美しき獲物たち
〜御神楽時人対小暮十三郎〜



プロローグ 帝都・東京

 いつの世でも都会と言うのは2つの顔を持っているものでございます。
 勿論、大日本帝国の首府である帝都東京も例外ではございません。

 大正七年七月のある夜のことでございます。
 昼間の喧騒は何処へやら、人通りも全く途絶えて、店の灯りもぽつん、ぽつんと数える
ほどしか見当たらず、これが本当に帝都東京であろうか、と思えるほどの寂しさでござい
ます。
 大都会の名に相応しい、華やかでモダーンな人々が行き来する姿を表の顔とすれば、一
度日が暮れると現れるもう一つのこの姿こそ裏の顔、というのに相応しいものでございま
しょう。

 さてさて、その東京の郊外のあるところに一軒の洋館がございました。
 その洋館にある地下室。
 今まさに一人の人物がそこへ続く階段を下りているところでございます、
 その階段、明かりといえるものはその人物の持っているカンテラ一つだけで、物音は、
と言えばその人物が階段を下りる靴音だけで、傍から見ても不気味さを増しております。
 その人物は階段を降りた先にある部屋の前で立ち止まりました。
 その人物は持っていたカンテラを床に置くと何やらポケットの中をガサゴソと探ってお
ります。
 そしてポケットから取り出したのは何やら時代掛かった大きな鍵でございます。
 その人物は鍵穴に鍵を差し込むと、ゆっくりと廻し始めました。
 程なくガチャッ、と音がしたかと思うと、ドアが大きな音を立ててゆっくりと開きまし
た。
 そして何やらスイッチを入れるような音がしたか、と思うと部屋の中が明るくなりまし
た。
 明るくなった部屋を見渡すと病院で使うような手術台があり、そこに一人の女性が寝か
されておりました。
 その容姿たるや、まるで人形のように美しい、うら若き少女でありました。
 いえ、寝かされていた、というのは正しい表現ではないでしょう。
 その美少女、口を猿轡で塞がれており、両腕と両足は大きく広げられ、手術台の端にし
っかりと縛り付けられていたのです。

「…どうやらお目覚めのようだな」
 その人物が少女に向かって言いました。
 少女はその声のした方向を見回しました。
「…う…、う…うぐ…」
 少女は何か言いたげでありましたが、猿轡を嵌められた口では何を言おうと呻き声にし
か聞こえません。
「…美しい…、これほどまでに綺麗な肌をしているとは…」
 その人物はそう言うと少女の頬からうなじの辺りを撫でました。
「…う…、ううっ!」
 まるで化け物にでも舐められたような感じで少女の体が大きく震えました。
「…しかし、この綺麗な肌も齢を重ねると醜くなってしまうものだ。そうは思わないか
い?」
「…」
「…だが、もう心配することはない。その美しさは私の手にかかれば永遠のものとなるの
だからな」
 少女が何とかこの場から脱出しようともがきました。
 しかし、かなり両腕と両足を縛られているのでありましょう。いくら少女がもがいても
縄はますますきつく少女に絡みつくのでありました。

「…さて、そろそろ始めようか」
 そう言う人物の右手にはメスが握られていたのでありました。
 少女の目がこれから自分の身に降りかかるであろうことに対する恐怖からか、大きく見
開かれました。
 そしてメスが怪しい光を放ち、手術台の少女に向けて振り下ろされました。
 そのとき、少女の心の中の悲鳴に呼応するかのように稲光が辺りを包み、大きく雷鳴が
轟きました。

…そして、このことが後に東京の市民を震え上がらせることになる、あの忌まわしい事件
の始まりなのでございました。


第1章・その1に続く>>

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