金田一耕助の名にかけて…
〜激突! 金田一一VS怪盗キッド〜
第1話「予告状」
Chapter.1:An announcement
ようやく町の風景も秋らしくなってきた10月半ばのある日の朝のこと。
不動山市にある不動高校のある教室。
始業前ということもあってか、生徒達はそれぞれ友達と話をしていた。
そんな教室のある机に座っている少年にひとりの少女が近付いてきた。
「ねえねえ、はじめちゃん。これ見てよ」
その少女――七瀬美雪が持っていた新聞を少年――金田一一の前に広げる。
「ん? 何がどうしたんだ、っての?」
「すごいわね…。『怪盗キッド、時価2億円のダイヤを見事に盗む』ですって」
「怪盗キッド? 何だ、怪盗紳士の親戚か?」
はじめは美雪の話にも興味を示さず、鼻をほじっていた。
「ちがうわよ。最近話題になってる怪盗で、盗みにマジックを使ってるんですって」
「…なんだ、地獄の傀儡師の弟子か」
「だから違う、っていってるでしょ!」
「…美雪、ちょっと見せてみろよ」
そう言うとはじめは美雪から新聞を引ったくり、その記事をじっと見る。
「…ふーん。…でもよお、怪盗キッドだか何だか知らねえけど、結局はドロボーじゃねえ
か。どんな理由があろうと、人の物盗むのはいけないことじゃねえのか?」
「それはそうだけど…。なかなか尻尾を出さないから、警視庁も手の付けようがないらし
いわ」
「…ったく。だらしねえな、剣持のオッサンも…、ってそういえば窃盗は一課の担当じゃ
なかったな。ありゃ二課だったっけ。怪盗キッドとやらがコロシでもやらにゃ動かねえん
だよな」
…そのとき、不意にはじめの携帯電話が着メロを鳴らした。
はじめは携帯電話を取り出す。
「…はいもしもし。…え、オッサン?」
はじめの携帯電話にかけてきて、そのはじめが人前で堂々と「オッサン」という人物と
いったらひとりしかいない。ちょうど今、二人で話題にしてた東京警視庁捜査一課の剣持
勇警部、その人であることくらい美雪も知っていた。
「…何、またなんか事件でもあったのかよ? …うん、うん。…わかった。じゃ、今日の
4時に校門の前に来てくれ、じゃあな」
「…ねえ、はじめちゃん。剣持警部がなんて言ってるの?」
美雪が聞く。
「ん? …いや、きょう学校が終わったら警視庁に来てくれ、って言ってんだよ」
「何かまた事件があったの?」
「…オレもそう思って聞いたんだけど、ここ数日オッサンが出るような事件は起きてねえ、
っつーんだ」
「…じゃあ、何かしら…」
*
午後4時過ぎ。
不動高校の校門前で剣持警部の迎えの車に乗ったはじめと美雪の二人はそのまま警視庁
へと向かった。
「…二人を連れてきました」
捜査一課のドアを開けた剣持警部が言う。
「…ちょっとオッサン。連れて来た、ってどういうことだよ?」
「すぐわかるぜ」
その言葉が終わるか終わらないかのうちに、
「待ってましたよ、金田一君」
一人の男がはじめたちの前にやって来た。
「あ、あ、あああ、明智警視! な、な、ななな、なんでこんな所に!」
そう、その男こそ、剣持警部の直接の上司、明智健悟警視だったのだ。
「私は剣持くんの上司ですよ。それに、今回君に合わせたい人物がいましてね」
「合わせたい人物?」
「…私は最後まで反対したんですが、その人がどうしても金田一君に会って話がしたい、
と言うんですよ。それで仕方なく剣持君に頼んで君を呼んだんですが。それに…」
「それに?」
「…今回のことに関しては私も気になっていることがあってね。…剣持くん、連絡はして
ありますか?」
「あ、してあります」
「では、そろそろ行きましょうか」
そして捜査一課を出て行こうとする。と、
「しかし、何で今頃になって…」
明智警視がつぶやいた。
「今頃、って…明智さん、一体どういうことなんだ?」
はじめが聞く。
「…いや、なんでもありませんよ。それでは行きますか」
はじめたちが明智警視の先導で連れていかれたのは捜査二課だった。
ひとりの男が明智を見ると、
「あ、明智警視どの! これはこれは」
と、敬礼をする。
「…ご苦労様。ところで茶木警視は?」
「少々用があるとかで、今外出中なんですが…。いや、すぐ戻ると思います。それにして
も何故一課の警視どのが?」
「いや、この子に例のことについて教えてあげたいと思いましてね。…金田一くん、七瀬
さん。こちらは二課の中森警部です」
「金田一、といいますと…。君があの金田一一くんですか? いやあ、一度お目にかかり
たいと思ってたんですよ」
その男――中森銀三警部ははじめたちを応接セットに招いた。
*
「いやあ、明智警視が来るというので待っていたのですが…。どうしても抜けられない用
事がありましてね。申し訳ないですなあ」
十分くらい経ち、捜査二課の茶木神太郎警視がはじめたちのもとに現われた。
「別に構いませんよ」
「ところで明智警視。そちらのお二人は?」
「あ、紹介しましょう。茶木警視も話くらいは聞いたことがあると思いますが…、金田一
一くんと七瀬美雪さんです」
「ほっほう、君があの金田一耕助のお孫さんという方ですか。二課の茶木と申します。お
噂はかねがね聞いておりますよ」
「…ところで茶木警視。例のことに関してですが…」
「…ああ、そうでしたね。その前に金田一くん、七瀬さん。一つお約束していただけます
か?」
「…何を、ですか?」
美雪が聞く。
「この件に関しては決して多言は無用でお願いしますよ」
「…わかってるぜ、そのくらい」
はじめが約束した。
「…わかりました。…実は、昨日警視庁宛にこのようなものが届けられまして」
と言うと茶木警視は一枚の紙を取り出した。
それには、
「3日後、高井デパートにてにて開催中の『世界の秘宝石展』にて展示中の宝石『パープ
ルティアース』を戴く 怪盗キッド」
とだけ書かれてあった。
「…怪盗キッド? どっかで聞いたことがあるな」
「…ほらはじめちゃん、今朝話したでしょ?」
「…もしかして、七瀬さんはご存知なんですか?」
「いえ、話に聞いただけですが…」
「…そうですか。昨日もヤツは厳戒な警備体制から宝石を盗み出しまして…」
「…しかし茶木警視、何故ヤツは今頃になってまた暗躍を始めたんでしょうか?」
「…今頃、ってどういうことだよ、明智さん?」
はじめが聞く。
「…あ、金田一君には話してませんでしたね。我々の間では怪盗1412号として記録さ
れてるのですが…。怪盗1412号・通称怪盗キッドは今から18年前に初めて出現し、
以後10年間パリの街を暗躍した怪盗だったんです」
「だった、って…なんで過去形なんだよ」
「それが8年前に突然姿を消したんです。一時は死亡説も流れたんですが、8年後の今に
なって突然と現れて、また今度は日本で暗躍を始めたんです」
「…それが、今頃になって、って意味か」
「その通りです」
「でも十八年、つったら相当のオッサンになってるよな。大体8年もの間、何やってたん
だ?」
「二課のほうでもそれを調べとるんですがね。ヤツはなかなか尻尾を出さなくて…」
茶木警視だった。
「その捜査も始まったばかりだと言うのに、今度はこのような予告状を我々に送りつけて
きたんですから、ヤツも随分と大胆なことをするものですね」
明智が言う。
「…で、茶木警視。一つ聞きたいことがあるんだけどな」
はじめが言う。
「…なんですか?」
「…いや、明智さんが言ってたんだけど、今回の事件に関してオレに会って話がしたい、
って言ったのはあんたらしいんだけど…。なんでオレを呼んだんだ?」
「…ああ、そのことですか。金田一君の活躍に関しては二課の方でも評判でしてね。我々
もマークしている怪盗紳士や地獄の傀儡師とも対等に渡り合った人物、ということで今回
の事件にもご協力をお願いしたい、と思いまして」
「…私は金田一くんの様な人物に頼らなくていい、といったんですがね…」
「…そういうわけか…」
*
「これから捜査や警備に関して内々の打ち合わせがある」と言うことで明智によって二課
を出されたはじめと美雪の二人は剣持警部とともに警視庁の近くにある喫茶店に入った。
「…で、オッサン。オッサンは一課だからよくわからないかもしれないけれど、オッサン
は怪盗キッドに関してどれくらい知ってるんだ?」
はじめが剣持警部に聞いた。
「どれくらい、と言われてもなあ…。オレの管轄じゃないからよくわからねえけど、ここ
最近の一連の宝石盗難事件はヤツの仕業だと言われてるんだ。ここ最近、怪盗紳士や高遠
のヤロウが起こした、と思われる事件はないし、手口がヤツらのとは全く違ってるんだ」
「全く違う、って?」
「ああ。オレも直接現場を見たわけじゃないし、二課の中森警部から話を聞いただけなん
だが、怪盗キッドはどうも手品が得意なようで、厳重に包囲している警備の中をそのマジ
ックを使って盗み出すらしいな」
「…マジックか…、気にいらねえな」
「気に入らない、って?」
美雪が聞いた。
「盗みにマジックを使う、ってことだよ。ジッチャンがよく言ってたぜ。『手品は人を楽し
ませるためにやるもの。決して悪用はするな。そんなことをしたら必ず自分にそのしっぺ
返しが来る』ってな」
「そう言えば、はじめちゃんのお爺さん、って手品得意だったのよね」
その祖父の血を引いたからか、はじめもかなりマジックが得意なのだ。
「…じゃあ、金田一。おまえ…」
「…ああ、中森警部に伝えといてくれ。3日後、オレも駅前の高井デパートに行く、って
な」
「…わかった」
*
そして二人は、剣持警部に送られて自宅近くに戻った。
「…ねえはじめちゃん。本当に大丈夫なの? あんな安請け合いしちゃって」
「…心配すんな、美雪。怪盗キッドだかなんだかしらねえが、必ずオレがこの手で捕まえ
てやるぜ! デビッド・カッパーフィールドは二人いらねえからな!」
「…はじめちゃんの場合、マギー審司かナポレオンズのレベルだと思うけどな」
美雪が呟いた。
「…何か言ったか?」
「ん? 何も」
第2話に続く>>
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