「そりゃぁっ!!」
「なんの」
城の武術指南所からは今日も威勢のいい掛け声が聞こえてくる。
戦いの最中とは言え、いつもいつも戦いに明け暮れる訳でもなく。
こうして不意に空いた時間を、この城に居る人間たちはそれぞれ思い思いに使っていた。
あるものは、趣味に。
あるものは、読書に。
そして、あるものは己の鍛錬にと。



Duelists at tea brake



ゼクセン騎士団の六騎士たちはそれぞれこの時間をバラバラに過ごしていたが、その内に一人パーシヴァルはボルスに連れられて剣の鍛錬にいそしんでいた。
もっとも、武術指南所の主であるジョアンは昼寝にいそしんでいたが。

「相変わらずだな」
「何だ?」

肩で息を切らしているボルスが、左手で汗を拭う。対するパーシヴァルも同様だった。

「いや、剣の腕は鈍っていないようだ」
「どういう意味だ」

不可思議そうに聞いてくるパーシヴァルを横目にボルスが唇の端をつりあげる。

「最近、女子供に囲まれてニヤけているからな、腕が鈍っていると思った」
「ほう…ボルス卿が私の心配をしてくれているのですか」

対するパーシヴァルもボルスに負けてはいない。彼の一言で少し頬を更に染めたのを見逃さなかった。

「だ、誰がお前なんて!!」
「そういう割にはお顔が赤いようですが?」

普段は砕けた口調なのに、こういう時に限って口調が馬鹿丁寧なのが腹が立つ。それっきりボルスはパーシヴァルの顔を睨み付けたかとおもうと、顔を横に向けた。

「さあ、続きだ!」
「はいはい」

そのやりとりを誰も見ていないはずがなかった。
城内でも美形に入る二人のやり取りは鍛錬とは言え、城内のうら若き女性たちの目に止まっておりいつしがたそこには人垣が出来ていたからだ。
そもそも、ゼクセンの女性たちの中には、騎士が鍛錬をする姿など滅多に見られるものでは無くそれもまたこの集まりに拍車をかけていたのであった。
その二人の会話の内容を聞いていたら悶絶ものであったが、幸いにして女性たちには美形の騎士二人が仲良く鍛錬しているのとしか見えていなかった模様だ。
まあ、一部の特殊な層にはそれだけでは無かったような気もするが・・・。
その中に、ある一人の少年の姿があったのに気がついていた人間は一体何人居たのだろうか?そして、その少年があの二人のやりとりをじっと見ていた事に気がついた人間は居たのだろうか?

「エイさーーん」

向こうから自分の名前を呼ばれたのに気がついた。その少年がゆっくりと視線を移す。自分に向かって駆けて来る少年の姿がそこにあった。

「やあ、ヒューゴ」
「こんにちは、何してたんですか?」

ヒューゴの方に歩いていくと、二人でそこに立ち止まった。先ほどの女性で埋まった人垣の方を指差す。

「たまたま、釣りの帰りに人でごった返していたんで何があったのかな?って」

エイにそう言われてヒューゴは指差した方向に視線を移す。そして、その人垣の中心になっている人物を見て納得したようだ。

「パーシヴァルさんとボルス・・・さんですね」
「ああ」

もともと人覚えがいいエイはこの城に来て数日の間に大まかにだが、人を覚えてきたらしい。もっとも、ゼクセン騎士団の中でもあの二人は目立つ人間だったから覚えるのには時間はかからなかった。それに、パーシヴァルの方はよくヒューゴが話をしてくれたかた直ぐに覚えてしまったのである。

「じゃあ、俺はこれをエイミのところにでも持っていくから」
「じゃあ、俺も一緒に行っていいですか?」
「うん、いいよ」

ヒューゴはエイをかなり気に入ったらしく、エイの姿を見つけては一緒に居るところがよく目撃されている。そして、エイもそれを許しているようだった。そうして、レストランに向かおうと踵を返そうとした瞬間。

「ヒューゴ殿ーー」

いきなり大声で名前を呼ばれたかと思った瞬間、その声の主が人垣を抜けてヒューゴの方に向かってくる。

「パーシヴァルさん!?」

パーシヴァルは慣れた足取りで女性の人垣をかき分けて2人の方に近付いてきた。その後を、女性にもみくちゃにされながらボルスが少し不機嫌そうに付いてくる。

「こんにちは、あの・・・俺に何か用でも?」
「こんにちは。いいえ、見かけたもので声を掛けたのですが」

当然、その場にいた女性たちの注目はヒューゴ達に注がれている。

「レストランにでも行きましょうか?」



パーシヴァルに付いてきたボルスと、ヒューゴのエイの4人がテーブルに腰をかける。エイは先ほど釣った魚をメイミに渡すと、直ぐに戻ってきた。

「待たせたね」
「いいえ、そうでもなかったですよ」

そう言っているヒューゴの視線はメニューに釘付けになっていた。

「折角ここにいるのですから、貴方も何か頼みませんか?」

ヒューゴが2人の行動が気になっていたのを察したのであろうパーシヴァルの提案。ちょうど昼食の時間帯である、断る理由など無かった。エイもメニューを見て軽い物を注文する。しかし、隣のヒューゴはというと・・・。

「決まったかい?」
「どっちにしようかな〜。こっちも食べてみたいしあっちも美味しそうだしなあ・・・」

視線がメニューをいったりきたりと定まらない。まだ迷っているようなヒューゴに苛立つボルス。

「はっきりしない奴だな、さっさと決めろ」
「あ、ごめんなさい」
ボルスに怒られたせいか、決めようとしているのに返って決められなくなってしまいヒューゴは頭が混乱している。そんなヒューゴを見かねた二人が口を挟んだ。

「ボルス」
「なんだ?」
「もし、お前が俺とクリス様のどちらか一人を選べ、と突然言われたらどうする?」

突然の質問に意図を掴むのに時間がかかった。

「そ、それは・・・勿論・・・」
「勿論・・・何だ?」

表面は穏やかだが、パーシヴァルのボルスを見る眼差しは有無を言わせぬ何かがあった。ボルスはそこで返答に詰まってしまう。

「だから、ヒューゴ殿をせかすような真似はするなってことだ」

二人の会話の意味は判らないが、自分を何となく助けてくれたようだという事はヒューゴにもおぼろげに判った。最もそこにいたエイにはその意味は十二分に判っていたが、敢えてこの場ではそれ以上を語ろうとしなかったのであった。ただ、その代わりに誰にも気付かれないように小さな溜め息を一つ漏らしたのは言うまでもなかったが。

「ヒューゴは何が食べたいの?」
「あの、この『おかしのいえ』っていうのと『限定季節のチーズーケーキ』です!見ているとなんかどっちも美味しそうなんですけど両方は食べられないし・・・」
「じゃあ、俺が『限定季節のチーズケーキ』を注文するから半分ずつ交換しようか。それなら両方食べられるだろ?」
「え、いいんですか?」

エイの提案にヒューゴが思わずメニューから視線を上げる。そういう方法があったことに気がついたヒューゴが嬉しそうだった。エイは早速両方をウェイターに注文するとヒューゴの方を見て微笑んだ。

(こういう素直なところは彼にそっくりなんだよな・・・)

エイは昔懐かしい誰かの面影が脳裏に浮かんでいた。



「お待たせしました」

少し間をおいて、テーブルの上にはそれぞれが注文した品が並んだ。

パーシヴァルとボルスは紅茶とサンドイッチとスコーン。
エイは日本茶(緑茶)と『季節限定』の果物が入ったチーズケーキ(1ホール)
ヒューゴはソーダ水とおかしのいえ。

テーブルに並べられたそれをヒューゴはしばらく眺めると早速エイと半分こし、それを一口、口に入れた。

「どう?」
「美味しいです!この『チーズケーキ』の方は甘いのにさっぱりしてるし、『おかしのいえ』は俺が食べたことの無い甘いもので・・・でも美味しいです!」

感想になっているのかいないのか判らないような感想だったが、とにかくヒューゴが満足そうに食べているのを見て美味しいということは見ている側にも伝わってきた。ボルスは蛮族の子供は食べ方が下品だと思っていたが、それは口にしないことにした。
それを今更追求するなら、パーシヴァルに更に反撃される事は目に見えていたからだ。先ほどは誰にも気が付かれなかったから良かったものの、パーシヴァルはこうやってよく自分だけに判る嫌がらせを仕掛ける。それがボルスにとっては癪だった。
それよりも、ゼクセン騎士の二人が気になったのはヒューゴの隣に居るこの少年。突然、このエストニア城に現れて以来、ヒューゴの側によくいるのを見かけるようになったからだ。アップルの客だという事はクリスから聞かされていたのだが、改めて見るとこの辺りにはない独特の雰囲気だ。この城には紋章師や札師のように更に得体のしれない人物も多いので彼が特別目立つ訳ではないが、それでも、自分たちより年下のこの少年は二人の関心を引くには十分だった。

「おい、お前どこでその作法を身に着けた?」

それはヒューゴではなく、エイに向けられた言葉だった。何故なら、その何気ない仕草の何処かにきちんと躾をされているのをボルスは見逃さなかったからだ。食べ方には、本人には意外に気がつかない癖があるものだが、目の前の少年には恐らく子供の頃から躾がされていることは、貴族として生まれ育ったボルスの目には隠すことができなかったからだ。

だが、その聞き方が良くなかった。

「人の事を『おまえ』呼ばわりする人間に答える義務があると思うかい?」
「なに!!」

その返答にボルスの語気も荒くなり、機嫌が段々と悪くなっていく。更に追い討ちをかけるかのように彼は言葉を続ける。言葉の内容とは裏腹にエイは冷静だったようだったが。

「人に物を聞くときは礼儀正しくしなければならない、と騎士団では教えて貰わなかったのかい?」
「なんだと、小僧!!」

ボルスの理性はそこでプチッと切れる。エイとボルスの間に緊張が走り、二人の間には雷鳴が鳴り響いたかのように険悪なムードが流れている。
突然始まった意外な事態にヒューゴはどうすればよいか困ってしまい、パーシヴァルの方に救いを求めようと視線を泳がせるが、そのパーシヴァルは何事も無い様にいつも通り、茶をすすって二人のやり取りを見ている。ますますヒューゴはどうして良いか判らなくなってしまった。

「この俺を侮辱したな!」
「そういうつもりは無いさ」

烈火の騎士の二つ名の通り、一度火がついたら消し止めるのは時間がかかるボルスの性格からして冷静に考える余裕は全くもってなかった。それに比べエイの態度はそんなボルスを馬鹿にしているかのようでそれがボルスの癪にますます障った。
その時、ボルスの視界にエイの棍が目に入った。

「貴様も武術をやっているようだな」
「少しだけどね」
「それならいいか・・・」

まだ誰もこの後何が起こるか予想がつかなかった。ボルスは一人納得すると顔を上げ、エイの方を指差す。

「それなら、俺と戦え!」

ボルスのその言葉にエイ本人よりも周囲の方が驚いた。
いくら相手が武術を少し嗜んでいるとは言え、騎士団の一人としての腕はパーシヴァルと互角に近いボルスとこの少年では戦う前から勝敗はついているのはボルス本人も理解しているはずである。だが、今のボルスは怒りに任せてそれを失念しているのは確かであった。
それに、騎士団では通常私闘は禁止されているところである。同じ六騎士の一人としてそれだけは避けねばならなかった。

「ボル・・・」

しかし、パーシヴァルがそれを口にし終える前に意外な方向に話は進んでいった。

「エイさん・・・」

エイは心配そうに彼をみているヒューゴに微笑むとまた視線をボルスの方に移した。彼の顔を真っ直ぐに見つめる。

「その勝負、受けて立とう」



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久し振りのIFシリーズです。
ヒューゴ、ゲド・・・ときてクリスを出そうとしたら彼女の代わりにこのお二人さんが登場してしまいました(汗)あ、クリスも出る・・・予定ですから・・・多分。
ちなみにこの場合はパーボルでパーヒュ設定となっているらしいですが全然それらしくありませんな。しかし、最初はのんびりお茶会で終わるはずのこの話がいざ紐解いてみると決闘話に。
多分『ウテナ』のサントラを聞きながら構想・執筆が影響しているのでしょう。

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