「そりゃぁっ!!」
「相変わらずだな」 肩で息を切らしているボルスが、左手で汗を拭う。対するパーシヴァルも同様だった。 「いや、剣の腕は鈍っていないようだ」 不可思議そうに聞いてくるパーシヴァルを横目にボルスが唇の端をつりあげる。 「最近、女子供に囲まれてニヤけているからな、腕が鈍っていると思った」 対するパーシヴァルもボルスに負けてはいない。彼の一言で少し頬を更に染めたのを見逃さなかった。 「だ、誰がお前なんて!!」 普段は砕けた口調なのに、こういう時に限って口調が馬鹿丁寧なのが腹が立つ。それっきりボルスはパーシヴァルの顔を睨み付けたかとおもうと、顔を横に向けた。 「さあ、続きだ!」 そのやりとりを誰も見ていないはずがなかった。 「エイさーーん」 向こうから自分の名前を呼ばれたのに気がついた。その少年がゆっくりと視線を移す。自分に向かって駆けて来る少年の姿がそこにあった。 「やあ、ヒューゴ」 ヒューゴの方に歩いていくと、二人でそこに立ち止まった。先ほどの女性で埋まった人垣の方を指差す。 「たまたま、釣りの帰りに人でごった返していたんで何があったのかな?って」 エイにそう言われてヒューゴは指差した方向に視線を移す。そして、その人垣の中心になっている人物を見て納得したようだ。 「パーシヴァルさんとボルス・・・さんですね」 もともと人覚えがいいエイはこの城に来て数日の間に大まかにだが、人を覚えてきたらしい。もっとも、ゼクセン騎士団の中でもあの二人は目立つ人間だったから覚えるのには時間はかからなかった。それに、パーシヴァルの方はよくヒューゴが話をしてくれたかた直ぐに覚えてしまったのである。 「じゃあ、俺はこれをエイミのところにでも持っていくから」 ヒューゴはエイをかなり気に入ったらしく、エイの姿を見つけては一緒に居るところがよく目撃されている。そして、エイもそれを許しているようだった。そうして、レストランに向かおうと踵を返そうとした瞬間。 「ヒューゴ殿ーー」 いきなり大声で名前を呼ばれたかと思った瞬間、その声の主が人垣を抜けてヒューゴの方に向かってくる。 「パーシヴァルさん!?」 パーシヴァルは慣れた足取りで女性の人垣をかき分けて2人の方に近付いてきた。その後を、女性にもみくちゃにされながらボルスが少し不機嫌そうに付いてくる。 「こんにちは、あの・・・俺に何か用でも?」 当然、その場にいた女性たちの注目はヒューゴ達に注がれている。 「レストランにでも行きましょうか?」
「待たせたね」 そう言っているヒューゴの視線はメニューに釘付けになっていた。 「折角ここにいるのですから、貴方も何か頼みませんか?」 ヒューゴが2人の行動が気になっていたのを察したのであろうパーシヴァルの提案。ちょうど昼食の時間帯である、断る理由など無かった。エイもメニューを見て軽い物を注文する。しかし、隣のヒューゴはというと・・・。 「決まったかい?」 視線がメニューをいったりきたりと定まらない。まだ迷っているようなヒューゴに苛立つボルス。 「はっきりしない奴だな、さっさと決めろ」 「ボルス」 突然の質問に意図を掴むのに時間がかかった。 「そ、それは・・・勿論・・・」 表面は穏やかだが、パーシヴァルのボルスを見る眼差しは有無を言わせぬ何かがあった。ボルスはそこで返答に詰まってしまう。 「だから、ヒューゴ殿をせかすような真似はするなってことだ」 二人の会話の意味は判らないが、自分を何となく助けてくれたようだという事はヒューゴにもおぼろげに判った。最もそこにいたエイにはその意味は十二分に判っていたが、敢えてこの場ではそれ以上を語ろうとしなかったのであった。ただ、その代わりに誰にも気付かれないように小さな溜め息を一つ漏らしたのは言うまでもなかったが。 「ヒューゴは何が食べたいの?」 エイの提案にヒューゴが思わずメニューから視線を上げる。そういう方法があったことに気がついたヒューゴが嬉しそうだった。エイは早速両方をウェイターに注文するとヒューゴの方を見て微笑んだ。 (こういう素直なところは彼にそっくりなんだよな・・・) エイは昔懐かしい誰かの面影が脳裏に浮かんでいた。
少し間をおいて、テーブルの上にはそれぞれが注文した品が並んだ。 パーシヴァルとボルスは紅茶とサンドイッチとスコーン。 テーブルに並べられたそれをヒューゴはしばらく眺めると早速エイと半分こし、それを一口、口に入れた。 「どう?」 感想になっているのかいないのか判らないような感想だったが、とにかくヒューゴが満足そうに食べているのを見て美味しいということは見ている側にも伝わってきた。ボルスは蛮族の子供は食べ方が下品だと思っていたが、それは口にしないことにした。 「おい、お前どこでその作法を身に着けた?」 それはヒューゴではなく、エイに向けられた言葉だった。何故なら、その何気ない仕草の何処かにきちんと躾をされているのをボルスは見逃さなかったからだ。食べ方には、本人には意外に気がつかない癖があるものだが、目の前の少年には恐らく子供の頃から躾がされていることは、貴族として生まれ育ったボルスの目には隠すことができなかったからだ。 その返答にボルスの語気も荒くなり、機嫌が段々と悪くなっていく。更に追い討ちをかけるかのように彼は言葉を続ける。言葉の内容とは裏腹にエイは冷静だったようだったが。 「人に物を聞くときは礼儀正しくしなければならない、と騎士団では教えて貰わなかったのかい?」 ボルスの理性はそこでプチッと切れる。エイとボルスの間に緊張が走り、二人の間には雷鳴が鳴り響いたかのように険悪なムードが流れている。 「この俺を侮辱したな!」 烈火の騎士の二つ名の通り、一度火がついたら消し止めるのは時間がかかるボルスの性格からして冷静に考える余裕は全くもってなかった。それに比べエイの態度はそんなボルスを馬鹿にしているかのようでそれがボルスの癪にますます障った。 「貴様も武術をやっているようだな」 まだ誰もこの後何が起こるか予想がつかなかった。ボルスは一人納得すると顔を上げ、エイの方を指差す。 「それなら、俺と戦え!」 ボルスのその言葉にエイ本人よりも周囲の方が驚いた。 「ボル・・・」 しかし、パーシヴァルがそれを口にし終える前に意外な方向に話は進んでいった。 「エイさん・・・」 エイは心配そうに彼をみているヒューゴに微笑むとまた視線をボルスの方に移した。彼の顔を真っ直ぐに見つめる。 「その勝負、受けて立とう」 久し振りのIFシリーズです。 |