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著者略歴:
水野貴司
1971年 高槻市に生まれる
大阪学院大学法学部卒
(株)審調社 業務員をへて
外資系損保嘱託調査員
(有)DMB取締役法務調査人
損保・法律事務所依頼事案調査にあたる

取材協力:
2005年9月:TBS「平成の保険の達人」番組製作協力
2006年7月:月刊THEMIS(テーミス)7月号p84にコメント掲載





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保険調査員 小事件簿





第五話
「女子大チアリーダー部の出来心」


 若い力がぶつかり合って感動を与えてくれた高校野球も終わり,高校生たちは体育祭や文化祭に力を入れている頃でしょう。(記事は2002年8月に執筆)高校生たちの活躍もさることながら,大学生の中にもサークル活動に命をかけている人たちがいます。

 保険調査員はときどき,学校関係の事故についての報告を目にします。たいていの場合はふとした不注意から起きた不幸な事故で,被害に遭われた学生さんが早く学業に戻られることを願いますが,大学生ともなると,ひとひねりひねった“事故”が飛び出してきます。

 これは余談ですが,若い人との間でジェネレーションギャップが生じることがあります。「あなたの将来はどうなっていると思いますか?」とのインタビューに,成熟した大人は「前はこれこれだったのが今はこうなっている。だから将来の自分はこういうふうになっているでしょう」と答えるようですが,コンビニの前でたむろしているティーンエージャーに同じ質問をしたらきっと,「なるようにしかならないよ」とか「考えても意味ないじゃん」と返ってくるでしょう。この年齢による反応の違いには科学的な裏付ができるようです。ある学者によれば,若い人は情緒的情報処理において「小脳扁桃」を使う。これは原始的な,感情を司る脳の器官で,恐怖や怒りをつかさどっています。これに対し成熟した大人は発達した「前頭皮質」を用いるようです。ここには経験や理論があり,これらから情緒をコントロールするようです。だから大人が子供に「そんなことしていたらどうなるかよく考えなさい」と言っても,若い人には難しいのです。もちろん,若いうちから前頭皮質を鍛える教育を受けておくことは大事です。

 さて,話が飛びましたが,大学生の時期というのは,いわば小脳扁桃から前頭皮質へのちょうど移行期間なのかもしれません。中途半端に経験や理論を身に着けていますから,欲求のハケかたに“知性”が見られる。しかし,やり過ぎたらどうなるかという経験まではしていないので,危ない橋を渡るのです。

 保険調査員が担当したのは女子大のチアリーダー部。知りませんでしたけど,チアリーダー部って相当な練習量をこなすんですね。しかも大会で良い成績を取るために,死にものぐるいで練習しますから,怪我も多い! 学生を対象にした傷害保険みたいなものもたくさんありますが,たいていそういう保険は入部の時とか新年度の始まる4月に部員がまとめて加入するものです。

 この女子大のあるリーダー格の部員はこの保険に“加入”していましたが,加入したとされるのが秋の月の4日。そしてそのまさに2日後の6日に,練習中に膝を強打し大怪我にはならなかったものの,整骨院で治療を受ける必要が生じたといいます。整形外科での受診もなく,中途半端な加入時期でもあることから事故の確認をすることとなりました。

 本人の同意をもらった上で,その整骨院を訪問面談しました。最初は口頭だけのやり取りでしたが,施術師に診療記録の提示を求めたところ,その若い施術師は裏方の部屋に入り,数分後出てきて,この学生の診療記録を見せてくれました。その記録によると,初診日の日付は確かに「6日」となっています。しかし,6日と書かれているボールペンのインクが非常に新しく,保険調査員が人さし指でその字を押すと指にくっきりと写りました。事前に通知していなかった,「初診時の本人申告書」(いわゆる問診票)を提示するように施術師に依頼すると,彼は最初まごつきながら提示してくれました。このチアリーダー部の部員は実は前の月の月末から同じ部位を治療していたのです。施術師は,いつもよく利用してくれる学生の助けになりたいと思ったようです。心情的には理解できますね。

 保険会社もこんな小さなことでいちいち目くじらを立てたりしません。ただ,この女子大に限っては,不正請求と見られる保険事故が過去数年間で倍増していたため念のための確認となりました。どうも学生たちの間で事故後契約が流行していたようです。今回の部員の件については保険会社の指示もあり,大学の学生課に事情を説明し,保険制度についての学内教育を徹底してもらうようにお願いすることになりました。みんなが不正請求すると,まじめに保険加入する人の保険料も上がるわけですから。

 それにしても命をかけて青春を燃やしている学生諸君! いい思い出を作ってください。同時に,心を養う時間も大切に。



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