武術指南所の前には人だかりが出来ていた。 「では・・・始めます。両者、構え」 ヒューゴは未だ困惑した様子で開始の合図を始める。審判は公平を期するために、昼寝をしていたジョアンを叩き起こした。見届け人としてボルス側からはパーシヴァルが、エイ側からはヒューゴをそれぞれ頼んだ。
支度をしているとき、ヒューゴが心配そうな表情でエイの顔を見る。 「どうした?」 エイの事を心配してくれているであろうこの『炎の英雄』の心配そうな顔に弱い。彼はこれ以上心配させないように、笑みを見せた。 「大丈夫さ、いざとなったらすぐ降参するから」 愛用の棍を右手に握り締めると、エイは口元を引き締めた。 「いくぞ」 両者、互いを見据えると、己の得物を握り、構える。 「はじめっっ!!!!」 ヒューゴの合図と同時に二人が向かっていく。 「はぁあああっ!!」 ボルスの剣がエイに向かって振り下ろされる。エイは素早い動きでそれをかわし、棍をしならせる。 斬撃と回避の応酬 見ているものを引き付け、目を逸らすことを許さない。 (ボルスの奴・・・熱くなっているな) それも無理は無い、とパーシヴァルは思っていた。 只者ではない・・・と。 烈火の様に激しい斬撃と風のように流麗な動き。
「お帰りなさい、クリス様!」 いつも元気な門番兼守備隊長を務めるこの少女の声は、暖かみと同時に『帰ってきた』と思わせる何かがあった。一先ず、湯でも浴びてこの長旅の疲れでも癒そうかと思ったその瞬間、何処からか喚声が聞こえてきた。 「セシル、あの声は?」 クリスはセシルが言い終わるか終わらない内に声のする方に向かっていた。一人残されたセシルは、ぽかんとその後姿を見つめていたのだった。
いつ終わるかもしれない、打ち合いの応酬。 「貴様・・・なかなかやるな」 二人とも改めて自分の得物を握り直し構えた。周囲には声すら上がらなかった。互いに向かって武器が振り下ろされようとした瞬間。
意外な闖入者が入り、その一撃が止められる。 「クリス様!?」 右手の剣はボルスの剣を受け止め、それと同時に左手甲冑ははエイの棍を受け止めていた。しかし、とっさとは言え完全に手加減できたわけでは無く、クリスにかかる負担は大きい。が、クリスは眉一つ動かすことなく二人の動きを止めた。 「ボルス!これはどういう事だ」 クリスの鋭い眼光がボルスを射抜くようであった。ボルスは口の端をぎゅっと噛み締める。ゼクセン騎士団では私闘を行った者には厳しい処罰が待っている。下手をすれば、退団という可能性もあるのだ。ボルスは自分のしたことを改めて思い知らされ、彼女の言葉を待っていた。そう、死刑宣告を待つ重罪人のようにただ、じっと立ち尽くしていた。 「待ってくれ」 クリスの視線が初めてエイに向けられる。よくよく見るとまだヒューゴやルイスと同年代の少年だった。 (この少年がボルスと同等に戦った・・・?) クリスに驚きが走る。しかし、見た目と能力をイコールにしてはいけないことは再三経験してきたことであり、クリスはエイの次の言葉を待った。 「初めまして、私はエイと申します。貴方がゼクセン騎士団団長、クリス・ライトフェロー殿ですね?」 予想外の丁寧な挨拶にクリスは一瞬面食らった。しかし、クリスも瞬時に落ち着きを取り戻し、エイの次の行動に注目を戻す。 「申し訳ない、私がボルス殿に稽古をお願いしたのです。ボルス殿は真面目な方ですから、稽古であろうとも手を抜かずに真剣になってしまわれて・・・ですからこれは私闘では無い故、ボルス殿を責めないでやってくださいませんか?」 その言葉にボルスは『違う』と言いそうになったが、パーシヴァルの右手に口を塞がれて止められる。パーシヴァルにはこれからエイの真意が薄々と理解できたからだ。 「わかった。ボルス、この件は不問に処す」 クリスが全てを知った上での配慮にボルスはそれ以上なにも言う術もなく、膝を折って頭を垂れるとその場を立ち去った。 「エイ殿のおかげです、ボルスの代わりに感謝を」 踵を返して、パーシヴァルはボルスの向かった方向へ駆け出していった。 (ああいうところも、本当にそっくりだ・・・) 彼の後姿を見送るエイの口端に僅かな笑みが浮かんでいたことに気がついた人間は少なかった。その瞳には懐かしさと憧憬が映っていたことも。
「エイさーーん」 突然ヒューゴがエイの方に近寄ってくる。 「ぶ、無事で良かったぁ」 自分の事を心配してくれたのであろうヒューゴの事を思うと、それが少し嬉しかったと同時に巻き込んでしまったのを申し訳なく思ってしまった。エイはそんなヒューゴが子犬のように思えて頭を数度なでる。くすぐったそうにしながら、ヒューゴはそれでもエイの無事を喜んでいた。 「心配かけたね」 やったあ、と喜ぶヒューゴを見てエイは『炎の英雄』と呼ばれているこの少年に以前会った懐かしい面影を重ねていた。同盟軍のリーダーとして15年前の戦いであったあの少年に。 「エイ殿・・・と申しましたか」 背後から声を掛けられた。 「貴方のおかげで、我がゼクセン騎士団は大事な人間を失うことを避けられた。感謝する」 クリスはそう言ったかと思うと、頭を下げた。その後、クリスの後を付いてきたサロメやルイスはその光景に慌てていたが、当のエイ本人は悠然としていた。かえって、エイの隣にいたヒューゴの方が驚いていたのだろう、どうするの?と言うかのようにエイの方に視線を向けていた。 「先程言ったとおりだ、俺はボルス殿に稽古を付けて貰っただけさ。貴方に感謝される理由は無いと思うが?」 そう言うと、クリス達はその場を去っていった。 「ヒューゴ」 予想外の展開に驚いたが、先程の試合をみて興奮していたせいかヒューゴも小腹が空いていた。まだ、夕食には時間が早いしさっきのおやつを残したままであったことに気がついた。 「はい!」 そして、午後の休憩は再開されたのであった。
【後書】 2002/11/14 tarasuji メニューへ |