刺激の物理的特徴がAlphanumeric Category Effectに与える影響
日本心理学会第62回大会発表用資料
石田 翼1
1998年10月10日
英字-数字カテゴリ効果alphanumeric category effectとは,文字刺激を用いた
視覚探索課題において,英字と数字の二種類のカテゴリの刺激を用いた際に生じ
る現象である.ターゲット文字を文字群の中から検出する際に,同じカテゴリの
文字の中から探索する(within category, WC)よりも,異なるカテゴリの文字群
の中から探索する(between category, BC)方が検出効率が良い(研究によっては
並列探索の傾向を示す)という現象である.この現象は,文字探索が刺激の物理
的形状によらず並列探索される可能性を示唆しており,Treisman & Gelade
(1980)に代表されるような特徴統合理論によっては説明できない.またこの現
象は文字の同定よりもカテゴリの同定の方が容易であることを示唆しており,
Posner(1970)の結果とも矛盾する.彼は二つの文字のマッチング課題を用いた
実験を行い,その結果文字のカテゴリについてのマッチングよりもnameのマッチ
ングの方が速いことを観察している.カテゴリ効果はこれらの結果と矛盾するた
め,より詳細な検討が必要である.
しかしこの現象は刺激の物理的特徴によるものであるという主張が存在する.つ
まり数字と英字にはそれぞれ共通の物理的特徴が存在し,被験者がそれを手掛か
りに探索を行うためにこのようなカテゴリ効果が生じると言う主張である.
Allmendinger(cited in Cardosi, 1986, 327)によれば数字と英字の大文字の
違いは以下のような点が挙げられるという.
- 英字はそれぞれ幅が異なるが,数字はどれも(1以外)ほぼ一定である.
- 数字は右上から左下への線分が多いが,英字でそのような線分を持つも
のは同時に左上から右下への線分も持っている.
- 英字の曲線は上端下端で平らになってものが多い(B, D, Gなど)が,数
字ではそうではない(2, 3, 5, 6, 8, 9など).
Duncan & Humphreys(1989)はターゲットとディストラクタの類似性(それが
何よって定義されるのかは彼らは明らかにしていないが)が高くなるほど,ディ
ストラクタ同士の類似性が低くなるほど探索効率が低くなるという理論を提案し
ており,上記のような数字同士・英字同士の物理的類似性がこのDuncan &
Humphreysのいう類似性と一致するならば,カテゴリ効果はこの理論で説明でき
ることになる.
この主張を確認するために,同時に提示される刺激文字を様々なフォントで提示
した実験(White, 1977)や,デジタル時計などで使われているようなLED文字を
用いた実験(Cardosi, 1986)が行われている.前者では様々なフォントの文字
を刺激として使用した結果カテゴリ効果は生じず,また後者では一貫した結果が
でなかった.これらの結果はカテゴリ効果が物理的特徴によるものであることを
示唆すると彼らは結論づけた.
しかし前者では刺激文字が様々なフォントで提示されることが文字の探索効率を
低下させ,その効果はカテゴリ効果よりも大きいことを示しているが,必ずしも
カテゴリ効果が物理的特徴のみによるものであるという結論を導き出さない.ま
た後者ではLED文字を使用しているが,それらは物理的特徴を統制したとは言い
切れないものである.このLED文字は7つの線分の組み合わせからなっているのだ
が,このCardosiの使った文字(p.321のFig.2)はそれ以外の特徴を用いて
に相当する文字をを``D''としている.結果として被験者がCardosiの用
いた文字を認知する際には7つの線分の組み合わせ以外の情報も利用しなければ
ならなくなり,LED文字を用いる利点が薄れてしまっている.また両者ともディ
スプレイサイズを操作しておらず視覚探索の実験としては不十分であり,これら
の結論をそのまま受け入れられない.そこでこの実験では,LED文字を刺激とし
て用いかつ上記の点を修正した実験を行い,このカテゴリ効果と物理的形状との
関係を検討する.LED文字は幅も数字と英字で等しく,斜めの線分や曲線がない
ので,上記のAllmendingerの指摘した物理的類似性を十分に統制できる.
また,カテゴリ効果は物理的特徴のみによるという主張への反証となりうるその
他の現象として,ゼロ-オー効果と呼ばれる現象(Jonides & Gleitman, 1972)
が挙げられる.これは,``O''という文字刺激を英字の「オー」と見なすか数字
の「ゼロ」と見なすかを教示で操作することによってカテゴリ効果が得られたり
得られなかったりした現象である.文字刺激の物理的形状は等しいにも関わらず
カテゴリ効果が表れ得たので,カテゴリ効果が物理的形状の手掛かりによらず生
じることを示唆している.今回の実験では同様に英字と数字で物理的形状が等し
い刺激を用い,教示によって被験者がそのカテゴリをどう受け取るかを操作し,
そのカテゴリ効果への影響を確認する.具体的にはLED文字の
(zero or
oh)の文字に加え
(5 or S)の文字を用いこのゼロ-オー効果を確認する.
LED文字を使ったゼロオー効果の検証は,上記のCardosi(1986)が
(5 or
S)の文字を使って行っているが,やはり上述の理由で不十分である.
刺激の提示には17インチディスプレイを使用した.画面の表示や実験のコントロー
ルなどはPC/AT互換機を使用している.刺激の提示時間などはPCの画面表示の垂
直周波数(75Hzに設定)を元に操作している.ヴィデオカードはLeadTek社の
WinFast S500(S3社の Vision968チップ使用)を使用し,Canopus社の「グラフィッ
クライブラリ2」とBorland Turbo C++ for DOS 4.0を用いて操作した.反応時間
測定はInterface社のタイマーボード(IBX-6101)を用いた.
画面上に,直径視覚約0.4度の仮想円周上に12の点を設定し,そこに文字刺激を
提示した.どの点に提示するかは疑似ランダムである.カテゴリが明確
(unambiguous)なターゲット刺激として
と
を,曖昧(ambiguous)
なターゲットとして
(5 or S)と
(zero or oh)を,ディストラクタ
として
,
,
,
を使用した.ディスプレイサイズは2,4,6
である.画面提示の例を図1に示す.
被験者は大学生・大学院生9人である.彼らの課題は200ms提示される文字群の中
からターゲット文字を検出し,yes/noのキー反応をすることである.
被験者をA/Bの2群に分け(群A: 5人,群B: 4人),群AではWC条件では
と
(oh)を,BC条件では
(5)と
をターゲットとして教示した.
もう一方の群BではWC条件では
と
(S)を,BC条件では
(zero)
と
をターゲットとして教示した.したがってどちらの群においてもカテ
ゴリが明確なターゲットはWC条件では
,BC条件では
であるが,カ
テゴリが曖昧なターゲットでは群AではWC条件では
(oh)でBC条件で
(5)であり,群Bでそれぞれ
(S)と
(zero)である(表
1参照).
表 1:
各条件におけるターゲット文字
|
Category relation |
|
BC |
|
WC |
|
Ambiguity of taegets |
|
Ambiguity of taegets |
|
Unambiguous |
Ambiguous |
|
Unambiguous |
Ambiguous |
Group A |
|
(5) |
|
|
(oh) |
Group B |
|
(zero) |
|
|
(S) |
またWC条件とBC条件とはブロックに分けた.どちらのブロックを先に経験するか
は被験者間でカウンターバランスを取った.
それぞれの条件の組み合わせにおいて,半分の試行はターゲットが出現し,もう
半分には出現しない.
反応時間は0.1ms単位で測定・記録されている.各条件・被験者での反応時間の
外れ値(はこひげ図における外れ値の定義を採用した)は分析から外してある.
誤答試行のデータは取り除いた.カテゴリが明確なターゲットの場合の反応時間
とディスプレイサイズの関数を図2に,曖昧なターゲットの場合
の反応時間とディスプレイサイズの関数を図3に示す.また各条
件毎に最尤推定による回帰分析を行った結果を表2に示す.全ての
条件において傾き及び切片は0から有意に異なっている(全て).
図 2:
各条件における反応時間とディスプレイサイズの関数:カテゴリが明確なターゲットの場合
|
図 3:
各条件における反応時間とディスプレイサイズの関数:カテゴリが曖昧なターゲットの場合
|
表 2:
各条件の反応時間の回帰分析の結果
[カテゴリが明確なターゲットを探索した場合]
|
Category relation |
|
BC |
WC |
Target |
Present |
Absent |
Present |
Absent |
Slope (ms/item) |
15.57 |
36.42 |
21.12 |
57.50 |
Intercept (ms) |
471.86 |
468.99 |
508.82 |
512.05 |
[カテゴリが曖昧なターゲットを探索した場合]
|
Category relation |
|
BC |
WC |
Target |
Present |
Absent |
Present |
Absent |
Slope (ms/item) |
13.56 |
36.76 |
19.37 |
50.83 |
Intercept (ms) |
439.79 |
464.68 |
496.01 |
531.83 |
さらにカテゴリが明確な場合と曖昧な場合に分け,反応時間データを共分散分析
2によって分析した.デザインは群
(A/B)×カテゴリ関係(BC/WC)×ターゲットの有無×ディスプレイサイズであ
り,群が被験者間要因での他は被験者内要因である.またディスプレイサイズを
共変量かつ要因として投入しており,その他の要因は固定要因としてある.分析
はSASのglmプロシージャを用いた.その結果,カテゴリが明確な場合,群
(
)とカテゴリ関係(
)とディスプレイサイズ(
)の主効果が有意であった.群は群Aの方が,カテゴ
リ関係がBCの方がそれぞれ反応が速かった.ディスプレイサイズはそれが増加す
るほど反応時間も増加するという関係であった.またディスプレイサイズ×カテ
ゴリ関係(
)の交互作用とディスプレ
イサイズ×ターゲットの有無(
)の交
互作用が有意であった.ディスプレイサイズ×カテゴリ関係の交互作用は,カテ
ゴリ関係がBCであった方が,ディスプレイサイズ×ターゲットの有無の交互作用
はターゲットがあった方が,それぞれディスプレイサイズによる反応時間の増加
が少ないという関係であった.
一方カテゴリが曖昧な場合,カテゴリ関係(
)とディスプレイサイズ(
)
の主効果が有意であった.カテゴリ効果はBCの方が速く,ディスプレイサイズは
それが増加するほど反応時間も増加するという関係であった.またディスプレイ
サイズ×ターゲットの有無の交互作用(
)が有意であった.ターゲットがあった方が,ディスプレイサイズによる
反応時間の増分が小さいという関係である.さらに群(
)の主効果とターゲットの有無×群の交互作用
(
)が有意傾向である.
このそれぞれの分析を比較すると,カテゴリ関係とディスプレイサイズの主効果
と,ディスプレイサイズ×ターゲットの有無の交互作用が有意であることが共通
している.また群の主効果は,カテゴリが明確な場合は有意差が観察されている
が曖昧な場合の方が有意傾向にとどまっている.しかしこれも共通した傾向であ
ると看做してよいだろう.しかしディスプレイサイズ×カテゴリ関係の交互作用
はターゲットのカテゴリが明確な場合有意差が観察されているが曖昧な場合はそ
うではない.
カテゴリが明確なターゲットの場合の誤答率とディスプレイサイズのグラフを図
4に,曖昧なターゲットの場合の誤答率とディスプレイサイズの
グラフを図5に示す.
図 4:
各条件における誤答率とディスプレイサイズの関数:カテゴリが明確なターゲットの場合
|
図 5:
各条件における誤答率とディスプレイサイズの関数:カテゴリが曖昧なターゲットの場合
|
また誤答率を角変換後,反応時間の場合と同様に共分散分析を行った3.その結果,ターゲットの
カテゴリが明確な場合,ディスプレイサイズ(
)の主効果とディスプレイサイズ×ターゲットの有無(
)の交互作用が有意であった.ターゲットがあった方がディ
スプレイサイズによる誤答率の増分が少なかった.またターゲットの有無の主効
果(
)とディスプレイサイズ×カテゴリ
関係の交互作用(
)が有意傾向であった.
ターゲットがあった方が誤答率が低く,またカテゴリ関係がBCである方がディス
プレイサイズによる誤答率の増分が小さかった.一方カテゴリが曖昧な場合はディ
スプレイサイズ(
)の主効果のみが有意
であった.
この二つの条件間では,ディスプレイサイズの主効果のみ一致した傾向がみられ
る.
ターゲットのカテゴリが明確な場合と曖昧な場合の差は,反応時間よりも誤答率
の方に強く表れている.しかし特徴統合理論からは主に反応時間についての予想
が導かれることが多いので,以下の考察においては反応時間について主に扱い,
誤答率の結果は参考にするにとどめる.
ここではそれぞれの条件において探索が並列的に行われたのか系列的に行われた
のかを検討する.カテゴリが明確な場合も曖昧な場合も共通してディスプレイサ
イズ×ターゲットの有無の交互作用は有意であった.これはターゲットがあった
場合よりもなかった場合の反応時間の増分が大きいことを示している.表
2によれば,ターゲットがあった場合となかった場合では傾きが2倍
以上異なる.この傾向はいわゆる系列打ち切り探索において典型的に見られる現
象であり,系列打ち切り探索が行われたと看做せる.ただし処理資源のキャパシ
ティ制限なしの並列探索であれば,並列探索であってもターゲットが存在しない
場合反応時間の関数が直線的に増加する可能性も存在する(Townsend, 1990, 47)
ので,並列探索は行われなかったと言いきることはできない.この可能性に関し
ては,Snodgrass & Townsend(1980)などがより精確な並列・系列弁別のため
の実験パラダイム(parallel-serial tester, PST)を提案しているのでそれを
用いた検討などが必要だが,ここでは慣習通り系列打ち切り探索とみなす.ゼロ-
オー効果が観察された先行研究であるJonides & Gleitman(1972)では,カテ
ゴリが曖昧な刺激である``0''がターゲットであった場合でも,BC条件において
反応時間の関数の傾きが負になっていたが,少なくともこの実験ではこのような
明らかに並列探索と看做せるような結果は観察できなかった.この実験で用いた
刺激は,上述のAllmendingerの指摘した物理的形状の類似性を統制しているので,
その結果並列探索が観察されなかったという事実は,先行研究で観察された並列
探索はこのAllmendingerの指摘した類似性によるものであることを示唆している.
誤答率においてもカテゴリが明確な場合にはディスプレイサイズ×ターゲットの
有無の交互作用は有意であり,反応時間による知見と矛盾しない.しかしそもそ
も並列・系列探索の場合誤答率がどのような傾向を示すかの予測は定説はなく,
誤答率から並列・系列探索を弁別することは難しい.並列探索でよりも系列探索
での方が刺激一つあたりの処理時間が短いので,系列探索の方が成績が悪いとい
う予測も成り立てば,並列探索では刺激を同時に処理するのでそれらを混同する
可能性が高くなるので並列探索の方が成績が悪くなるという予測も可能であり
(Townsend, 1990),並列探索か系列探索かは誤答率の結果から明確な結論は出
せない.
ここではターゲットのカテゴリが明確な場合にカテゴリ効果が生じたのかどうか
を検討する.ディスプレイサイズ×カテゴリ関係の交互作用は,カテゴリが明確
な場合には有意差が観察されている.これはWC条件下でよりもBC条件下での方が
被験者の成績がよいことを示しており,WC条件でよりもBC条件の方が探索効率が
よい(=ディスプレイサイズに対する反応時間の関数の増分が小さい)という意
味でのカテゴリ効果は起こったことを示している.
誤答率においてもディスプレイサイズ×カテゴリ関係の交互作用は有意傾向であ
り,上記の考察を支持している.
この場合,冒頭で紹介したAllmendinger(cited in Cardosi, 1986)が指摘した
英字と数字の類似性は統制されている.したがってこのAllmendingerが指摘した
類似性はカテゴリ効果の発生とは関係がないことが示唆される.
ここではゼロオー効果(Jonides & Gleitman, 1972)が発生したかを検討する.
先述の通り,ゼロ-オー効果とは数字と英字で物理的に同じ形状の文字であって
も,それを数字と認知するか英字と認知するかによってカテゴリ効果を生じさせ
られるいう現象であった.この実験では,ターゲットのカテゴリが曖昧な場合で
あってもカテゴリ効果が生じるかどうかに相当する.
カテゴリが曖昧な場合においては,ディスプレイサイズとカテゴリ関係が関連す
る交互作用で有意差が観察されたものはなかった(ディスプレイサイズ×カテゴ
リ関係:
; ディスプレイサイズ×ター
ゲットの有無×カテゴリ関係:
; ディ
スプレイサイズ×カテゴリ関係×群:
;
ディスプレイサイズ×ターゲットの有無×カテゴリ関係×群:
).誤答率においても同様である.したがってディス
プレイサイズによる反応時間の関数の増分のカテゴリ関係による差は,有意差を
生じさせるほど大きいものではなかった.つまりターゲットのカテゴリが曖昧な
場合にはカテゴリ効果は明確な形では観察されず,ゼロ-オー効果は観察できな
かった.
またカテゴリ関係の主効果は有意であった.これはディスプレイサイズ等のその
他の効果・交互作用の影響を取り除いた効果の検定結果であるので,刺激の数に
影響を受けない,反応するための判断時間や運動に必要な時間によるものである.
反応を判断する過程以外に影響を受け得る過程は考えられないので,これはつま
り反応を判断するのにかかった時間が,WC条件でよりもBC条件での方が速かった
ことを示している.これもカテゴリ関係による成績の違いと言えるが,先行研究
で言及されているようなカテゴリ効果とは異なるものであるので,これ以上は触
れない.またこのことはディスプレイサイズを操作しなかった場合には明確にな
らなかったことであり,これは先述のディスプレイサイズを操作しなかった先行
研究(White, 1977; Cardosi, 1986)の結果に疑義をはさむものである.彼らが
得た結果は刺激の処理速度そのものだけでなく,このような判断時間も含んだも
のであり,カテゴリ効果を検証するに不適切なものであった可能性が示唆される.
ゼロ-オー効果が観察されなかったことから,カテゴリ効果は,物理的形状がまっ
たく等しくカテゴリ情報のみが異なる刺激では明確に表れないことが示された.
Duncan & Humphreys(1989)の用語法に置き換えると,ターゲットとディスト
ラクタのカテゴリ関係に違いがあっても,ターゲットとディストラクタの物理的
類似性とディストラクタの類似性が等しければ探索効率に明確な差はなかったと
いうことである.この二つの類似性を統制した場合カテゴリ効果が明確には生じ
なかったので,カテゴリ効果はこれらの類似性によるものと見なすことができ,
カテゴリ関係という要因の導入なしでDuncan & Humphreys(1989)の理論だけ
で説明できることが示された.
しかし,カテゴリ効果が観察されなかったのは,物理的に同じ形状の文字を教示
によって別の文字と認知させるという手続きが不十分だったためとも考えられる.
特に今回用いたLED文字は数字を表す場合によく使われているので,その経験か
ら数字と認知しやすかったと考えられる.内省として,このカテゴリが曖昧なター
ゲットを教示したとおりに認知したかどうかを聞いているが,実際に教示したよ
うに認知していなかった被験者が2人いた(彼らは分析から外している.先述の
被験者数は彼らを除いた数字である).しかしその他の被験者は教示されたとお
りに認知したと内省している.
またこのうちの1人は,WC条件の試行ではターゲットを探索しにくいので,その
ような場合には意識的に教示を無視しBC関係になるようにターゲットを認知した
と述べており(具体的には,その被験者はWC条件では
は``oh''と認知す
るように教示されていたのだが,それでは探索しにくいために意識的に``zero''
と認知したと述べている),カテゴリ情報の利用により探索が少なくとも主観的
には易しくなることを述べている.しかしその被験者の成績は上述したその他の
被験者の結果と大きな違いはないので,その「容易さ」はあくまで主観的なもの
に過ぎないが.ただしこのように教示と異なったように認知したとすると,探索
すべきターゲットは
と
(zero)となり,前者がWC条件,後者がBC条
件と二つの条件の混合になってしまう.このようにこの二つの条件が混合した場
合にはカテゴリ効果が生じないことが先行研究で示されている(Gleitman &
Jonides, 1978; 石田,1997など)ので,カテゴリ効果が生じなかったのはその
ためとも考えられる.もし教示と異なるように認知した場合にこの二つの条件が
混合しなかったならばカテゴリ効果が生じた可能性は否定できない.
群の主効果はカテゴリが明確な場合の方が有意で,群Bの方が反応時間が速いと
いう結果である.しかしカテゴリが明確な場合は群にターゲットの違いは存在し
ない.群によってターゲットが異なるのはカテゴリが曖昧な場合であるが,こち
らの方でも群Bの方が反応時間が有意傾向で速いという結果である.誤答率には
群による影響は見られなかったので,speed-accuracy trade-offのバランスによ
るものではなさそうである.なぜ,ターゲットのカテゴリが明確な条件ではター
ゲットが物理的に等しいのに,有意差が表れたのだろうか.
まず一つの可能性は,そもそもそれぞれの群に割り当てられた被験者自体の個人
差であるが,これは確認しようがないのでおいておく.もう一つは,同じブロッ
ク内で提示されていたカテゴリが曖昧なターゲットの影響を受けた可能性である.
教示において二種類のターゲットを指示しているが,実験が始まってしまえば被
験者は次の試行のターゲットがどちらであるかは知りえない.したがって被験者
はその両方を探索できるように適応することになる.一方のターゲットが同じで
あってももう一方のターゲットが異なればその適応方略の性質も異なってくる可
能性があり,上記のような差が観察され得る.
しかしこの効果は特に興味を持っていた部分ではなく普遍性のある問題でもない
ので,これ以上は触れない.
以上から,物理的形状が等しいがカテゴリが異なる文字をターゲットとして用い
た場合には,カテゴリ効果は観察されないことが示された.つまりJonides &
Gleitman(1972)が観察したようなゼロ-オー効果はみられない.これは刺激の
物理的形状の類似性が等しい場合には,カテゴリ関係によって説明しうる効果
(=カテゴリ効果)は観察できるほど大きくないことを示している.しかし形状
の等しい文字を異なる文字と認知させる教示が十分であったかという点で疑問が
残る.
ではカテゴリ効果は物理的形状によるものであるとして,先行研究で観察された
カテゴリ効果はどのような物理的形状によるものだったのだろうか.本研究でも
ターゲットの物理的形状がWC条件とBC条件とで異なる場合は,BC条件での方が探
索効率がよく,カテゴリ効果が観察されている.LED文字はAllmendinger(cited
in Cardosi, 1986)の述べた数字同士,英字同士の類似点を統制しているが,こ
の結果はそのような統制下でもこのようなカテゴリ効果が生じることを示してい
る.つまりカテゴリ効果は,Allmendingerの述べた類似性以外の物理的特性によ
るものであることが示唆される.
冒頭において,カテゴリ効果と,Posner(1970)による文字のカテゴリについて
のマッチングよりもnameのマッチングの方が速いという結果との矛盾について述
べたが,カテゴリ効果が実はカテゴリ情報を用いていないとするならば,これら
の結果は特に矛盾はしていないことになる.
ターゲットの物理的形状がWC条件とBC条件で等しくともそうでなくとも,並列探
索は行われなかった.カテゴリ効果の過去の研究の中では,反応時間の関数の傾
きがほぼ0か負になり明らかに並列探索である結果も存在するのだが(e.g.
Jonides & Gleitman, 1972),今回はそのような傾向はまったく見られなかっ
た.したがって先行研究で観察された並列探索は,このAllmendingerの指摘した
類似性によるものであることが示唆される.
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平成12年7月27日