時計じかけの華撃團

・第1話〜太正12年8月24日〜


 外は雨が降っていた。
 何でも西日本のほうで台風が近づいている、と言う話で、この雨は大雨となり、明日の
朝までかなりの量が降るだろう、という予報が出ているという話だった。
 そんな中でも、帝劇の舞台上ではいつも通り花組の面々が稽古をしていた。と、
「紅蘭、電話よ」
 榊原由里が紅蘭を呼んだ。
「ウチに電話? 一体誰や?」
「それが名前を名乗らないで、『紅蘭を出せ』の一点張りなのよ…」
「…何や、それ。気味悪いなあ…」
 紅蘭はぶつくさ言いながら、舞台を降りていった。

 舞台から事務局へ行く間、何気なく窓の外を見る紅蘭。
「…大雨になってきたなあ…」
 そう、稽古を始める事にはそれほどの量でもなかった雨も本格的な大降りとなっていた
のだった。

 そして紅蘭は、事務局に入ると電話機の傍らにおいてある電話を取った。
「もしもし」
「…李紅蘭だな」
 受話器の向こうで何かくぐもったような声がした。
「そうやけど…、あんた誰や?」
「…そんな事どうでもいいだろう? …紅蘭、どうだ? ひとつ勝負をしないか?」
「勝負やて?」
「ああ。聞いた話だと、お前も例の発明コンテスト、応募したらしいな」
「それがどうかしたんか? そんな事どうだってええやろ?」
「まあ、いい、要はオレの発明とお前の発明、どっちが優れているか勝負をしたいんだ」
「…勝負、って…、あんたもあのコンテストに応募した、いうことか? だったらそっち
でウチとあんたの発明品、どっちが優れているかわかりそうなものやろ? 大体、打ち、
そんな見ず知らずの人と発明勝負なんかやる気、あらへんで」
「…そうか、まあいい。明日、日本橋で面白いものを見せてやるぜ」
「面白いもの?」
「明日になればわかることだ。それを見ればあんたが勝負をやる気になるかもしれないな」
「…あんた、誰や? ただの悪ふざけだったら承知せえへんで」
 電話が一方的に切れた。
「…なんやねん、一体…」
 紅蘭はぶつくさ言いながら電話を切った。
「…何だったの、紅蘭」
「ああ、気にしなくてええで。ただのイタズラ電話や」
 紅蘭は心のどこかで引っかかるものを感じながらも稽古に戻っていった。
    *
 丁度稽古が終わり、紅蘭たちが自室に戻ろうとしていた頃だった。

「…いやあ、酷い雨だったなあ」
 そう言いながら大神一郎が帝劇に戻ってきた。
「お帰りなさい、大神さん」
 由里が大神を出迎える。
「ごめんなさい、大神さん。こんな時にお使いなんか頼んだりして」
「いやいや、どうってことないよ」
「…それよりびしょ濡れじゃないですか」
 由里が指摘したとおり、大神が持っていた傘も、着ていた服もびしょ濡れである。
「…そのようだね。そういえば日本橋を取った時、川もかなり水かさを増していたよ。こ
の分だと明日の朝はかなりの水かさになるだろうな」
「そうですか…。あ、お洗濯をしておきますから、大神さんはシャワーでも浴びてきたら
どうですか?」
「そうするよ」
 そういうと大神は地下へと降りていった。

「…そうや、大神はんだけには言っておくか…」
    *
 そして大神がシャワーを浴びて自分の部屋に戻った頃を見計らって紅蘭は、
「…大神はん、おるか?」
 と、大神の部屋のドアをノックする。
「…紅蘭かい? ドアは開いてるよ」
「ほな、失礼します」
 そういうと紅蘭は大神の部屋に入った。
「…どうしたんだい、紅蘭?」
 既に服を着替えた大神が手拭いで髪を拭いていた。
「いや、ちょっと大神はんに聞いて欲しいことがあるんや」
「聞いてほしい事? なんだい?」
「いや、実はな…」
 そして紅蘭は大神にさっきの電話のやり取りについて話した。

「…というわけなんや」
「…うーん…」
 そういうと大神は黙り込んでしまった。
+
「ただの悪戯にしては悪質だな……」
「…ウチもそれが気になってな…」
「…どうする? あやめさんにでも相談するか?」
「いや、みんなに話すのは一寸待っててや」
「待ってろ、って…。その電話の相手、ってのは日本橋で何かをやる、って言ってるんだ
ろ? だったら、あやめさんや米田中将にお願いして何らかの手を打ってもらわないと…」
「…それはそうなんやけど、まだ悪戯かどうかもわからんし…。大体なんでウチにそんな
電話をかけたのかがわからないんや」
「うーん。…確かにそれは気になるな」
「とにかく、みんなに話すのはちょっと待ってくれへんか?」
「…わかったよ」
    *
 翌日の朝早くのことだった。
 結局夜遅くまで大神と話し込んでしまった紅蘭が自分の部屋のベッドに入ったのは既に
夜中の1時を回ったときだった。
「う…ううん…」
 ベッドの中から大きく伸びをする紅蘭。
 雨はいくらか勢いは弱まったものの、いまだに降り続いている。
 そのときだった。

 ドッカーン!

 いきなり大きな爆発音がし、窓ガラスががたがたと揺れた。
「…な、なんやあ!」
 その音に驚いて思わず起きだした紅蘭。
 紅蘭は慌てて枕元にある眼鏡をかけると窓の外を見る。
「…!」
 外の光景を見て思わず絶句する紅蘭。
 どこからか煙が立ち上っていたのだった。
 紅蘭は着替えもそこそこに傘も差さずに通りに飛び出していた。
「あ…、大神はん」
 紅蘭はそこに大神の姿を見つけた。
「…大神はんも気がついたんか?」
「ああ、なにやら爆発音がしたんでね。それにしても…」
 大神は爆発音のした方角を見ていた。
「…大神はん、あそこは…」
「ああ、どうやら日本橋の方角だな。行ってみよう!」
「ほいな!」
 そして二人はその方向に向かって走り出した。
    *
「…だいぶ増えてきたな…」
 大神が川を見て呟いた。
 そう、その水かさは大神が昨日の昼に見たときより、少なく見ても20糎近く増えてい
たのだった。
 そしてその流れもかなり急である。
 日本橋には既に大勢の野次馬が集まっていた。
 そしてその傍らには警察の車が何台も停まっていた。
 よく見ると陸軍のトラックも停まっている。
「…なんでこんなところに陸軍が…」
 大神が呟く。
「とにかく大神はん、行ってみようで!」
 紅蘭が言う。
「あ、ああ」
「…ほい、ちょっとゴメンな」
 そう言いながら紅蘭と大神は中に入っていった。

「…!」
 それを見た瞬間、大神と紅蘭は絶句してしまった。
 日本橋の橋げたの一部が爆弾か何かで吹っ飛ばされていたのだった。
 現場周辺には縄が張られ「立入禁止」の札がぶら下がっており、何人もの警官がそこに
立ち、出入りの規制をしていた。

「…一体どうしたんですか?」
 大神は傍らにいた軍人に聞いた。
「…あなたは?」
「…自分は大神一郎少尉です」
「大神…? あ、もしかして帝國華撃團の大神少尉でありますか?」
「…そうだけど?」
「これはこれは失礼しました。大神少尉の話は聞いておりますよ。…いや、なんでも今朝
方何か爆発が起きたらしいんですよ」
「爆発?」
「はい。朝早かったこともあって、人的被害はなかったようなんですが。それでもあれだ
けの威力ですからねえ。もしこれが昼にでも爆発して板、と想像すると恐ろしいですね」
 まあ、確かに吹っ飛んだ橋げたを見ると、その威力が想像できる、と言うものだが。
「…あ、そう言えば、調べてみるとなにやら爆発物らしきものが見つかったそうなんです
よ」
「爆発物?」
「一応陸軍の爆発物処理班に今から持っていって調べる予定ですが…」
「…よかったら見せてくれないか?」
「…ちょっと上官に相談してみます」
「頼むよ」
     *
 それから暫くしてその軍人がなにやら持ってきていた。
「何でも、先ほど下流の方でこんなものが見つかった、と言う報告があったんですよ」
 そういいながら、その軍人は大神に何かを差し出した。なにやら鉄の棒のようなものだ
ったのだ。
「…あ、警察にも後で提出するので扱いには気をつけてくださいね」
「あ、すみません」
 そういうと大神はポケットから手ぬぐいを取り出して、その鉄棒をくるんだ。
 紅蘭が横から覗き込む。
「これは…」
 大神が呟いた。
「…それと、その鉄棒が見つかった近くでこんなものが見つかったらしいんですがね」
 そういいながらもうひとつ差し出した
 しかもそれはおかしなことにゴムか何かで出来たような輪のかけらのようなものだった
のだ。
「…なんだ、これは?」
「…ちょっとよく見せてや」
 そういうと紅蘭は大神の手からひったくるようにそれを奪うとまじまじと見る。
「…いったい、なんやろ…?」
 そう言いながら、紅蘭はゴムの輪を眺めていた。と、
「…ん? なんや、これ?」
 ゴムの輪のかけらに何か付いていたのだ。
 紅蘭はそれをじっと眺める。
「…どうしたんだい?」
 大神が聞いた。
「…これ、鉄か何かの金属やな」
「金属だって?」
「…なんでこんなもんが付いてるんやろ…」
     *
「日本橋の橋桁が何者かによって爆破された」と言う話はあっという間に広まり、紅蘭愛
読の帝都日報が号外を出すまでの騒ぎになった。
「爆発物らしきものが見つかった」という事で何者かが橋桁に爆弾を仕掛けた、と言うこ
とはわかったのだが、それ以上のことはわからなかった。

 そんな中、紅蘭は引っかかるものを感じていた。昨日自分の元にかかってきた謎の電話
である。
 もしあれが犯行予告だとしたら、犯人は何故自分にあんな電話をかけてきたのか? 一
体犯人の目的はなんなのか? 何もかもわからないことだらけである。

「…ふうっ…」
 紅蘭は喉の渇きを覚えると台所へと向かっていった。
 台所の水差しを取ると、コップの中に水をいれ、それを飲み干す。
 そのときだった。
「…!」
 紅蘭の頭の中にあるひらめきが走ったのだった。
 そして空になったコップをまじまじと眺める。
「…そうか…、こういうことやったんや…」
    *
「大神はん、ちょっとええか?」
 紅蘭が大神を呼び止めた。
「どうしたんだい、紅蘭?」
「大神はんに見せたいものがあるんや。ちょっと来てもらえますか?」
「…ああ、わかった」

 大神が紅蘭の部屋に入ると、そこには机の上に水槽となにやら機械が置いてあった。
 その中によく見ると何か棒の様なものにゴムか何かで輪っかが嵌まっており、両方に線
が繋がっており、水槽の上には電球が付いていた。
 その傍らには水が入ったバケツが置いてあった。
「…一体なんだい、これは?」
「…ウチが考えた今回の爆破事件のトリックや」
「トリックだって?」
「まずこれを見てや」
 そう言いながら紅蘭は水槽の中からゴムの輪っかが付いた鉄棒を取り出した。
 奇妙な事にその鉄棒は両端に鉄板が溶接してあり、その片方には1本の電線らしきもの
が繋がっていた。
 そしてその中を通っているゴムの輪も、片方に鉄板がくっついており、その鉄板からは
同じように電線が取りつけてあった。
「…それは?」
「今回のトリックを成立させるために重要な小道具や。ます、一番最初にこのゴムの輪の
片側に鉄板をくっ付けておくんや。で、そのゴムの輪を鉄棒に通した後にゴムが抜けない
ように鉄棒の両端に鉄板をとりつけるんや。で、次に鉄棒の片方とゴムに取り付けた鉄板
に電線をつなげておくんや。この時に注意して欲しいのは、その線をつなげた鉄板同士が
接触するようにしておくことやな」
 そして紅蘭はゴムの輪を鉄棒に通した。紅蘭の言うとおり、鉄板同士が接触している。
「…そしてこの2本の起爆装置につなげておいて、水槽の中に入れるんや。このとき注意
して欲しいのは電線の付いたほうを上にして鉄棒を入れておくや」
 そう言うと紅蘭はその鉄棒を水槽の中に入れた。
「…今、ゴムの輪は水槽の下にあるわな」
 確かに紅蘭の言うとおり、現在はゴムの輪は下にあり、電線のついた鉄板同士は接触し
てない。
「ここから先が重要や。よく見ててや」
 そういうと紅蘭はバケツの水を水槽に少しずつ入れていく。
 水槽の水がゆっくりと溜まっていく。
「…大神はん、この棒をよく見ててや!」
 そして棒に嵌まってあったゴム状の輪が水面上の鉄棒の輪に接触したときだった。
 水槽の上の電球が点灯した。
「…これは…」
「そうや、これがウチの考えた日本橋の事件のトリックや」
「…そうか、そういうことだったのか…」
 大神は紅蘭の言おうとしている事を理解したようだった。
「…どうやらわかったようやな。最初、水が入っていないときはゴム自体の重さで輪っか
は底にある。つまり、鉄棒の上についている電線とゴムについている線は離れているいう
ことやな。でも、水を入れることで、ゴムには浮力があるから、ゴムは水の上に浮く。や
がてゴムの輪っかに付いている鉄板と鉄棒に付けた鉄板が接触することで電気が通り、電
球が点いた、とこういうわけや。電球を爆弾に替えれば立派な爆弾になるで。勿論、水は
電気を通すから前もって電線には絶縁措置を施しておかなあかんけどな」
「…それで?」
「…大神はん、昨日『川の水かさが増えていた』言うとったよな? 犯人は昨日、それを
利用してこの仕掛けを作った思うんや。勿論、そんなに深くする必要はないで。犯人にと
っては少しでも水かさが増えればええんやからな。ただ…」
「ただ?」
「…なんで犯人がこんなことしたのかわからないんや。これくらいのトリックやったら、
ウチに限らずちょっと電気の知識のあるモンやったらすぐに思いつく。それに、あの電話
の目的もわからんわ。犯人は一体何が目的でウチに電話したり、あんな風に日本橋の橋桁
を爆弾使って吹っ飛ばしたのか、わからんわ…」
「…とにかく、調べてみる必要がありそうだな」
「ウチもそう思うわ」


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