パパたちの午後




 御剣こと、御剣怜侍は僕の親友であり僕の恋人だ。

 初めて出会ったのはもう20年以上も前の話で、僕が弁護士になる契機を作ったのは全て彼との出会いによるものだった。親友でありライバルであり恋人であるこの微妙かつ絶妙なバランスで保たれているこの関係は、今僕が弁護士をやめてしがないピアノ弾きになっていても変わらない。御剣は、今も各国を回っては司法制度の研修や研究を行っており日本に帰ってくるのは久々のことである。ここ数ヶ月は、日本に滞在することになっており僕は久々に仕事でもプライベートでも恋人との日々を過ごしている。



「助けてとは、どういうことだ。成歩堂」
「どういうことも何も、言葉のとおりだよ、御剣」
 この7年間の間、僕が上手くなったことと言えば人の気持ちをさらりとかわすことばかりだと思いながら、外見とは裏腹に感情を込めてくる御剣の言葉にも動じず、彼の顔を見つめる。
「君の言うとおり、僕もそろそろ一人で頑張るのも限界になってきているってことさ」
 御剣が僕の顔を見つめてくる。眉間に皺がより始めている。だからその端麗な顔に皺は似合わないっていっているのに、こことぞばかりに困った顔をする。
「つまり……そろそろ一緒に暮らさないか、ということか」
「そういうこと」
 実はこの数年間。いや、僕が御剣に告白してからと言うもの、その話は何度も出ていたが、全て棄却されていた。理由はまあいくつかあるのだが御剣が検事であり、何度か地方や海外に転勤することが多いということ。まだその当時の僕には弁護士としての仕事もあり、弁護士を辞めた後もみぬきを引き取ったことにより、あの場所に定住する必要があったということである。
「それは……」
 御剣が言葉を濁す。彼が言葉を濁すと言うことは、抱えている何かがあってすぐには返答ができないと言うこと。彼の立場では今すぐに返答を出来ないことを僕は知っていながら、それでも彼に問うのだ。僕が彼に対して持っている武器は、御剣が僕のことを憎からず思っているだけということだけであり、それさえ彼が変わってしまえば役に立たないということだけであり。
「ゴメン、困らせるつもりは無かった」
「それは、分かっている……。けれど私は今は、まだそれは出来ない」
 御剣の持つカップの淵が少し震えている。
“今は”まだ出来ない。けれども御剣もそれは考えているというのが言葉の端から伺える。みぬきの側にいることによって、僕も<力>はないけれども人の行動が少し見えるようになっている。だから、今はいったん引くことにする。ここ数ヶ月久しぶりに一緒にいることが多かったから、僕も性急すぎたのだろう。僕は御剣に返事はいつでもいいから、でも少し早目が嬉しいなと一言付け加えてその話を強引に打ち切った。



「ところで、先程言っていた子供のことだが」
 御剣が突然、話題を変える。先程のことで話題を変えるきっかけが必要だったのだ、この時は。そして僕も先程、彼に話したことを思い出す。
「子供というよりは、新しい弟子だよ」
 子供の件は御剣に対するきっかけに過ぎなかったから、まずは彼に順を追って話さなければならない。7年前のあの事件から、僕が出会った人たちのこと、僕が出会った出来事の全てを。しかし、それをこの場にて語るにはあまりにも時間が足りない。
 御剣に対し、僕はここでは語れないことと、時間をかけてゆっくりと話をしたい旨を伝える。御剣も、僕の様子から何かを悟ったらしく、手帳を見て都合の良い日を探し始める。
「新人の弁護士だから、まだ知名度は低いけど。今度お前にもちゃんと紹介するさ」
「そういうことか。なら、最初からそう言え」
 御剣が少し、むくれている。ここでフォローをしておかないと後々騒動になる可能性が高いので、簡単な説明を付け加えておいた。

「そういうことで、今度からお土産のプリンは、もう一個多く頼むよ」
「うむ、分かった」



 御剣は、みぬきのことを気に入ってくれたように、多分彼のことも気に入ってくれると何故か分からない確信を持ちながら、僕はすっかり冷めかけているコーヒーの残りを流し込んだ。




【終】


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07/05/07 tarasuji

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