2.


「何なんだあの子供は?」
「ヒューゴのお客さんだろう、いちいち何だってんだいエース?」

 すっかりご機嫌のクィーンは既に酒瓶二本目に突入している。エースはそれを渋い顔をしながら眺めていた。
 エース不機嫌の理由など全く意に介していないであろうクィーンは更にグラスを煽る。エースの言うとおりあの少年がアップルとどんな関係なのかは気になるところだが、詮索する程でも無い。それよりも今日は戦闘の後の一杯を楽しみたいのだから。つまり酒>エースなのは確定しているということであるが。そんな2人の様子を隣で見ていたジョーカーがちょっかいを出し始める。

「エースはお前さんがあの子供に褒められたのが気に食わないそうじゃ」
「な、違うってんだろジジイ!」

ガタン!と立ち上がりジョーカーからグラスを引っ手繰るエース。周囲はまたいつものじゃれ合いが始まったと誰一人止める様子も無く、勿論クィーンもゲドも仲裁する気は無かったし、ジャックとアイラはそれにおかまいなく2人でソーダ水をすすっていたのであった。

「あの子、只の子供じゃない」
「・・・・・・ああ」

 そんなやりとりクィーンは放って置きゲドに声をかけた。ゲドも僅かにアップル達のテーブルに視線をやる。向こうは気がついていないようであったが、それはどうでもいいことである。グラスの酒を一口飲み込むと言葉を続けるクィーン。その先を言うには酒の力が必要だった。

「何処か・・・アンタと瞳が似ている。強いけど、どこかに陰りがあるような・・・悲しくてだけど優しい瞳」

 グラスの淵を彼女の細い指がなぞり、その指でゲドの右手に軽く触れ、そして離した。

「・・・・・・そうか」
「ああ」

 クィーンの言うとおり何故かゲドにもあの少年に感じる物があった。あれは50年前にリヒトやワイアットに感じ、そして今ヒューゴやクリスに感じたのと似た感覚だった。心なしか右手の『真なる雷の紋章』が騒いでいるような感覚を覚えた。その瞬間の隙を突かれたのであろうか。

「こんばんわ」

突然その少年がゲドの視界に現れた。

「先程はどうも」
「いいよ、あれはあたしの奢りさ。久し振りにいい気分にさせて貰ったからね」
「いえ、嘘じゃないですから」
「おや、まあ」

 少年はお礼だと言って上物のワインを一本置いていった。早速そのワインを開け、口にする。

「いけるな」
「そうだね、エースに見つからない内に飲んでしまわないと」

少し古ぼけたそのワインのラベルには異国の文字でこう書かれていた。



−太陽暦457年 トラン共和国 グレッグミンスター産−








 彼は向こうのテーブルで何事か会話を済ませると、こちらに戻ってきた。

「用事はすんだのかしら?」
「ああ、待たせたね」

 それからしばらく私は彼と話をした。トラン共和国やデュナンでの仲間達がその後どうしているか、今あの地方がどういう状況なのか、その他にも旅の間の出来事や空白の15年間のこと。彼の話は興味深く私を飽きさせる事が無かった。まるであの時のままのような彼の姿は私を15歳のあの頃に戻してくれた。そして私はお酒だけでなく、その空間にも酔っていたのかもしれない。だから私はあんなことを彼に言ったのだろう、そう思いたかっただけかもしれないが、そうしたかった。

「今だから言うけどね」
「何?」
「私貴方の事嫌いだったのよ」
「そっか」

 私が酔いにでも任せなければ言えないであろう告白に対して、彼の返答は予想以上に素っ気無いものだった。内容は重大な事だっただろうに、彼はそれが何ともないような風に感じていたのだろうか。

「俺がマッシュを戦場に連れ戻し殺したようなものだからな、お前に嫌われるのも当たり前だ」

 その一言が何故か悔しかった。彼は知っていたのだ、自分が何をしたのかも私のあの頃の感情も。けれども彼は私のことをマッシュ先生には何一つ言わなかったのだ。
 けれども彼はその事を忘れる事など無く、今でも心の中にそれを抱えたままこの18年を生きてきた。でも、あの頃のわたしは許さなくても今のわたしは彼を許している。

「そうね、でも今の私は少なくとも貴方の事嫌いじゃないわ」

彼が驚いた顔で私を見ている、手にしたグラスが落ちそうになっていた。

「・・・ありがと」

囁かれるように紡がれたのは感謝の言葉。

「女はね30過ぎると色々あるものよ」
「確かに、こんないい女ほっとくなんてあいつは馬鹿だな」
「そうね、馬鹿よ・・・馬鹿」

 照明のせいか視界が少しかすんで、先程まで気の抜けた味のお酒が急に苦くなった。やっぱり彼と出会ったせいか、それとも別れてしまったあの人のことを思い出してしまったのか。

「実は、その馬鹿から預かり物があるんだけど・・・」

そう言って渡されたのは一通の手紙。

「偶然でもいいから会えたら渡して欲しいって。会えなかったらどうするつもりだったんだろうね」
「本っ当に馬鹿だわ・・・」

 変なところに不器用なあの人の顔が浮かんだ。本当は別れるつもりなんか無かったのに、だけど私も不器用だからあの人を苦しめた。傍にいるのが辛かったから逃げるようにあの人と別れた。でも、この戦いが終われば会いに行こう。今日、私が彼に言ったようにあの人に対して何を言い出すかは判らない、その時私がどうするかはその時になれば判るだろう。

「ところで、頼みがあるんだけど」
「何かしら?」

 人が思いに耽っているときに突然声を掛けられる。
 彼の頼みはこうだった。少なくとも自分の正体をこの城の人間に話さないでほしい、勿論彼の右手の『紋章』の事もという話だった。少なくとも『英雄』という名を持つ者が二人いることは余り今の状況では好ましくないし、ヒューゴ君がまだ『真なる火の紋章』を受け継いだ事に迷いを持っているから。
『英雄』という重圧が彼を縛っているのは見ていて判ることだった。それは彼や15年前のデュウさんを見ていた私だからこそ判る変化であり、それに対して答えを出すのはヒューゴ君自身でしか有り得ないことははっきりしている。
 だから彼はあくまで『不意の闖入者』であり『ヒューゴの客人』であり、『私の古い知り合い』という事で通して欲しいという事だった。幸い、ここエストニア城で彼を知るものは少ない。フッチさんやジーンさんはともかくビッキーがちょっと難関だが、それは後で考えるとして今は彼のその提案が得策だと判断しそれを受け入れた。

「では、しばらくご厄介になります」
「ええ、ごゆっくり」

 二人で大笑いした。あんなに笑ったのは久し振りだった。彼はもう少しこの城を散策するからと言い私たちは酒場の入り口で別れた。彼の後ろ姿はあの頃のまま、姿が小さくなっていくまでしばらく彼の背を見送った。

 私は右手に握られた手紙の存在を確かめるとこれが夢じゃないことを確信し自室に戻った。




手紙の中身はまだ見ていない。

 少なくともこの戦いが一先ず終局を迎えるまでは見ないつもりだ、見たら決意が揺らぎそうで怖かったから。私はそんなに強い人間ではないから、見たこの戦いら何もかも捨ててあの人に会いに行ってしまうだろう自分がいるから。
 私も馬鹿だ・・・と自嘲しつつ手紙を箱にしまうと昔の自分を思い出しながら眠りに就いた。


久方ぶりに夢をみた

 夢の中の彼とあの人は今と変わりなく、この18年は私にとって優しかったのか残酷だったのか。そしてその時の流れは風使いのあの少年にとってどんなものだったのか。それは何処までも想像の範囲にしか過ぎず。



全ては時の流れのままに



To be continued・・・

←前へ


memoirs[英]:回想録
本当に意味不明の文章です。
アップル視点から見た坊ちゃんとはどんな感じなのか?というのがテーマでしたが最後はシナプルで終了。
アップルの旦那はシーナだと踏んでいるのですが実際の所は???な状態です。まああたしはシナプル派でシナルク派(オイ)なのですが、アップルもシーナも未練はたっぷり残っていると考えています。
ゲドクイな場面(?)も書けたし。でもこの二人書くには普段使わないようなアダルティかつストイックさが必要なのでかなり難易度高いです。
最後にちらっとあの少年の存在も出てきますね。
補足:この時点ではあの人の正体をアップルは知っています。
次はゲド&坊ちゃんの話になりそうです。まだまだこのシリーズ続きそうです。実は番外編も入れるとまだまだ長くなりそうな予感。

02/08/26up
03/12/23改稿

メニューに戻る