元に戻りたい。


 戻らなければならない。





 この、試練を越えて。









『チェンジ・後編』










「たい・・・体液・・・?」

「そう」

「たいえき・・・て・・・どん、どんな・・・・」

「体液って、言ったら、分からない?仙石さん」

「わ・・・」


 『分かりたく、ない』


 そもそも体液という表現からして、何かを彷彿させる。





「分かり・・・」
「お互いの精液を交換しあ・・」
「言わんでいいっ!!!」





 目の前に迫る自分の顔を両手で押し返しながら、仙石は顔を左右に激しく振った。






 冗談、じゃ、ない。






 精液をどうやって交換し合うというのだ。
 ていうか出すのか。
 何で。
 どうやって。
 直視すら出来ないのに?


「っい、嫌だ・・・っ!」

「どうして?戻りたくないのか?」

「お、おまっお前は平気なのかよ!?」

「何が?」

「自分だぞ!?・・・自分相手なんだぞ!?」


 仙石は必死にそう言い募る。
 どう考えても、気色悪い話である。
 違和感のありまくる話である。

 自分相手に欲情する馬鹿が、この世のどこにいるというのだ。



 けれど。


 目の前にいる『自分』は。


 眩しいくらいの笑みを浮かべて。




「・・・そんなこと、気にしてたのか?あんた」

「そん、そんなことって・・・っ!!今現在、最も切実で重要なことだろが!!!」

「俺にとっては、そんなこと、だけど?」

「っ」


 行の手の平が仙石の頬を伝う。

 いつもの、行の触り方。
 けれども、その感触は決定的に違う。

 無骨な、太い指。


「や、きさら・・・っ」
「見えなく、してやろうか?仙石さん」


 その指から顔を背ける仙石へ、低い声で行がそう囁く。
 多少の、笑みを含んで。


「何・・・?」

「あんたは、視覚に捕らわれ過ぎてる。だから、見えなくなれば、いいんじゃないか?」

「いや、そりゃ、・・・でも、見えちまうもんはしょうがね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おい?」

「何?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何、だ、それ」


 仙石の視線が、行の右手に注がれる。

 そこに握り締められている物。






 ネクタイ、に。






「知らないのか?ネクタイ」

「し、知ってるに決まって・・・つか、それ、俺のじゃねぇか!」

「うん。まぁ」

「まぁって、おま・・・っ!」


 抗議の声を上げる仙石の視界いっぱいに、紺色のネクタイが広がる。
 『マズイ』と思ったときには既に視界は黒く広がり、行の姿を奪ってしまった。
 闇雲に手を伸ばしても、それは空を掴むばかりで、一向に行を止めることは出来ない。


「なっに・・・!!やめ・・・っ!!」

「見えなくなったら、大丈夫だろ?」

「何、馬鹿なこと言ってやがんだ・・・っ!!!」


 重い身体が、自由を奪うように圧し掛かる。
 こんな事になって初めて、自らの体型を呪うことになろうとは。
 もう少し、真剣に体型について取り組んでおくんだったと。


「や、め・・・っ」


 顔を振ってもどうにもならず、ネクタイは後頭部できゅ、っと結ばれてしまう。
 両手は行の肩を押しているものの、その身体は離れることはなく、むしろ体重をかけて仙石の自由を奪うのだ。


「・・・ほら、見えなくなったら、どう?」

「〜〜〜っ!!!やめろっ!!耳!!!」

「何だ、くすぐったいのか?」

「ひーーっ!!!その声でしゃべんなっ!!!」


 耳元で睦言を呟く声。
 それは行のものではなく、自分のもの。

 ぞわぞわぞわっと。


 いつもとは違う意味で鳥肌が立つ。

















 無理。







 つか、絶対。






 無理。




















 その言葉だけが仙石の脳裏に浮かび上がる。


































「っや、やめろーーーっっ!!!!」

「っ!!」




























 ガチン。



 ゴツン。



























「いってぇっ!!!!」

「い・・っ」



































 圧し掛かる行に。


 仙石があらん限りの腹筋を使って起き上がった。


 今の仙石の腹筋は行の腹筋であり、割れる程に鍛えられている。
 思い切り起き上がれば勿論、仙石ほどの重さが圧し掛かっていても起き上がれるのだ。


 そうして起き上がれば勿論、そこにいた行にぶつかるわけで。


 まず当たってしまったのが口。
 口だけでなく歯も当たり、互いの血が滲んだ。
 更には頭も当たり、石頭同士の二人は悶絶するほどの痛みを味わうことになる。



「こ、の・・・石頭・・・っっ!!!」

「・・・あんたこそ」






 仙石は頭を擦りながら目を開いた。






 そこに。










 ネクタイで目隠しをされた。




 行、が。













「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・あ?」

「・・・ち」


 口元を、面白くなさそうに歪ませる行。
 その口元は、赤い血が滲んでいる。


「き、きさ・・・」

「口、当たったのがいけなかったな・・・」


 呟きながら両手を後ろへ回し、結ばれたネクタイを取り払う。


「も、とに・・・戻っ・・た?」

「・・・みたいだな」


 深い色の両眼が現れる。
 仙石はその両眼にうつり込んだ自らの姿を見た。

 中年の。

 太り気味な、この姿。

 行とは似ても似つかない、この姿を。



「もどっ!?え!?でも、何でだ!?た、体液は・・・!?」

「・・・馬鹿だな」

「っ!?」


 仙石の身体の下で、行がにやついた声を漏らす。
 勿論、声だけでなく、顔だってにやついている。


「あんた、『体液』って聞いて、精液しか思いつかないのか?」

「っ」

「唾液も血液も『体液』なのに」

「う、ぐ・・っ」


 確かに。
 『体液』と聞いて、一番に思い浮かべてしまったのはそれだった。

 でも。

 それは行の(というかビジュアル的には自分の)顔があんまりにもいやらしく見えたからであって。
 全部が全部自分の所為では 無いというのに。










「・・・やらし、仙石さん」

「っお前に言われたくねぇんだよっ!!!」










 ゴツン、と。


 行の頭にもう一つ、大きなタンコブが出来た。










 その後仙石が行の与える飴玉を受け付けなくなったのは言うまでもない。










おわり










いやっほーーーい!!『見た目は仙行、中身は行仙!(コナン)』な2人を拝見することが出来て、私は本当に幸せです!!
こんなアホなリクエストにもかかわらず、素晴らしいssを書いてくださり、井筒様、本当に有難うございました!!
2人にはまた是非飴玉を舐めて欲しいものです。無理矢理にでも。めるも。うっへへへ(ヘンタイ)
(06/2/3)



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