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          南アルプス北岳
2010.09.28~10.02

 もう,半世紀も前のこと。
 高校を卒業した年の夏,お互いに別々の大学に進んだ山好きのクラスメート3人で,鳳凰三山を縦走した時に眺めた「北岳(きただけ)」の雄姿!いつの日か登って見たいと思いつつ,チャンスが無く,50数年来の想いがかなった妻と二人での今回の北岳登頂となった。
 北岳へは,2泊3日をかけるのが普通であるが,70歳と69歳(間もなく)の私たちは,前日に登山スタート地点の「広河原山荘」に宿泊し,中腹の「白根御池小屋」・頂上直下の「肩の小屋」そして,下山後に山麓の「芦安温泉」で身体を休めるという4泊5日かけての贅沢な日程を組んだ。

 北岳は,南アルプス国立公園内の赤石山脈(南アルプス)の北部,山梨県南アルプス市にある標高3193mの山。富士山に次ぐ日本第二の高峰「南アルプスの盟主」とも呼ばれている。
古くから,「白い雪をかぶった山」という意味で白根山または白峰山と呼ばれていて,平家物語にも「甲斐の白峰」として登場するという。南北に連なる三つの峰(北岳・間ノ岳・農鳥岳)を合わせて白峰三山(しらねさんざん)と呼び,一番北にあることから北岳と呼ばれるようになった。

 1&2日目:南アスーパー林道が,雨量規制で通行禁止となり,やむなく手前の芦安温泉泊まりとなったため,二日目の歩き始めが,予定したより2時間ほど遅くなってしまったが,翌日の天候が芳しくないので,無理して標高差1500mを8時間かけて一気に,標高3000m地点にある「肩の小屋」まで登る。日没寸前の16時50分に小屋着。

 3日目:06時40分「肩の小屋」から標高差200mの岩尾根を1時間かけて頂上へ。
頂上では,幸運にも周囲の山々(甲斐駒ケ岳・仙丈岳・鳳凰三山・八ヶ岳・かすかに中央アルプスの山並み)を眺めることが出来たが,わずか10分ほどでガスが立ちこめ,みぞれ交じりの雨となる。風も強くなる。慎重に,「肩の小屋」まで戻り下山開始。
 標高2300m地点にある「白根御池小屋」まで,雨の中を下降する。尾根筋から下りにかかった頃から,妻の脚に変調,スピードが大幅ダウンし,コースタイム1時間45分を3時間05分もかけて13時50分「御池小屋」着。

 4日目:バス停のある「広河原」まで,コースタイム2時間30分,標高差700mの下りなので,時間的に十分な余裕があり,「大樺沢二股」で,北岳山頂の雲が消えるのを1時間半も待って写真を撮ったりして過ごす。
いざ下山にかかったら,今度は,わたしの脚が云うことを聞かなくなってしまった。段差のある岩屑道では苦難の連続,頻繁に休憩を取っての下山となる。花の写真を撮ったりしたこともあるが,大樺沢二股~広河原下山コースタイムの1時間45分を大幅に上回る4時間もかけての下山となった。

■ 「一日目」芦安温泉へ! 天候:雨のち曇り

 初日は,夜叉神トンネルを越えて,「広河原山荘」(標高1530m)に泊まる予定。
新宿発(10:00)の”スーパーあずさ”で甲府駅着(11:28)
駅の売店で昼食用の「お寿司」を買って,(12:00)発広河原行きバス乗車券を求めんとして山交営業所窓口に行ったところ,「本日は運休です!!」 
 ゲッ!参ったなあ~,どうしようかと思案に暮れていると,すかさずタクシーの運ちゃんが,声をかけてきた。
「南アスーパー林道夜叉神トンネルより先が,昨日来の降雨量が30mmを越えたので,今朝からゲート閉鎖となっている。明朝になれば解除されるだろう,今日は芦安温泉に泊まって明朝ゲート開放次第広河原に向かったらどうだ。旅館と,芦安からの乗り合いタクシーも段取りしてやる,甲府から芦安までタクシー代7000円でどうだ」という。7000円はちと高いかとは思ったが,一般バスは芦安(芦安温泉よりかなり手前にある)までしか行かないので,その話しに乗ることにした。

 13時前に,芦安温泉「白雲荘」に到着。
TVの天気予報は,明日の天候回復を報じている,果報は寝て待てと腹を据えて,ゆっくり温泉につかって明朝の通行止め解除の朗報を待つことにする。
 夕食までたっぷり時間があるが,この辺りには,時間をつぶすような施設はほとんど無い,以前に一度入ったことがあるけれど,宿の女将さんが,無料入館券をくれたので,「南アルプス芦安山岳館」を見学に出かける。まず,NHKで放映された「南ア白根三山」のビデオ,北岳や鳳凰三山の成り立ち,自然,山の生活と結びついた文化や産業・技術の展示をじっくり見る。

 この宿で,今朝の交通止めの直前に,優先的に広河原から降りてきたという50歳代の男性登山客が隣室に。夕食の際に話しを伺うと,南ア南部の茶臼岳(想像するに大井川最上流の畑薙ダム辺りから登山開始したのだろうか?)~聖岳~赤石岳~(荒川岳には寄らず)小河内岳~塩見岳~間の岳~北岳(直線距離にしても40km近くある)を単独で,12,3日もかけて縦走してきたと言う。「先日の台風の際は凄かったでしょう?」と聞くと,「直撃コースでなかったので大したこと無かった,返って雲海が美しかった!」そうだ。恐れ入ったつわものである。脱帽!脱帽!
 もう一人,Aさんという女性,こちらは,新宿から,私たちと同じ列車だったらしいが,一般バスで芦安まできてそこから徒歩(40分くらいかかる)で芦安温泉まで。本来は,今日中に「北沢小屋」まで入って明日は,日帰りで「仙丈岳」登山をするつもりだったという。明朝,私たちが予約したタクシーに分乗させて欲しいというので,「どうぞどうぞ」と大歓迎。
 

■ 「二日目」 北岳肩の小屋へ! 天候:晴れのち曇り

 朝6時過ぎ目覚めると,霧が谷間をどんどん上昇していく,ほんの一部ながら雲間に青空も顔を出してくれている。
「よし!これは行けるぞ~」 間もなく林道のゲートが開放されたとの連絡が入り,(07:00)朝食をそさくさと済ませ,(07:30)乗合いジャンボタクシー(乗客9人,料金は林道利用者協力金100円込みで1200円(1人))で「広河原」へ向かう。
 車はすぐに,”山の神”(標高900m)から南アルプス林道に入る。およそ25分で”夜叉神峠登山口”(標高1370m),”林道ゲート”を通過して「夜叉神トンネル」(1955(昭和30)年10月,標高1394mの林道頂上に完成したトンネル。全長1148m,幅員4.6m,高さ4.5m。林道トンネルとしては日本一の長さ)を抜けると,一転視界が開け,底がみえない山深い渓谷と,南アルプの山々のパノラマが広がる。林道は鳳凰山塊の山肌をへずるようにして次第に高度を下げ,やがて奈良田から白鳳渓谷に沿って北上してきた林道が左手下方に見え隠れしてきて,最後に長いトンネルを抜けて「広河原」に着く。(08:15)

 タクシーに乗り合わせた外人カップルは,北岳→間の岳→農鳥岳へ向かうという,テントも担いでいてかなりのベテランと思える。白雲荘で一緒だった仙丈岳へ向かうAさんとはここでお別れ,行ける所まで登って,今日中に帰京すると言う。仕事を持っている人はきびしいね~
 バス停傍にある「アルペンプラザ」で,トイレを借りたり,ストレッチ体操などをして,北沢峠方面に向かう「県道南アルプス公園線」のゲートを通過して,すぐに野呂川に架かる吊橋を渡る。天気が良ければここから北岳頂上や北岳バットレスが見える筈だが,いまはガスがたち込めまったく眺望がきかない。吊橋の先右手にある「広河原山荘」で,「登山計画書」を書き記しポストに投函,山荘の手前からいよいよ登りにかかる。(08:40)

【参考タイム】
広河原 3:00
大樺沢二股
3:00
小太郎尾根分岐
0:35
北岳肩ノ小屋

登山ルート(拡大できます)
9月29日
 広河原08:40→12:05大樺沢二俣(昼食)12:25→15:10白根御池小屋分岐→15:50小太郎尾根分岐→16:50北岳肩の小屋 (所要時間8時間10分)

 「広河原山荘」(標高1530m)の横からの登山道は,まずまず良く整備されている。
水量豊富な大樺沢に沿って樹林の中を進む,最初は左岸を行き,「白根御池小屋」方面への道を右に見送りところどころ段差の大きい岩場があるもののそうきつい登りではない。途中で,カメラを取り出し花を撮りながら,何人かに追い抜かれ,かつ「御池小屋」から下山してくる人たちや早くも頂上から下山してくる人たちと挨拶を交わしながらマイペースで登る。
 間もなく右手の大崩壊地を避けるため一度右岸に渡って再び左岸に出る。そこからは沢の中の河原を歩く,ほんの少し緩やかな道が続く。

 前方に,「北岳バットレス」(東側斜面の山頂から続く高さ約600mの岩壁)
の下部だけが見えてくると,「大樺沢二股」(標高2222m)だ(12:05)。 
 振り返ると雲間から立ち上がる鳳凰三山が何とか見える程度の視界。
 広河原からここまで3時間25分かかっているが,(休憩時間を考慮していない)参考タイムより25分の遅れだからまずまずのペースといってよい。

 大樺沢二股で,コースは三つにに分かれる,左手に向かうと八本歯コルから「北岳山荘」に到る「左股コース」,真っ直ぐ草の斜面を登るのが「北岳肩の小屋」へ向かう「右股コース」,少し戻るように小さな尾根を越えて右に進むと「白根御池方面」

 私たちの当初計画では,広河原を発ったのが8時40分といささか遅かったので,中腹にある「白根御池小屋」(標高2236m)に一泊して明日頂上を目指すことにしていた。
 ところが,明日は再び天候が崩れるとの予報が出ている。広河原を発つときタクシーの運転手が「今日中に肩の小屋まで行ったほうがいいよ!雨の中での「御池小屋」からの登りや頂上への岩稜はきついよ!」と云われたことが気になる。
 白雲荘で作って貰った特大おにぎりを頬張りながら暫しどうするか思案!
このまま直登すると「肩の小屋」に到着するのが参考タイム通りでも(16:30)前後となってしまう,もうすでに秋も半ば,下手すると日没前に小屋に到着出来ない可能性もある。「う~んどうしようか」。 妻は「あなたに任せる」という,妻の体調はまだまだ良さそうである。
 そこへ,八本歯コル経由で下山してきた3人連れ若い女性たちが,前日,16時半ころ「肩の小屋」に着いたこと,日没までには十分な余裕があったことなどを話してくれた。
これが私の背中をぐいと押してくれた。「よし行くか!」

 (12:25)「大樺沢二股」(標高2222m)を出発。
 草の斜面を真っ直ぐに登る。すぐに沢から離れ,ダケカンバのきつい斜面を九十九折状に高度を稼ぐ。時折,珍しい黄色や紫や白い花が咲いているのが目に入るが,もうカメラを取り出している余裕はない。
 小太郎尾根までの標高差は,700mほど,今までの私たちの登攀速度は,高度差200mを1時間掛かるペースで来ている。尾根に出るのは16時過ぎ頃か?何とかいけそうかな?

 だが,妻の脚の運びが芳しくなくなって来て休憩を頻繁に取るようになる。私は,腕の高度計で50m登るごとに3分程度の休憩を取ることにして時間的ロスを出来るだけ少なくしようと心がけるが,妻がそのペースを乱しがちとなる。このまま行くと「肩の小屋」到着時刻が心配になってきた。今まで妻を先に歩かせていたが,やむを得ず先頭を交代して,時間ロスを少なくしようと試みる。たいした効果は無いだろうと思いつつ気だけがせく!

 標高2700m付近が森林限界,這松帯となる。追いついてきた単独行の男性に先を譲る。

 (15:10)「白根御池分岐」(標高2760m)
 「肩の小屋まで50分」の標示が立つ。
と云うことは,「肩の小屋」に16時頃遅くも16時半前に着く計算になるではないか!ホッとして,ここで20分の休憩を取る。

 (15:50) 「小太郎尾根分岐」(標高2849m)
 「肩の小屋まで30分」の標識が立つ。再び「ホッと」する。
  だがしかし,ここからが時間がかかってしまった。
眺望は全くきかないし,急斜面の岩稜を二つも越える。時計は既に(16:30)を過ぎ,もう小屋に着いてもよい時間なのにガスっていて視界が悪く,小屋を見過ごして,頂上への道に入ってしまったのか?という疑念さえ頭をよぎりながらも進むと,

 (16:50)一段高い平場(標高3010m)に「肩の小屋」が見えた。三度目の今度こそ真の「ホッ」とで大安心。

  コースタイム30分の「小太郎尾根分岐」「肩の小屋」を,実に倍の1時間もかかってしまった。
そんなに疲れた感覚はなかったが,一気に1500mの標高差を登るのは,やはり高齢者には厳しく知らず知らず疲労が貯まり,足の運びがスローダウンしていたのだろう。
 ここで,反省。
山での行動は,午後早い時間帯に終え小屋に着くのが原則である。午後になってから尾根筋を歩くのは,夏であったら雷雲の発生を考えて絶対に避けるべき事であった。幸い,無事に小屋にたどり着くことが出来たが・・・・・・。

 小屋に入るともう既に17時からという夕食の時間がはじまっていた。
そさくさとトイレを,借りて靴を脱ぐや否や夕食となる。

 17時半過ぎ,小屋の外に出るも視界悪し,遥か西方の雲が僅かに赤く染まっているのみ。
前夜は,満天の星,今朝は素晴らしい御来光を拝めたと言う。秋の天気はなんとやら,まして山の天気はくるくる変わる。残念だが今回は,良い天気には恵まれないようだ。
さてはて,明日は少しでも眺望が利くことを祈るのみ!!

 「北岳肩の小屋」の客は,6人だけ。
単独行の女性は,携帯食を自分で調理していた。贅沢はいえないが「肩の小屋」の食事は,かなり粗末だった,その辺のことをよく承知のベテランと推察する。

 シーズン時には,一人分が畳半畳のスペースしか貰えないというが,私たちは好き勝手な場所に寝場所を定める。消灯までの時間,痛んだ大腿筋をたっぷり時間を掛けてマッサージする。夜中はかなり冷え込むので,毛布を上下何枚も使ってゆっくり睡眠をとることが出来た。

しかし,唯一の欠陥は,トイレが外にあること。家では,一晩に2回もトイレに行く習慣がついている私にとっては,とても不安な一晩である。夕食後は水分を控え,20時30分の消灯前に最後の絞り出しをして就寝。幸いにして翌朝まで用足しせずに過ごせた。
 また,頂上直下の尾根筋にある山小屋であるから,当然のことながら,水は貴重品。手洗い水は,ちょびちょびしか出ないし,天水を滅菌したと言う飲料水も100円/ℓ,ペットボトルは,400円/本である。洗顔をする水も歯磨きのすすぎ水も無い。
■ 三日目 頂上へ,そして白根御池小屋へ下る 天候:雨

【参考タイム】
北岳肩の小屋 1:00
北岳頂上 0:45
北岳肩の小屋 0:20
小太郎尾根分岐 1:45
白根御池小屋

9月30日
 北岳肩の小屋06:45→07:40北岳山頂07:55→08:45北岳肩の小屋09:30→10:05小太郎尾根分岐→10:45白根御池小屋分岐→13:50白根御池小屋 (所要時間7時間05分)

 朝方4時前頃だろうか?屋根を叩く雨音に目を覚ます。
いやあ~今日は,朝から雨か?と嫌な予感が走る。

(05:00)起床。待ち遠しかったトイレへ。すっきり晴れてはいないが,周囲の山々を視界に収めることが出来る程度の天候ではある。
                             
富士山が僅かに見える
肩の小屋より
仙丈岳
肩の小屋より
鳳凰三山
肩の小屋より
甲斐駒ケ岳
遠くに八ヶ岳連峰
頂上への道途中より

(05:30)急ぐ必要も無いのでゆっくり朝食を済ませて,小屋の前での眺望が利くうちにと,仙丈岳,甲斐駒ケ岳,鳳凰三山,遠くに八ヶ岳,少し霞んだ青灰色の富士山・中央アルプスなど山々をカメラに収める。

(06:45)頂上アタック開始。
 また戻って来るので,カメラ(といってもとても重たい一眼レフ)を合羽の下に抱え込んでの空身での登りである。
頂上までは標高差200m弱,およそ1時間の登りである。

 僅か200m足らずといっても,小屋を出て間もなくして急な露岩帯,一息もつかせずの岩稜の急登,足を踏み滑らしたら一巻の終わりである。途中で,頂上を見上げては,「えっこれ登るの!登ぼらにゃならね~」と自問自答しながら何度も休憩を取りながら慎重に歩を運ぶ。ゆっくり・ビスターリ登りなので,はあはあと息が切れるほどのことは無い。
3100m付近,右手から「両股小屋」からの道が合わさる辺りで,いったん緩い勾配となるが,再び最後の一段と傾斜がきつくなった岩稜にかかる。
途中で追い抜いていった人はもう頂上に立っている。妻が「ヤッホー,ヤッホー」と叫ぶが風に紛れて聴こえないらしい,やがて頂上を越えて「八本歯コル」経由の左股下山コースへ下って行ったらしく,姿が見えなくなる。。

(07:40)「やったあ~!」 遂に私たちも北岳山頂(標高3193m)に到着。山頂は思ったより広い。

小仙丈より北岳
私たちが右股コースを必死に登っている頃,
仙丈岳に向かったAさんが撮影
北岳頂上より間ノ岳(後方に塩見岳)
左手下に「北岳山荘」
 妻と握手を交わし,よろこびを共有する。
頂上には私たち二人だけ,15分くらいの頂上滞在中誰も登って来なかった。
 天気が良ければ,日本第2位の高峰にふさわしく360度の展望が楽しめる筈,視界はいま一つだが,どっしりとした仙丈岳・端正なピラミッド型の山容の甲斐駒ケ岳・花崗岩の風化したマサの白さが目立つ鳳凰三山,うっすらと中央アルプスの嶺々が目の前に広がる。肩の小屋では,見えていた富士山は視界から消え,間ノ岳・農鳥岳・塩見岳など南アルプス南部の山々も見えない。
 5万や2万5千の1地形図を片手に稜線を眺めて,あれは何岳これは何山などと眺望を楽しむのが好きな私なのだが,この天候では致し方ない。記念写真を撮ったりしているうちにガスがかかってきて,たちまちみぞれ交じりの雨となる。10分足らずで展望は全く利かなくなる。

 北岳の山頂は,チャートや緑色岩類などの硬い岩石から出来ているので,侵食に強く,今でも年数ミリオーダーの隆起を続けているという。北岳付近の地質と地形については,「南アルプスの山旅ー地形・地質観察ガイドー北岳」に詳しい。

(07:55) 下りにかかる。
 息子が云っていた「おじいちゃん,おばあちゃんよ,可愛い孫の顔を思い出して無理危険を冒すなよ!」という言葉を思いながら,お互いに声を掛け合って,登りに増して慎重に下る。

 岩稜で,雷鳥が這松の間にちょこちょこと歩き回る姿に出くわす。ナナカマドが真っ赤に紅葉している,しかし今年の紅葉は余り綺麗ではないようだ。(右写真)

風と雨が次第に強くなって来る。「両股小屋方面分岐」のやや緩くなった斜面で小休憩したあと,「肩の小屋」手前の露岩帯を一気に下る。

(08:45) 「肩の小屋」着。
 暖かいお茶を飲み,ザックの荷物を点検しながらしばし休憩をとっていると,15,6人のグループが到着。
「御池小屋」を早朝に発って「草すべり」コースを登ってきたという。時計は9時20分,コースタイム4時間ほどかかる登り,しかも雨の中,早朝5時過ぎに発ったとしても,えらく早い時間に着いたものだ。どうもツアー登山らしいが,皆さんかなりの健脚揃いと見た。リーダーが,「荷物を小屋に置いて9時40分に頂上へ向けて出発する」と指示している。聞けば今夜は「肩の小屋」泊まりだという,何故そんなに急ぎの強行軍をするのか私には分からない。

(09:40) 「肩の小屋」(標高3010m)を発って「白根御池小屋」(標高2236m)へ。
コースタイムは,800mの標高差を2時間10分ほどで下る設定となっている。
昨日,少し強行軍したおかげで今日はゆっくりペースで下れる。遅くても午後1時には着くと思った。
 
(10:05) 「小太郎尾根分岐」 (標高2849m) このあたりまで下ると,もう登ってくる人たちと出会う。
白根御池小屋泊まりの人たちだろうかと思ったら,聞けば,広河原を早朝に発った人たち,二組・三組と登ってくる。「本隊が後からやってくるよ」と言い残して,ぐんぐん登って行く,大した健脚ぶりに驚く。
中には,一日で北岳往復するつわものもいると聞く。こりゃ驚きを飛び越して仰天動地の世界である。

(10:45) 「御池小屋分岐」(標高2760m) 「小屋まで1時間45分」との標示あり。
「うん!小屋着は12時半から遅くも13時かな?」
 しかしながらここから「白根御池小屋」までの下りは,「草すべりといわれ,かなりの急勾配かつ高度差もある。もう登ってくる人たちには逢わなかったが,先ほど「肩の小屋」で逢ったグループは雨中,ここを登って来た筈だ,本当に大変だったろうなと思う。

 盛夏には,高山植物が一面に咲くお花畑が目を楽しませてくれるというが,今は,降りしきる雨の中をひたすら下るだけ。
 山道の前方に,イワヒバリが二羽飛翔して行く,更に下ったところで,カヤクグリと思しきスマートな高山鳥が,飛び去る。
 この下りで,妻の脚が変調をきたす。
大腿筋に痛みが走り,思うようにステップを刻めない。私が,ひょいひょいと下る場所も,手をついたり這うようにしてやっとこさ下る。下りスピードが完全に半減してしまった。
 でも急ぐ必要はない,妻を先にして,ゆっくりマイペース,好きな時・好きなだけ休んで下ることにする。
いったん止んだ雨がまた強くなる。「御池小屋」まで,あと下り残は,200m,100mとカウントし,霧が晴れていれば,既に「御池」が見える場所まで来ていると声をかけて,妻を頑張らせながら一歩一歩ゆっくり下る。

 「あっ池が見えたぞ~ もうすぐだあ!」

(13:50)「白根御池小屋」(標高2236m)着。
コースタイムのきっかり倍の時間がかかったが,無事到着。
「白根御池小屋」食堂
木の香りが漂うピカピカの食堂
濡れた着衣・登山靴などを乾燥室に入れて,小屋特製の「ソフトクリーム」(500円)で,二日ぶりに文明の感触を味わう。
夕食までの時間を,部屋でリラックスしつつ,お互いの痛んだ足の筋肉をマッサージし合って明日の700mの下りに備える。
 ここは小太郎尾根の東面中腹に開けた平地で,小さな池(白根御池)がある。
小屋は1999年4月の雪崩で倒壊し,仮小屋で営業していたが,2006年から新築オープン。木の香りが漂うピカピカの山小屋らしからぬ山小屋,天気がよければ,池から南西を望むと,荒々しい北岳バットレスと八本歯の稜線が望め,星空もバッチリ,広河原から3時間30分位でこれるので,頂上まで登らずとも北岳の雰囲気を十分に味わうことが出来る場所でもある。

 乾燥室も完備,屋内にある清潔なトイレと洗面所,食事も豪勢,とても美味しかった御池小屋オリジナル1合升の地酒(700円)は,とても美味しかったあ~・・・・・ 。それに沢水を引いてきているのだろうか?水がふんだんに使える。洗面所の水がそのまま飲める!それがとっても美味しい!「肩の小屋」とは,言葉通り天と地の違いである。

 夕食時に隣り合った年配の男性が「ご夫婦で山登り,羨ましいですね!わたしは白馬に一回連れて行ったら,もう行きたくないと断られてしまいましたよ」と話しかけてきた。聞けば一人であちこち行っているらしい,ネパールヒマラヤのトレッキングにも。わたしがネパールに3年近く在住したことを話すと,俄然話しが盛り上がる,4年ほど前,アンナプルナ山塊の北側カリガンダキ河上流域に行った話しに興味を抱き,あそこは是非共行きたい所だという。

「白根御池小屋」は,北岳登山では,是非とも一泊したいお奨めの山小屋である。
■ 四日目 広河原へ下り,芦安温泉へ 天候:晴れ

【参考タイム】
白根御池小屋 0:35
大樺沢二股 1:45
広河原
10月1日
 白根御池小屋 07:10→08:10 大樺沢二股 09:30→13:45 広河原 (所要時間6時間35分)

 起床5時。
今日は午前中曇りがちだが,午後には天候回復するとの予報。
6時過ぎには泊り客全員が出発して行ったが,私たちは,広河原に午後の2時か3時に着けばよいので,急ぐ必要の無い下りだけの行程なのでゆっくりの出発である。

(07:10)小屋を出発。
「御池小屋」から「広河原」へは,直接下るルートがあるが,折角天候が回復するというので,「白根御池」から南に山腹をトラバースするアップダウンの少ない道を40分ほど行くと,二日前の登りで昼食休憩を取った「大樺沢二股」に向かい,ここで,北岳山頂・バットレス・八本歯などの眺望を楽しむこととした。
登山時には,ガスが立ちこめ眺望が全く望めなかった地点である。

(08:10)「大樺沢二股」(標高2222m)着。
 雲が激しく流れ,次第に青空が広がっていく,だが,北岳山頂はまだ雲の中,バットレスも中腹以上がまだガスの中。
今日はたっぷり時間が在るので,ここでじっくり,ガスが晴れるのを待つことにする。

 ここは,「右股コース」「左股コース」「御池小屋へ」の分岐点で,バイオトイレも設置されていて,北岳登山メインルートの交差点みたいなところ。
これから「山頂」を目指す人,「山頂」から,「肩の小屋」から,「北岳山荘」から,「御池小屋」から下ってくる人たちがひっきりなしに行き交い,かつ暫しの休憩する場所で,これから登る人たちは,下ってきた人たちから,コースの状態(こっちが楽だとか,あちらのコースは滑りやすい危険箇所が多いとか時間がかかるとか,下りはこっちのほうがよいとか・・・),頂上の天候だとか,小屋の状況だとかいろんな情報が交わされる。
 小6の息子さんと登ってきた親子3人連れ,「息子に負けそう!来年は完全に逆転されるなあ~」と嬉しそうに話す父親。高齢者二人連れ「71歳だよ~」,「わたしも71歳」とお互いのカメラのシャッターを押しあって,バットレスを背景に記念写真撮影。夫婦連れも何組か登ってくる。昨日朝「肩の小屋」であったグループが,もう下山してきた。

 雲がどんどん切れ始めてきたので,9時までここでシャッターチャンスを待つことにする。通常の登山では。
こんなに余裕のある行動は出来ないが,今回のゆったり贅沢登山のよいところがここで発揮される。
 写真をふんだんに撮る。天候に恵まれないのを覚悟の上の今回の山行であったが,大樺沢からの北岳の雄姿をカメラに収めることが出来て私は満足!まんぞく!(バットレス付近の紅葉には少し早かったようなのが残念であったが・・・・。)

「北岳,北岳バットレス・八本歯の稜線」
大樺沢二股より
「鳳凰三山のうち地蔵岳?」
大樺沢二股より

(09:20)「広河原」目指して出発。
「縞状チャートの大岩塊」
標高2100m付近の登山道脇にある。
プレートが付けられているが読み取れず。

 しばらくして,今日は,わたしの脚が突然に変調をきたす。右足の大腿筋が疲労困憊し,足の運びが極端に悪くなり,昨日の妻と同様な状態となる。
 今度は,わたしが前を歩き,マイペースで下ることにする。昨日の下りでは全く気にならなかったのに,遠近両用メガネをかけているので,脚下の地面がぼやけて見えるので,足を運ぶ際の不安感が増す。ストライドが小さくなっていることが原因であることがはっきりと分かる。思わぬところで,加齢によるおまけトラブルが現れるものだ!
 結構長い下りに辟易としながらも,「よくぞ登ったものだ!」と我ながら感心することしきり!
時間はたっぷりあるので,下る速度がスローダウンしたついでに,盛りを過ぎたとはいえ,まだまだ道端に咲いている花々をカメラに収めながら下る。

 頻繁に休憩を取りながら,何組もの下山グループに追い抜かれながらも,やっとこさ「広河原山荘」の屋根が見えたときは,正直「ほっ」とした。ここでまた,頂上から下山してきた7,8人の若者グループに追い抜かれる。
 
(13:45)「広河原山荘」(標高1530m)前着。
14時発の甲府駅行きバスがあるが,わたしたちは,今日は「芦安温泉」泊まり。慌てることは無い,次便の15時発「芦安」行きに乗ることにして「山荘」前のベンチで昼食代わりに,チョコレートやお煎餅を食して念願の北岳登山を終えた達成感に浸りながらリラックス。
先着していた若者グループは,14時発甲府行きバスに乗るといってバス停へ。 次に,下山してきたのは,大きなザックを担いだ3人パーティー。ザックに吊り竿みたいなものがあるので,釣行のグループかと思って尋ねると,「北岳山荘」に泊まったりキャンプをしたりして,山頂付近で1週間ほどの植生調査を終えてきた静大の院生と学生だという。それぞれ修士論文と学士論文にするのだという。偉いね~頑張ってね~。

花は,盛りを過ぎてはいたが,登山道脇に咲いていた花の幾つかをカメラの収めた。
レイジンソウ キツリブネ ミヤマトリカブト ミヤマシシウド

最後に再び反省したこと二つ!
 ● やっぱりストックは必需品だ
 ● 
初日に一気に「肩の小屋」まで登ったのは,万一下山時のような足の不調がおこったら,極めて憂慮すべき事態になった筈である。やはり日本第二の高峰は,甘く見てはいけない。事前の体調整備を怠ってはならない。

 吊り橋を渡って,アルペンプラザへ歩を進めていると,タクシードライバーが,「足大丈夫ですか?」と声を掛けてくる,よほどへたった歩き方をしていたんだろう。先刻の静大グループが乗合タクシーに乗って次の客待ちをしている,わたし達は「芦安」までなのでバスで行くことにする。
 バスには,最近,とんとお目にかからなくなった車掌さんが乗務していて,切符にパンチを入れて手渡してくれる。乗客はわたしたち二人だけ,芦安では,バス停でなくなんと私たちが宿泊する「ペンションらんたん」前で,停車してくれた。ペンションのご主人がびっくりしていた。

 さ~て,まずは温泉に入って身体をさっぱりさせて,湯につかりながら脚マッサージを入念に施す。
この宿も本日の客は,夜遅く着くという家族連れ以外わたしたち二人だけ。
 夕食も美味しい料理と甲州ワインで乾杯!!
 大満足の北岳山行であった。
 来年は,もう少し足を鍛えておいて「仙丈岳」に登りたいな~。北岳より難易度が低いとガイドブックに書いてあるから,ひとつばかり歳をとっても大丈夫かもしれない。

野呂川に架かる吊橋を渡って北岳登山無事終了

「広河原から大樺沢・北岳」
 3年前(2007)8月23日,北沢峠・広河原を訪れた時の写真。この時,簡単に登れそうだと感じたのが今回登山のきっかけとなったのだが,さすが日本第二の高峰,ここから頂上まで1700m,どうしてどうしてかなり手ごわかった。
■ 五日目 帰宅

 朝風呂に入って,美味しい焼きたて酵母パンの朝食を戴き,ゆっくりくつろぐ。
芦安バス停まで送って貰って,山交バスで,芦安発(10:27),甲府駅着(11:15)。
駅前で,お土産に「甲州ぶどう」を買い込んで,(12:12)発「スーパーあずさ」で帰京。

 ゆっくり,(人に云わせると)贅沢三昧の北岳登山を無事に終了。


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