受け止められない事実。



 受け止めきれない現実。




 けれども時間は残酷に過ぎてゆくばかりで。





 仙石にはどうしようもなかった。







『チェンジ・中編』











「仙石さん、トイレ行きたいんだけど」

「っ駄目だ!我慢しろ!」


 先ほどからこの会話を、延々30分ほど繰り返している。
 ベッドの上で男が二人。


 一人は飄々とした表情を浮かべる中年男性と。

 一人は脂汗すら滲ませて苦痛の表情を浮かべる青年。



「・・・これ以上我慢したら身体に悪い」

「・・・分かってる」

「頼むから、仙石さんの身体を膀胱炎にさせないで」

「お、俺だってんな病気お断りだ・・・っ」


 でも。

 しかし。


 いくら身体を繋げる関係にあるといっても、そんな行為までは勿論見せたことはない。
 生理現象だから仕方ないと。
 そんなことは分かっているのだけれども。


「―――――もう、行くから」

「まっ」

「待てない」

「きさ・・・っ」


 尚も追いすがろうとする仙石。

 その仙石を。

 仙石の顔をした行が冷たく一蹴した。








「・・・漏らすぞ」







「・・・ナンデモアリマセン」




 そこまで言われてしまえば。

 もう、何にも言えなかった。













 『バタン』

 『・・・』

 『・・・』



「・・・へぇ・・・」
「何が『へぇ』なんだ!!??オイ!!??」
「・・・結構・・・」
「何やってんだーーーっ!!!」


 ドンドンと扉を叩く仙石をよそに『ザー』と水の流れる音がして。



 ・・・して。




 3分後に行がトイレから出てきた。






「ションベンに何分かかってんだ、この野郎・・・!!」

「そんな何分もかかってない」

「5分は便所にこもってやがったぞ!!」

「まぁ、ちょっと観察したくらい」

「観察すんな!」

「仙石さんも行きたいんじゃないのか?」

「っ何・・・」

「朝から、1回も行ってないけど」

「・・・う・・・」

「我慢は身体によくない」

「お前が言うなっ」


 そう、強がってはみても。
 朝から1度もトイレを使用していない仙石もそろそろ限界に近かった。
 それはダイスで鍛えられたこの身体でも、抗えない自然の摂理といったところか。


「俺は、普通に、便所に行くからな!」

「はいはい」

「へ、変な目で見ねぇからな!!」

「はいはい」

「〜〜〜〜っ」


 行が馬鹿にしたような返事で手を振る。
 『さっさと行け』というかのように。

 仙石は拳を握り締め、どたどたと無理に足を鳴らしながらトイレの扉を開いた。
 鍵を閉め、便器を前にごくりと喉を鳴らす。


 別に。


 別に、気にすることはない。


 ただ単に、自分は用を足すだけなのだから。


「ふ、・・・ふ・ふ〜んふー・・・ん」


 気を紛らわすために妙な鼻歌を歌いながら仙石はベルトに手をかけ、ファスナーを下ろす。
 下着はボクサーパンツ。
 いつもの自分のものではない。
 本当はトランクスが良かったけれども、サイズが合わないので却下された。


「きょ・・・今日の昼飯、何にするかなぁ〜」

「・・・」


 わざと大きな声で独り言を言ってみても、行からは何の返答も無い。
 気を紛らわせることも出来ず、仙石は意を決して前窓を開いた。




































 へ、へー・・・。


 普通ん時は・・・こう・・・。











 と。



 正直な感想は、心の内に秘めておくことにして。



























































「・・・で」

「で?」

「お前・・・その、知ってんだろ?元に戻る方法」

「・・・仙石さん、顔赤い」

「っか、関係ねぇだろっ!


 とてつもなく気恥ずかしい用足しを何とか終わらせ、仙石と行はリビングへ座った。
 向かい合うと何だか妙だという仙石の気持ちを配慮して、横並びに。


「そんなに早く戻りたいのか?」

「当たり前だろ!?お前だって、そんなおっさんの身体のまま一生を終えるなんて嫌だろ!?」

「・・・・んー・・・」

「考えるな。考えるまでもねぇことだろが!」

「・・・確かに、このままだと、あんたを抱くことは出来ないけど」


 行の手が自らの首筋を撫でる。





「こうして感じることは出来る」




 その姿は。





 おっさんが自分の身体に陶酔している変態の図にしか見えない。





「やめ!!やめ!!!そのうっとりした表情やめろ!!」

「っ」


 思わず仙石がその手を掴んで引き剥がそうとする。
 その力が、今だ行のものであることを忘れて。

 思い切りその腕を引いていた。



「っぅわ!」

「っ!」



 勢い余って、行が仙石の上に乗っかるような格好になってしまう。

 図で言えば、仙石が、行に乗っかっている、の、図。



「あ、わ、悪ぃ。・・・お前の身体、どうにも力加減が・・・」
「仙石さん」
「あ?」



 行の手が、仙石の頬を掴む。


 近い。

 自分の顔を、これほどまでに近くで見たことなんて、無いというくらいに近い。



「お、おいっ顔、近ぇぞ!」

「元に戻る方法」

「・・・・何?」


 にやりと。


 自分はこんなにも性悪そうな顔で笑えるのかと思うほど。

 それは邪悪な笑みだった。



「元に戻る方法、教えて欲しい?」

「あた、当たり、前だろ・・・っ」

「じゃあ・・・」




 近づく。

 顔。

 自分の。






 無精髭とか。








「ぎゃーーーーーっ!!!!!なんっ!?なにすっ!!??」


 間一髪。
 寸でのところで仙石は行の額に両手をやってその顔を止めた。


「だから、元に戻る方法」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・な、に?」














「お互いの体液を交換し合うこと、が、元に戻る方法」


















 目の前に迫るは自らの欲情しきった両眼で。




 仙石の背筋に悪寒が走りぬけた。














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(06/2/3)



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