ハットリズム 2-(1)


 それは、ある日の帰宅路でのこと。

 さして広くもない通学路のど真ん中、夕方と言うには少し早い時間帯の閑静な住宅街には、いくらなんでも似つかわしくないモノが停まっていた。

「………………なんでこんな所にデコトラが……」
「すっげー! オレ本物はじめて見たよスッゲー!!」

 そこには、デコトラと呼ぶには小さな、しかし外見はどう見たってデコラティブ・トラックな車両が一台。ぼくらの進路を妨げて道路に鎮座ましましていた。

 そのド派手な後姿に中村がむやみに大興奮して一人で走ってって喜びをあらわにする中、ぼくと東はいたって冷静に検証する。
「ハデだけど、なんだかテレビで見るより小さい感じだねえ」
「ああいうのは大型を改造するんだろ。これはせいぜい普通のトラックくらいかな」
「なーハットリ! 夏美っ! これスゲーぞ――!」
 中村が嬉しげに呼ぶ声に、東が小走りにランドセルを揺らしながら寄って行く。たかだかトラックだと言うのに中村は本当に嬉しそうだ。
「うっさいぞバカ村、何そんな興奮してんだよ。おまえ恥ずかしいぞ」
「ばっかハットリ! これはオレ的にコーフンせずにはいられねーんだよ!」
「はぁ?」
「服部君も見てみれば分かるよ〜」 
東がニコニコしている。
 中村は、ニコニコどころかウッキウキ(死語)で、気味が悪いったらない。

 そうして回り込んで見上げたデコトラの側面。
「うわ」
 ぼくは絶句した。


 トラックの側面いっぱいに走る雷光。
 そして散る火花。舞う火炎。
 トラックの後方にまではみ出して描かれた黒煙がそれらにコントラストを与え、画面に迫力感を出している。劇画チックと言うよりも、ニュースなんかでよく見るお祭りの山車の絵みたいな力強いタッチでそれは大きく描かれていた。
 ――でも、問題なのはそんなんじゃない。
「な、すごくねえ?!」

 画面いっぱいに躍る火炎の真ん中に立つ、巻物をくわえた黒尽くめの男。
 炎の中で構えた右手には中村のせいで見慣れてしまった形――どう見ても、手裏剣。
「デコトラ忍者―――!!」
「おまえ忍者なら何でもいいのか――!!」

 中村はさらに続ける。
「しかもコレ! 見ろハットリ!」
 指差したのはナンバープレート。そこに踊る二文字。
「伊賀ナンバーだぜ!」
 親指を立てた中村は、心ッ底嬉しそうだ。



「――君たち、ここら辺の子?」
 不意に頭上から声がした。
 今まで気がつかなかったが、車内にはしっかり人がいたようだ。うわやっべ、と中村が呟くのと同時にドアが開いて、その人は車から降りて来た。
「あのね、ちょっと聞きたいんだけど、いいかなあ」
 ヤクザが降りてくるかと思った、とは後にバカ村が語った弁である。て言うかぼくも絶対怖い人が降りてくると思ってたから、その語り口の穏やかさに少しびっくりした。
 降りてきたのは大学生……には見えないけれど、そこそこ若そうな男の人だ。
 いかにも作業中といった風にタオルを首に巻いたその人は、困ったような笑顔でさらに続ける。
「国道の1号線って、ここからどう出ればいいのか分かる? 近道しようとして迷い込んでこの辺に来ちゃったはいいんだけど、道聞けるような人も通らなくって困ってたんだよ」
 お兄さんがさわやかに笑う。
 そりゃこんなビミョーな柄のデコトラが道をふさいでたんじゃあみんな怖がって避けていくと思います。――そう思ったけれど、とりあえずぼくも笑ってごまかしといた。

 中村が東に、「なー夏美、忍者トラックにホンモノの忍者が乗ってたらスゲくねえ?!」とか言ってるのが聞こえたけど、そんなのは無視だ。


 道を確認したお兄さんは、笑顔でぼくたちに手を振って、デコトラに乗って去っていった。




 その日の夜。
 じいちゃんと妹の愛と母さんとで食卓を囲んでいると、母さんが席を立ったスキに不意にじいちゃんが口を開いた。
「おおそうだ聞け翔太、愛。じいちゃんな、今日人助けをしたぞ」
 黙ってると悪人面なうちのじいちゃんは、笑うととたんに人懐っこい顔になる。ときどきミョーなことをやらかしてくれるけど、ぼくは基本的にじいちゃんが大好きなので、その話に身を乗り出した。
「何したの? 通りがかった女子高生の自転車のパンクを直してあげたの?」
「それは先週の話だ。そうじゃなくてなー、じいちゃん今日なー、国1(※国道1号線)で何ともミョーなトラックを見つけてなあ」
 ――それはきっと昼間のアレだなと、ぼくはなんとなく思ったけど、そのままじいちゃんの話を黙って聞く。
「じいちゃんが、えらくド派手なトラックが立ち往生しとるなあと思ってしばらく見てたらな、中から若者が出てきてな」
「すみませんこの辺にガソリンスタンドはありますかって聞いたんでしょー。そんでおじいちゃんは爽やかに「こないだまでありましたが潰れました!」て言って他のとこに道案内してあげたんでしょー。おじいちゃん、愛はその話もう三回目」
 妹の愛が横槍を入れた。
 じいちゃんがいまいましげに舌打ちする。
「やかましい小娘。じじいの話は黙って聞け! お前なんかこうしてやる」
「あっやだっ! やだ、やめ…もうおじいちゃんって…ば……、んっ」
「……ごはん時にチューすると母さんが怒るよじいちゃん。愛ももっと抵抗しなよ……」
 基本的に愛もじいちゃんっ子だ。じいちゃんも孫が大好きだ。愛は、ほっぺたにキスされてケラケラ笑っている。
「そんで? そんでどうなったのじいちゃん」
「おうそうそう、そのトラックの兄ちゃんな、これがまたミョーちきりんでド派手なトラックに乗っとった割には中身はヤケに好青年でな、近頃の若いモンにしては礼儀正しいし口調も良いし顔もそこそこで、すっかり意気投合してなあ。じいちゃん、ちょっと仲良くなったりとかしたぞ」

 間違いなさそうだ。昼間会ったあのお兄さんにじいちゃんも会ったみたいだ。
 すごい。狭い町内とはいえ、じいちゃんと孫が同じ人に会って同じように助けたりするなんて、なんかすごいや。
「でも何でその人はそんな派手なトラック乗ってたのかな。運送屋さんなのかな?」
 愛がじいちゃんに問う。
「そういう訳じゃあなさそうだったぞ。あのトラックは友達に借りたとか何とか」
「ねえねえじいちゃん! ぼくもそのトラック見たよ! そんでそのお兄さんにも会ったよじいちゃん!」
「なんだ、そりゃホントか翔太」
 ぼくが言うと、じいちゃんが嬉しそうにしてイスから立ち上がった。
「そんじゃあ話は早いなあ」
 立ち上がり、何故か台所のカーテンを開ける。

「その兄ちゃんな、お隣に引っ越してきたそうだ。まだ地理がよく分かんないから、色々教えてくれって言ってたぞ」

 ――え?

 じいちゃんがニコニコしながら窓の外を親指で指し示す。
 ぼくと愛が首をめぐらす。

 目を、瞬いた。

 ペットのタロウの犬小屋の向こう、お隣の二階建てのアパートの前、狭い道に横付けされた、『それ』。

「……うわぁ」


 そこにはあの、デコトラ忍者。


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