ交通)
撮影:下新−大庭(2023.11.25)
鉄道車両のカラーは、1999年に導入された3000系からCIデザインが導入され、ロゴマークは「Higland Rail」となりました。
2022年に導入された20100系では、前面はデザインを踏襲していますが、側面はコーポレートカラーの「アルピコブルー」のラインに、「ALPICO」のワードマークを大胆に配置したデザインとなりました。
ワードマーク
1992年に制定されたアルピコグループのワードマークは、同時に制定されたコーポレートカラーの「アルピコブルー」を使用しています。
マークは、信州の山々で見ることのできる山の稜線から昇る日の出の輝きと、それを受けて輝く山肌をイメージし、ダイナミックに事業展開するパワーとスケール感を表現しています。
(GI制定時のパンフレットによる)
8-03 弘南バス(1991年〜)
弘南バス
撮影:左党89号様(弘前駅 2022)
弘南バス(青森県)では、1991年に設立50周年を記念してCIを導入しました。
「Kマーク」と呼ばれるシンボルマークを制定し、路線バスと高速バスは「Kマーク」を大きく展開した新デザインを採用しました。地色は単色で、路線バスはクリーム色、高速バスは薄茶色となっています。
貸切バスは従来のカラーを継続しています。
Kマーク
1991年に制定された「Kマーク」です。Kの文字に赤いアクセントが入ります。
弘南バスの場合、「KONANBUS」の文字が入りますが、グループ会社には「K-GROUP」の文字が入ります。
8-04 祐徳自動車(1991年〜)
貸切バス
画像:祐徳自動車公式カタログ(1996)
祐徳自動車(佐賀県)では、1991年にCIを導入し、貸切バスのカラーデザインを変更しました。
サブコーポレートマークに使用されている青と緑を使用して、頭文字Uをデザインしたものです。特別車や中小型バスには、赤と黄色を使用したものもあります。
サブコーポレートマーク
「Yutoku」の文字をデザインしたサブコーポレートマークです。
貸切バスの車体にも使われている青と緑でデザインされています。
8-05 名鉄グループ(1992年〜)
高速バス(名鉄バス)
撮影:名鉄トヨタホテル(2017.5.20)
名古屋鉄道(愛知県)を中心とする名鉄グループでは、1992年にCIを導入し、「MEITETSUウィング」と呼ばれるシンボルマークを制定しました。また人や地球への優しさを表す「MEITETSU Green」と、知的さ、信頼性を表す「MEITETSU Blue」の2色のコーポレートカラーを制定しました。
高速バスにのみ、コーポレートカラーが展開されています。
(写真は、シンボルマークが名鉄バスのものに変更された姿)
路線バス(名鉄バス→ミヤコーバス)
撮影:長谷川竜様(気仙沼営業所 2017.6.3)
路線バスは従来の赤と白のデザインを続けていましたが、2004年に名鉄バスとして分社され、2005年に「愛・地球博」が開催されるのを受け、2色のコーポレートカラーを加えたデザインが導入されました。もっとも、このデザインが採用されたのは、2005年の導入車両のみでした。
写真は、ミヤコーバスに移籍後の姿。
MEITETSU ウィング
1992年に制定された名鉄グループのロゴマークは「MEITETSU ウィング」と名付けられ、地域とともに成長する名鉄の姿と大きく羽ばたく姿を表現しています。
(名古屋鉄道(1994)「名古屋鉄道百年史」による)
名鉄バス シンボルマーク
2004年に名古屋鉄道から分社された名鉄バスでは、新会社発足に当たりVI(ビジュアル・アイデンティティ)を導入しました。新しいシンボルマークは、名鉄グループのシンボルカラーを使用し、「人と人、そして道が交差している様子と頭文字Mの形状を重ね合わせ」たもの。地域と人をつなぎ、未来へと発展していく企業姿勢を表現しているそうです。
(制作会社のtmcによる)
8-06 南海電気鉄道(1993年〜)
路線バス(南海バス)
撮影:泉ヶ丘駅(2024.1.12)
南海電気鉄道(大阪府)では1993年にCIを導入し、ブランドシンボルとシンボルカラーを制定しました。
これに合わせて、バスのカラーデザインを、2色のシンボルカラーを使ったデザインに変更しました。
分離子会社の南海りんかんバス、南海ウィングバスにも同じデザインが引き継がれました。本体のバス事業は2001年に南海バスとして分社されています。
CI導入時に電鉄本体ではなかったグループ各社は異なるデザインですが、熊野交通、御坊南海バス(2020年に合併により熊野御坊南海バス)はシンボルカラーを使用しています。
貸切バス(元御坊南海バス)
撮影:長野県(2018.8.12)
南海グループの貸切バス各社は、シンボルカラーを使ったデザインを採用しましたが、会社ごとに細部は異なります。
その後、分社や事業譲渡などを経て、現在では熊野御坊南海バスの貸切、空港バスがこれをベースにしたデザインで残るようです。
写真は自家用に譲渡後の姿(一部画像修正)。
ブランドシンボルマーク
新たに制定されたシンボルマークは、これまでの社紋である車輪と翼の組み合わせをリファインしたものと見られます。公式サイトでは、VI(ビジュアル・アイデンティティ)により、「総合生活企業として、未来に向けて力強く羽ばたいてゆく姿勢を表現」と記されています。
シンボルカラーは、南の海に輝く太陽のような情熱を表す「ファインレッド」と、おおらかで明るいヒューマンな心を表す「ブライトオレンジ」の2色です。
(南海電鉄(南海ブランド)による)
8-07 ユトリアグループ(1993年〜)
高速・貸切バス(山交バス)
撮影:山形駅(2023.12.9)
路線バス(山交バス)
撮影:山形駅(2023.12.9)
山形交通(山形県)は創立50周年を機に、1993年にCIを導入し、グループ名を「ユトリアグループ」と改めました。これは「ユートピア」と「ゆとり」を合わせた造語で、「ゆとり社会を開くグループの方向性」を意味しています。シンボルマークも同時に制定されました。
路線バスのデザインは、昭和時代の旧デザインの印象を想起させる濃い赤色で、シンボルマークとの統一性があります。一方、高速・貸切バスは水色で山をイメージした爽快なカラーで、印象は全く異なります。
1997年に親会社をヤマコーに社名変更し、バス部門は山交バスとして分社されました。
タクシー(山交ハイヤー)
撮影:山交ビル(2023.12.9)
山交ハイヤーの小型車です。カラーリングにバスとの統一性はなく、明るいブルーのラインに、赤い細線が入ります。シンボルマークは濃い赤色で、側面に大きく入ります。
シンボルマーク
1993年に制定されたユトリアグループのシンボルマーク。
コーポレートスローガンを「くらし・たび・あそび」とし、生活・旅行・レジャーの領域で事業を深める方向性を示しています。
8-08 アンビ・ア(1995年〜)
貸切バス
撮影:本社(2024.1.1)
タクシー
撮影:焼津駅(2024.1.1)
焼津観光自動車(静岡県)では、1993年よりCI計画「みらいプロジェクト」をスタートさせ、1995年に社名を「アンビ・ア」と変更するとともに、バス、タクシーのカラーデザインを変更しました。
新社名の「アンビ・ア(AMBIA)」は、「Ambience(環境・雰囲気)」と「一番である、優れている」ことを意味する「A」を組み合わせたもので、“最高の環境”“最高の雰囲気”を提供する願いが込められています。
コーポレートマーク
コーポレートマークは、知性と先進性、落ち着きと協調を表す「アンビアブルー」を使ったAMBIAの文字と、その両側に流れるラインがスピード感や街並み、風景・環境・行き交う人々・情報や時代の流れをイメージしています。
車両にも展開される三色のコーポレートカラーは、空と水の色である「アンビアブルー」、環境と安全の色である「アンビアグリーン」、明るさ、華やかさと情熱を表す「アンビアレッド」で構成されます。
(アンビ・アによる)
8-09 相鉄グループ(2005年〜)
路線バス(相鉄バス)
撮影:横浜駅(2017.4.30)
相模鉄道(神奈川県)を中心とする相鉄グループでは、2005年に創立90周年と横浜港開港150周年記念事業を契機に、CIを導入しました。初年度に経営理念とグループビジョンを策定し、2006年にグループマークとカラーを制定しました。
グループカラーは、知性と信頼、安心を表す「SOTETSU ブルー」と、活力ときらめき、楽しさを表す「SOTETSU オレンジ」の2色です。これまで使用色が異なっていた電車とバスに、同じカラーが展開されました。路線バスは2008年から、グループカラーをブロック状に配置した新デザインが採用されました。
高速バス(相鉄バス)
撮影:二俣川駅(2023.12.31)
相鉄バスの高速バスは、それまでのグリーン濃淡の塗り分けのまま、使用色を2色のグループカラーに置き換えています。
鉄道(相模鉄道)
撮影:和田町駅(2023.12.23)
撮影:天王町駅(2023.12.23)
相模鉄道の電車は、2007年より、明るいグレー地(ステンレス車はステンレス地色)の上下にコーポレートカラーのラインを2本入れるデザインに変更されました。
これまでは、アルミ車が赤帯、ステンレス車(10000系)が緑と黄色帯でしたが、コーポレートカラーに統一されました。
グループマーク
2006年に制定されたグループマークは、相鉄の頭文字のSをデザインモチーフとし、空間的な広がりと無限大/インフィニティをイメージさせる形から、グループの成長と各社の融和、きずなを表現しています。
(グループマークについては、相鉄グループとは/経営理念、及び相鉄グループ 経営と組織による)
鉄道(相模鉄道)
撮影:天王町駅(2023.12.23)
鉄道とバスのカラーデザイン統一が進みつつあった相鉄グループですが、鉄道については2016年から「YOKOHAMA NAVYBLUE(ヨコハマ・ネイビーブルー)」という新カラーを導入しました。
これは2017年に創立100周年を迎えるほか、都心への直通運転が予定されていることから、ブランドイメージと認知度向上を図ることを目的として立ち上げた「デザインブランドアッププロジェクト」に基づくもの。
深みのあるダークブルーは、横浜の街が刻んできた歴史をイメージしているとのこと。併せて、車体表示のフォントをドイツの工業規格をベースにした「DINフォント」に統一しました。
(相鉄デザインアッププロジェクトによる)
8-10 伊予鉄道(2015年〜)
高速バス(伊予鉄道)
撮影:松山駅(2018.7.12)
鉄道(伊予鉄道)
撮影:大手町駅(2018.7.12)
伊予鉄道(愛媛県)では、2015年に「チャレンジプロジェクト」を開始し、「乗ってみたくなるような電車・バス」をコンセプトにCIを導入しました。
バス、電車ともに、これまでもイメージカラーとして使用していたオレンジ色をリファインの上、車体全体に展開し、新しいロゴマークを大きく入れるデザインに統一されました。
ロゴマーク
2015年に制定されたロゴマークは、どっしりした線は安心感と信頼感を、動きのある「O」は車輪のイメージと、人と人が向き合うことでお客様を大切にするイメージを表します。
オレンジ色は“愛媛らしさ”を表現します。
(いよてつ チャレンジプロジェクトによる)
CIとカラーデザインの関係性(解説)
- 1.CI=カラーデザインではない
-
冒頭で書いたとおり、CIというのは企業の経営戦略であり、必ずしも外装に影響が及ぶとは限りません。
1989年にCIを導入したはとバスは、シンボルマークを制定したものの、バスのカラーデザインは変えていません。
逆に、カラーデザインの変更・統一をしたものの、CIを導入したわけではないという事業者も多く見られます。
本ページでは、これらの事例には触れていません。 - 2.名称変更を伴うCI
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1990年代初めにCIを導入したバス事業者で、Kグループやアルピコグループ、ユトリアグループのように、グループ名を変更する例が見られます。焼津観光自動車は会社名自体を「アンビ・ア」に変えました。
これらは、交通企業のネガティブなイメージを払しょくすると同時に、多角的事業展開による総合生活産業であることを強調する意味があったものと想像します。
アルピコはその後、グループ各社をアルピコを冠した社名に変更し、バス・鉄道も合併によりアルピコ交通と改めています。一方、ユトリアグループはその後の社名変更でも「ヤマコー」「山交バス」などとしており、企業名とグループ名とは一線を画す方針のようです。 - 3.統一されないデザインもある
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名鉄グループでは、CI導入後も鉄道や路線バスのデザインは変えていません。弘南バスでも、貸切バスのデザインは変えていません。
従来のデザインの定着度合いや、変更によるコストの面から、すべてのカラーデザインを統一することをしない事例が相当数あるのです。
逆にアルピコグループでは、すべてのカテゴリの車両に統一デザインがほぼ完全に展開されています。 - 4.時代とともに変わることもある
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CIを導入したからといって何かが完成したわけではありません。企業も社会も成長や変化を続けます。
京王グループではCI導入7年後に分社によって成立した京王バスで、CIデザインと全く異なるデザインを採用しました。
相鉄グループでは、鉄道とバスでカラーを統一したにもかかわらず、CI導入の10年後に、鉄道のカラーデザインを完全に方向転換しています。 - 5.コンセプトに揺らぎもある
- アルピコグループでは、最初に車両デザインを決定し、その2年後にグループ名を決定するという段階を踏んだことから、グループ名の「アルピコ」とグループカラーの「アルピコブルー」は、車両デザインには含まれていません。結果的にCI導入から30年後に導入した鉄道車両において、前面は車両デザインを踏襲し、側面はグループカラーという複合展開をしています。
- 6.結果的に長く使われる優れたデザイン
-
通常のデザイン変更に比べて、CI導入という一大プロジェクトには破格の投資が行われるケースが多いものと思われます。アルピコと名鉄のCIは、アメリカのブランディング大手であるランドー・アソシエイツ社が手掛けています。同社はJTB(1988年)、日本航空(1989年、2003年)など日本の数多くの大企業のCIを手掛けた会社です。
必ずしもお金をかければ良いものができるというわけではありませんが、CIによって導入したカラーデザインの多くが、導入後も長く使われ続けています。