時計じかけの華撃團

・プロローグ〜太正12年4月4日〜


「帝國海軍 大神一郎少尉殿

 一、貴殿ニ特殊任務トシテ
   以下ノ部隊隊長ヘノ
   着任ヲ命ズル

   帝國華撃團
   降魔迎撃部隊 花組

 一、尚本任務ハ帝都守備ノ為ノ
   機密任務デアル
   部隊トノ合流ノ為
   上野公園ニ向カハレタシ

           帝國陸軍中将
               米田一基」
    *
 太正十二年四月四日、浅草・帝國華撃團花やしき支部。
「紅蘭、おはよう」
「あ、あやめはん。おはようございます」
 支部内の職員食堂。李紅蘭と藤枝あやめが挨拶を交わす。何の変わりもないいつもどお
りの朝である。
 紅蘭は既に朝食を済ませ、『帝都日報』と書かれた新聞を読んでいた。あやめは朝食を持
ってくるとその向かい側に座る。
「…そう言えば今日ね」
「何がですか?」
「大帝國劇場の方に花組の隊長となる人が来るのよ」
「へえ、今日でおますか。…一体どんな人なんやろ?」
「私も書類を見ただけだからよくわからないんだけど…。何でも海軍士官学校を卒業した
ての人だそうよ。花小路伯爵の強力な推薦があったんですって」
「海軍ですか、面白そうやな。ウチ早く会うてみたいわ」
「でもあなたと私は今月いっぱい花やしき支部にいる約束だからね。早くても来月になっ
ちゃうわよ」
「わかってます。…ところでな、あやめはん」
「なあに?」
「ウチ、これ挑戦してみたいんやけど…。よろしゅうおますか?」
 紅蘭があやめの目の前に帝都日報の中のある記事を差し出した。「発明コンテスト 賞金
一千円」との記事があった。
 その記事は帝都日報社の主催で発明のアイディアを募集し、すぐれた発明には一等賞金
として千円が渡される、との内容だった。締切は三ヵ月後の太正十二年七月末日、八月下
旬に発表があり、九月中旬に帝都日報社で授賞式が行なわれる、との内容だった。
 優秀な発明品は来年フランスはパリで行なわれる第八回オリムピックにあわせて開催さ
れる展覧会に出品される計画もあるという。

「…成程、紅蘭らしいわね。やっぱり紅蘭も千円が魅力的なのかしら?」
 記事にざっと目を通したあやめが言う。
「それもあるけどウチ、自分の力がどれくらいあるのか試してみたいんですわ。こういっ
た機会は大いに利用せんとな」
「わかったわ。あなたの好きなようにやってみなさい」
「ありがとうございます!」
「ただし、帝國華撃團手しての仕事はおろそかにしないのよ」
「それもわかってます、って」
    *
 それと同じ頃、上野公園。
 大神は上野公園の桜並木の中を歩いていた。
 ここで帝國華撃團からの使いの人物が来ているので合流せよ、との話だが…。
「…そういえばこの前、怪物騒ぎがあったのこの辺だったよなあ。何でも、その怪物を一
刀で切り伏せたのが、若い女の子だったとか…」
 その時の爆発で出来たのであろう、地面がえぐられて出来た大きな穴が、その時のこと
を物語っているようだ。と、
「あの…、大神一郎少尉ですか?」
 一人の少女が話しかけてきた。
    *
 その後、紅蘭とあやめの帝劇への転属が正式に決定し、それの準備やら何やらで忙しい
毎日が続き、紅蘭がようやく発明コンテストへの準備に取り掛かれたのは帝劇にやってき
た五月からだった。しかし紅蘭は一度アイディアがまとまるとそれからが早いのだ。五月
の終わりには既に試作品が完成。帝劇のまわりのみんなからの意見を取り入れ、最終型が
完成したのが六月の半ば。内容説明の書類をまとめ、帝都日報社へ発明品ごと発送したの
が六月の終わり、とたった二ヵ月でここまでまとめあげた。あとは結果待ちとなるが、そ
の結果が出るのは二ヵ月近く後のことである。

 少し余裕を持つとあれをやればよかった、ここをこうすればよかったと反省点が必ず出
てくるものだが、もう送ってしまったものは仕方ない。やれるだけのことはやったのだ、
例え落選したとしても悔いの残らないようにしなければならない。
 それに紅蘭も華撃團としての仕事もあったし、普段は女優として舞台にも挙がっている。
発明コンテストの結果も確かに気になるが、そっちの方ばかりにも気を取られてはいられ
ない。

 紅蘭が本来の、帝國華撃團および帝國歌劇團の仕事に忙殺されているうち、季節はいつ
の間にか盛夏を過ぎて8月の下旬となり、夏が終わろうとしていた。


第1話に続く>>


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