通貨、言葉、着衣


                        { 写真はすべて私のカメラで撮影したプライベート写真です }  河野善福


道端でのスイカ、メロン売り 

 【通貨と両替】

 入国に際し、持ち込むお金の申告が必要で(持っているすべての国の通貨を記入)、申告書を2枚提出する。 1枚はすぐ
返還される、この1枚は出国時に持ち出すお金の申告書と合わせて提出する。出国時にお金が増えていてはいけない。
US$は10,000ドル以上持ち込むと1%課税される。他の国のお金も国内で使用は出来ないが持込の申告をする。 
1$=1,050SYM、 1\=9.50SYM(約100円が1,000スム)、と表示があった。 国内ではSYM(スム)以外は使用禁止と聞
いたが、実際にはほとんどの店でドルは歓迎され使用出来た。 Symは一部のホテルや銀行でドルとのみ交換できる。 
出国に際し再交換はできないし、余ったsymの国外持ち出しは禁止されているので、ホテルで必要額をこまめに両替する
のが良い。市内を出ると何処にもsymの入手先は無い。 トラベラーズチェックも使えないと聞いた。カードはホテルやデパ
ートでvisaなら使えると聞いたが、ゴルフ場では使へなかった。出国までにUS$2,000ドル以上使った場合はsymに両替
した証明書が必要と聞いた。 

 国内の流通通貨はほとんどが500sym紙幣で、1000sym札もあったがあまり観られなかった。 30ドル(約3600円)を交換
したら500sym札が66枚来て輪ゴムで止めて渡された。しわくちゃで厚みがあって財布に入らなかったのでそのままポケッ
トに入れた。 通訳のソキロフ・フレシド君(東洋経済専攻の大学院生)によると大学卒の月給は5・6万sym〜100万symと
大きく開きがあり、アパート賃が25,000sym(2,500円)〜5万sym位らしい。彼は家賃を二人で払っていると言っていた。
尚、彼らは国内で700cymで1ドルと交換(空港表示だと1050sym必要)できると言っていた。 
  
                     紙幣(1000sym〜100sym)
      

 ガソリンは1g270cym。ノン(ナンのように土釜で焼いたパン)は1個500cym。グビーボールをやや大きくした位のメロン
(種が少なく肉厚で甘味があり美味しい)が1個300sym。(約30円)。 デパートなどでは買い物の明細書をくれるが、この国
では基本的に領収書というものがない、要求すれば金額を書いたメモをくれる。
   種の少ないメロン
   

 【言  葉】

 言葉はウズベキ語で有るが、ロシアに永く統治されていたのでロシア語を皆んな話せる。韓国語や英語を話す人も多い、
一部の人はペルシャ語が日常会話だと言っていた。
 ウズベキ語ではありがとうは「クダヘス」と言い。「どうもありがとう」という丁寧語は「ラフマット」と言っていた。
 ロシア語でありがとう、すばらしいは「シパシボウ」。こんばんは、こんにちは、おやすみなさいはすべて「サラマレコン」。
ほかにビールは「ピーボウ」、グラスは「スタカン」、スプーンは「ビーヨカン」、ペンは「ローチカン」、時計は「チャスイン」、ブド
ウは「ビノグラーテ」、メロンは「デーニャン」、スイカは「アルブス」、オレンジは「アペルシン」、さようならは「パカン」、
I love youは「ヤン・チュビヤ・ローブリョウ」と聞いた。
 うどんは韓国でもウズベキでも「ウドン」と言っていた。
  

 【着衣と衣装】

 女性の衣装は紫や茶色中心の、足首まである薄い布のワンピースで、老婦人は下にズボンをはいて足首をゴムで閉めて
いるスタイルが多かった。その場合でも足首まであるワンピースは着用していた。 ここウズベクはイスラム教の国であるの
に、布で顔を隠している女性は居なく、市内に2〜3人いる位との事だった。アラブ民族の女性はイスラム教の教えにより、
へジャープというスカーフで頭を隠すが、最近は教義というよりも、身持ちが固いと思われて、結婚がしやすいとか、髪のセ
ットが不要で楽だという理由でつける人が多いらしい。ウズベクの女性は白色とか黒色の首まで巻くようなスカーフではなく、
頭に茶系の柄物のスカーフを三角折りして、アゴで結ぶように冠っている人が多く、宗教色のないスカーフで、村によっては
半数以上の婦人が頭にスカーフを付けていた。 着物は若い女性は黄色、水色、藤色、赤など絵柄のない一色のロングパ
ーテードレスを着ており、銀座のバーの女性も着ないようなあでやかな服装で歩いていた。 洋服には大人も子供もひらひ
らする飾りがやたら付いているものが多かった。
 男性もターバンを巻いている人や口髭、あごひげをつけている人は見掛けなかった。イスラム圏ではそれが当たり前だと
思っていたので少々面食らった。 丸いツバのない帽子を冠っている人が多く、イスラムの国と言っても想像していたのとは
まるで違った。 ロシアが長く統治し、早くから西洋化の環境にあったことと、我々日本人が仏教徒と言いながら多くの人が、
お経を唱えないようなものなのだろう。

                 ピンクや赤や黄色のロングドレスの婦人が目についた
   

  

       
   
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