週刊誌記者殺人事件
〜金田一少年VS名探偵コナン・第一の戦い〜

(最終話)


〈File・9 二人の探偵の推理〉
 伊豆ベイサイドホールの一室。
「…おいコナン、横溝刑事が呼んでる、ってのは本当なのか?」
「うん、それでね…」
 コナンが小五郎に話しかける。
「…どうした?」
 小五郎が近づく。コナンは例によって時計型麻酔銃を小五郎に向けた。

「…さて、と…」
 コナンは辺りを見回した。
   *
「…お父さん、どうしたの? こんなところにみんなを呼び出したりして」
 しばらく経って蘭や横溝刑事たちが部屋に入ってきた。
「…みんな来ているか?」
 物陰に隠れて蝶ネクタイ型変声機で小五郎の声で話しているコナンが聞く。
「うん。竹中さんや黒須さん、久保さんも来てるわよ」
「…ところで横溝刑事」
「なんでしょうか?」
「先ほどお願いしておいた件、どうでしょうか?」
「ええ、もうそろそろ来る筈ですが…」

 と、
「…やれやれ、いったいなんだよ、人をこんなところに呼び出したりして」
 入り口の方で声がした。入ってきた人物を見る蘭。
「あ…」
 蘭は思わず絶句した。そう、入ってきたのははじめたちだったのだ。
「…金田一君、よく来てくれたな」
「いや、毛利のオッサンが事件解決した、って言うからさ。どんな推理をするか楽しみに
してきたんだよ」
「…さて、全員そろったようだしそろそろ話しますか。…今回の事件はある一つの出来事
がきっかけとなって起こった事件なんですよ」
「…ある一つの出来事?」
「…その件に関しては後でお話しするとして、まず最初は早川さん殺害の件についてお話
しましょう。…その前に佐木君、とかいったね」
「はい?」
 いきなり名前を呼ばれて何かと思ったか、佐木が聞き返した。
「君は早川さんが殺害されたときのビデオをそのまま保存してあるかい?」
「…ええ、一応」
「それを今から皆に見せてくれないか? 私の推理の根拠が君の録画したビデオの中に入
っているのでね」
「…でも…」
「…いいじゃねえか。見せてやれよ、佐木」
 はじめが言う。
「…わかりました」
「横溝刑事、モニターか何か用意していただけませんか?」
「…わかりました。至急用意させましょう」

 それから15分ほど後。
 横溝刑事がTVを持ってきて、佐木がビデオのセッティングをし終わったのを見届けて
コナンは、
「それでは皆さん。これを見てください。…佐木君、君に頼みたいことがある」
「何ですか?」
「…まずは速水玲香さんの控室を写した場面を見せてくれないか?」
「え? ボクが、ですか?」
「…やってやれよ、佐木。オレも毛利小五郎の立てた推理、ってのがどれだけのものか興
味あるからよ」
 はじめが行った。
「…わかりました」
 そう言うと佐木はビデオカメラ付属のリモコンを取り出した。

 アシスタントディレクターが控室に入ってくる場面が映し出された。
『玲香ちゃん、そろそろリハーサル始めるよ』
『あ、黒須さん、わかりました。…じゃね、金田一君』

 不意に小五郎の声が聞こえた。
「ストップ! 佐木君、一時停止だ!」
 その声に気おされたか、佐木が一時停止ボタンを押す。
「…この場面を見てください。このアシスタント・ディレクターは随分派手なTシャツを
着ていますね」
「…それがどうかしたんですか?」
 横溝刑事が聞く。
「…佐木君、もう少し進めてくれないか? 君が検視の模様を写している場面だ」
「…はい」
 そして佐木が若干テープを進めた。
「…見てください、この場面。ここにいるスタッフは皆『STAFF』とかかれたTシャ
ツを着ているでしょう?」
 確かに小五郎(というかコナン)の言うとおり、胸に「STAFF」と書かれた黒のT
シャツを着ていた。
「…皆さん、思い出してください。まずリハーサルをするために速水玲香さんをスタッフ
が呼びに行ったのが4時少し前です。そして事件が起きたのが7時少し前。わずか3時間
ほどです。…普通に考えて3時間の間にTシャツを着替える人がいるでしょうか? まし
てや会場は冷房が効いていて汗もそれほどかくようなものでもなかった…」
「…毛利さん、いったい何が言いたいんですか?」
 横溝刑事が聞く。
「…早川さんは頭から血を流して倒れていました。このことから考えると犯人は早川さん
を殺害した際に返り血を浴びたことが考えられます。そこで慌ててTシャツを着替えたん
ですよ。…このことから考えると早川さんを殺害した相手はあなたしか考えられないんで
すよ。…そうですよね、黒須雅巳さん?」

 全員の視線が黒須雅巳に集中する。
 と、当の黒須本人は、
「…ちょ、ちょっと待ってくださいよ! その程度で犯人扱いされたら困るなあ。毛利さ
ん、あなたの想像力は確かにすばらしいようですけど、もし僕が犯人だとしたら宇都宮さ
んはどうなるんですか? 僕にはちゃんとしたアリバイがありますよ。宇都宮さんが死ん
だのは夜の9時から11時頃でしょう? もしそれより前に死んだんだとすればその、8時
にラーメン屋で見た、という人物は誰なんですか?」
「…その件に関しては、私より詳しい人がいますよ」
「詳しい人?」
「…そうだろう、金田一君?」
 全員が一斉にはじめに注目する。はじめは頭を掻きながら、
「…やれやれ、毛利のオッサンの御指名とあっちゃ話さねえわけにはいかねーか。…さて
だ、宇都宮さん殺害の件に関してだが、…まずはこれを見て欲しい」
 と言うとはじめはポケットからケースを取り出した。
「…それは?」
 横溝刑事が聞く。
「コンタクトレンズのケースだ」
「コンタクトレンズ?」
「…オレはこれを宇都宮さんが泊まっていたホテルの部屋で見つけたんだ。中にはコンタ
クトレンズがそのまま入っていた…。いつきさんは彼が前から目が悪くなっているのは知
っていたようだが、コンタクトを入れるようになったのは知らなかったようだ。このこと
から、どうやら最近宇都宮さんはコンタクトレンズを入れるようになったようだが。…さ
て、だ。オレはこのことを知って宇都宮さんが殺された日の行動について一つ疑問を感じ
たんだ」
「疑問?」
「…宇都宮さんの胃の中からラーメンとギョーザが見つかった。と言うことで宇都宮さん
は食事の後まもなく殺された…。そういうことだったな? …でもよ、たまたまオレ達は
その宇都宮さんを目撃した、と言うラーメン屋で話を聞くことができたんだけど、宇都宮
さんはテーブルからカウンターに書いてあったメニューを見て注文した、って言うんだぜ。
…これがどういうことかわかるか?」
「…どういうことって?」
「宇都宮さんはコンタクトをしなきゃならんほど目が悪かったんだぜ。そんなヤツがコン
タクトを置き忘れたまま食事に行って、しかもテーブルからカウンターのメニューを見て
滞りなく注文できると思うか? そりゃ度が付いているサングラスもあるけど、コンタク
トする上に度付きのサングラスするヤツなんて普通いねえだろう?」
「…どれと、僕が犯人だというのとどう関係があるんですか?」
「その謎もとっくに解けてるぜ。…あんたは犯行が行なわれた日に、宇都宮さんが泊まっ
ているホテルに行った。その時にどこかで宇都宮さんが2時間ほど前にラーメンとギョーザ
を食って来たのを知ったんだ。そしてあんたはその場で宇都宮さんを殺害する。ここからが
あんたのアリバイ工作だ。あんたは自分が宇都宮さんと背格好が似ているのを利用して、
宇都宮さんの着ていた服を着ると宇都宮さんを彼の車の後部トランクに乗せ、夜8時ごろに
ラーメン屋に行って自分もラーメンとギョーザを注文して食べたんだ。ここで重要なのはあん
たがサングラスをかける、ということだ。何故なら、死亡推定時刻の2時間ほど前に宇都宮
さんに背格好が似てサングラスをかけた男がラーメン屋でラーメンとギョーザを食ってれば
誰だって宇都宮さんだと思うだろう?  店の人は『サングラスをかけた客が入った』という
印象だけが残って他のところの記憶があやふやになるからな。そして、被害者の胃の中
からは食べて2時間ほど経ったラーメンとギョーザが見つかってるんだから、その宇都宮
さんが目撃された2時間後、つまり10時頃に殺された、という結果が出てアリバイ工作は
完成、というわけだ。もちろん死体を水につけて死後硬直をごまかすことも忘れずにな…。
…大学でアメフトをやっていた、という竹中さんは体格がいいし、久保さんは小柄でしかも
女性だ。こんなことができるのは黒須さん、あんたしかいねえんだよ」

 自然と黒須雅巳が両腕を握ってきたのがわかった。それは図らずも自分が犯人である、
ということを証明しているようでもあった。
「…黒須さん、お聞かせ願えませんか? あなたが今回こんなことやった原因は…、あな
たが杉浦さとみのお兄さんだからでしょう?」
 小五郎が聞く。
「…まさか、黒須さんが?」
 一同が黒須雅巳を見る。
「…ええ、そこにいる横溝刑事に教えてもらったのですが…。杉浦さとみ、というのは芸
名で彼女の本名は中村さとみと言うらしいですね?」
「…はい。杉浦さとみこと中村さとみは3年前に両親が離婚して母方の姓を名乗っていた
んですよ」
 と、はじめが
「オレも警視庁に知り合いの刑事がいるんで、その刑事に問い合わせてわかったんだが…。
杉浦さとみの母親である中村恭子は離婚前は黒須恭子と言う名前で、夫である黒須和久と
は二人の子供がいたらしいな。そして、その子供の名前は…」
「…そうですよ、刑事さん。黒須和久は僕の父親ですよ! そして杉浦さとみは…、さと
みは僕の妹です!」

 重い沈黙が辺りを包んだ。…やがて横溝刑事が
「…黒須さん、何であんた…」
「…3年前、僕の両親はひょんなことから行き違いが起こって離婚し、さとみは母親に引
き取られて行きました。そのころ僕は大学に行ってて、既に親元を離れて一人暮らしをし
ていましたが、アイツは高校2年だった。これからの進路を決める、というときに両親の
離婚があってアイツもショックだったかもしれません。この僕がそうでしたから。でもア
イツはそんなこと一言も言わなかった。やがてアイツは小さなころからなりたかった歌手
になった、と知って僕は自分のことのようにうれしかった。この仕事を選んだのも少しで
もアイツのそばに居たかったからですよ。…そんな頃ですよ。あの事件を知ったのは」
「…彼女が自殺した、という事件か?」
「…そうですよ。アイツが自殺するなんてありえない、僕はそう思いました。…それから
間もなくですよ、さとみからの手紙が来ていたことを知ったのは」
「手紙?」
「…僕もこういう仕事ですから、何日もアパートを開けていることがありますからね。久
しぶりに帰ったら郵便受けの中に入ってたんですよ。さとみの手紙が。その中に書いてあ
った内容を見たとき、僕はアイツが自殺した原因がわかりました」
「原因?」
「…アイツが原因ですよ。早川のヤツがね!」
「…早川さんが?」
「…アイツは言葉巧みにさとみに近づいたんです。ちょうど離婚した後だったからさとみ
もそう言った相手が欲しかったのかもしれない…。そして二人は親密な間柄になっていっ
たんですよ。…しかし、段々とヤツは本性を露にしてきたんです。…アイツはさとみのこ
とを慰み者にしたんですよ! …そしてアイツは…早川はさとみのことを捨てたんで
す!」
「捨てた?」
「ある日、『新しい彼女ができた』とか言って別れ話を切り出されたらしいんです。…さと
みは早川のことを信じきっていたのに裏切られた、と…。さとみが感じた絶望がどれだけ
のものか僕にはわからない。…でも、さとみはそこまで追い詰められてたんです。そして
1年前のあの日、さとみは…。僕はアイツが許せなかった。さとみを捨てておいてのうの
うと生きているアイツが許せなかったんですよ!」
「…じゃあ、宇都宮さんの場合は?」
「…慎重に慎重を期したつもりだったんですが、おそらく彼は薄々と感づいてたかもしれ
ませんね、僕が早川を殺した、ということが。彼は僕を問い詰めましたよ、『お前が早川さ
んを殺したんじゃないか』ってね」
「…それで、口封じのために殺した、と言うわけか?」
「そうですよ。…しかし、僕は彼がコンタクトをしていた、何て知りませんでしたよ。…
こんなことで犯行がばれてしまうとはね。毛利さんや金田一君の目はごまかせなかった、
というわけか…。毛利さん、ひとつだけ教えてください。なぜ僕がさとみの兄貴だ、とわかっ
たんですか?」
「あなたがしているペンダントですよ」
「ペンダント?」
全員が彼の胸元に視線を集める。
彼の胸には昨日と同じように「S.N」のペンダントが輝いていた。
「あなたのイニシャルはM.Kのはずですよね。それなのにあなたのしているペンダントの
イニシャルはS.Nだった…。杉浦さとみの本名が中村さとみ、と知ったときそうじゃないか、
と思ったんですがね…」
   *
 やがて黒須雅巳がパトカーに乗せられようとしていた。
 それを見送る一同。
「…なあ、黒須さん」
 はじめが話しかける。
「…なんですか、金田一君?」
「…あんたが杉浦さとみの…、妹のことを大切に思ってるのはよくわかったよ。でもさあ、
こういう事言うのもなんだけど…。さとみさんはこういう結果望んでたのかなあ?」
「…確かにそうかも知れねえな」
 隣で話を聞いていた小五郎がつぶやく。
「…自殺という手段をとったのは確かにまずいかもしれねえが、だからといって兄貴にこ
んなことして欲しいなんて彼女も思わなかっただろうな…」
「かも知れませんね。…でも、僕は後悔してませんよ。さとみはもう、僕のところには戻
ってこないんだから…」
 黒須雅巳がはじめたちに笑いかける。
 しかし、その笑みはどこと無く冷めていて、かつ淋しげなモノを感じさせる笑いだった。

 そして、横溝刑事達とともに黒須雅巳を乗せたパトカーは走り去っていった。

〈エピローグ〉
 翌日の東海道新幹線・熱海駅。
「毛利さん、どうもありがとう御座いました」
 横溝刑事が言う。ひとまず事件が解決したことでようやく小五郎たちも帰京する事にな
り、横溝刑事が見送りに来たのだ。
「いえいえ、こちらこそ」
「それにしても、本当に毛利さんがいなければどうなってたか…」
「いえいえ、わたしでよかったら、いつでも捜査にご協力してあげますよ」

「…ほらはじめちゃん、早く!」
 不意にエスカレーターの方から声がした。
 そしてエスカレーターから上がってくる一団が見えてきた。
「あ…」
 思わず絶句する一同。
 そう、はじめたち4人が上がってきたのだ。
「おっ…」
 向こうでも小五郎たちに気づいたようだ。
「…まさかこんな所で会うとはな」
「オレだって考えなかったよ、こんなところで会うなんて。…それにしてもよ、あんたの
推理、なかなかだったぜ。あんたはオレが考えてた以上の名探偵かもしれんな」
「お兄ちゃんの方だってすごい推理してたよ。さすが金田一耕助の孫だね」
 コナンが言った。
「…まあな。でも、ジッチャンに比べりゃたいしたことねーさ。又あえる日を楽しみにし
てるぜ。毛利小五郎のオッサンよ」
「こっちもまた、会う日を楽しみにしてるぜ。じゃあな」
「こっちこそ」
 そういうとはじめは小五郎たちに背を向け歩きかけた。が、
「…あ、そうだ。コナンとか言ったな!」
 不意にはじめがコナンの方を振り向いた。
「え、ボク?」
「これからお前がどんなヤツになるのか楽しみにしてるぜ。じゃあな、小さな名探偵」
 はじめが3人の元を去った。

「え…」
 コナンははじめの言った言葉に引っかかるものを感じた。
「…? どうしたの、コナン君」
 蘭が聞く。
「い、いや、なんでもないよ…」
(…まさか、金田一のヤツ、オレのこと…)
 金田一はもしかしたら本当は小五郎ではなく自分が推理していた、ということを知って
いるのか?
 …だとしたら、金田一一という男は本当に侮れないヤツかもしれない。

〈THE END〉


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