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散歩トップページへホームページへ戻るオックスフォードへの道、ロンドン編へ
いよいよオックスフォードへ出発だ、と気合を入れてもほんの1時間の距離でどうと
いうことはないのだけれども。パディントン駅では、電光掲示板でオックスフォードを
通る電車
とそれが発車するプラットホームを確認して乗車。行き先はcalling toどこそ
こと記載されるのを初めて知った。オックスフォードを通る電車の行き先は色々なの
で行き先で探すのはややこしい。両端が1等と聞いていたので迷わず、最後尾の車
両へ乗り込む。ちゃんと1等と書いてある。ドアを開けるためのボタンもすぐ見つかっ
た。順調順調。ところで地元の人たちで1等に乗る人はほとんどいない。2等でも日
本でもよく見かけるようなきれいな車両だし、あれだったらわざわざ1等にすることも
ないことが良くわかる。
駅を出るとしばらくは半地下のような低めのところを通るので、景色が全然見えない。
でも騒音対策にはいい方法かも。15分も走ると景色がだいぶ見える高さになって、
でももうすっかり田園風景に変わっていた。ロンドンって以外に狭いんだ。


郊外の景色を見るのは初めてだけれど、だだっ広い草原(くさっぱら)という感じで
小さな沼や小川が多く、ときどき小さな集落の町並みが現れる。乗った列車は急行
なのでいくつかの駅は通過だが、駅のある町の近傍には工場もあったりする。(左
上)どうしてこんな太い煙突が必要なのだろう。なんだか産業革命の時代の工場み
たいに思えるのは気のせいか。列車のスピードは結構早く、そうこうしている内にす
ぐオックスフォードについてしまった。昔の軽井沢の駅のような長閑な駅だった。
オックスフォードの地図は事前に手に入れていたが、始めは距離の感覚がつかめな
いのと移動中で荷物が大きかったので、タクシーで目的地のSt. Anne's Collegeへ向
かうことにした。collegeとはもともと寮という意味だったらしい。どれがオックスフォード
大学だというものはなく、35以上のカレッジの総称としてそう呼ばれているらしい。現
皇太子殿下がご留学されていたマートン・カレッジやユニバーシティ・カレッジなどが創
立されたのは1200年代で、クライスト・チャーチという名のカレッジの創立は1500年
代、最も新しいのがグリーン・カレッジで1979年の創立だ。どれもしっかりした塀や城
壁のような建物で囲まれており、部外者の侵入は容易ではない。このようなカレッジの
敷地内に住み込んで勉強するのが昔の
慣わしだったのだろうか。まるで修道院
のようだ。建物入り口の守衛室のような
ところでチェックインをして早速、今日から
宿泊することになる部屋へ。窓から見える
内庭はまさにブリティッシュ・ガーデンで、
建物は限りなく古く、部屋は限りなく質素
だった。バスタブはなく、シャワーだけだ。
春休みなのか学生の姿はほとんどなく、まだ午前の10時ごろのせいもあって長閑な静寂
に包まれていた。庭のあちこちでは庭師が作業中で、敷き詰められた芝生はきれいに手入
れされていた。建物裏の人があまり行かないところまできちんと整備されていて、手抜きの
ない仕事ぶりが覗われた。後出のもっと古くて大きなカレッジには必ずしもこのような整備さ
れたガーデンがあるわけではないことが後で解ったが、このようなまるでどこかの個人の大
邸宅にでも身を寄せているかのような環境の中で勉強するのがイギリスの大学生活なのか
と思い、とても信じられなかった。
セント・アンズ・カレッジはオックスフォードの北のはずれにあり、位置的にもダウン・タウン
や古い大きなカレッジからは少し離れたところにある。とはいえ、10分も歩けば街中だ。
オックスフォードの町はほんとうに狭く、せいぜい本郷界隈といったところか。20分も歩け
ば町を通り抜けてしまうし、外側をぐるっと1週しても1時間とかからないのではないだろう
か。カレッジの門を一歩出れば商店やパブやレストランもあるのだが、古い町並みに溶け
込んでいる。下のブラウンズというカフェ・レストランはセント・アンズのすぐそばにあり、ガ
イド・ブックにも出ている気楽に利用できる店の1つだ。町のあちらこちらに古い無縁仏の
墓石が放置されていて公園のオブジェのようになっている。傾いたり倒れたりしているも
のも多く、道端のお地蔵さんとでもいった感覚か。 .
写真下の高い壁で取り囲まれた城砦のような
カレッジはセント・ジョーンズ・カレッジだ。公衆
電話脇の歩道に面した建物もカレッジの建物
だが、外側から入る入り口はない。
各カレッジの正面にはドーム状のゲートがあって、ゲート下の脇に守衛室がある。構内に
用事のある人は守衛さんにことわらなければ中には入れない。とはいえ、オックスフォード
は観光地でもあり、構内を見学できなくてはオックスフォード見学もあったものではない。
というわけで多くのカレッジが午後のひと時は観光客の訪問を許可しており、見学ツァーな
どもちゃんと用意されている。また、守衛のおじさんもおまわりさんほどの鋭さもなく、さりげ
なく堂々と通過していくと何も言わないのだ。関係者以外進入禁止と書いてあるのに堂々
と入っていくのは英語が読めない日本人ぐらいだろう。ということは日本人は結局、普通に
入っていけばいいのかもしれない。呼び止められたらどこかの外人のように英語わかりま
せんと言えばよいのだ。アメリカのハロウィンの時のように射殺されることはないだろうから。
下の写真はもうオックスフォードのダウン・タウン。左、ローラ・アシュレイ。
右上の公衆電話の奥の建物がオックスフォードで最も賑やかな交差点の角にあるカー
ファックス塔。上に登ればオックスフォードの町並みが一望できるとのふれこみだったが
季節外れのためか、門は固く閉ざされていた。左上、郵便局前の古い郵便入れ(ポスト)。
真ん中はなぜか新聞入れで、ポストの脇に古新聞の回収箱というのも何だかおかしい?
右上、教会脇の無縁仏の墓石。前には材木が積まれていて人の墓と言う感覚は全くない
ようだ。そもそも鉄パイプの塀のようなものが作られていて整地されてしまうのか。
下のいくつかの写真はすべてクライスト・チャーチというカレッジだ。午前中だったが、さり
げなく中に入ってみた。絵葉書にもなっているアングルだ。裏には日時計もあった。
クライスト・チャーチの裏門から出た
ところは絵のような町並みだった。こ
のような色使いはこの町では珍しい。
ポストマン・パットに出てくる郵便屋さんの集配者とはだいぶ趣が違う。このほかにも
いくつかのタイプを見たが、どれもフツーの車だった。タクシーのように昔のデザインを
残してはいないのか。その右がマートン・カレッジ。左上、なぜか建物のコーナーに鉄
製の柵が。乗り越えてもくぐっても刺さりそう。中はただごみが溜まっているだけの角
だけれど。右上、生理学者のだれそれがここで生活していた、と書いてある。オックス
フォードの町のあちこちにこのような説明書きが貼ってあるが、目立たないのでよく見
ないと見逃してしまう。鋼鉄で作ったSの文字がすごい。
このあたりの石畳に目をやるとなかなか古そうでいい色合いだ。右はマートン・カレッジ
の正面前のもので、KEEP CLEARと書いてある、いや貼ってある。門前に車あるいは
馬車?を停めるなということらしいが、後からペンキで塗ったのか?
マートン・カレッジのロゴ入りの雨樋は見事。
下には大きな地下道があるのか、ごうごうと
音をたてて下水が流れていた。建物の地下へ
降りる外階段があるのはよく見かける造りだ。
古い鉄製の雨樋は重々しさを感じる。
メインストリートのハイ・ストリートとマートン・ストリートの交差する角にイーストゲート・ホテ
ルの看板が見える。このホテルは休業中のようだが、この建物の1階部分にマートンズ
・バー&ブラッセリーというパブがあり、ここでランチをとることにした。パブというのはイギ
リス独特のもので、夜にもなれば地元のおじさんたちがたむろして騒いでいるイメージだ。
でも昼間は静かなものでセットメニューのランチを食べさせてくれるところが多いようだ。
このパブも古い床板や家具など残せるものは残しつつ、壁などはきれいに改装してあって、
なかなかいい雰囲気を醸し出している。チキンとポテトのランチを選択したが、ボリューム
は満点でシチュー味のソースもなかなかだ。タルトのデザートもついていて9ポンド。
ガイドブックには1ポンドは170円ぐらいとあるが
ポンドを円に変える場合と円をポンドに変える場
合でレートは同じなのだろうか。こちらで持参した
円をポンドに変えたらそのときのレートは1ポンド
199円で、手数料も結構とられた。すると9ポンド
は1800円ぐらいだから安くもない。そもそもイギ
リスの物価は高いらしいのだ。
左3つ上、窓越しにはユニバーシティ・カレッジの
古い建物が見える(ランチをとった座席から)。
トイレもきれいに改装されていて感じがいい。
ランチもとって落ち着いたあとは、メインストリートや川沿い、街中の教会や博物館などを
散策して回ることにした。オックスフォードに赤い2階建てバスはない。きれいな黄緑色が
この町並みには新鮮だ。オックスフォードを流れる川もテームズ川、すなわちテームズ川
上流にオックスフォードはあるのだ。右下はその支流のチャーウェル川、夏場にはパンテ
ィングという手漕ぎボートに乗れる。街なか観光のメインスポットは、セント・メアリー教会。
ポドリアン図書館(右下中央)の窓から洩れる夕方のライトが美しい。歴代ローマ皇帝の
銅像で飾られているのは、大学の儀式やコンサートの行われるシェルドニアン・シアター。
シアターに続く、だだっ広いブロード・ストリートには、オックスフォード大学の公認グッズを
販売しているキャンパス・ストア(ハイ・ストリート沿いにもある)がある。
最後に絶対見逃せないのが、オックスフォード大学所属のアシュモレアン博物館だ。イギ
リス最高の博物館という呼び声も高いらしい。エジプトの発掘品やミイラなど、まさに大英
博物館に匹敵する陳列品だ。ミケランジェロなどの絵画もあり、入館料が無料で写真撮影
もOK(フラッシュは禁止)というのが太っ腹だ。だいたい日本で写真を禁止している美術館
がほとんどだが、写真をとって何が不都合なのだろうかと思えてくる。
展示品の中でもセラミックのコレクションはすばらしかった。中国、日本などのコーナーに
分けられていて、逸品がずらりと並んでいた。もともと柿右衛門はヨーロッパに輸出するた
めに伊万里で作られたものだから当然と言えば当然なのだが、これだけの柿右衛門の逸
品が一堂に会しているのには驚いた。数は少なかったが、古唐津もすばらしいものだった。
嬉しいことにPotWeb.ashmol.ox.ac.ukと銘打ったWeb siteを作成中で、すべてのセラミックの
コレクションをCelamic online cataligueとして掲載予定だということだ。
オックスフォード滞在中も時差の関係で早起きだったこともあり、朝に2時間、そして仕事
は夕方に終わってしまうので夕方に2時間、2度も3度もオックスフォードの町中をぐるぐる
散歩して回ることができた。そんなわけで2度目3度目はメインストリートにも飽きてしまい、
裏道や抜け道など隅々まで散策できた。こんな町にも路上生活者がいたし、道を聞いたお
ばあさん(ちょっとへんな感じだったのだが)は痴呆症でちんぷんかんぷんのことを言ってい
た。もちろん、英語だったので始めはよくわからず、何度も聞きなおしているうちにこれはお
かしいいと気づいたが、話はエンドレスになってしまった。あるときは逆に道を聞かれ、セン
ト・ジョーンズカレッジはどこかと聞かれ、何度も見てよくわかっていたので向かいの赤い門
の建物だと教てあげた。無事に仕事も終えることができて、安堵の気持ちに満ち満ちてオッ
クスフォードを後にすることができた。
帰りの列車も無事に乗り込んで、後はロンドンに着くだけだと思ってひとり(1等にはほかに
誰もいなかった)で写真を撮りまくっていた。レディングという駅に停車して各駅停車の列車
を写真にとっていたところ乗っている列車が逆方向に走り始めた。しまった、この車両は切り
離されてロンドンとは逆の別の支線へと向かってしまったのだ。一番前の車両がロンドン行き
に決まっていると決め込んだのが間違いだった。次の駅で駅から出ずにロンドン行きの列車
を確認するのにひどく苦労した(小さな駅で電光掲示板なし)。人に聞きまくり、各駅停車を乗
り継いで何とかかんとかロンドンにたどり着いたが、おかげで1時間以上もロスしてしまった。
やれやれ乗り物には本当に翻弄された旅となってしまった。でもおかげで各駅停車に地元の
人達と一緒に乗ることもでき、無人駅を見ることもでき、1時間も長く列車の旅ができたと考え
たら得をしたのかな。
付録:ロンドンのポートベロー・マケットのマップ