病気や障害を理由にした中絶について

「次子の羊水検査を受けなかった気持ち」の文章で、私は、死産直後は
「次に妊娠したら、羊水検査を受けて、もしも18トリソミーだったら中絶しようと思っていた」
ということを書きました。
こうした言葉を簡単に使ってしまいましたが、後から「障害があるから中絶」ということは、
どうしても障害のある方の命を脅かす危険があると反省し、この件について、私が思った
こと等をこちらで補足させていただきたいと思います。
また、これは、中絶という選択をなさった方・個人の判断を非難するものではないことも
ご理解いただきたいと思います。

現行法上では・・・・・

まずは、現行法上の問題になりますが、かつての優生保護法は、親や子どもの
遺伝性の病気などを中絶の理由に認めていましたが、
1996年施行の母体保護法で、そうした条項は削除されました。

指定医による中絶が許されるのは、
@ 妊娠の継続や出産が、身体的または経済的理由で母体の健康を著しく害する
   恐れがある
A 性的暴行による妊娠

この、いずれかで、原則として21週までです。

つまり、21週以前であっても、胎児の異常を理由にした中絶は認められていない
のです。
しかし、一般の人たちにも、「羊水検査を受けると、ダウン症などの障害がわかる、
21週以前だったら中絶できる」と考えている人は多いと思いますし、実際に
出生前診断から行われる中絶を「選択的人工妊娠中絶」と呼び、行われています。

障害児が生まれると、経済的にも精神的にも負担が増え、母体の負担が増える・・・
そこで、経済的・身体的のどちらかの理由にあてはめれば、合法と解釈され、
公には「経済的・身体的」な理由ということで、行われているのです。

18トリソミーだと・・・

ところで、18トリソミーの場合は、21週を過ぎても中絶(「人工死産」)を示唆される
場合もあるようです・・・。(もちろん、他の理由にされるわけですが)
私のお世話になった大学病院では「中絶はできない」ときっぱり言われましたし、
同じように、「中絶できない」と言われた方の方が、圧倒的に多いと思いますが。
中には親の方から「中絶できないんですか!中絶してください」という方もいらしゃる
ようです。【注1】告知を受けた後、混乱なさるお気持ちも分かりますが・・・。

そもそも・・・中絶が可能な時期が21週までというのは、母体保護法の
「胎児が母体外において、生命を保存する事のできない時期」に該当すると
されているからです。
そこで「母体外で生命を保存する事ができない」障害を負っていれば、22週以降に
中絶をしても、現行法上なんら問題はないと解釈する場合があるようです。(無脳症等)
そう言えば、私も医師に18トリソミーについて、「お腹の中でしか生きられない」
と言われました。21週を過ぎても中絶を示唆されることがあるのは、こうした解釈なの
でしょうか・・・・。病院やご自宅でお過ごしのお子さんは、沢山いらっしゃるんですが。

「障害があるから中絶」ということ・・・・・

胎児の異常があるなしにかかわらず、中絶しても良いのか?それは、法律で定められて
いるから良いとか悪いとか判断できるものではないと思います。【注2】

特に妊娠初期に18トリソミーであると分かった場合、満産期までおなかの中で大切に
出来る人は、どれくらいいることでしょう。現状では、とても難しい選択になると思います。
羊水検査は、現状ではそれ自体が「中絶するかどうか」の判断のために行われている
ようなものだからです。(検査の結果、胎児に異常があった場合、その多くがダウン症だと
思いますが、ダウン症でも約9割の方が中絶を選ぶということからも分かります。)
私も、18トリソミーでも中絶したくない・・・羊水検査ではっきりされると辛すぎる・・・だから
知りたくないという気持ちが、次子の羊水検査を受けなかった理由の一つでもありました。

ただ、「病気や障害のある赤ちゃんなら、中絶してもしかたがない」という考えが一般的に
なると、今生きている障害を持った人たちも、そのご家族も傷つけることにつながります。
実際に「調べればわかったんじゃないの?」とか「どうしておろさなかったの」という
言葉をかけられた方のお話(ダウン症等)は、TV等で耳にしますし、言葉をかけられなくて
も無言の圧力がかかります。
障害のある方ご本人は、「自分は生まれなくてもよい命なのか」と、自分の命を否定された
ように感じます。
また、医療現場では、「中絶してもしかたがないくらいなのだから治療しなくて良い」等と、
「治療しよう」という意欲が失われるという影響も与えます。特に、18トリソミーの場合は、
医療現場での理解不足に涙をのんだ方は少なくありません。

出生前診断が進んだ世界

欧米では、19世紀中頃に始まった優生学【注3】を背景に、出生前診断が発達してきました。
この時、「障害者の人権・尊厳は最大限に守る。だが、これから生まれてくることは防ぐ。
この二つ(ダブル・スタンダード)はぶつからずに、両立しうる」と、多くの人々に考えられて
いました。
そして、障害者に対する経済的な援助は充実したのです。
しかし・・・それはまた、「経済的な援助を沢山うけなければならない子をなぜ産んだのか」
という、圧力をも生じさせてしまいました。
イギリスでは、出生前診断(血液検査や羊水検査)が一般化することで、実際にダウン症・
二分脊椎・18トリソミー等の方々の出生(人工)が激減しました。手術が必要な二分脊椎も
出生が減る事によって医師の経験不足がおこり、以前のような治療が受けにくくなっている
そうです。

また、イギリスでは、SATFA(Support Around Termination For Abnormality)
「胎児の異常を理由にした中絶に関する相談センター」【注4】という組織があり、
24時間体制で胎児の異常を理由に中絶した人、またそれを迷っている人からの電話相談を
受け付けています。相談件数は年間7000件を越えるそうです。
この組織では、「胎児の中絶」を「肉親との死別」と表現しているそうですが、まさにその通り
だと思います。

この団体が設立された理由は、中絶して悲しみの中にある両親が増えことにたいして、
何らかの援助が必要だと考えられるようになった為だそうです。
この団体の基本理念は「女性の自己決定」とされているため、「選択のための情報の提供」
と「選択の結果の支援」を大切にしているそうです。
中絶後に電話をかけてくる人に対しては、「正しい決断」という言葉を使っているそうです。
しかし、逆に言えば、「正しい決断」だと誰かに言ってもらわなければ自分ではそう思えない、
年間何千人ものそうした人たちの存在が、この電話相談の必要性を生んでいるといえます。

「健康な赤ちゃんが欲しい」という願いは誰でもあるかと思います。
一部の障害がある赤ちゃんを産まずにすめるようになった結果、こうした深い悲しみが
新たに生まれ、ジレンマに陥っているのではないでしょうか。
また、少数・弱者である障害のある方々が生きにくくなる社会は、皆にとっても良い社会
とは言えないのではないでしょうか・・・。

ご参考NHKスペシャルセレクション「ルポルタージュ 出生前診断」坂井律子著

最後に・・・

出生前に18トリソミーと確定診断されると、「母体を優先し帝王切開をさける」と言われる
場合が多いです。やはり「帝王切開をさける」ということも、「中絶」と同じような多くの不利益を
もたらしているのでは・・・と思います。
「帝王切開をさけたことによって、子どもが亡くなった」ということについて、私も死産から
3年半の間、苦悩と共にいろいろと思い巡らしてきました。
難しいですが、いつかそれらの事も、書かなければ・・・・・と思っています。
                                        (2004年8月21日)
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【注1】このような現状に対して、日本でも、不治もしくは重篤な先天性異常があった
場合には、中絶ができるという項目(「胎児条項」と言います)を、母体保護法に加えよう
という動きがあります。

【注2】 中絶が事実上合法化されたのは、昭和23年の「優生保護法」ですが、これは、
戦後の「国家非常事態」とも言われた人口爆発により、「人口抑制政策」が必要になった
ことが、大きな影響を与えました。こうして日本は、世界に類を見ない「堕胎天国」と言わ
れるようになりました。(昭和32年には、生まれた数156万人に対して、中絶は112万人)

【注3】広辞苑によると、「優生」は「優質な生命・生体の意」、「優生学」は、「人類の遺伝的
素質を改善することを目的とし、悪質の遺伝形質を淘汰し、優良なものを保存することを研究
する学問。1885年イギリスの遺伝学者ゴードンが主唱。」 とあります。

【注4】SATFAとは別に、「異常がわかっていても妊娠を続行する」という選択をした人達
の支援団体も存在します。

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