クロアチアでのワークショップ
1998年、クロアチアのアドリア海に面した美しい古都プーラにある
国立劇場の主催するフェスティバルの招聘で林英樹のワークショップが実施された。
ワークショップに参加した俳優たちは、
その後もFメソッドに基づく訓練を自発的に継続し、
翌年、林の構成・演出による『デズデモーナ』上演企画を計画した。
が、企画前に始まった戦争(NATO軍のユーゴ空爆)の影響を受け
フェスティバル自体が主催者の国立劇場の判断で中止決定される。
が、現地メンバーの強い意志と情熱で、『デズデモーナ』上演は実現した。
以下は、メンバーからの体験リポートである。


アレクサンダー・バンチッチ
クロアチア・イストリア国立劇場所属俳優、演技教師
『デズデモーナ』プロジェクト演出助手、出演


(『デズデモーナ』リハーサル、撮影宮内勝、写真中央 写真の無断使用禁止)

1998年、私は第三回MKFM(国際青年演劇祭)フェスティバルに参加し
た。その企画の一つに『伝統演劇(日本)の方法を応用した現代劇のための
俳優訓練メソッド』と言われるワークショップが林英樹氏の指導で行われ
た。私は子供のころから日本文化に関心を寄せていたので、すぐに参加する
ことを決めた。このワークショップが私にとって最初の日本の演劇との接触
になった。このワークショップで学んだことは、私の俳優、演技教師として
の仕事に直接大きな影響を与えることになった。このことは私のプロの俳優
としての生活に影響を与えただけでなく、人生にも多大な影響を与えるもの
になった。もっとも有効であると思われるのはエネルギーの「蓄積(た
め)、集中」とその適切な使い方にある。私の声の使い方も林のワークショ
ップに参加した後、明らかに変化した。


昨年のワークショッが終わった後、一年間、私はたえず『デズデモーナ』の
上演を切望した。私は昨年から一年間、林氏と連絡を取り合い、プーラ市で
の『デズデモーナ』上演をオルガナイズするようになっていた。だがこの
時、私はこの作品の上演にそれほど多くの困難が待ち構えているとは想像も
しなかった。たとえ、二年間イストリア国立劇場で働き、この劇場が問題を
多く抱え、組織的矛盾を持ったものであるということを知っていたにせよ、
私は今回経験した事態を予測することさえ出来なかったのである。

『デズデモーナ』プロジェクトがイストリア国立劇場とTAF(テラ・アー
ツ・ファクトリー)の共同作品であるにもかかわらず、劇場側は一切機能し
なかった。最悪のことは、公演が終わった後、劇場側がなぜ、劇場の協力を
求めなかったかと私に尋ねたことであった(われわれは幾度となく上演に必
要な最低限のことを求め、それさえ反故にされていたのである。上演が終わ
るまで本当に上演できるのかさえ誰にも断言できない状況で臨んだ)。私は
今回のことで自分たちの劇場に心底幻滅していた。そして『デズデモーナ』
が終わったあと、この劇場を離れる覚悟を決めていた。もし、林氏が何かを
私たちに残していかなかったとしたら(彼はいつも「キープ・ペイシャンス
(こらえろ)!」と言い続けた)、私はとっくに劇場をやめていたと思う。

いまでは、私はとても幸福感と満足感を持っている。なぜなら、われわれは
われわれだけの力で、最良の舞台を上演することが出来たのだ。『デズデモ
ーナ』は多くのことを私に教えてくれたと思う。いま、私はイストリア国立
劇場に頼らずにどのように公演を組織し作り上げてゆくか、を知るようにな
った。私はこの経験を将来の自分の仕事に活かしてゆくつもりである。
 
『デズデモーナ』の作品作りに参加して、私は将来自分がどのような演劇を
求めているのか、を自覚するようになった。『デズデモーナ』はその種の演
劇の完璧なサンプルである。つまり、言葉だけでなく、身体表現、照明、音
楽、そしてエネルギーを包括した演劇。私がもっとも『デズデモーナ』で惹
かれるのは、「孕んだ」(直接的ではなく、意味を内包し象徴的に表現す
る)手法であることだ。それは観客が、見ることに'積極的、行動的'になら
なければならない演劇である。観客は、大きく完璧な体験を中に含んだ断片
に接続しなければならず、自ら思考しなければならない。観客は客席にただ
座っているだけでなく、俳優が提出するものを全力で吸引しなけらばならな
い。


『デズデモーナ』を作るため、そのオルガナイズの仕事をしたことは、私に
とって言語に換え難い経験であり、冒険であり、そのチャンスを私たちに与
え、貴重なことを教えてくれた林氏に絶大な感謝の意を表したい。彼がクロ
アチアに戻ってくること、私たちと一緒にまた仕事をしてくれ、イストリア
国立劇場の組織のあり方、劇場のあり方を変えるために協力してくれること
を切望する。





サンドラ・ヴァリッチ
クロアチア・イストリア国立劇場ドラマスタジオ所属俳優
『デズデモーナ』プロジェクト出演


私は、昨年の第三回MKFMフェスティバルで林英樹氏のワークショップに参加
した。


林英樹氏のワークショップで私たちは日本の伝統演技に着想を得た氏の演技
メソッドについて学んだ。歩行の仕方や動作、どのようにしてエネルギーの
集中を得るかを知った。このワークショップの経験は、その後私が舞台に立
つ際、つねに役立つものだった。

もっとも大きな発見はエネルギーは身体の中心(丹田)から放出されるもの
だということをからだで知ることができたことだ。このことは林氏のすべて
のエクササイズで認識でき、今では、どうしてこのことを抜きに舞台に立っ
て演技をすることができるだろう、とさえ思うようになっている。以前、身
体にエネルギーを有することは自覚していたが、それが正確に一点を押さえ
るという発想は思いもつかなかった。いま、自分が舞台の仕事をして集中を
保たなければならないとき、たとえばバランスをキープする際、私はこの身
体の≪ゴールデン・ライト≫を想像し、それが実際に役立っている。

私はまた林氏のメソッドにある、即興身体訓練、サークルを描いて舞台に俳
優たちが立ち、次々に中心に参入し、姿形を形成してゆく訓練(Fサークル
=Fメソッドの練習法の一つ)が好きだ。この訓練はさまざまなバリエーシ
ョンがあり、沈黙の場合もあり、言語を使用する場合もある。そしてそれら
はすべて興味深く、示唆に富んでいるし、舞台の仕事に役立つものだ。この
訓練で俳優はより、彼のパートナーを認識し、把握できるようになる。も
し、この訓練に参加する俳優が集中していれば、彼のエネルギーを感じ取る
ことができ、小さな'奇跡'を生み出す。(訓練の際、彼らの潜在的な能力が
掘り起こされ、発揮された結果、きわめて≪美しい奇跡的'な瞬間≫をしば
しば、訓練の最中に参加者は目撃するのであった)何人もの友人たちが『デ
ズデモーナ』プロジェクトに参加してから、私の舞台での動作がよくなった
と語ってくれた。


林氏は日本の文化と演劇を私たちに紹介してくれた(指圧さえ教えてくれ
た)。私は林氏と仕事ができるメンバーの中に入ったことをとてもうれしく
思っている。彼と再び仕事が出来るのを待ちわびるものである。 




アレクサンダー・クリヴォッカ
クロアチア・イストリア国立劇場ドラマスタジオ所属俳優、
『デズデモーナ』プロジェクト出演

(『デズデモーナ』リハーサル、撮影宮内勝、写真中央 写真の無断使用禁止)

私はこの『デズデモーナ』が非常に緻密な構造で作り上げられた劇であるこ
とに強い印象を持った。


われわれは始めに『デズデモーナ』が俳優の身体にとっていかにショックを
与えるものであるかを理解したがゆえに、われわれの身体の抵抗力を向上さ
せる基礎訓練を実施した。われわれは動作、身体表現力を向上させるために
多様な訓練を一ヶ月間という限られた中で実施し、実際、日々俳優たちが目
に見えて向上して行くのがわかり、楽しんだ。日本のテクニックを教え、ま
た自らも示してくれた林英樹氏は、優れた経験をわれわれに与えた。訓練の
前に,身体をほぐすのにとても有効と思われる指圧の技術さえ林氏は教えて
くれた。

一ヶ月間で、われわれは劇を創造した。この間、私は何のプレッシャーも苦
痛も感じなかった。林氏は常に我慢強く、そしてすべてのスタッフ、劇場技
術者に対しても丁寧に対応していた。私はわれわれの劇場であるイストリア
国立劇場がわれわれの公演のためにまったく機能しなかったことを心から残
念に思う。彼らは他に対しても同じなのだ。だが、われわれは衣装から広報
まですべてわれわれの力でやり通したのである。

林氏は偉大な教訓を残し、われわれに教えていった。もし、われわれが劇を
作る意志を持てば、われわれは劇場の力を借りずにそれが出来る、というこ
とだ。われわれにとってそれは大変なことである。だが、われわれはそれを
実行できるのである。


最後に、『デズデモーナ』は私とわれわれすべてにとって、非常に美しい経
験であり、われわれを俳優として、一人の人間として成長させた貴重な体験
となったことを、繰り返し強調したい。


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