2. すっかりご機嫌のクィーンは既に酒瓶二本目に突入している。エースはそれを渋い顔をしながら眺めていた。 「エースはお前さんがあの子供に褒められたのが気に食わないそうじゃ」 ガタン!と立ち上がりジョーカーからグラスを引っ手繰るエース。周囲はまたいつものじゃれ合いが始まったと誰一人止める様子も無く、勿論クィーンもゲドも仲裁する気は無かったし、ジャックとアイラはそれにおかまいなく2人でソーダ水をすすっていたのであった。 「あの子、只の子供じゃない」 そんなやりとりクィーンは放って置きゲドに声をかけた。ゲドも僅かにアップル達のテーブルに視線をやる。向こうは気がついていないようであったが、それはどうでもいいことである。グラスの酒を一口飲み込むと言葉を続けるクィーン。その先を言うには酒の力が必要だった。 「何処か・・・アンタと瞳が似ている。強いけど、どこかに陰りがあるような・・・悲しくてだけど優しい瞳」 グラスの淵を彼女の細い指がなぞり、その指でゲドの右手に軽く触れ、そして離した。 「・・・・・・そうか」 クィーンの言うとおり何故かゲドにもあの少年に感じる物があった。あれは50年前にリヒトやワイアットに感じ、そして今ヒューゴやクリスに感じたのと似た感覚だった。心なしか右手の『真なる雷の紋章』が騒いでいるような感覚を覚えた。その瞬間の隙を突かれたのであろうか。 「こんばんわ」 突然その少年がゲドの視界に現れた。 「先程はどうも」 少年はお礼だと言って上物のワインを一本置いていった。早速そのワインを開け、口にする。 「いけるな」 少し古ぼけたそのワインのラベルには異国の文字でこう書かれていた。
「用事はすんだのかしら?」 それからしばらく私は彼と話をした。トラン共和国やデュナンでの仲間達がその後どうしているか、今あの地方がどういう状況なのか、その他にも旅の間の出来事や空白の15年間のこと。彼の話は興味深く私を飽きさせる事が無かった。まるであの時のままのような彼の姿は私を15歳のあの頃に戻してくれた。そして私はお酒だけでなく、その空間にも酔っていたのかもしれない。だから私はあんなことを彼に言ったのだろう、そう思いたかっただけかもしれないが、そうしたかった。 「今だから言うけどね」 私が酔いにでも任せなければ言えないであろう告白に対して、彼の返答は予想以上に素っ気無いものだった。内容は重大な事だっただろうに、彼はそれが何ともないような風に感じていたのだろうか。 「俺がマッシュを戦場に連れ戻し殺したようなものだからな、お前に嫌われるのも当たり前だ」 その一言が何故か悔しかった。彼は知っていたのだ、自分が何をしたのかも私のあの頃の感情も。けれども彼は私のことをマッシュ先生には何一つ言わなかったのだ。 「そうね、でも今の私は少なくとも貴方の事嫌いじゃないわ」 彼が驚いた顔で私を見ている、手にしたグラスが落ちそうになっていた。 「・・・ありがと」 囁かれるように紡がれたのは感謝の言葉。 「女はね30過ぎると色々あるものよ」 照明のせいか視界が少しかすんで、先程まで気の抜けた味のお酒が急に苦くなった。やっぱり彼と出会ったせいか、それとも別れてしまったあの人のことを思い出してしまったのか。 「実は、その馬鹿から預かり物があるんだけど・・・」 そう言って渡されたのは一通の手紙。 「偶然でもいいから会えたら渡して欲しいって。会えなかったらどうするつもりだったんだろうね」 変なところに不器用なあの人の顔が浮かんだ。本当は別れるつもりなんか無かったのに、だけど私も不器用だからあの人を苦しめた。傍にいるのが辛かったから逃げるようにあの人と別れた。でも、この戦いが終われば会いに行こう。今日、私が彼に言ったようにあの人に対して何を言い出すかは判らない、その時私がどうするかはその時になれば判るだろう。 「ところで、頼みがあるんだけど」 人が思いに耽っているときに突然声を掛けられる。 「では、しばらくご厄介になります」 二人で大笑いした。あんなに笑ったのは久し振りだった。彼はもう少しこの城を散策するからと言い私たちは酒場の入り口で別れた。彼の後ろ姿はあの頃のまま、姿が小さくなっていくまでしばらく彼の背を見送った。 私は右手に握られた手紙の存在を確かめるとこれが夢じゃないことを確信し自室に戻った。 少なくともこの戦いが一先ず終局を迎えるまでは見ないつもりだ、見たら決意が揺らぎそうで怖かったから。私はそんなに強い人間ではないから、見たこの戦いら何もかも捨ててあの人に会いに行ってしまうだろう自分がいるから。
夢の中の彼とあの人は今と変わりなく、この18年は私にとって優しかったのか残酷だったのか。そしてその時の流れは風使いのあの少年にとってどんなものだったのか。それは何処までも想像の範囲にしか過ぎず。
memoirs[英]:回想録 02/08/26up |