武術指南所の前には人だかりが出来ていた。
先程までパーシヴァルとボルスの練習を見ていた女性たちだけでは無く、野次馬として城の連中が大勢集まっていたからだ。
勿論、その輪の中心にいたのは・・・

「では・・・始めます。両者、構え」

ヒューゴは未だ困惑した様子で開始の合図を始める。審判は公平を期するために、昼寝をしていたジョアンを叩き起こした。見届け人としてボルス側からはパーシヴァルが、エイ側からはヒューゴをそれぞれ頼んだ。



Duelists at tea brake 2



「エイさん・・・」

支度をしているとき、ヒューゴが心配そうな表情でエイの顔を見る。

「どうした?」
「ボルス・・・さんってああ見えても結構ゼクセンの中では強いんだ。だから、エイさんが怪我でもしたら、俺・・・」

エイの事を心配してくれているであろうこの『炎の英雄』の心配そうな顔に弱い。彼はこれ以上心配させないように、笑みを見せた。

「大丈夫さ、いざとなったらすぐ降参するから」
「本当ですか?」
「ああ」

愛用の棍を右手に握り締めると、エイは口元を引き締めた。

「いくぞ」
「ああ」

両者、互いを見据えると、己の得物を握り、構える。

「はじめっっ!!!!」

ヒューゴの合図と同時に二人が向かっていく。

「はぁあああっ!!」

ボルスの剣がエイに向かって振り下ろされる。エイは素早い動きでそれをかわし、棍をしならせる。

斬撃と回避の応酬

見ているものを引き付け、目を逸らすことを許さない。
それは、そんな戦いだった。

(ボルスの奴・・・熱くなっているな)

それも無理は無い、とパーシヴァルは思っていた。
明らかに目の前に居る相手はボルスと同等、もしかするとそれ以上の戦闘経験を積んでいるのは確かだった。ボルスが劣っている訳ではない。ただ、目の前にいる人物がボルスよりも熟練の手錬だというだけだ。パーシヴァルは自分も彼と戦ってみたい欲求が胸の内に沸いているのを実感していた。それは、この場にいるエイの力量を測ることの出来る人間ならば誰もが感じていただろう。
それは隣に居るヒューゴも同様だったらしい。

只者ではない・・・と。

烈火の様に激しい斬撃と風のように流麗な動き。
突く、薙ぐ、払う・・・棍の持つ特性を生かし、その広い間合いと止まることの無い動きのエイに対し、叩き斬ることが主の西洋剣を使用するボルスの一撃は、速さではエイに及ばないものの、繰り出される一撃一撃の威力は大きかった。
最早、この試合どちらが勝つのか誰にも判らなくなっていた。



一方、その頃ゼクセンでの所用を済ませたクリスが、ビュッテヒュッケ城に戻ってきていた。

「お帰りなさい、クリス様!」
「ただいま、セシル」

いつも元気な門番兼守備隊長を務めるこの少女の声は、暖かみと同時に『帰ってきた』と思わせる何かがあった。一先ず、湯でも浴びてこの長旅の疲れでも癒そうかと思ったその瞬間、何処からか喚声が聞こえてきた。

「セシル、あの声は?」
「あれですか?ボルスさまが何でも誰かと決闘するとか何とか・・・」
「何だと!?」

クリスはセシルが言い終わるか終わらない内に声のする方に向かっていた。一人残されたセシルは、ぽかんとその後姿を見つめていたのだった。



「やぁっ!!」
「はっ!!」

いつ終わるかもしれない、打ち合いの応酬。

「貴様・・・なかなかやるな」
「貴方こそ」
「しかし、これで決着をつける!」

二人とも改めて自分の得物を握り直し構えた。周囲には声すら上がらなかった。互いに向かって武器が振り下ろされようとした瞬間。


「二人とも、止めろ!」

意外な闖入者が入り、その一撃が止められる。

「クリス様!?」
「え?」

右手の剣はボルスの剣を受け止め、それと同時に左手甲冑ははエイの棍を受け止めていた。しかし、とっさとは言え完全に手加減できたわけでは無く、クリスにかかる負担は大きい。が、クリスは眉一つ動かすことなく二人の動きを止めた。

「ボルス!これはどういう事だ」
「クリス様、これは・・・」
「我が騎士団では私闘は認めていない筈だが・・・」

クリスの鋭い眼光がボルスを射抜くようであった。ボルスは口の端をぎゅっと噛み締める。ゼクセン騎士団では私闘を行った者には厳しい処罰が待っている。下手をすれば、退団という可能性もあるのだ。ボルスは自分のしたことを改めて思い知らされ、彼女の言葉を待っていた。そう、死刑宣告を待つ重罪人のようにただ、じっと立ち尽くしていた。

「待ってくれ」

クリスの視線が初めてエイに向けられる。よくよく見るとまだヒューゴやルイスと同年代の少年だった。

(この少年がボルスと同等に戦った・・・?)

クリスに驚きが走る。しかし、見た目と能力をイコールにしてはいけないことは再三経験してきたことであり、クリスはエイの次の言葉を待った。

「初めまして、私はエイと申します。貴方がゼクセン騎士団団長、クリス・ライトフェロー殿ですね?」
「あ、ああ」

予想外の丁寧な挨拶にクリスは一瞬面食らった。しかし、クリスも瞬時に落ち着きを取り戻し、エイの次の行動に注目を戻す。

「申し訳ない、私がボルス殿に稽古をお願いしたのです。ボルス殿は真面目な方ですから、稽古であろうとも手を抜かずに真剣になってしまわれて・・・ですからこれは私闘では無い故、ボルス殿を責めないでやってくださいませんか?」

その言葉にボルスは『違う』と言いそうになったが、パーシヴァルの右手に口を塞がれて止められる。パーシヴァルにはこれからエイの真意が薄々と理解できたからだ。
『放せ』ともがくボルスもその意味を理解していたが、直情な性格の彼の事だ。たかが子供を見くびっていた相手から庇われていることが彼のプライドを刺激したらしい。しかし、それはパーシヴァルに遮られて真実を話すことはかなわなかった。クリスもエイの言葉の裏にある真意を悟ったのだろう、視線だけをその周囲に移動させると再びエイの方に視線を戻す。

「わかった。ボルス、この件は不問に処す」
「クリス様・・・」
「ボルス、何か不満でも?」
「いえ、寛大な配慮に感謝します」

クリスが全てを知った上での配慮にボルスはそれ以上なにも言う術もなく、膝を折って頭を垂れるとその場を立ち去った。
ボルスの後姿を見ているエイにパーシヴァルが声を掛ける。

「エイ殿のおかげです、ボルスの代わりに感謝を」
「いや、俺も大人気なかったから・・・ボルス殿には迷惑をかけたと伝えてくれないか?」
「判りました、それでは」

踵を返して、パーシヴァルはボルスの向かった方向へ駆け出していった。

(ああいうところも、本当にそっくりだ・・・)

彼の後姿を見送るエイの口端に僅かな笑みが浮かんでいたことに気がついた人間は少なかった。その瞳には懐かしさと憧憬が映っていたことも。



何時の間にか、周囲の人々は居なくなっていた。

「エイさーーん」

突然ヒューゴがエイの方に近寄ってくる。

「ぶ、無事で良かったぁ」

自分の事を心配してくれたのであろうヒューゴの事を思うと、それが少し嬉しかったと同時に巻き込んでしまったのを申し訳なく思ってしまった。エイはそんなヒューゴが子犬のように思えて頭を数度なでる。くすぐったそうにしながら、ヒューゴはそれでもエイの無事を喜んでいた。

「心配かけたね」
「でも俺、エイさんがあんなに強かったなんてビックリした。今度、俺にも稽古付けてくださいね!」
「いいよ」

やったあ、と喜ぶヒューゴを見てエイは『炎の英雄』と呼ばれているこの少年に以前会った懐かしい面影を重ねていた。同盟軍のリーダーとして15年前の戦いであったあの少年に。

「エイ殿・・・と申しましたか」
「そうだが」

背後から声を掛けられた。
そこにはクリスの姿があった。クリスはエイの前に歩み寄る。

「貴方のおかげで、我がゼクセン騎士団は大事な人間を失うことを避けられた。感謝する」

クリスはそう言ったかと思うと、頭を下げた。その後、クリスの後を付いてきたサロメやルイスはその光景に慌てていたが、当のエイ本人は悠然としていた。かえって、エイの隣にいたヒューゴの方が驚いていたのだろう、どうするの?と言うかのようにエイの方に視線を向けていた。

「先程言ったとおりだ、俺はボルス殿に稽古を付けて貰っただけさ。貴方に感謝される理由は無いと思うが?」
「では、そういう事にしておきましょう。それでは、私達はこれで失礼します」

そう言うと、クリス達はその場を去っていった。

「ヒューゴ」
「え、はい?」
突然、名を呼ばれてヒューゴが驚いている。そして、その次の言葉を待っていた。
「動いたら、お腹空いた。レストランに戻って残りを食べよう」

予想外の展開に驚いたが、先程の試合をみて興奮していたせいかヒューゴも小腹が空いていた。まだ、夕食には時間が早いしさっきのおやつを残したままであったことに気がついた。

「はい!」

そして、午後の休憩は再開されたのであった。



余談として、この戦いを見た人間から時々エイは試合を申し込まれるようになったが、彼は『あの時はただ必死だった』と一切申し入れを受けなかったらしい。それでも、ヒューゴに時々稽古をつけてやっている姿を見た人間が居たとか居なかったとか。
何にしろ、この一戦はのちにビュッテヒュッケ城では一時期語り草になったそうだ。

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【後書】
長々(?)と書いた割にはまだまだ波乱の多そうな終わりになっています(笑)
戦闘シーンは数行で挫折しました、資料は少しあったのですがそれも使用せず。
とりあえず、『本拠地内で暴れてみたい』話になる予定だったのですが、坊とクリスの絡みが殆ど無かった気が・・・。
クリス関係では本人よりも周囲の人間と接触をもちそうな予感ですな。
この後、ボルスとパーシヴァルがどうなったかは要望があれば…多分無いだろうし、書く予定も無いです。まだまだ、IFシリーズは続く予定らしい。

2002/11/14  tarasuji

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