その後の廃車体
東磐交通
東磐交通は企業送迎や路線バスの廃止代替などを行っており、自家用出身の中古車から、首都圏の路線バスの中古車までバラエティな陣容で構成されています。廃車体
撮影:一関市民様(岩手県 2008.3.9)
東磐交通 日産デ4R82
撮影:一関市民様(岩手県 2008.3.9)
東磐交通の80年代カラーの廃車体。私が“その頃”撮影した中にはない車両です。短尺車で、側面最後部の窓が幅広なのが特徴。
塗装の下から赤い色が見えますが、多分、元は自家用の送迎バスだった車両だと思います。
廃車体(岩22か2093)
撮影:左党89号様(岩手県 2005.3.21)
東磐交通 いすゞBU20KP
富士重工製R13ボディの貸切タイプです。UDマークがついていたとのことですが、エンジン点検蓋の大きさから、岩22か2093ではないかと思います。この車両、現役時代から、いすゞ車でありながらUDマークをつけていました。
このボディでのUD車も当たり前に存在するだけに、廃車体になっても人を悩ませる車両です。
廃車体(岩22あ82)
撮影:左党89号様(岩手県 2006.10.14)
東磐交通 トヨタK-BB11(1980年式)
まだコミュニティバスなどという呼び方が生まれる前、東京都交通局がマイクロバスを使って官庁街を運行した「ミニバス」のなれの果て。
赤帯の塗り分けがかっこよく変更されているので元の登録番号は岩22あ82だと思われます。
廃車体
撮影:一関市民様(岩手県 2008.3.9)
東磐交通 いすゞCCM410(1977年式)
撮影:一関市民様(岩手県 2008.3.9)
こちらは東磐交通の90年代カラーの廃車体。私は出会っていない車両です。
多分、路線引継ぎに伴いJRバス東北から譲受した車両で、方向幕周囲の形状に特徴があるいすゞCCMの初期型。
(注1)
廃車体(岩手200あ47)
撮影:左党89号様(岩手県 2006.10.14)
東磐交通 いすゞP-LV314K
東京都交通局でスクールバスとして使用されていた車両。中ドアに車椅子用リフトがついており、外観が貸切バス風なので、これをリフト付の貸切車として譲受したというアイデアです。
残念ながらこれも廃車になってしまったようです。