仙台七夕祭り殺人事件
〜CONAN IN SENDAI〜

(前編)



  8月8日、東北新幹線「はやて」の車内。
 ある車両の一角に3人掛けの椅子を向い合せて座っている一人の中年の男性と5人の子
供が座っていた。
 中年は阿笠博士、残り5人は江戸川コナンをはじめとした少年探偵団の5人である。
 実は彼らは今日が最終日を迎える仙台の七夕祭りを見物に行くところなのだ。

 実は今は仙台に住んでいる、という阿笠博士の古い友人が「たまには仙台に遊びに来な
いか」と言い、ちょうどその時期に七夕祭りが開かれることもあり「せっかくだから君た
ちも七夕祭りを見たいじゃろ?」という事でコナンたちを誘う事となったのである。
 あまりコナンと灰原 哀は乗り気ではなかったのだが、他の3人――すなわち小嶋元太、
円谷光彦、吉田歩美だが――が乗り気だったので、結局博士の誘いに乗ることにしたので
ある。
    *
「それで、君たちは仙台についてどのくらい知っておるのじゃ?」
 いきなり阿笠博士が少年探偵団に話しかけた
「どのくらい、って…。プロ野球の楽天が本拠地としている所だよな」
 元太が言うと光彦も、
「そういえば、Jリーグのベガルタも本拠地としていますよね」
「ははは。まあ、君たちだったらそのくらい知っていれば上等じゃな」
 と、ふいに歩美が何かに気づいたか、
「…そういえばなんで七夕、って7月なのに仙台では8月にやるんだろう?」
 それを聞いた阿笠博士が、
「そうか、君たちは知らないのか。よし、せっかくじゃから勉強のために君たちにもわか
りやすく教えてやろう。実はな、仙台の七夕祭りというのはもともとは江戸時代に時の仙
台藩主じゃった伊達政宗が始めた、と言われておるんじゃよ」
「伊達政宗、って…、確か眼帯をやってた武将よね」
 歩美が言う。
「知っておるのか?」
「うん、夏休みの前に図書室の本で見たから」
「そうか。…それで、その伊達政宗が生きておったころの日本は今と違って太陰暦という
暦――つまりカレンダーじゃな――を使っていたんじゃよ」
「あー、知ってます。確か月の満ち欠けをもとに作った暦ですよね」
 光彦が言う。
「そうじゃ。その太陰暦というのは今使っている太陽暦と比べると日付が大体1か月ほど
ずれているのじゃ。つまり太陰暦だと七夕はちょうど今頃になるのじゃよ。だから今の日
本でも『月遅れの行事』という事で太陽暦よりちょうど1か月遅れた今頃に七夕祭りやお
盆を行う地方が多いんじゃよ。で、仙台の七夕祭りが本格的に始まったのは今から80年
ほど前じゃが、8月に行うのはその名残、というわけじゃよ」
「ふーん」
「…だとよ」
 感心する元太たちと向い合せに座っていたコナンが隣に座っている灰原に話しかける。
「そういえばお盆も本来は7月だったわよね」
「…こう考えると日本というのも結構広いんだな」

「…それにしても、なんで阿笠博士だけじゃなく、オレまでがガキの世話をしなきゃいけ
ねーんだ」
 その話を聞いて、コナンたちの隣の二人掛けの席に座っていた毛利小五郎がつぶやく。
とその隣の席に座っていた娘の蘭が、
「…あら? 『仙台で牛タンをご馳走するから来てくれ』って博士に頼まれた時に喜んで
引き受けたのって誰だったっけ?」
 その言葉を聞いた小五郎が絶句する。
「そ、それはだなあ…」
「それにこういったときに一番時間が取れるのはお父さんだけでしょ? みんなの親から
もくれぐれもよろしく頼む、と言われているし…」
「そうは言っても日帰りじゃねーかよ。…全くもう。東北新幹線ができる前は東京から仙
台なんて日帰りじゃまず無理だったんだぞ。日本も狭くなったな」

「…ご乗車有難うございました。間もなく仙台、仙台に到着いたします。お降りの際には
お忘れ物、落とし物の無いようにご注意くださいませ」
 車内アナウンスがして、一行は下車の準備を始める。
    *
 新幹線ホームから仙台駅の駅舎の中に入った。
 駅舎の中も七夕祭り、という事もあってか、数多くの竹飾りが吊るしてあり、中には立
ち止まってデジカメや携帯電話のカメラに収める乗客もいた。
 
 そして、仙台駅の巨大な
ステンドグラスの前に阿笠博士と同じような体型の一人の男
が立っていた。
「阿笠君、待っていたぞ」
 男が手を振ると阿笠博士も、
「おー、野上君、久しぶりじゃなあ。こうして会うのは12〜3年ぶりじゃなかったか?」
「いやいや、こっちも阿笠君に久しぶりに会えてうれしいよ」
 そして二人の男は握手を交わす。そして阿笠博士はコナンたちのほうを向くと、
「紹介しよう。ワシが小学生のころの同級生だった…」
「野上太一郎です」
 そういうとその野上と名乗った男は挨拶をする。
「彼はもともと仙台の生まれで、父親の仕事の都合で東京に来ておったのじゃが、父親が
仙台に戻ることが決まって、小学校を卒業するとともに仙台に帰ったんじゃ。…野上君、
話は聞いとるな、毛利小五郎探偵と、その娘の蘭くん。そしてワシの知り合いの子供たち
じゃ」
「よろしくおねがいしまーす」
 元太たち3人が挨拶をする。
「まあ、ここで立ち話もなんだから、早速だが七夕祭りを見物に行こうじゃないか。みん
なも楽しみにしているんだろ?」
「おう、そうじゃったそうじゃった。道案内をよろしく頼むぞ」
 そして一行が
仙台駅を一歩出た時だった。
「あつーい!」
 思わず歩美が叫ぶ。
 そう、新幹線の中や仙台駅ではそれほど感じなかったのだが、駅を一歩出ると強烈な日差しと暑さが彼らを襲ったのだった。
「そうじゃな。もしかしたら仙台は東京よりも暑いかもしれんな」
 阿笠博士が言う。
「それにここの所、仙台も晴天続きだからなあ。『七夕祭りが行われている3日間の内、
1日は仙台で雨が降る』と言われているんだが、今年は珍しく一昨日も昨日も晴れてた
し…」
 野上が言う。
「とにかく熱中症にかからないようにしませんとね」
 光彦のその言葉にあわてて一行は帽子をかぶる。
    *
 仙台駅を降りた頃にはそれほどの人はいないように感じていたのだが、一歩通りに
出ると、人ごみにあふれていた。
 中には浴衣姿の女性をチラホラと見かけるのはいかにもお祭り、という感じがするが。
 そしてしばらく歩き、アーケードの中に入っていく一行。
「あ、見て見て」
 歩美が指をさす。
 そう、歩美が指をさした方向にはアーケードの天井から
七夕の竹飾りが吊るされてあっ
たのだった。
 かなりの大きさのようで、その場にいた全員が首を上にあげる。
「大きいですねえ…」
 光彦が言う。
「年に一度のお祭りだからな。このアーケードの中に出ているお店が毎年その店独自の竹
飾りを出しているんだよ」
 そういえば、竹飾りにはアーケードの中に入っている店の名前が入っており、さらには
その傍らで観光客相手にか、その店が屋台を出して商品を売っていた。
「…でも昔はもっと派手だったんだぞ」
 と野上が言うと元太が、
「派手、ってどういうことだよ?」
「うん。今はこんな風にアーケードができたから上から吊っているだけなんだが、昔は仕
掛けを内蔵していた竹飾りも多くあったんだよ」
「ふーん」
「それでも、地区ごとに優秀な作品には賞を贈ることもあってか、七夕祭りが近づくとど
この店もなかなか凝った飾り付けを作るんだぞ。ほら、あれなんかそうだぞ」
 と野上が指差した方向にある竹飾りには「金賞」という札がぶら下がっていた。
    *
 アーケードの中、という事もあってか、人通りはかなりのものでとてもじゃないが、ゆ
っくりと立ち止まって見物をする、というわけにもいかず、一同はアーケードの中を後ろ
から押されるかのように進んでいった。

♪七夕の 飾りは揺れて 想い出はかえらず
 夜空かゞやく星に願いを込めた君のさゝやき
 季節(とき)はめぐりまた夏が来て あの日と同じ 七夕祭り
 葉ずれさやけき杜のみやこ あの人はもういない

 そんな中、小五郎の鼻歌が聞こえてくる。
「…お父さん、なにその歌?」
 蘭が聞く。
「やれやれ。おまえら『青葉城恋唄』も知らねえのか。この歌はな、今から30年くらい
前にこの仙台出身のさとう宗幸という歌手が歌って大ヒットした曲なんだぞ。今でも仙
台では『ご当地ソング』として歌われているらしいぞ」
(…そういえばその曲、仙台駅で聞いたけど、そんな歌詞だったのか)
 コナンも思った。

 と、いつの間にやら一行はアーケードを出ていった。
「…ほら、あの飾りを見てごらん」
 野上が指をさす。
「…あれがどうかしたの?」
 コナンが聞くと、
「さっきのアーケードで見た飾りと違っているだろ?」
「どこが?」
 そう言われて必死に違いを探している元太たち。
「そう言えば、アーケードで見た竹飾りと違って、あれは
竹に飾ってありますねえ」
 光彦が言う。
「おお、よく気付いたな。もともと竹飾りはああいう風に直接竹に取り付けて、それから
竹をしならせて飾っていたんだよ。それがアーケードができて、アーケードに棒を渡して
吊り下げるようになったんだよ」
 そしてしばらく道を進んでいた時だった。
「…あれ? 一体どうしたんだ?」
 野上が立ち止まって言う。
「どうしたのかね?」
 阿笠が聞くと、
「あそこ、通行止めになっているんだよ」
 そう、野上の指差した先はトラロープが張ってあり「只今通行止」という看板が立てて
あったのだ。
「…昨日はこんなことなかったんだがなあ」
「昨日、ってどういう事じゃ?」
「いや、阿笠君たちが七夕祭りを見物する、というから昨日のうちに下見をしておいたん
だよ」
「下見?」
「うん。どこを回ったら効率的か、とか考えていたんだが、通行止めじゃ仕方がないなあ
…。それじゃちょっと遠回りになるけれど、こっちの道を行こうか」
 そして野上の誘いで別の道から再び一行は七夕祭り見物をする。
    *
 そして一通り見物して、野上が時計を見る。
「あ、もうこんな時間か?」
 その声に合わせてコナンも自分の腕の時計型麻酔銃を見る。ちょうど12時になろうと
している時だった。
「…そろそろ昼食にしようか。阿笠君、なじみの牛タンの店を予約してあるからそこに案
内するよ」
「おお、済まんなあ。いや実はこの子達にちょうど仙台名物の牛タンをご馳走しようか、
と考えておったのじゃよ」
「そうか、それはよかった。それじゃ案内するよ」
    *
 そして野上の案内した店で牛タン料理を堪能し、一行は店を出た。と、店の中から、
「…あ、ちょっと待っててくださいね」
「野上君、ここはワシに払わせてくれんか?」
「いいって阿笠君」
「いやいや、君ばっかり払わせるわけにはいかんのじゃ」
 どうやら阿笠博士と野上がどちらが支払いをするかですったもんだしているらしい。
「…何やってんだ、あの二人」
 コナンがつぶやくと、
「いや〜、本当にすまんなあ、野上君」
「いいって。友人が久しぶりに遊びに来たんだからこれくらい当然だよ」
 そう言いながら二人が出てきた。どうやら野上が勘定は払ったらしい。
「ごちそうさまでした〜」
 そういって元太たちが頭を下げる。
「美味しかったかい?」
「はい!」
 元太が勢いよく言う。
「そうか、よかった」
「…小嶋君は何も食べても美味しい、って言うでしょ」
 灰原がコナンに向かって囁く。
「ハハハ、そうだよな」

 と、その時だった。
 通りの向こうで悲鳴が聞こえた。
「…ん? どうしたんだ?」
 小五郎が言う。
「行ってみよう!」
 コナンの言葉に一行は走り出した。
    *
「えーと、どこから聞こえてきたんだ?」
 小五郎があたりを見回す。
「あっちのほうだよ!」
 コナンが指差したほうを見る小五郎。
「おい、あっち、ってさっき通行止めになっていた方向じゃねえのか?」
「でも、あそこから悲鳴が聞こえたよ!」
「…とにかく行ってみよう!」

 一行が現場に着くとそこにはすでに祭りの開催中という事もあってか、大勢の人間が集
まっていた。
「すみません、失礼します」
 野次馬をかき分けながら人ごみの中に入っていく一行。
 そして、彼らの視線の先にあったのは…。

「…これは…」
 思わず絶句するコナン。
 そう、そこには七夕の竹飾りのように一人の男の首つり死体が吊りさげられていたのだ
った。



※『青葉城恋唄』作詞/星間船一、作曲/さとう宗幸


後編に続く>>


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