Memoirs


時間は時に優しく、時に残酷なるものである。
その人の姿を見つけた時、ふとその言葉が脳裏に浮かんだ。


「アップルさん、お願いがあるんだけど・・・」

その日の朝一番、ヒューゴ君が私に頼み事があるとやってきた。

「しばらくお客を泊めたいんだけど・・・いい?」

 本当はシーザーに聞いた方が良いのだけどあまりにも忙しそうだったので私の方に来たらしい。
 この地方に来たのは最初はマッシュ先生のことを調べる為だけだったけど、グラスランドとハルモニアの戦いに巻き込まれることとなり、教え子のシーザーが炎の運び手=グラスランド・ゼクセン連合軍の軍師となり私もその経由でこうしてここにいる。だが、シーザーはああいう性格だし細かい仕事は余り向いていないのは確かである。だから、殆どこうした事務仕事は私に回ってくるのだ。それにしてもこの大所帯、今更一人増えたってどうもしないのだが彼はその度に確認に来るのであった。

しかし、しばらく泊めたいお客とは一体・・・?

 私はそれに許可を出すとその客を連れてくるように頼んだ。ヒューゴ君の友達かしら、安易な興味も少しだけ混じっていた。
 だからまさか、『彼』だなんんて微塵も思いもよらなかった。私は許可を出すとヒューゴ君は嬉しそうに笑った。そんな姿は遠い記憶の誰かを思い出させる。

「オッケーだって」

そして彼の後ろから現れたのは・・・

「失礼します」
「エイ・・・さん!?」

 忘れる筈が無い。あの時と変わらない声、口調、その姿・・・18年前のあの時と同じままの。



18年前のあの時に出会った少年だった。




私はあの時15歳だった。
彼は同じ年かそれより一つ上だっただろう。

 私は身寄りも戦争で失い孤児としてマッシュ先生に引き取られ、先生の下で沢山のことを学ぶことが出来た。マッシュ先生ことマッシュ・シルバーバーグ、あの方は戦う事の愚かさと空しさ、そして悲しさを良く知っていた。

だからそんな先生を再び戦争に駆り出した彼が私は嫌いだった。

あの時の私は良くも悪くもまだ子供だったのだ。
 それでも私の記憶に彼の姿ははっきりと残っていて、18歳に時に再び出会った時にもその姿のままで。あの時はまだ3年だったから特に違和感も無く、だけどこうして15年たって出会った彼はあの時のまま。

それが右手に宿した紋章の『呪い』ともいえる呪縛。


 私は夕飯のためにアンヌさんの酒場にやって来ていた。今日はメイミのレストランが生憎の混雑のためにこちらにしたのだ。それに丁度今は飲みたい気分だったから都合がいいといえば都合がいいのだが。正直に言えば酔いたかった、忘れかけていた過去が戻ってきた今日は、酔いに任せたかったのかもしれない。

カラン・・・とグラスの氷が音を立てる。



「ここ、いいかい?」
「あ、どうぞ」

 隣に座ったのは・・・彼だった。アンヌさんの酒場はこの時間帯になると混んでおり他には席も無かったから他の席に移るわけにもいかず。
 彼は隣に腰掛けているが、私は一体なんて言葉をかければよいか迷った。

「久し振りだね、えっとデュナンで会って以来だから・・・」
「15年です」
「そっか、もうそんなになるっけ」
「ええ」

 腕も体つきも少年のまま彼はその間をどうやって生きてきたのだろう。あちこちに小さな傷があった。私は久し振りだからといって彼に適当に食べる物を見繕って注文した。彼は自分で払うと言ったが「私が奢りたい」というとかたじけないと笑った。

「こちらにはどうして?」

 私は、グラスランドが戦乱のこの時期に彼が偶然現れたとはどうしても思えなかったのだ。だから聞いた。

「本当に偶然。たまたま『炎の英雄』が現れたっていうから見物しようかと思ったら、ヒューゴに引き止められた」

そう言って笑う彼。右手の手袋は相変わらずで、何故かあの頃を思い出した。

「綺麗になったね」
「冗談はよしてよ、あの人みたい」

 彼の口からそんな言葉が出るとは思いもよらず、もう少しで口の中に入っていた物を噴出しそうになった。
 そう言えばデュナンの時も彼はそう言っていたような気もする。そんなところは相変わらずの様だ。

「あの人って言えば・・・旦那は?結婚したってグレミオから聞いたけど」
「別れたわ」
「ふうん、もしかしてあいつまた浮気したの?」

 懲りない奴だな、と笑う彼。やはり、変わりない彼の姿立ち振る舞いもどうしてもあの頃の自分を呼び起こすようで、酒の酔いも手伝って私を15のあの頃の記憶や感情が戻ってきている感覚を覚えたのは気のせいだろうか。



「あー、今日も働いたね・・・あれ、アップル?あんたがこんなとこに居るなんて珍しいね」

 声を掛けてきたのはクィーンさんだった。後ろにはゲドさん達が遅れてやってくる。

「こんばんわ、これからですか?」
「ああ、一仕事終えてきたんでね。これから一杯やろうかと」
「一杯で終わればいいんですがね」
「終わる訳なかろうが」

エースさんががっくりと肩を落としている、それが面白かった。

「ところで、彼がヒューゴのお客さんかい?」

 既に彼はヒューゴ君が連れてきた客だと言うことで密かに城の住人の話のタネとなっているのだろう彼らの情報の早さには感心する。

「初めまして、エイ・マクドールと申します」
「あたしはクィーン、よろしく」
「名前の通りの方ですね、まさに『クィーン』の雰囲気を兼ね備えていらっしゃる」

 その瞬間クィーンさんの顔に朱が差したのを私は見逃さなかった。そしてその後ろではエースさんがムッとしていたのも。
 しかし、彼の女性の扱いの上手さはこの15年で格段に上手くなったようだ。それとも以前からこんな感じだっただろうか?

「ありがと、でも火傷しないように気をつけなよ」

 そう言ってクィーンさんはアンヌさんに注文を告げるとゲドさん達が待つテーブルに向かっていった。

「全く、貴方という人は」

 半ば呆れながら私はグラスに手を伸ばす。口の中は少し気の抜けた味が広がっていた。

「はい、これ」

 アンヌさんが彼の前にグラスを差し出した。

「これ、注文していないけど?」
「クィーンさんからだって」

 向こうでクィーンさんが手を振っている、彼も手を振り返していた。

「ちょっとに行ってくる」





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何か長くなりそうなので二回に分かれます・・・
しかし坊ちゃん女の扱い上手いような(笑)15年の成果でしょうかね?
最初はアップルさんと二人でしんみりの予定がゲド隊まで出てくるとはあたしも予想外です(笑)
次回は初書きのゲド隊&坊ちゃんネタになります(アップルは?)

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