記憶に残る名馬達 第四回

「栄光の7歳世代 クラシック飛翔編」


その日は、何か悪い事が起こりそうな予感があった。身支度をしていたら鏡が突然割れて、黒猫が
目の前を横切ること4回、シューズの紐が3回切れ、気分を変えようと空を見上げると・・・
どう見ても地震雲です。本当にありがとうございました。
帰ろうかな・・・。と思うこと38回目、待ち合わせ場所の地下の喫茶店に到着した。
 
この日は久しぶりにGohさんと会う予定だった。昨日の携帯電話の「ひさしぶりに会いませんか」と
いう嬉しそうな声を思い出す。今思い出してみると何か企みでもあるような気もしてきた。
5分ほどしてGohさんがやってきた。
Goh(以下G)「すいませんね。突然呼び出したりして」
レポーター(以下R)「いえいえどういたしまして。ところで何かあるんですか?」
G「栄光の名馬コーナーの第4回をやろうかと思いまして」
R「・・・ええっ!?あのコーナーは3回で終わりじゃなかったんですか!」
G「何を言っているんですか、これからが本番ですよ♪」
R「あー残念だなぁ、実は別件の仕事があって、こっちの仕事はできないんですよね(棒読み)」
G「さっき埼スタでレッズを応援している編集長さんから電話でこっちを優先にする許可をもらった
  から大丈夫ですよ」
R「・・・鬼め」
G「それに」
府中競馬場在住K氏(以下K)「久しぶりですにゃ〜」
G「もう来ちゃいました」
R「おまえもいるのか・・・」
厄日だ・・・やはりここに来ちゃいけなかったんだ・・・。とはいえ編集長の許可もあるというから
一応取材しておかなければならない・・・仕方なくレコーダを出して取材する事にした。
 
R「今回は第4回ですが、どんな、名馬なんですか」
G「これからこのコーナーに登場するのが第1回のサンヴァレーと同じ2002年クラシック世代の
  馬が中心になるんですよ」
R「時々話題にでている栄光の7歳世代ですね」
K「なんていいますか当たり年でしたね」
R「いや、本当に当たり年なのか正直イマイチよくわからないんですが、どういう馬がいるのか
  教えてくれませんか」
G「ええ、記憶に残る馬ばかりだと納得すると思いますよ。と、その前に」
K「2002年クラシック組が出てきた時代を最初に説明しておくほうがいいですね」
R「それは重要ですね。どんなレベルの年だとかわかりますからね」
 
G「まずは中長距離部門。前年でテイエムオペラオー、メイショウドトウ、ステイゴールドといった
  超大物が引退しました」
R「では世代交代時期でレベルがやや低い時期だったのですね」
K「とんでもない、3歳でジャパンカップをジャングルポケット、有馬記念をマンハッタンカフェが勝
  ってきっちり世代交代してましたし、旧世代の生き残りのナリタトップロードに、秋の天皇賞を
  勝ったアグネスデジタル、2000年の二冠馬エアシャカール、宝塚記念馬ダンツフレームにGI
  常連ツルマルボーイと、トップクラスは依然高いレベルが揃っていました」
R「マイル・スプリント路線はどうなんですか?」
G「海外GIを勝っているエイシンプレストンとアグネスデジタルを中心に、アドマイヤコジーン、キン
  グヘイローと質も粒も揃っています」
R「牝馬路線は?」
G「私の追いかけていたレディパステル、前年の最優秀3歳のテイエムオーシャン、ダイヤモンドビ
  コーなど、多くは無いものの強力な馬がいます」
K「ダート路線はクロフネ、ウイングアローという一時代を築いた馬が引退したんですが、この路線
  もアグネスデジタルが君臨しています」
R「なるほど、それなりに世代レベルが高くないと活躍できないという状況だという事はわかりまし
  た」
 
R「では問題の2002年クラシック世代について教えてください」
K「まずは一番の特徴なんですが、サンデーサイレンス産駒が活躍しませんでした」
R「それだけでもかなり特殊な年ですね」
G「それと、3歳夏までの牝馬路線は黒歴史です」
R「く、黒歴史?」
K「触れちゃいけません」
G「それでは、この世代の話題の馬だけで数冊の本ができてしまうので何回かに分けて紹介して
  いきます」
R「はあ・・・ではよろしくお願いします」
 
K「まず2歳王者はアドマイヤドンです。母はベガ、兄アドマイヤベガに続くダービー馬が期待され
  ていて2歳は兄以上の成績である朝日杯FS勝ちを収めました。しかしクラシックは善戦どまり。
  菊花賞4着を期にダートへ路線変更しました」
R「ずいぶん早い見切りですね」
G「母ベガ(オークス馬)で兄がダービー馬で自身もクラシック好走と、昔なら『ダートを使うなんて
  とんでもない!』という批判も出るところでしょうが、去年クロフネが路線変更で大成功してる
  事もあり、大きな批判は無かったんです。そしてJBCクラシックに参戦して2着に7馬身差の
  圧勝。以後はダート界のトップとして長く活躍しました」
R「2歳からトップクラスにいて6歳まで走っていたんですね」
K「長期間トップクラス能力維持というのはこの世代で珍しくないんですよ」
R「そうなんだ・・・」
G「最終的にGT7勝」
K「晩年にゲート難が発生した珍しい馬でした」
 
G「次は皐月賞。このレースを単勝万馬券(15番人気)で勝ったのがノーリーズンです」
R「いましたねぇ・・・そんな馬が」
K「ダービー後に武豊が主戦となって、神戸新聞杯でシンボリクリスエスの2着。皐月賞はフロッ
  クで無いとアピール。菊花賞は1番人気となりました。思えばこの時がこの馬の短い全盛期
  でした」
G「そして菊花賞はスタート直後に武豊落馬」
R「・・・」
K「20年前なら暴動でしたね。うん」
G「その後はそこそこの成績でそこそこ現役を続けて引退」
 
K「次はテレグノシス。ご存知のとおり東京競馬場のレースのみ好走。東京コースが得意という
  よりも東京コースでしか力を発揮できないという困った特性を持っていました」
G「ネタ馬として扱われていますが、スプリングSではタニノギムレットの2着と実力がある馬だっ
  たんですよ」
K「NHKマイルは4角で14番手から直線追い込んで差し切り勝ちしましたが、この脚質がなぁ・・・」
G「ハイペース、スロー、超スローだろうと関係なく後方一気だけに徹した脚質ですからね。杉浦
  調教師を嘆かせていましたね」
R「コンビの勝浦騎手が問題だったのでは?」
K「と、杉浦さんも気がついたらしく、デムーロ・横山典・蛯名、今年2006年の安田記念はついに
  武豊騎乗でしたが結果が出ませんでした」
R「じゃあ勝浦騎手が原因じゃないのか」
K「いや、でもあの位置取りは勝浦君が原因ですよ、確実に(笑)」
G「ネタ馬とはいえ、GII京王杯SC,毎日王冠を勝って、GI安田記念2着と結果も出して『切るに
  切れない』という馬券オヤジ泣かせ馬として活躍してくれました」
 
R「次はクラシックの頂点、日本ダービー」
K「皐月賞・NHKマイル・日本ダービーと3連続1番人気がタニノギムレットでした。ここは堂々
  と押し切ってダービー制覇。このダービーのプレゼンテーターは小泉首相、馬主さんが燕尾
  服の正装までしてきたのはタニノギムレットの馬主さんだけでしたから、優勝盾を貰うべき
  人が貰ったというダービーでしたね」
R「しかしダービー後に脚部不安で引退ですね。この春の3連戦が過酷だったという批判があり
  ました」
G「シンザンとか昔の馬は皐月賞から一戦叩いて日本ダービーというのが普通ですし、皐月賞
  を勝てなかった馬が権利を取るためにダービートライアルを使うのと同じローテーションでしょ。
  批判の根拠がありません」
K「それに、大事に使って勝てなかったら馬の未来が無くなるんです。仕上がったこの時期に勝
  負を賭けて結果を出した陣営を褒める話はあっても批判するのは競馬・競争馬の現実や価
  値の本質をしらない素人ですね」
 
R「ところで阪神JFや桜花賞とかオークスは?」
K「無かった事にしてください」
R「いいんですか?」
G「秋以降にまったくx100 影響していませんから問題ないかと」
R「はあ・・・」
 
K「タニノギムレットの引退後、この世代の2番手にいたメンバーが一同に介したのが神戸新聞
  杯でした。このレースを制したのが、ダービー2着、後に同年の秋の天皇賞、有馬記念を制
  するシンボリクリスエスでした」
R「菊花賞には目もくれず、天皇賞参戦を決めましたね」
G「長距離路線には興味なく、翌年も春の天皇賞付近は休養でしたね」
K「秋の天皇賞はナリタトップロードを2着に下して、見事に3歳で優勝。JCでは1番人気で日本
  馬最先着(3着)、有馬記念優勝で年度代表馬となりました。翌年は宝塚記念5着の後、秋の
  天皇賞を史上初の連覇、JCはタップダンスシチーの逃げに敗れますが、有馬記念を9馬身
  差のレコード勝ちという強烈なインパクトが効いて、3冠牝馬&クラシック2冠馬を差し置いて
  2年連続の年度代表馬となりました」
R「有馬記念の日に引退式というのを自ら飾りましたね」
K「藤沢調教師はあと1年現役を続けて海外挑戦したかったと残念がってました。翌年はこの厩
  舎のゼンノロブロイが秋古馬3冠を達成するんですが、そちらよりシンボリクリスエスへの期
  待の方が高かったというところがさらに価値があると思います」
 
G「1番人気のノーリーズンがスタート直後に落馬という波乱のスタートになった菊花賞を勝った
  のがヒシミラクルでした」
R「ヒシミラクルは10番人気で、2着が16番人気のファストタテヤマ。大波乱ですね」
K「タニノギムレットがダービーを勝った日にやっと10戦目で未勝利を脱出、抽選で菊花賞にギ
  リギリ滑り込んだというだけでもミラクルです」
R「その後、有馬記念11着は仕方ないとしても、阪神大賞典12着、大阪杯7着。やはり菊花賞
  はフロックだったかという声も妥当だったと思います」
G「ところが、春の天皇賞は7番人気で1着。『菊花賞馬は春の天皇賞に強い』という当たり前
  の格言を思い出して悔しがった人も多かったでしょう」
K「ちなみに、その格言を信じて翌年にザッツザプレンディを買って悔しがった人も多かったで
  しょう(笑)」
G「で、大事件の宝塚記念です」
K「あの週の土曜日お昼頃でしょうか、Gohさんから電話が来たんです。Gohさんはライフワ
  ークの福島競馬をやるため朝早くからWINS新橋に出勤していました」
R「ライフワークなんだ・・・」
K「で、当然私は訊いたわけですよ『明日の宝塚記念のオッズってどうなってる?』と」
G「その時点の2.4倍の1番人気がヒシミラクルでした」
K「確かに天皇賞馬だけど・・・あり得ねーと、びっくりしたと同時に、何か情報があったのでは
  と考えましたね」
R「ああ、あの単勝を1200万買った人がいたという・・・」
K「相手はシンボリクリスエスやタップダンスシチーにツルマルボーイとか中距離のエキスパ
  ート。菊花賞と春の天皇賞を勝ったのは長距離血統だと思った人はまずヒシミラクルは買
  えません」
R「最終オッズは16.3倍まで落ちましたから、みんなそう考えたんでしょうね」
G「で、1着。単勝馬券1200万は約2億円になりました」
K「続く秋の京都大賞典では、その年にJCを9馬身差で勝ったタップダンスシチーと0.2秒差の
  2着と、力のあるところを見せました」
R「ですが残念な事に故障してしまい、復帰後も調子が上がらないままの引退となりました」
G「この馬から得た教訓は多いですね。『単勝が異常に買われたら疑って掛かれ』とか、『菊
  花賞馬は強い』とか」
K「強い馬が勝つんではなく、勝った馬は強い・強くなるを自ら示してくれた馬でした」
 
G「暗黒の2002年牝馬路線に颯爽と現れたのが、ファインモーションでした」
R「春は怪我で休養していたんですね。で、函館で復帰して大楽勝x2。しかも秋華賞、エリ
  ザベス女王杯も楽勝ですね」
K「この年の春の牝馬のレベルがわかっていましたので、ローズSからエリザベス女王杯まで
  何の疑いもなく単勝につぎ込んで取らせて貰いました」
G「圧倒的なレース振りや武豊が絶賛した事もあり、この年の年度代表馬の最有力候補で、
  有馬記念では3歳牝馬なのに1番人気になりました」
K「ワシも当然軸馬です」
R「しかしレースはタップダンスシチーとの逃げ争いに巻き込まれたりして、勝ったのはシンボ
  リクリスエスの5着に敗れました」
K「タテ目がシンボリクリスエスとタップダンスシチーで取りました。万馬券ウマー」
R「翌年のJC馬と有馬記念馬の組み合わせで万馬券というのも・・・今振り返ってみると凄い
  レースでしたね」
K「ちなみにこのレース、Gohさんが夢で当てているんです」
R「へ?」
K「レースが終わった後でGohさんのところに電話したら、寝ていたらしく『夢で有馬記念を見
  た』というんです」
R「で、シンボリクリスエス1着を見ているんですか。予知夢だ!Gohさんすごいじゃないです
  か!」
G「いや、でも2着の馬がステージチャンプだったんですよねぇ」
R「単なる妄想かよっ」
 
K「と、言う事で、2002年から活躍したGT馬の紹介が一応終わりました」
R「もう疲れました」
G「何を言っているんですか、この世代の説明をマラソンにたとえると・・・」
R「そろそろ20キロ地点ですか」
K「今やっと陸上競技場を出たところですよ」
R「勘弁してくれ〜〜〜〜」
つづく


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