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著者略歴:
水野貴司
1971年 高槻市に生まれる
大阪学院大学法学部卒
(株)審調社 業務員をへて
外資系損保嘱託調査員
(有)DMB取締役法務調査人
損保・法律事務所依頼事案調査にあたる

取材協力:
2005年9月:TBS「平成の保険の達人」番組製作協力
2006年7月:月刊THEMIS(テーミス)7月号p84にコメント掲載





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保険調査員 小事件簿





第四話
「東南アジアの夜遊び ― その重いツケ」


 バブルが去ったあとも,海外旅行の楽しさを知った旅行好きたちは異国情緒を求めて各国に飛び立ちます。西欧があこがれだった時代は終わり,今の若者たちは東南アジアに夢を求めているようです。マリンスポーツも料理も絶品,おまけにどこか開放的ですべてを受け入れてくれそうな雰囲気が人気の秘密かもしれません。

 保険調査員は毎年夏の終わりになると,海外旅行から帰還した若者たちの保険請求の査定に追われます。今では大手の保険会社の保険対象外となったサーフボードの盗難から始まって,ヴィトン製品の大量盗難請求,カルティエのマネークリップや時計など,若者たちのグレードアップぶりにはすさまじいものがあります。そんな中で数年前に,一風かわった事故報告がありました。タイを旅行していたある若い男性が,旅行最終日に急病におかされ吐血,帰国が数日遅れてしまったという“気の毒”な事故報告です。(保険業界では純粋に“事故”ではなくても,保険請求にかかわる請求を“保険事故”と呼んでいます。)

 保険調査員はこの男性の回復を待って,男性の住む山陰地方へ面談に赴きました。

 「このたびはたいへんでしたね。もうお体のほうは大丈夫ですか?」

 調査員とはいえ,お見舞いを申し上げるのは人間としての義務ですし,どんなケースでも最大限の礼節を払うのが常識です。

 「はー,あ,ありがとうございますっ」

 大変失礼なことではありますが,保険調査員は仕事柄,一挙一動の意味を理解しようとするものです。今回のケースでは,陳腐でしたが現地の医師の診断書も出ていますし,帰国が遅れたのも事実。苦しい経験をされたことははっきりしているのですが,傷病の原因と経過が不明なのです。どこか申し訳なさそうな男性の反応が気になりながらも,保険調査員は旅行の一通りの経過を聞いてみることにしました。

 「最終日は,あの,飛行機が夜だったので,同行していた友達と別れてそれぞれ自由行動ってことになったんです」

 詳しく聞いてみると,前の晩就寝したあと,何の食事も取ってない,飲んでいない,おまけに持病はなし。なのに昼過ぎ頃に「突然腹痛とともに苦しくなって... もう動けませんでした。意識もなくなって...」

 同行していた友達が夕方,待ち合わせをしていたホテルのロビーにこの男性が現れないために部屋を見に行ったところ,男性はベッドの上で血を吐いて倒れていたということです。その後すぐ救急車で運ばれ,大事には至りませんでした。保険調査員は男性が発見された当時のその部屋の様子を知っている限り聞き取りました。発見した友人の話も加えると,気になることがありました。それは,当時この男性がほとんど裸の状態だったこと,そして,財布が見当たらなかったことです。男性はそれ以上は話しませんでした。保険調査員はいったん事務所に戻り,現場の情報を少しでも入手しようとコンピューターでいろいろ検索してみることにしました。

 「タイの主要都市で昏睡強盗。邦人に注意喚起」こんな見出しが保険調査員の目にとまりました。記事を読んでみると,タイで開放的になった若い日本人男性が,誘われるままに売春婦と交渉を持ち,売春婦に金品を盗まれるケースが多発しているのだと。しかもその手口が巧妙で,売春婦は男性に会う前に自分の体に劇薬を塗りこみ,男性がその劇薬をなめたり口に入れてしまうことで無抵抗にさせ金品を奪うという,コワーいものでした。この記事,なんとなく今回のケースに関係しそうな雰囲気。

 改めて男性と面談した際,それとなく,当時誰かと会っていなかったか聞いてみると,やはり先ほどの記事に整合。男性は保険調査員がプリントアウトしてきた記事の情報を見て唖然としました。どうも男性は本当に,この記事を見るまで自分がなぜ急病に倒れたのか分からなかったようです。

 世の中には悪いことを考える人がいます。例えばこの男性のように,異国の地で開放的な気分になったことから,危険なことを考えてしまったわけです。そして世の中にはもっと悪いことを考える人もいるのです。その人たちは,いつもはまじめな人が邪心を持ったとき,その邪心につけこむのです。だからやっぱり,“清く正しく美しく”がいちばんなのかもしれません。



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