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著者略歴:
水野貴司
1971年 高槻市に生まれる
大阪学院大学法学部卒
(株)審調社 業務員をへて
外資系損保嘱託調査員
(有)DMB取締役法務調査人
損保・法律事務所依頼事案調査にあたる

取材協力:
2005年9月:TBS「平成の保険の達人」番組製作協力
2006年7月:月刊THEMIS(テーミス)7月号p84にコメント掲載





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保険調査員 小事件簿





第八話
「事故をしてから保険に入ることを“アフロス”といいます」


 保険調査員が面談に訪れたその家は,お世辞にも良い住まいとは言えませんでした。公営住宅の1階に住むその若い男性は,飼っている猫のうちの一匹を抱き上げながら,自宅付近で起こした交通事故について説明し始めました。ふすまというふすまは破れ,食べたカップ麺は割り箸ごと散らかされ,痩せこけた数匹の猫は主人の脱ぎ捨てられた衣服の間をミャーミャー鳴きながら餌を探してさまよっていました。

 「土曜日に保険に入られたばかりだったんですね。まさか翌日に事故に遭われるとは思ってもみなかったでしょう」

 「そ,そうなんです。友人の勧めで保険に入って本当によかったです。事故の1日前の保険加入ですが,本当に保険金は下りるでしょうか。相手の奥さんの車を弁償しなければいけないですし,僕の車も前がボコボコになって...」

 「そのための保険ですから。保険契約後の事故であればすべて大丈夫ですよ。翌日の事故っていうのはよくあります。安心してください。ところであなたのお車はもう修理に?」

 「い,いや保険がどうなるか分からないので,駐車場に止めたままにしています」

 保険調査員は本人の了解を得て,車両を確認して帰ることにしました。

 確かに車の前部の傷は新しく,報告されている追突事故の状況に整合していました。ただ保険調査員の目を引いたのは,助手席の雑然としたゴミの上に自賠責保険証券が広げられ,自賠保険会社に連絡したようなメモが残っていたことでした。自賠責保険は相手のケガに対して支払われる保険ですし,任意保険に入っていれば普通は任意保険会社に事故報告するのが一般的です。

 保険調査員は事務所にこうした情報を報告しました。そして翌日,保険調査員は事務所の指示で,事故現場周辺を念入りに聞き込み調査することにしました。こういう嗅ぎ回る仕事はあまりいい気持ちはしませんが,これも仕事...。

 この事故の現場道路は,商店が立ち並ぶ大きな交差点の手前でした。事故からそう日数が経っていなかったため,近くの店員がこの事故をよく覚えていました。保険調査員は酒屋の女性店員から事故の音を聞いてからの詳しいいきさつを聴きました。

 「かなり大きな音がしたのでびっくりしました。見てみると,自動車同士の追突事故でした。ぶつけた若い男性が女性に謝っているのが見えました。だいぶ長いこと路上で話していましたよ」

 「警察が来たのはどれくらい経ってからですか」

 「警察? そういえば来ていませんでした。私もずっと見ていたわけではありませんから。自走できたようですから自分たちが警察署へ行ったのではないでしょうか」

 「事故があった日曜日はほとんどの店が営業していましたか」

 「日曜日? 事故は土曜日だったと思いますが」

 「え?」保険調査員はうすうす感じていた疑念が現実化するのを感じました。調べていくうちに,近くの理髪店の店員とその客も事故が土曜日だったことを証言しました。

 後日,事故当事者である男性と相手方の女性に再度事実確認することになりました。二人は,その男性が任意保険に入っていなかったので,修理代をどうにかして工面しようと,事故日を偽って保険金請求をした事実を認めました。

 入れ知恵をしたのは男性の友人でした。その友人は保険に詳しい人物でした。通常保険代理店は,契約者から保険料を預かった時に領収書を発行し,領収書の発行をもって保険契約の始期となり,代理店は直ちに保険料を保険会社に銀行振込することになっていますが,土曜日曜の場合は振込が月曜日になってしまうことをうまく利用して,事故日を偽るように勧めたことが分かりました。こういう保険請求のことを事故後契約,いわゆる「アフターロス」といいます。かっこいい呼び方ですが,れっきとした“保険金詐欺”です。つまり犯罪ですね。被害に遭った女性もこういう悪事にかかわってしまえば,立派な共犯者になってしまうわけです。

 実は保険会社は,保険契約日にあまりにも近い事故に関しては,通常の事故調査よりも注意を払うようにしています。もちろん,免許を取ったばかりの人のように,加入してすぐ事故をすることはありますから,そういう場合は心配ご無用。保険会社もちゃんと手厚く対応しています。でも,この男性のようになにか画策していると,プロの目から見ればなんとなくわかるものなんです。それにしても,窮地に立った時,人間は弱いものなのかもしれません。



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