絵葉書でめぐる日本バス紀行(京都府)
京都府は、南北に長い県で、北部は丹後半島、舞鶴湾、若狭湾などで日本海に接し、南部には平安京、長岡京などの古都がある京都盆地があります。その中央には丹波山地があるため、北部は日本海気候の特性を持ち、南部は太平洋気候の特性を持つなど、その地勢は大きく異なります。
京都盆地周辺は、東海道により交通の利便はよく、都市部であるとともに、内外からの観光客も多いエリアです。当然、観光絵葉書も多く発行されています。
京都盆地周辺は、東海道により交通の利便はよく、都市部であるとともに、内外からの観光客も多いエリアです。当然、観光絵葉書も多く発行されています。
京都市域
京都 二条城
撮影時期:1950年代前半(1951年以降)
東本願寺
撮影時期:1950年代後半
木造建築としては世界一と称せられ慶長七年徳川家康が教如上人に寺地を与え創建せしめた真宗大谷派の総本山「毛網」は往古巨材引き上げに利用した。
手前の緑色のバスは本来は赤と水色のツートンカラーに白い境界ラインの入った滋賀交通京都営業所の観光バス。
クリーム色と赤のバスは京都観光バスのようです。日野BD13あたりでしょうか。
東本願寺
撮影時期:1950年代後半(1957年以降)
東本願寺の前に集う観光バス。
手前は北陸鉄道で、側面に愛称名が入っています。三菱R280(1957年式・新三菱ボディ)です。この絵葉書の中では最も新しいバスでしょう。(注1)
その後ろは同じく北陸鉄道ですが、いすゞBA341(1956〜59年式・川崎航空機)と推察します。
後ろの方で発車しようと角度を変えているバスは、京阪バスの富士重工R7型ボディ。
さらに後ろの方には、川崎ボディの初期リアエンジンバスなど、興味深い車両も見えています。
三条大橋
撮影時期:1960年代
春は加茂川三大橋の一つ、創設は一四世紀以前と言われ、東海道、東山道、北陸道の起点はこの西詰であった。この西詰にある石柱は天正十七年(一五八九)に架橋した記念橋柱である。前を行く乗用車は日産セドリック(1960年〜)。
三条通りを西に歓楽街京極あり日夜往来する人で賑わう。
京都市営バスは三菱MR470(西日本車体)のように見えます。手彩色で、帯の色が赤っぽくなっていますが、緑色のはずです。
二条城
撮影時期:1970年代(1973年以降)
二条城
慶長8年(1603)徳川家康が造り、家光が増築し、約250年間徳川家の京屋敷であった。天守閣、本丸等は焼失し、二の丸御殿、隅櫓、米蔵などが残っている。
手前の1台は三重交通の三菱B8/B9系列(呉羽ボディ)、奥に2台いるのは丹後海陸交通のいすゞBU20KP(1973〜74年式・川崎ボディ)です。
丹後地域
丹後半島一周のドライブウェイ
撮影時期:1960年代前半
丹後半島の断崖を行く観光バス。
バスは丹後海陸交通のいすゞBA341(1956〜59年式・川崎航空機)と推察します。
経が岬レストハウス
撮影時期:1960年代前半
丹後半島の北端にある経が岬のレストハウスで休憩する観光バス。
バスは丹後海陸交通のいすゞBR351(BR20)(1961〜64年式・川崎航空機)と推察します。