ヨーゼフ・シゲティ Joseph SZIGETI (September 5,1892 - February 20,1973)

 求道的な芸術家との誉れ高い ヨーゼフ・シゲティは、1892年ハンガリーのブダペストに生まれた。 彼は幼少時からプロの音楽家だった父とおじから ヴァイオリンの手ほどきを受けていたが、やがてブダペスト の王立音楽院でイェネ・フーバイに師事し本格的な勉強を始めた。ヨアヒムや ブゾーニといった巨匠からもその才を認められて親しく教えを受け、 10歳で初めて公衆の前で演奏し、早くも1905年13歳で ブダペスト・デビューを果たした。ベルリンとドレス デンで演奏した後、1907年にはロンドンにてデビューし、6年間イギリスを 中心とした演奏活動を行った。このように彼は10代のうちからすでに国際的なヴァイ オリニスト、学究的音楽家として広く世間に知られるところとなっていたのであった 。

 第1次世界大戦中はやむなく音楽活動は 中断したが、20年代に入って急速に活動を展開、24年から27年の間になんと11回もソ連を訪れている。 25年にはストコフスキーの指揮のもとアメリカデビューも果たした。30年代には、東アジア、 オセアニア、南アメリカ、南アフリカ、日本においても公演を行っている。

 シゲティの演奏会のプログラムは、 それまでの19世紀のヴィルトゥオーソや当時流行のヴァイオリニストの プログラムとは趣を大きく異にしていた。彼は、当時「現代作曲家」 「前衛作曲家」と呼ばれたバルトーク、プロコフィエフ、ブゾーニ、ブロッホ、ストラヴィンスキー、 アイヴズ、ベルク、ミヨー、ラヴェルなど多くの作曲家の作品を率先して世に紹介した業績でも 知られている。同時に、バロックや古典のスタンダードな名曲についても 深い洞察力をもって向き合い、当時のヴァイオリンの大家達から不当にも軽視されていた 古い曲目の数々を蘇らせるべく、新鮮で最も適切な解釈をもって演奏した。

 彼の音楽表現は感情的な衝動にはいささかも 由来しなかった。あえて美音や聴衆に好まれる華やかな技法を求めず、常に音楽そのものの持つ 精神性を重視し、学究的な裏付けを持って細心の注意を払い演奏する・・当初アメリカではそんな 彼のスタイルは控えめすぎると不評で、クライスラー、ハイフェッツ といったスター・ヴァイオリニストのようにいつも大きなホールを超満員にすることはなかったが、 彼の演奏会には、積極的に音楽を求める熱心な聴衆や知名度の高いヴァイオリニストたちが好んで 聴きに集まったという。

 シゲティは1960年代前半に演奏活動を打ち切るまで、 その時代の最も傑出したヴァイオリニストの1人として世界を股に掛けた活躍を続けた。一 時はアメリカに移り住んだが、1950年代後半にヨーロッパに戻りスイスに居をかまえ、 後進の指導にも尽力した。引退後はおもに著述に時間を費やし、 数々のヴァイオリン作品の校訂を行った。彼のベートーヴェンのヴァイオリンソナタについての 研究書は、後世のすべてのヴァイオリニストの指針ともいうべき存在になっている。1964年に 刊行された「弦によせて」(日本語版・音楽之友社1967年)は、半世紀に渡る彼の音楽探究 の回想録であり、彼の音楽家としての鋭い視点と深い人間性をうかがい知ることができる。

 シゲティは1973年2月20日スイス・ルツェルンにて 永眠した。80歳であった。


 シゲティの魅力を再認識したのはつい最近のこと である。初めてよいと思ったのはやはりバッハの無伴奏ソナタ&パルティータだったが、その後、 他の曲目の演奏についてはあまり触れる機会もなく何年も過ぎた。

 音楽とは不思議なもので、前に1度聴いたきりになっていたCDを再び取り出して聴いてみると 意外な驚きがあることがある。聴き手の気分か体調か、はたまた少しは音楽的に成長して受け皿が 育つせいなのか。---シゲティの場合がそんな感じだった。ずっと以前から彼が良い音楽家であることを 知らなかったわけではない、CDもいくつか持っていた。でもあるときあらためて聴いてみると… シゲティってこんな弾き手だったの!めちゃくちゃおもしろ〜い!…前に聴いたときに気が つかなかったのが甚だ不思議である。

 学究的という評判からすれば堅苦しい雰囲気を想像するがそうではなく、たいへん自由である。 といって崩している印象はない。楽曲をくまなく知り尽くしている故に生じる余裕でもって自由さを 謳歌している感じである。実に爽快。表現故に音がかすれたりいわゆるミスタッチも多いが、 向こう側には明らかに彼の芸術が脈々と流れており、かえって音の生まれる刹那を感じることが できて愉快ですらある。聴いているとついシゲティ先生の性格など想像して楽しんでしまう。渋い、 かむほどに味わいのある素敵なおじさまだったんじゃないだろうか。(^^;)

 まだそれほど彼の録音をたくさん聴いたとは言えないが、今後どんどん聴いてみようと思っている。 今、私の中で最も新しいヴァイオリニストである。


→次のヴァイオリニストへ,Next 

→ヴァイオリニスト一覧へ戻る,Back to Violinists Index

→初めのページ