パパたちの午後




 事務所の前に迎えに来たのはいつもの赤いスポーツカーだった。あれから10年近くなるはずだが、彼の好みは昔のまま。それは変わることのない己の趣味を貫き通す彼らしい、車だった。
「お待たせ」
「うむ」
 久々に日本に帰ってきた親友。もっともここ数日は毎日のように顔を合わせている。成歩堂は慣れた様子で車のドアを開けると、当然の如く助手席に座り込んだ。
 10年近く前から、成歩堂は彼の車の助手席に座る。それは成歩堂が運転免許を持っていないのも一つの理由ではあるが、他にも理由はあった。静かで滑らかなギア捌き。緩やかなエンジン音。仄かに香る香水の香り。やはり、車の外側だけでなく、中の趣味も彼らしい。
「何が可笑しい」
 隣から声を掛けられる。彼は運転中だからコチラの表情は見えていない筈だ。しかし、そう彼が声をかけるのは無意識のうちに声か何か出していたのだろうか。
「ああ、ちょっと思い出し笑い」
 隣の男は、そうかと一言呟いて、正面に視線を戻す。彼の端正な横顔はやはり年月を立って少なからず加齢の兆しが見えるものの、やはりそれも昔の面影と変わらない。隣の男は年月が経っても代わらないのだ。
「実はさ、ひとつ報告があるんだ」
「報告? 何だ?」
「もう一人、子供が増えたんだよね」
 鈍い急ブレーキの音。分かりやすい反応だと言うか、ベタだというか彼は真面目に反応しているのだろうが、ここまでくるといっそ清清しい。ただ今は運転中だから、成歩堂はやはりこの場合は失言だったかと思う。隣の男は、とりあえず小さく謝罪した後、手近な駐車場に車を止めると、これまた手近なカフェへと向かう。喫茶店でも良かろうに、こんな状況でも近場の店を探すのは如何にも彼らしい。
「ヒミツ任務があるんだけどなぁ」
「今日は特に資料探しだけだろう。それよりもこのまま運転させて事故を起こしてもいいのか」
 今、この時期に事故にあうのは勘弁して欲しい。それでなくとも数ヶ月前ひき逃げにあい入院を余儀なくされたのだ。それによる若干の作業の遅れも出ているというのに、これ以上時間がかかるのは勘弁して欲しい。成歩堂は彼の後ろをついていきながら、その動揺する姿を少し楽しげに見守っているかのようである。


「どういうことだ」
「どういうことも何も、さっき言ったとおりさ」
 睨み付けてくるかのように、こちらを見ている彼の視線などお構いなしのように、成歩堂はコーヒーに口をつける。いい豆つかってるなあと成歩堂はその味を堪能していた。
「みぬき嬢の他に、子供を引き取るのか?」
「いや、実際に養子縁組をするわけじゃないよ。でも殆どそれに似た状態になるんじゃないかなぁって思ってる」
 彼は成歩堂の言葉を聞いて、それから目の前にある紅茶に口をつける。いくら動揺していても、そのときの仕草だけは普段と変わらない。ただ視線だけは成歩堂から外さないようにしているだけだ。
「私は……」
 彼はそこで言葉を切る。
「私は? 何? その続きは?」
「今だっておまえはみぬき嬢の給食費にだって困ることもあるのに、もう一人子供を抱えて大丈夫なのかと聞いている。みぬき嬢の方が収入も多いのだろうし、どうやって生活していくんだ。いくら引き取り手がいないからと言って、共倒れになってしまっては誰も幸せになれないんだ。君はどうしてそうお人よしなんだ!」
 彼の語句の最後の方が叩きつけるように荒くなる。そういえば、いつも彼は心配するときは怒っている。
「相変わらず僕を心配してくれるなんて、君の方こそお人よしだよ」
 怒っている彼の気持ちが、分かるから成歩堂は何年経っても変わらぬ彼の気持ちを嬉しく思う。人好きのする笑みを彼にむけると、彼は落ち着いたまま言葉を続けた。

「じゃあさ、助けてよ。御剣」



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