Still

右手に宿った紋章は遠い昔を思い起こし、それは今尚鮮やかに蘇る。

『不老』の身となったこの身が今尚憧れるのは遥か彼方。



「散歩かい?」

一人城内を当ても無く歩いていたゲドは声を掛けられ歩みを止めた。

「お前は・・・」

その先に居たのは確かヒューゴの客人としてこの城の居候をしていた・・・

「こんばんわ、いい月夜ですね」

その少年はニカッと笑うとゲドの方に近付いてくる。

・・・まただ。

右手がチリチリする感覚。
先程酒場で会ったときにもこの少年に感じた既視観。

「お前は何者だ?」

その少年は予想外の質問に最初は驚き、次に少し考え込んだ。

「俺は…そうだな、赤月帝国六将軍が一人テオ・マクドールの長子エイ・マクドールとでも言えば良いか?」

「性質の悪い冗談だ」

「そうだな」

悪戯がばれた子供のようにくるりと後ろを振り向くとその少年は俺の前を歩き出した。

赤月帝国は18年前トラン共和国に名を変え、今はこの近辺では珍しく大統領制を取っている国である。

赤月帝国六将軍の名など既に知る者も少なくなっている筈だ。わざわざ今は無き帝国の名を出して来るなどこの少年は一体何を考えているのか・・・

「残念、月明かりで星が見えない」

今日は満月だった。

夜空を見上げて彼は大きく背伸びをし、そして振り返った。
その姿はまるで・・・

「リヒト?」

目の錯覚なのは分かっていても既に口にした後では遅く。ただ、この少年の瞳と赤い服が自分の脳裏に焼きついている彼の記憶と直結したのだ。

「そう言えば、最初にヒューゴに会った時もそんな事言われたっけ」

俺ってそんなにその人に似てる?と聞いてくる始末。
全然似ていない、リヒトとは全然似ていない。第一リヒトはもう少し背が高かった。
それに、よく見れば全く違う人間であることは確かで・・・だけどリヒトに持っていた印象が彼にかぶる。


また、右手が少しチリチリした。


「『炎の英雄リヒト』は貴方にとって特別な存在なんだ」
「『特別』といえるかはわからんが・・・『大切な友人』だった」

普段なら初見に近い人間にこんな事を話すことは無い。それにこんな話は小隊の誰にも話したことは無かった。

月夜のせいだろう・・・それにかこつけてしまえばいい。

「俺にもいたよ『大切な友人』が」

月光が彼を照らし、顔が逆光で陰っている。

「普段はあんまり見せないし、見せる事も滅多にないんだけどね」

そう言ってその少年は右手を一度上に掲げると、手袋を外した。


「それは・・・」


彼の右手の甲に宿る紋章。
それと同時にゲドの右手が熱を持ち始める、それはまるで歓喜に震えるかのように。

「これは俺の『一番大切な友人』から受け継いだ物」

初めて見る紋章、だが右手の紋章はそれを知っているとだも言いたげに…

「27の真の紋章か」
「ああ」

魂を食う悪食な奴だとその少年は笑っていた。それでもその紋章を見つめるその眼差しは複雑なものを抱え込んでいるかのようだ。



「何処か・・・アンタと瞳が似ている。強いけど、どこかに陰りがあるような・・・悲しくてだけど優しい」



先程のクィーンの台詞が脳裏に浮かぶ。それは27の紋章の継承者同士だからという訳だけでは無く、『大切な友人』を失った喪失感からか。

馬鹿馬鹿しい
感傷的に向かおうとする思考を振りほどく。

「何年・・・」

何年この少年は生きているのだろう、ふとそれが知りたくなった。

「俺はまだ22年、俺の友人は確か・・・300年だって言っていた」
「俺は80年ぐらいだが・・・その友人は凄いな」
「そう思う」


300年ともなれば紋章と魂の結びつきなどかなり深いものとなっている筈だ。この少年とその友人の間にどんな繋がりがあったか知る術は無いが、彼が『一番大切な友人』という理由が判る。

俺は誰も見ていないことを確認すると右手の手袋を外し、熱を開放させる。
久し振りに素肌に当たる風が・・・心地よい。

「礼だ」

俺は右手の甲を少年の方に向けた。右手に宿りし『真なる雷の紋章』を彼に見せる。

少年は近寄ってきて珍しげに右手を手に取った。

「自分以外のは久し振りだな」
「他のも見たことがあるのか?」
「少しだけね。覇王、竜、月、始まり・・・夜は今ここにいる。エッジ…だっけ彼が持っている剣がそれだ」

俺は紋章を宿してから長いが火と水しか見たことが無かった。やはり紋章同士が引き寄せるのだろうか?
懐かしさを含んだ声色。あの剣が夜の紋章とは、しかし彼がそんな事まで知っているとは驚きだ。

「あとは・・・・・・風」

風?確か『真なる風の紋章』は・・・

「アップルから聞いた」

まるで考えを読んだかのようにその少年が答える。知っているならそれ以上何も言う必要は無かった。
二人共浮かぶのは同じ人物であることに間違いないのだから。それを確認したところで今更どうなる訳でもあるまい。

「そうか」
「ああ」

それで十分だった。

突然その少年は右手を俺の右手に軽く重ね合わせる。

「貴方の行く末に加護があることを祈る」

囁くようなその声、彼の手のひらも熱かった。

「じゃ、おやすみ」
「ああ」

そう言ってその少年、エイ・マクドールは駆けていった。

右手のチリチリ感がいつの間にか収まっていた。

触れられた右手がまだ熱い。
俺はもう一度己の右手に触れると手袋を嵌めた。



友よ、今宵は久し振りにお前の夢を見ようか。



→Still 後日談


still[英]:いまなお
坊ちゃんとゲドの会話なのですが・・・ゲド難しい。まだ話し方や考え方を掴みきっていない
からかな?
なんかしんみりとテッドを思う坊と炎の英雄リヒトを思う二人の会話がメインにしたかったのですが
思いっきりズレた方向に・・・(笑)
タイトルは・・・関係なくなってしまったし。ここで終わるはずだったのですが『Memoirs』の伏線が
解消しきれてないので後日談として次に続きます。

02/08/27up

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