南アルプスの山梨県側山麓にある南アルプス市芦安の温泉宿を基地にして,夜叉神峠からわが国第二の高峰北岳をはじめとする白根三山の眺望を楽しみ,北岳の登山口”広河原”から甲斐駒ケ岳・仙丈岳の登山口”北沢峠”まで足を延ばし山の涼気にひたってこようと残暑厳しい東京を抜け出した。 当初は,8月の初めを予定したのだが,台風接近の恐れがあり,20日程遅れての旅となった。延期したにも拘わらず今回も天候に恵まれず,期待した南アの森林が豊かでスケールの大きな山容をカメラに収めることが出来なかったのが残念であった。 しかしながら高校生時代から,その名に何故か惹き付けられ,いつか訪れて見たいと思っていた”広河原”と”北沢峠”,そして素晴らしい山々を垣間見たり,沢山の元気な高年登山者達と接し,若いころに背骨&腰を痛めて,それ以来山登りを断念していた身に,再び山行きを始めたいなあ~という気をちょっぴり起こさせてくれた旅であった。
新宿13:00発の”あずさ”で甲府へ。 東京よりも暑さが厳しい甲府盆地。駅前バスターミナルでは,駅頭で貰った宣伝うちわ(珍しく骨が竹製で丈夫。思わず三つも貰った)をバタバタ扇ぐも効果なし。 芦安行きバスを待つこと30分。やがてやって来た一般乗り合いバスは,病院帰りの人,買い物帰りの人,学校帰りの地元の人たちで満員,次第にその殆どの人達が降りてしまい,終点「芦安(あしやす)」で下車したのは,私達と同じくリュックを背負ったご夫婦(翌日の夜叉神峠登山で再び顔をあわせることになる)の4人だけである。(甲府~芦安 山梨交通バス 960円) さて,ここから,今夜の宿「市営南アルプス温泉ロッジ」まで,およそ2kmと教えられた林道をテクテク歩くことになる。午後4時を廻ってはいるものの陽はまだ高く,アスファルト路面からの厳しい照り返しも加わり(関東甲信越は今年一番の暑さだったとか!),汗みどろになってロッジに到着。2kmどころではない,3km近くあったのではないか! もう少しで到着という辺りで,ロッジの名前が入ったミニマイクロ車が満員の客を乗せて,追い抜いて行った。「えっ 送迎して呉れるんだったのかいな?」 サイトにはそんなことは何も書いてないし,バス停からの道順を記した地図が載っているのでてっきり徒歩しかないのかと思っていたのだが,もしかしたら依頼すれば車を出してくれたのかも知れない。が,今となってはあとの祭りだ,でも明日の山登りの足慣らしと思えば好いかとプラス思考する。 今晩のロッジは,満員。 広島県から来たという20人ほどの高年者グループは鳳凰三山縦走,中年男性3人グループは白根三山縦走だという。皆さん元気いっぱいの中高年登山者である。
南アルプス温泉ロッジの前の広場から”芦安市営駐車場”発”広河原”行きの山梨交通バス&乗り合いジャンボタクシーが出ている。一昨日の日曜日までは夏時間運行で午前中だけでも5便もあったが,昨日からは07:10と12:10発の2便となってしまった。 前夜に”おむすび”を造って貰っておいての早朝出発である。上空にはイワツバメが群舞しているなか,25人乗りミニバスは満員で出発,すぐ”山の神ゲート”(標高900m)から南アルプス林道に入る。およそ25分で”夜叉神峠登山口”(標高1370m)に着く。 私達は,ここで下車(バス料金 610円)し,峠を目指す。 登り口右手に,昔盛んだったころのバンガローの残骸が見えるのに哀れを感じる。 しょっぱなからきつい急坂がしばらく続く,エンジンの懸かりの遅い妻が,息を切らし始めた頃合を見計らって朝食休憩をとる。昨日バスで一緒だった夫婦連れは,夜叉神峠から北へ鳳凰三山へ向かうと言ってずんずん先を登って行った。私達は,あとから登ってきた数パーティーにも追い抜かれながら,登山道脇に咲く花々の写真を撮りながらマイペースで登る。 唐松の造林帯とブナやミズナラの自然林がミックスしたジグザグ道がしばらく続く,やがてクマザサが多くなり,昔の炭焼き窯跡,五本松,少し急登の後,平らな道を進むといきなり視界が開けて標高1770mの夜叉神峠に到着。 そのまま進むと夜叉神峠西登山道(今は,通行者が殆ど居ないためか通行不可の表示板あり)左方向は高谷山(標高1842.1m),右手は夜叉神峠小屋,鳳凰三山方向への道である。 通常は,60~80分の登りを,2時間10分もかけて峠頂上に立つ(標高差400m)。 本来ならここから白根三山の雄大な姿が望めるはずなんだが! 朝方は天気が好かったのだが,登っている途中から雲が出だしたので,これでは山が見えないかなと懸念していたのだが,予想通りお目当ての白根三山は,中腹から上が雲の中,帰りのバスを一便遅らして頂上で粘ったが晴れ間は出そうも無く諦めて下山する。 夜叉神峠からの眺めは,南アルプスNETの山岳館ギャラリー”ライブカメラ”で楽しむこととする(あまり鮮明な画像ではない)。 峠で雲の切れ間を待っている間,独りの登山者と言葉を交わす。今朝,家を発って車を登山口においてこれから5時間登り一方の鳳凰三山(薬師岳・地蔵岳・観音岳)を目指すと云う。下る途中でも,同じく鳳凰三山縦走に向かうかなりの高年者グループと出会う。皆さん元気だなあ~ バス停前の休憩所で,昼食にお蕎麦を食べて芦安駐車場に戻り,「南アルプス芦安山岳館」を見学(入館料200円)。
翌朝,ゴォ~という木々の葉を揺らして吹きぬける風と,激しく屋根を叩く雨音で目を覚ます。時折雷も鳴っている。 うわ~ ナンという事か!この天気では,南アの山々を眺めることはおろか軽装で来ている私達にとっては,山奥まで入ったら気温も下がり危険でさえある。出かけるのは中止しようと一旦は,再び寝床に入る。 6時のTV天気予報では,午後からは雨があがると天候回復を伝えている。 「よし!駄目でもともと 行くか!」と意を決してそさくさと支度して,バス停へ向かう。 昨日と同じく7:10発の広河原行きミニバスである。乗客は10人ほど,重装備の人やら比較的小さなザックの人やらみな山行スタイルで,リュックは背負っているもののバッグを肩にかけたりヤッケも着けていない観光客スタイルなのは私達だけである。隣り合わせた人は,70歳だという単独男性登山者,今朝埼玉県川越の自宅からマイカーでやってきてここ芦安の市営駐車場に車を置いて,仙丈岳・甲斐駒ケ岳・北岳をはしご登山すると云う。日本百名山のうち既に80を登山し終えた,今年は20をこなしたとも云う。北海道から九州までマイカーを運転して行くとも,驚くべき人である。広河原から北沢峠までご一緒する事になる。 さて,雨に煙る”芦安駐車場”を出発して30分後,”夜叉神の森ゲート”(標高1370m)に到着。ここで7人の登山客が乗車。ここまではマイカーでやってこられるので,ここに車を置いて登山に向かう人達である。 ここから先の「南ア林道」は,マイカーはおろか歩行者・二輪車すべて乗り入れ禁止である。3年前までは,マイカー規制されていなかったというが,急カーブの多い一車線山岳道路でシーズン時にはかなりの混雑ぶりだったことだろう。美しい南アの自然環境を守る為にもこの規制は正解だと思う。 延長1000m余りの夜叉神トンネルを抜けると木々の間から南アの主脈が見えてくる筈であるが,残念ながら雲がいっぱい! 夜叉神峠西登山口,昭和天皇が白根三山の眺望を楽しんだという観音峡展望台,林道建設の際に亡くなられた11人の慰霊碑,400mの標高差で眼下にひろがる白鳳渓谷の景観を眺めながら広河原に向けて下る。 この間のどこかで,日本第一級の断裂帯である「糸魚川ー静岡構造線」を横切っている筈である。北北東ー南南西方向に延びる”大崖沢”とか”大谷沢”という表示があった辺りが,地形的に見て「糸静線」であろうと思われる。したがってこの辺りの地質は相当脆弱化しており,前述の11人の工事殉難者も工事中の岩盤崩壊によるものと推察できる。 広河原着:8時10分。(芦安駐車場~広河原バス料金 1000円) 広河原(標高1529m)は,身延方面から西山温泉・奈良田温泉を通って早川・野呂川沿いに北上する「南アルプス公園線」と私達が通ってきた「林道南アルプス線(南半部)」および伊那・高遠方面から北沢峠を越えて南下する「林道南アルプス線(北半部)」の交差点であり,登山者への案内施設である「アルペンプラザ広河原」の瀟洒な建物があり,白根三山や仙丈岳・甲斐駒ケ岳の登山者で賑わっている まだガスってはいるものの,時折陽が射して雨もあがりそうな気配のなか朝食のおむすびを頬張り,広河原~北沢峠行きのバス(09:00発)に乗り込む。バスは補助椅子も使っての満員の乗客(登山者と渓流釣り愛好者)を乗せて南ア林道を野呂川に沿って北へ向かい徐々に高度を上げていく。途中,北岳から流れ落ちる落差400mの「不老の滝」,雲間に霞すむ「仙丈岳」を見つつ,”野呂川出会”で釣り客がどっと下りて,砂利道となった林道を更に北上。 この辺りは,シラビソ・トウヒ・コメツガなどの針葉樹とダケカンバ・カツラ・ナナカマドなどの広葉樹林からなる亜高山帯で,ニホンシカや日本猿,ホシガラスなどが姿を見せるという。 北沢峠着 09:25 (南アルプス市営バス 料金 750円) 北沢峠(標高2030m)は,長野県伊那・高遠方面からも伊那市営バスが運行されており,バスを乗り継いで伊那&諏訪方面に抜けることも出来る。信州側からの登山者も多く峠脇には登山基地としての「長衛荘」がある。 峠は,原生林の真っ只中にあり眺望がきかないし,雨もまだ完全にはあがっていない。 広河原へ戻るバスの時刻まで1時間40分ほどあるので,林道をすこし散策しようと歩を進めると,”仙丈岳2合目方面”の案内板に「北岳・双児山見晴らし台へ15分」とある。依然,空模様は怪しいので,行っても眺望がきかないだろうとは思いつつ,またもや駄目でモトモト精神で登ってみることにした。 倒木と苔むした岩,フカフカした土の感触を味わいながら,合羽(わたし)と傘(妻)スタイルで,ものの10分も登っただろうか,左手の樹間から突然 あの特徴ある北岳の姿が現れた! 「やったあ~」と叫び,さっそくカメラのシャッターを切る。 北沢峠11:05発のバスには,なんと暖房が入っていた。 駒ケ岳から雨の中を下山して来た人たちが「わ~暖ったかい~ 幸せ~」と叫ぶ。 広河原に戻った頃には,ほぼ雨があがり北岳がその全容を見せて呉れた。林道脇の林の中からコマドリの「ヒンカラカラ~」という鳴き声が聞こえ,「やっぱり山はいいなあ~」と呟く。 妻は,20年ほど前に登った事を懐かしむかのように山体を眺め,思い出を辿るかのように,つり橋を往復してくると言う。 北岳をじっくり眺める。大樺沢の雪渓はかなり小さくなっている。登山路入り口となるつり橋際から眺めると一瞬何の変哲も無い山,簡単に登れそうに感じる。しかし,ここからの標高差は1650mほどもある,生易しい登りではけっしてない。でも通常は山小屋1泊のところを,いっきに登らず中間地点で一泊し,あわせて3泊くらいすれば登頂できなくも無いかなとも思う。 でもでも,やっぱりそう簡単なものではなさそう。 実は,昨日山頂付近で2件の事故が起こっている。 ● 22日午前 55歳 男性 岩場で足を骨折。県警ヘリで救出 ● 22日昼過ぎ 60歳台女性 強風で転倒,頭を打って重傷,視界不良で当日救出できず山小屋で応急手当。23日県警ヘリで救出。 甲府駅まで戻るバスを待つ間に,九州から来たというお孫さん(5歳の男の子)を連れて北岳に登ってきたという70過ぎのかくしゃくとしたおじいさんに出会った。このお孫さんは,昨年,ということは4歳の時にも登ったという。凄いものだ!我家の孫娘に知らせてやりたい。 北沢峠(11:05) → (11:30)広河原(12:25) → (14:21)甲府駅(15:09) →(16:47)新宿 広河原~甲府駅(山梨交通バス 料金 1900円) 午前中,気温5℃の世界から夕刻には依然として30℃を越す残暑厳しき東京に帰還。