釣行記カバーページへ

 

9回目 9月16日
 〜17日
 矢作川
第1日目 9月16日(金) 曇り後晴れ 矢作川・下流部
釣果:13
第2日目 9月17日(土) 晴れ 矢作川・下流部
釣果:9
第3日目 9月18日(日) 快晴 愛知、静岡の
奥三河の川を見物
10回目 10月1日(土) 快晴 狩野川・上流部
釣果:6
11回目 10月20日(木) 晴れ 狩野川・上流部
釣果:4

9回目 第1日 9月16日(金) 矢作川・下流部

矢作川おつりどば1
  オツリドバ
   天気;曇り後晴
   水温;21〜22℃  水色;笹濁り
   釣果:13匹
   Max.19cm
   Min.15cm
   Ave. 17cm


 ここは、年配者にも楽な釣り場の一つだそうです。
 川面が光っている辺りから早瀬、荒瀬と続きます。台風14号の雨の影響で今もダムの放水が続いていて平水時より20cmほど水嵩が高いということでした。
 ここの両岸に駐車場所があり、そこからすぐ川へ出られます。




矢作川おつりどば2
 上の写真の下流部です。
 早瀬から荒瀬となり、トロ場に流れ込んでいます。
 通常よりは20cmほど水が高いということで、押しの強さを感じましたが、平水時ならば我等老釣師でも対応可能な場所に思えました。
 瀬に慣れている地元の皆さんは腰くらいの早瀬、荒瀬の中を追気のあるアユのいる場所を探りながら移動し良形を掛けていました。

 下流に見えるのは平成記念橋です。



 矢作川が昨年同様に天然遡上が良いとう話を聞いていたので、行ってみようと仲間で話していたところ、お盆を過ぎて矢作新報の新見さんから今年も釣れ出した(1日60匹)ので、おいで下さいというメールが届いた。
 すぐにでも出かけたかったのだが、天気の良い週は所用があり暇な週は台風襲来で9月中旬になってしまった。例年9月いっぱいは良い状況が続きますということなので、16,17日に矢作川を訪れることにした。
 16日に日付が替わってから、いつものTJ,KY両氏との3人組で東名高速を西行。静岡あたりまでは上りも下りも大型トラックが切れ目無く続いている。静岡を過ぎると上り線は車がまばらになってきたが、下り線はどこまで行っても大型トラックが切れ目の無く走っていた。上空から東名高速を眺めたら、東京から名古屋まで光の帯になって見えることだろう。
 5時頃に豊田JCTから東海環状へ入り、豊田勘八ICで高速を降りた。ようやく夜が明け始めた早朝にもかかわらず勘八IC出口で新見さんが出迎えてくれた。彼からは、矢作川におけるアユの生活史や三河湾での仔魚の調査情報、高知新聞に掲載された「アユの四季 by 高橋勇夫」などをいただいてお世話になりっぱなしなのに、今回はずうずうしくも矢作川の案内までお願いしてしまった。
 挨拶もそこそこに、豊田市近郊の我々年配者でも出来そうな三ヶ所を案内してもらい、上の写真の場所でやることにした。
矢作川入漁証9/16 古鼠水辺公園畔へ行き入漁証とオトリを買う段になり、オトリ缶を忘れてきたポカに気がついた。出てくるときに、ときどき財布とか眼鏡とか忘れるものだから、TJ氏に忘れ物は無いか?と聞かれ一度家の中に戻ったのに、肝心の道具をころっと忘れてしまったのだ。
 仕方のない年寄り達だと思っただろうに、そんなそぶりは少しも見せずに我々3人分のオトリも一緒に釣り場まで運んでくれた。感謝。
 さて、今回見た範囲での矢作川の印象は、前回陸奥釣行で訪れた最上川本流を1/3ほどにスケールダウンしたという感じである。ぱっと見ただけでは、どこがポイントかどこにオトリを出してよいのか迷ってしまう。
 今日は笹濁りで石がよく見えないが、この辺りは全体が食まれてビカビカになっていたのでどこでも掛かると思うという新見さんの説明だ。彼は引き舟にオトリを1匹入れ、腰より深い瀬肩上のトロ場を右岸へと渉っていった。
見ていると、右岸の岸近くを瀬の方に下り、早瀬となるあたりで腰くらいの深さに立ち込みオトリを放ち、引き釣で見ている間に野アユを掛けて抜き上げ自分の上手まで持ってきて摘み糸を空中で掴み、掛かりアユを腰に挿したタモに吊るし込んだ。みごとな技だ。
数匹掛けた後、同じ場所では続かぬと見たか、荒瀬の方に下りながらオトリを引いている。瀬釣が大好きという彼の釣り方は、硬調の竿で一番下にオトリを流し込みベタ竿で上手一杯まで引き上げるという豪快なものだ。
 見惚れてばかりいられない。我等も左岸で竿を出してみた。KYさんは瀬肩あたり、TJさんは瀬頭あたりで釣り始めた。自分は早瀬のあたりと思ったが、地元の人が二人すでに竿を出している。荒瀬になったあたりから下が空いていたのでそこまで下って、竿を出したがなかなか掛けられない。
 ようやく掛かっても、小振りのもので、良形と思える引きの強いのが掛かっても抜き上げる前に身切れでバレてしまう。濁りで底が見えないので立ち込みに躊躇したり、竿が軟調なのと鈎を7号しか持ってこなかったせいかもしれない。
 瀬尻の方まで下ろうとしたが、荒瀬の途中から左岸の深みに流れ込む強い流れがありその辺りの様子が判らないし、深みに流されでもしたら大変と思い下がるのを止めた。
 どうも要領が分からずに午前中は数匹の貧果で、昼休み。右岸から戻った新見さんは20ほどで半数は20cm前後の良形だった。
オツリドバにて 午後からも釣り方が良く分からないままに終了となった。地元の人達のように追い気のあるアユの居場所を探って川の中ほどまで立ち込むとか、瀬の中を下ってみるとかすれば良い結果が得られたのかもしれないが、立ち込んで竿を担ぐにはかぶっている傘が大きすぎだ。次回までに小振りの傘を調達しよう。
 今日は4時上がりで、あつかましくも、新見さんのお宅にお邪魔した。お宅に着くと、それはゆったりしたスペースを持った木の香も清々しいマシンカットの角ログハウスだった。
 「矢作川天然アユ調査会」のお仲間 Iさん、Aさんも来ていて宴の準備が始まった。いい加減&適当な我等3人をこれほどまでに歓待してもらえるとは、なんという幸せか。
 串に刺したアユが炭火で焼かれ、南蛮漬けとアユご飯も出てアユ尽くしのもてなしである。炭火で焼かれたアユは頭から尻尾まで丸ごと食べられる焼き加減である。
 かって垢石はアユの最も美味しいのは頭と皮であると、そしてそこがアユの香りが最もするところと書いていた事を思い出した。また腸(わた)を食べないなどということはあるまじきことだという人達もいる。しかし、それらは上手に焼けたアユにあてはまることである。
 足助の流儀で作られたアユご飯は、すこぶる付きの旨さで3人ともども感激してしまった。何時か、教わった作り方で家族の皆を驚かせてやろう。
 下戸の自分は缶ビール一缶で定量。美味しいアユと、素敵な人々の矢作川やアユの話にうっとりとしてしまった。
 夕闇がせまるころに、矢作新報・連載⇒「ぽんつ倶楽部」を執筆されている阿部夏丸さん、インストラクターでNPO活動をされている髭の中年(失礼)お兄さんなど他のお仲間も宴に加わった。
 集まられた皆さんは、どなたも生粋のポンツクで、矢作川とアユだけでなく川の生き物すべてを愛しんで活動しているのがひとりでに伝わってくる。豊田市近辺の各釣り場でアユを釣り、鱗の枚数や形を調査してみると、その8割が天然遡上物というのが判った事とか、川や池の生き物のことやら伺ううちにとても羨ましくなってきた。
こういう人達がいれば、”矢作川はいいねー”という評判が広まる事は請け合いだ。
(注;「ポンツク(奥三河ではポンスケ)」とは、夏になると川にばかり遊びに行っている子供を指して、親達がからかいながら言うアダ名。)
 そんな若者にも、この老3人組けっこう気になることをやっているもんだと思ってもらおうと、趣味の江戸和竿を紹介した。3人は江戸和竿教室の先輩後輩で、自分は二人の後輩で、TJさんから江戸前の釣を教わったこと。伝統的江戸前の釣(というよりは今は東京湾の釣)のための和竿を自作して釣を楽しんでいること。などの話の後で、TJさんの作成途中のタナゴ竿とか、我々自作のハゼ竿、キス竿、カワハギ竿、鯛竿などを見てもらった。
 後はまた、アユの話になり、高知県友釣連盟主催の「清流めぐり利き鮎会」へアユを送ったなどの話に花が咲いた。聞けば、過去に「利き鮎会」でグランプリを取っている川は、18cm前後のアユを出品した所だそうだ。30年ほど前に静岡、岐阜の古老から”7〜8寸のアユが一番旨い”と聞いたのとはちがっているようだ。昔とはアユの質が変わって来たのかな?
 矢作の瀬釣の話から、何時の間にか九頭竜川の聞くだけでも恐ろしくなるような胸まで浸かって釣る話になり、髭のお兄さんの手振り身振りの説明に熱が入っているところに、矢作新報社主で矢作川漁協組合長でもある父上が来られた。友釣も若い者と互角にやっておられるようだ。
 いろいろ矢作川のことを伺っているうちに、矢作川にも長良川と同じ時期に河口堰建設の計画があったことが話題になった。矢作川河口堰が中止に至った経過は、今夜集まっていた皆さんも詳しく聞くのは始めてのことのようであった。
 中止となったのには大きな三つの要因があったそうだ。 一つ目は海の漁協が徹底して”河口堰など話にならん”と一度も交渉の席につかなかったこと。 二つ目は矢作川本流の漁協が、河口堰ができるとアユだけでなく他の漁族も天然物が絶えてしまうと、生態系保全とか近自然工法とか当時としては最新の考え方で事業者と議論したこと。それらの考え方を支流の漁協にも理解させ建設反対の体制を作ったこと。(それには本流漁協に定年制を導入するなどして体制刷新を図るなどの苦労があったそうだ。) 三つ目は愛知県が河口堰の水は、(近自然工法などを採用すると?)建設費が高くなり、コストが高すぎると難色を示したこと。だそうである。
 新見組合長の話によれば、矢作川はダムや堰で痛めつけられており、河口堰計画が出る前から危機感を持っていたというのだ。その危機感を持っていたか、持っていなかったかが分かれ目になったのではないかというものだった。また、海の漁協が徹底して話し合いに乗らなかったのも大きかったと、感心しておられた。
 河口堰が出来た長良川は死に、河口堰が出来なかった矢作川はその後の地道な活動の成果が現れ近年は大量の天然遡上があり多くの釣り人で賑わうようになっている。
 冷水病の蔓延でどの川でも大きな被害が出ているが、天然遡上を増やして冷水病の被害を軽微に止めているのは、なんと、そのほとんどはダムや堰のある川なのだそうだ。今は人が手を貸さなければ、川は自力で回復できないまでに病んでいるということなのだろうか。
 わずか一缶のビールでほんわかしていた頭にもこの話は鮮明に残った。
夜風がひんやりと身に滲みてきたので、木の香ただよう上階の部屋で休ませてもらった。今日は幸せ、幸せ。


10回目 第2日 9月17日(土) 矢作川、下流部

矢作川、平成記念橋
  平成記念橋上流
   天気;曇り後晴
   水温;21〜22℃  水色;薄濁り
   釣果:9匹
   Max.19cm
   Min.15cm
   Ave. 17cm


 出来てまだ数年の新しい橋です。
 橋の下流は瀬が続いています。

矢作川

 上流は、押しの強い早瀬が続き、その上は深みのトロです。
 地元の人はほとんどが、瀬の中に立ち込んでの引き釣です。すこしやって掛からない時は、どんどん移動していくタフな釣り方です。

 目覚めて階下のベランダへ行くと、コーヒーが用意されていた。ひんやりするくらいの朝の外気の中での熱いコーヒーはまた格別だ。
矢作川入漁証2 オトリ缶を忘れてきたものだから、新見さんに今朝もオトリを釣り場まで運んでもらうことになってしまった。昨日と同じオツリドバへ行ってみたが、駐車場所は満杯に近く、川を眺めると不慣れな我等が竿を出すには人が多すぎ。少し考えてから、それでは別の場所へ行きましょうと案内されたのが平成記念橋の右岸だった。本当に、新見さんとそのお仲間達は川の隅から隅まで分かっているようだ。
 オトリを引き船に移し、お礼をして川辺で別れた。今日、彼とお仲間達は矢作川のどの場所のアユが美味しいのか「利きアユ会」用のアユを釣るために、それぞれ担当の場所で必要な数を釣らなければならないのだ。
 今日は昨日よりも水が澄んできて腿位の深さまでは見えるようになっている。しかし波立っているところは膝以上の深さになると様子が分からない。地元の人を真似て川の真ん中まで立ち込んで流されでもしたらしょうがない。岸から膝くらいまで入るところでオトリを出したが、腕が悪いのと、ポイントがしぼれないのとで悪循環入り込み今日も貧果。早瀬であれこれ試したが、このあたりでは少々強引にでもオトリを下から上へ引き上げる釣り方が効果的なようだ。釣れたてのオトリを竿を立てて流れを横切らせたり上に泳がせたりしてもダメだった。
 初心に帰り、瀬釣を勉強しなおして再挑戦することにしよう。
足助の街道足助の宿 今夜は、往時の塩街道を旅した人の雰囲気を味わおうと、矢作川支流・巴川の中流にある足助の街道の古い宿に泊ることにした。
手前に写っているのが、幕末から続いている玉田屋旅館で、窓などは今のものに変わってしまってはいるが、往時の雰囲気はそのままである。時代劇に出てくる小さな旅籠をイメージしてもらえばその感じが分かるだろう。古くからの建物そのままの宿はここ1軒だけが残っている。
玄関を入ると土間で、一尺ほど高くなった板張りの床がある。往時の旅人は、ここに腰をおろし足を濯いでから上がったのだ。二階へ上がるケヤキの階段は褐色に光っており、太い柱や杉板の天井は黒光りしている。柱が少し傾いているところなど、いかにも年月を経たことを示している。二階へ上がると廊下が真ん中にあり、街道側と裏側とに部屋がある。
足助の宿  二階は、廊下も、通された部屋も天井は低く、部屋の仕切りは昔ながらの障子と襖だった。が、部屋の壁に合板が張られていたのは残念だった。
 夕食には、アユ・鹿肉など地で捕れた物が出された。
 夕食後は、部屋でヤジサン、キタサンの気分をちょっぴり感じながらくつろいだが、電気の無い時代は行灯の灯りだけだから薄暗くて物陰から化け物でも出てきそうな感じがしたのではないかとか、宿が混んだときなどは”お客さん相部屋たのみますよ”なーんて云われたんだろうねー、そんなとき若い姉さんだったらどうしたんだろうとか、たわいの無い話しか出てこない。
 床に横になったら、あっという間に朝まで爆睡。
今回の釣行日記はこれにて終了。


10回目 第3日 9月18日(日) 東三河の鮎河川を見学

 同行の二人は三河地方への釣行は始めてで、奥三河の川を見たことが無いというので、今日は奥三河の鮎河川を眺めて帰ることにした。
   奥三河(新城市、鳳来町、作手村、設楽町、東栄町、津具村、豊根村、富山村、稲武町

 足助(地図に香嵐渓と書いてる所)からのルートは(下部の地図を参照して下さい。)
 420号線→寒狭川(設楽町)→257号線→鳳来寺山(鳳来町)→151号線→宇連川{ここまで豊川支流}→{これより天竜川支流}振川草(東栄町)→473号線→大千瀬川/浦川(東栄町、旧浦川町)→中部天竜(旧佐久間町)→天竜川本流 と見て回った。
 奥三河の河川は、現在は堰やダムによって天然遡上は無く、全て放流河川である。にもかかわらず水質が良く澄明な流れのため友釣ファンが多い。

 奥三河の鮎河川では、昔(戦前)から、お盆の頃から川を区切って売る「瀬売り」が行われている。
瀬を買った者は、買った瀬の上下を網で仕切って「引っ掛け」などで鮎を捕りつくすというものだ。
 寒狭川で「瀬売り」された所で網で川を仕切り、シュノーケルを付け「引っ掛け」で鮎を捕っているところに出会ったので、写真で紹介する。
瀬売り、引っ掛け1
 この例ではBが瀬売りされた区間。大きな石に赤いペンキで印が付けられていた。
 漁をする人は、@の黄色い旗を掲げてから始める。
 Cは網で川を仕切るところである。
瀬売り、引っ掛け2
10m位の間隔で上下に網を張って、鮎が逃げられないようにしてから写真のようなウェットスーツにシュノーケルをつけ、水中の鮎を引っ掛けて捕る。


瀬売り、引っ掛け3
こんな感じに、川に潜り隅々まで水中眼鏡で見て一網打尽にしてしまう。
「引っ掛け」の仕掛けはこちらで見てください。
鮎が掛かると、中通しの糸が30cm位出るようになっていて鮎が外れないように工夫されています。

 寒狭川だけでなく、大入川でも大千瀬川でも「引っ掛け」漁をやっているのが見られた。
 奥三河以外の川でも「瀬売り」が行われているのかどうかは分からない。


 愛知東部、静岡西部の地図
三河、遠州地図


第10回 10月1日(土) 狩野川・上流部 田沢橋上下

 今回はカメラを忘れてしまい、写真はありません。注意力散漫!
   天気;快晴
   水温;16〜18℃  水色;澄み
   釣果:6匹
   Max.22cm
   Min.17cm
   Ave. 18〜19cm

 今年は、狩野川ではいつも貧果なので半分負惜しみで、数は出なくても大物を釣りに行こうと狩野川へ出かけた。
 6時少し前に狩野川へさしかかった。修善寺あたりまでは、まだ川へ出ている人は見あたらない。友釣終盤に入ったとはいえ、人出が無いというのは少々気にかかる。
 宮田橋の橋の上から上下を眺めると、橋の上手には4,5人竿を出している。いつもに比べると20cm位は水が低いようで、それに水がずいぶんと澄んでいる。橋から下の石を見ると、上の瀬も下のトロも食まれてきれになっている。石がきれいになっているからアユはまだ沢山いるにちがいないが、橋の下にはまだ来ていないようで、アユの姿は良く見えない。ここでやるか、もう少し上流を見にいくか同行のKY,TJさんと話すが、どうもはっきりしないので、上流へ向かった。矢熊橋の所で川を眺めたが、釣り人は一人もおらず、ここまで来るとさらに水が少ないのが目立つ。
 一つ上の田沢橋で、橋から川を覗くと、下の深淵の底の大石に尺近いアユが何匹も垢を食んでいるのがみえる。いつもは淵の底は見えないのに、今日は水がえらく澄んでいるので底まで見通すことが出来る。こんなに澄んでいる狩野川は初めてのような気がする。大物を見てしまったら、もうここでやるしかない。
 橋を渡り、大川オトリの駐車場に車を停め休憩所に行くと、6月に会った夫婦の鮎師に今回も会った。昨日と今日ここでアユ釣だそうで、様子を聞いてみると、アユはまだサビなど無くきれいなアユばかりだという。昨日は奥さんが10匹、旦那さんが6匹とのことだった。今回も奥さんの方が成績が良いようだ。
 オトリ屋の人にどの辺りが良いのかと尋ねたら、”どの辺が良いかと聞かれるのが一番こまる。昨日良かったから今日も良いとは限らない。平均して見ればリハビリセンター前かなー?”という返事だ。ごもっとも。
 釣支度をして、川を眺めながら愚にも付かない話をしていると、植田組合長が来て椅子にかけこちらのくだらない話をしているのを眺めていた。植田先生もここでやるのかなと思ったが、少しいて帰ったようだ。
 とりあえず、リハビリセンター前へ行って、瀬が落ち込んだ下のトロに場所を決めた。オトリを付けて放してやると、まるで釣ったばかりの野鮎のように、すーと沖へ向かい斜めに流心を横切って行く。その瞬間に目印がヒュと動き一発で掛かった。強い引きでなかなか寄ってこない。これもまた友釣の楽しいところだ。
 なんとか抜き上げキャッチ。20cm位のぽってりしたきれいなメスだ。オトリ継ぎして出してやるが、このメスはさっぱり泳がない。のったりして、すぐに一ヶ所に止まってしまう。なんとか泳いでちょうだいと粘るが腕が悪いのか、さっぱり泳がずダメ。引いてみたりしたが、さっぱり反応無し。
 買ったオトリに変えると、これは良く泳ぐのだ。流心の辺りを越えて行ったあたりで強烈な当りがあり、あっちへ行ったりこっちへ行ったりで全然寄って来ない。オトリは水面上に出ていて、掛かりアユの背中が見えているが4、5m位までしか寄せられないでいるうちに身切れでパー。オトリはもうグロッキー。
 しかたがないので、落ち込み際の石に擦り付けるように潜らせて待つと、なんとか2匹目が来た。午前中はこれで終わり。今日もまた、早めの昼休み。
 休憩所で弁当を食べていると、今朝の夫婦もいて午前中は旦那さんのほうが良かったようだ。奥さんが持参したという茹でピーナッツと栗をご馳走になった。TJさんは、茹でピーナッツを食べ始めると止まらず半分ほども食べてしまった。豆類を食べ始めると、どういうわけか食べ続けることが多いように思う。
 午後は橋の下の淵への落ち込みをやろうかと思っていたら、他の人が入ってしまったので、橋下の淵の流れ出しをやってみた。左岸側の流れにオトリを出して上に上らせてやるとピカピカのきれいなアユが来た。水が澄んでいるので野鮎がじゃれ合ったり、群れで移動したりするのが良く見える。じっくり泳がせていると2匹目が来た。これも盛夏の頃のようなきれいな鮎だ。オトリを換えて出してやるとすいすい泳いでいったが、コンクリートブロックのへこみに根掛り。竿をあっちこっち動かして外そうとしたがダメで、外しに流れに入って行ったら、その後は全く追わなくなってしまった。しばらく粘ったが全く追わないのであきらめた。
 橋の上手で2匹追釣で今日は終了。またもや貧果だ。次回は最低でもツ抜けをしよう。
 オトリ屋の話では、上手な人は20近く釣る人がいるそうだ。鮎も全くサビなど無くきれいだから、腕に覚えのある鮎師は狩野川で終期の友釣を堪能してはいかがだろうか。


第11回 10月20日(木) 狩野川・上流部 宮田橋上流

狩野川・宮田橋の上流
   天気;晴
   水温;14〜17℃  水色;澄み
   釣果:4匹
   Max.24cm
   Min.20cm
   Ave. 21、2cm


 宮田橋より上流を望む
川が曲がって見えなくなるあたりに吊橋がある。
吊橋まで行って釣ってきた人は15,6尾釣ってきました。

狩野川・宮田橋の下流

 宮田橋より下流を望む
手前の橋の下のトロ場には、いつも大物を狙う人がいます。
川が曲がる辺りから2筋のチャラ瀬になり山の神淵に落ち込みます。

水嵩は例年の平水ちかくまで増えていました。


 どうも最近は根性が無くなってきたのを実感する。というのも、先週金曜日に狩野川へ行こうとKYさんと話していたのだが、先週木曜日の天気予報では金曜日は雨80%というので次週に延期したのだ。
が、朝寝坊して起きてみれば、ピーカンの晴天ではないか。昼頃には夏のような暑さで天気予報は全くの大外れ。天気予報など信用せずに、予定通りに出かければよかったと悔やんだのだ。
 今週は台風が関東・東海を窺う気配ではあったが、先週の悔しさがあったので、木曜日に行く事に決めた。運良く台風は水曜日に太平洋上で低気圧に変わり、木曜日は晴れの予報だ。
 夜明け前に南の空を見上げると月とオリオンが輝いている。今日は晴天だ。いつもより30分ほど遅く、KYさん宅へ寄り狩野川へと向かった。箱根峠を越えたあたりで夜明けになった。
 狩野川大橋を越え、大仁、修善寺と川を眺めながら上流へ向かったが、夏場なら両岸に竿が立ち並ぶ時間なのに10月下旬ともなると、まだ誰も竿を出していない。
 6時半すぎた頃に宮田橋に着き、上の写真を撮ったが、まだ誰も川にはでていない。
狩野川入漁証10−20 飯田オトリへ行き、寒暖計を見ると13℃。生簀に汲み上げている川の水は14℃。「えーっ、14度しかないの」と言ったら、オトリ屋の主人が「解禁の頃もこんなもんだよ。まだまだ釣れますよ。」という。そして、「最近は大きいのがきて、糸を切られる人が多いから、切られないようにして下さいよ。」という。今年は何日までやっているか尋ねると、11月2日まではオトリを確保しますということだった。
 肌寒いくらいの冷え込みなので、熱いお茶をご馳走になり、日が川に射すまで待つ事にした。山の間を川が流れているので、7時を少し過ぎてからようやく川面の陽が射し出した。
 支度をして、オトリを2匹船に入れて橋の上手の瀬頭あたりへいって竿を出した。
少し上手のトロ瀬で竿を出したKYさんに間もなく1匹目が来たが、こちらは1時間以上音沙汰無し。
 9時頃に瀬の波立ちの脇で待望の1匹目の強烈な当りがきた。竿を寝かせて岸側へ寄せようとするが逆に流心に持ち込まれてしまい、何度かの強い引きの後に水中糸がプッツンひらひら〜。
 この時、オトリ屋主人の忠告を聞いて06ナイロンに替えればよいものを、たかをくくり01複合メタルに張り替えたのが間違いだった。
 01複合メタルで2匹目のオトリを出動させてやると、しばらくして、また強い当りと引きがあり22cmくらいのふっくらしたメスがきて無事にキャッチ。これをオトリに替えて出してやると、とにかく良く泳ぎ、瀬をグイグイ上って行く。
川の真ん中近く、流心の大石の脇の絞られた流れをなんなく上り上手の波立ちあたりへ行った時目印がはじけるように走った。ギュギュギューンと引く引く。なんとかかんとか竿をタメて岸よりに寄せてきて2,3mまで寄せたとき見えたのは22cmのオトリよりは二回りほどデカイやつ。あと少しで糸を取れると寄せてきたが、人の影を見て驚いたかギューンと沖に走った瞬間に竿が跳ね、またもやプッツンひらひら〜。しばし呆然。
 戦意喪失。オトリ屋の休憩所に戻り、早めの昼休み。オトリ屋主人にどうでしたと聞かれ、2度切られてマイナスだというと、「太い糸を使わないと切られますよ、と言ったでしょ。メタルなら02か03、ナイロンなら05以上でないと10月は無理ですよ。」とたしなめられた。ポケットの予備を出して見ると、ナイロン06が1個あったので、午後はこれでやることにし、昼食&休憩。昼になってもKYさん以外の他の人は戻ってこずに竿を出している。皆さん根性がある。
 午後は切られる事はなかったが、ドジをやってしまい、悪循環だった。
残りの1匹のオトリを付けてオトリ屋の前の岩の前に出してやったら、すぐに来た。これも引きは強かったが06ナイロンにしたので強引に抜いたまでは良かったのだが、岩の出っ張りにつまずいてよろけて転びアユは何所へ飛んでいったのか行方不明。転んでも竿だけはなぜか立てていたので、オトリだけ戻ってきた。
 その後は、掛かってもあせらずに足場を決めてから落ち着いて抜き上げ20〜24cmをようやく4匹キープ。
 午後4時を回ると日が山陰に入ってしまったので、納竿。
休憩所で帰り支度をしていると、熊谷から来て、上流の吊橋あたりで釣ってきたという人が戻ってきたので、釣ったアユをみせてもらった。15,6匹いて、5匹ほどは24,5cmであとは20cm前後だった。どれもサビなど全く無いきれいなアユだ。この人も06ナイロンを2度切られたので、最後は08でやったそうだ。鈎は矢島8号の錨だそうだ。「吊橋あたりがハミ跡が一番良かった」と言っていた。
 今年のアユ釣はこれで終わりにしようかと思っているが、来年は熊谷の人のように、歩いて良い場所を探してから釣るように心がけよう。
 まだアユ釣りは止められないという方へ。
 狩野川、宮田橋から上流の松ヶ瀬吊橋前後にかけてはサビのないピカピカのアユが釣れます。
 今月一杯は大丈夫と思いますので、お出かけになってはいかがでしょか。
 太糸、大鈎をお忘れなく。