それは何の変哲も無い。


 ただひたすらに晴れた日の朝のこと。







『チェンジ・前編』










 いつもより、身体が軽いことに気付いた。
 


 昨夜は行の部屋に泊まった。
 勿論、抱き締められて口付けられて。
 それを拒む理由も無く、受け入れた自分。

 いつものように意識が飛ぶ寸前までの激しい情交に付き合わされて。
 泥のように眠りについたのが午前3時。

 それから7時間。

 現在の時刻は午前10時。


 腰の痛みを覚悟しながら起き上がったが、その衝撃は全く現れなかった。
 それどころか、身体の調子は爽快で。
 まるで20歳も若返ったような。

 そんな朝を迎えた。


 仙石恒史、49歳。




「・・・・っあ〜・・・何か・・・身体、軽ぃな・・・あー・・・あー・・・?・・・風邪ひいたか?」


 身体は驚くほど軽いというのに、声がいつもの調子ではなかった。
 枯れているというわけではなくて。


 いつもの、自分の声では無いような。



「・・・?・・・身体は・・・何とも・・・ん・・・?」


 頭を掻く。


 ふさ。


「?」



 ふさふさふさ。



「???」



 自分の頭の感触は。



 さかさかさか。


 の、はずなのに。



「??????」



 今だ状況を把握出来ない仙石の傍らで、もぞもぞと毛布が持ち上がった。

 そういえば行が隣にいたのだ。

 今、自分がどんな状況なのか。


 行に聞けば分かるというもので。


「おい、如月、俺の・・・」













 そこまで言いかけて。















「・・・・」


「・・・・」



















 行。


 の、はず。


 なのに。




 その姿は。








「・・・っ」

「・・・」

「ぅ、あ・・・っ!!!????」



「・・・おはよ」




「っ!!!な、何で俺!?」









 仙石の目の前にいるのは行。


 そして。


 行の目の前にいるのは仙石。

 これだけならば、いつもの朝。
 いつもの風景。


 ただし。





 中身が入れ替わっていることを除けば。










「・・・・・・とりあえず、トイレ行っていいか?」


 そんな行のセリフに。

 仙石の思考回路は音を立てて崩れ落ちた。







































 随分長い時間をかけて、仙石はようやく現実世界へと戻ってくることが出来た。


「・・・落ち、着こうぜ、如月」

「俺は落ち着いてる」

「・・・服、着た、な。ちゃんと」

「ああ。・・・あんた、こんな所にホクロあったん・・・」

「勝手に見るな!」


 行が自らの胸元に視線を這わせる。
 その顔を、仙石は両手でこちらへ向かせた。


「いっ・・・!」

「あ、す、すまん・・・」


 力加減が上手くいかないのか。

 痛みに顔を歪ませる行に、仙石はぱっと手を離す。


 このくらいの力で、自分の身体は痛みを覚えるのか。

 ならば。

 いつも。



 行は壊れ物でも扱うような気持ちで触れていたのかもしれない。
 こんな状況で、どこか冷静な自分がそんなことを思う。



「・・・仙石さん?」

「っあ、・・・何でもねぇ。・・・あんま、顔近づけんなよ」

「何で」

「自分の顔に見られるなんざ・・・奇妙でしょうがねぇだろ」

「そ?」

「・・・首傾げても、可愛くねぇぞ。おっさんなんだからな」

「じゃあ、いつもの俺だったら可愛いと思ってたんだ?」

「・・・思ってねぇよっ!」

「・・・かわい」

「かわいくねぇっ!」


 怒鳴ってみても、いつものドスの利いたがなり声にはならなくて。
 あの、やけに色気だけはある声が漏れる。



 違和感。



「・・・お前、何か心当たりあんのか」

「何が?」

「っこうなっちまったことにだよ!」



 どうせ、そんなもの無いんだろうと思い、仙石は苛立ったような声を上げた。



 が。






「ある」
「そうだよなぁ・・・あるわけ・・・・・・・・・・・・」


 そこまで言って。
 行の言葉を反芻する。






「・・・」

「あるって、言った」



 事も無げに。


 のんきな顔して。



 短い髪を引っ張ったりしている行の頭に。





 仙石は拳骨を落とした。






「っ・・・痛い」

「お、ま、・・・あるならあるって最初から言えよ・・・っ!」

「だって聞かれなかった」

「き、聞かれなきゃ言わねぇのかよ!」

「・・・まぁ」

「っ、こ、の・・・」



 殴りたい。


 思い切り。



 けれども思い切り殴ればきっと自分の身体が危ないんだと。

 仙石は精一杯自らを宥めた。



「・・・・っで?」

「何?」

「原因だよ!!原因!!分かってんなら、どうせ治る方法も知ってんだろ!!??」

「・・・うん・・・まぁ」


 そこで再度、拳を固める仙石。

 それはもう無意識に。

 石のように固く。


「・・・そんな怒るんだったら言わない」

「・・・言わねぇなら更に怒る」

「怒ったら言わない」

「・・・お前、今のその姿で駄々が通用すると思うなよ・・・っ」


 外見は自分。
 おっさんである。
 おっさんが拗ねている。
 もう、それだけで不愉快だというのに。


 更にそれが自分なのだ。

 不快であること極まりない。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・飴」

「・・・何?」

「・・・・・・・昨日食べた飴の名前、知ってる?」

「あ、飴・・・・?あの、林檎の?」

「赤と青の飴。俺が青で、仙石さんが赤食べた」

「あー・・・夜、飯の後に、な」

「で、セックスした」

「・・・何の関係があるんだよ」


 確かに、した。
 しかし、それと飴とこの状況との結びつきが一向に見えてこない。


「あの飴の名前、めるもって言うんだって」

「・・・めるも・・・?」

「知らない?若返ったり年取ったりする飴の話」

「・・・だ、だってそりゃお前、漫画の中の話だろ・・・」



 赤のキャンディーを食べると10歳若返って。

 青のキャンディーを食べると10歳年取って好きな大人に変身できる。



 そんなアニメーションが昔、あったような気がする。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つか、お前」

「何」

「あの飴、食わせたの、お前だろ」

「・・・」

「・・・何、企んで、やがんだ?おい」




 ずい、と。

 仙石が行へ身体を乗り出して問い詰める。





「・・・・・・もっと・・・・」

「あ?」

「・・・もっと、お互いがお互いを知る必要があるかと思って」

「ねぇよ!」

「サイズとか」

「何の!」

「持続力とか」

「どこのだ!」

「持久力とか」

「いつのだよ!」

「身をもって知りたいんだ、仙石さん」

「俺の胸を撫でるな!!」

「今は俺の胸」

「俺の胸は俺の胸だ!!」

「・・・俺の胸、触ってていいから」

「いるかーー!!」





 そう叫ぶ行の姿をした仙石と。


 ご満悦気分な表情を浮かべる仙石の姿をした行。







 この二人の、運命やいかに。












TUTU』の井筒様に11111カウンタキリリクさせて頂きました、おれがあいつであいつがおれで行仙仙行ssです
続きますよ。中編へGO
(06/2/3)



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