善光寺 暗闇の殺意
〜CONAN IN NAGANO〜

(後編)



 連絡が入り、善光寺が管轄区域に入っている長野中央署の刑事たちが善光寺の前に到着
したのはそれから10数分経ったときだった。
 事件が発生してまもなく、善光寺側が即座に入場者の立ち入りを禁止し、小五郎が事件
発生当時に現場にいた全員にその場にいるように話したため、現場は事件発生当時の状態
のまま残されていた。

 やがて善光寺の内部に刑事たちが入ってきて現場検証が始まった。
「…これがその被害者ですか」
 そう言うと長野中央署の刑事はブルーシートをめくる。
「…どうやらそのようですね」
 小五郎が言う。と、別の刑事が小五郎を見て、
「あれ? もしかして、探偵の毛利小五郎さんですか?」
「ええ、そうですか」
「ああ、やっぱりそうでしたか。で、なぜ善光寺に?」
「いえ、ちょっと娘に頼まれてきたわけですが、まさかこんなところで事件に巻き込まれ
るとはねえ…」
「それは災難でしたね。…ところで毛利さん、この被害者は?」
「ああ、そう言えばちょっと悪いな、とは思ったんですが、死体のポケットにこんなもの
が入っていましてねえ」
 そう言うと小五郎はポケットの中からハンカチを取り出す。
 その中には免許証がくるまれており、小五郎はハンカチを開くとその免許証を見せた。
 被害者の顔写真と共に「松村隆生」という名前が書かれてあった。
「…現住所を見ると、どうやら長野に観光に来たようですね」
「もともと長野と言ったら善光寺ですけれど、オリンピック以来、観光客も増えているで
しょう?」
「ええ。あれで世界的に有名になりましたからね。最近は海外からの観光客も多くて、我々
もいろいろと大変なんですわ」
「…ところでこの被害者ですが、やはり背中に刺された傷が致命傷となったんでしょう
か?」
「ええ、詳しいことは検視の結果を待たないといけないと思いますが、どうやらそのよう
ですね」

…と
「…おや? 何だ、これは?」
 コナンは血まみれの被害者の背中の服から、ほんのかすかだが、明らかに血液とは違う
何か黄色いしみのようなものが残っているのを見つけた。
 そしてコナンは死体に近づこうとしたところ、
「コラ、何してる!」
 背中で小五郎の声が聞こえた。
「え、それはその…」
「今からこいつを検死に持っていくそうだからどいていろ」
「え、で、でも…」
 しかしそんなコナンにかまわず、死体は検視のために運び出されてしまった。
(…一体なんだったんだ、アレは…?)

 すると、一人の刑事が小五郎たちの下に駆け寄ってきた。
「…関係者に集まってもらいました」
「そうか、ご苦労。…それで毛利さん、よろしければ話を聞いてみますか?」
「ええ、それは御願いします」
    *
 そして小五郎たち3人が警察の招きでその部屋に来たときだった。
「あ、あなたは…」
 そう、その中にいた女性の一人が蘭に気が付いたのだった。
「あ、そういえば先ほど写真を撮ってくれ、ってお願いした方ですよね?」
 蘭も相手の女性に気が付いた。
「ええ」
「…失礼ですが、お名前は?」
 小五郎が聞くと、
「あ、申し遅れました。私は横山理恵と言います。この二人は私の会社の同僚の高島さん
と水上さんです」
「高島信夫です」
「水上裕美です」
 そしてそれぞれが小五郎たちに挨拶をする。
「…それで、あなた方は一体どういう関係なんですか?」
「え、ええ。大学のとき同じサークルにいた仲間で、今回たまたま休みが取れたからみん
なでどこか行こう、ってことになって長野に来たんですよ」
「それは誰の提案で?」
「それはその…私なんです」
 横山理恵が言う。
「あなたがですか?」
「ええ。実は前から善光寺に行きたくて、それでみんなに相談したらみんなも賛成してく
れて」
「…そうだったんですか」
「…ところで、皆さんは、被害者に対して何か恨みとかそういったものは持っていません
でしたか?」
 それを聞いた3人は思わず「え?」という顔をする。
「…一体どういうことなんですか?」
「いや、いろいろと聞いてみたんですがね、死体が発見される前、あなた方は善光寺の『お
戒壇めぐり』をしていたそうですね」
「それがどうかしましたか?」
「目撃者の証言などから、あの『お戒壇めぐり』にはまず被害者が先頭で入って、その後
に続いてあなた方3人が入って行った、ということなんですよ。被害者は背中を何者かに
よってナイフで刺されているという状況から考えてみると、被害者の前を歩いていた者に
は被害者の殺害は不可能です。となると被害者の後ろを歩いていた人物に犯人が限定され
るわけで、さらに可能性を考えると、犯人はあなた方3人のうちのの誰かという可能性が
最も高いわけなんですよ」
 刑事がそう言うと小五郎も、
「私もそう思います。あの『お戒壇めぐり』は観光客で密集していましたし、あなたがた
以外に被害者を殺害する動機のあるものもいないですからね」
 その言葉を聞いた3人は押し黙ってしまった。
「…ははあ、何かワケありですね」
 と、高島信夫が
「…こう言っちゃ何なんですが、隆生のヤツは女関係がちょっと派手でしてね。本人はプ
レイボーイを気取っているようなんですが、僕にはどうも女たらしとしか見えなかったん
ですよ。事実、ヤツは今は理恵と付き合っていたんですが、その前は裕美と付き合ってま
したからね」
「本当ですか?」
「え…ええ」
 そう聞かれて横山理恵と水上裕美が頷く。
「…となると愛のもつれが原因、ってことか…」
「でもそう言う高島君だってよく私たちに愚痴ってましたよ。あいつの態度がどうも気に
入らないって」
「そういえばこの間お金の貸し借りをめぐってけんかしてなかったっけ?」
「ああ、アレかよ? 確かにあいつがなかなか貸した金を返さないからけんかにはなった
さ。でもほんの3〜4万円だぜ。その程度で隆生のことを殺したりはしねえさ」
「そうは言うものの、今までの積もり積もった恨みが爆発して犯行に及んだ、とも考えら
れるわけですな」
 と、水上裕美が、
「…でも、もし犯人が我々3人の中にいる、と考えているなら、誰がどうやって松村君の
ことを…」
「ですから『お戒壇めぐり』の暗闇を利用して…」
 と、小五郎がここまで言ったとき、刑事が、
「ちょっと待ってくださいよ、毛利さん。確かに『お戒壇めぐり』は大勢の観光客が善光
寺を訪れた際に通っていくことが多いですけれど、あの真っ暗な中でどうやって被害者を
殺害することができると言うんですか?」
 思わぬ方向から意見が出た小五郎は、
「いや、ですから後ろから被害者の背中をナイフか何かで…」
「ですから、あの真っ暗闇の中でどうやって狙い違わず被害者の背中を刺すことができる
と言うんですか? 間違えて他人を刺してしまう可能性もあるじゃないですか」

 そのやり取りを見ながらコナンは、
(…確かにそうだな。でもおっちゃんの言うとおり、犯人は「お戒壇めぐり」の暗闇を利
用して殺害したとしか考えられないんだよな。とはいえあの暗闇の中では明かりとなるよ
うなものがなかった…。となるとどうやって被害者を刺すことができたんだ?)
 そのときコナンの頭の中に閃きが走った。
(…待てよ、アレはもしかしたら…。そうか! それならば被害者を暗闇の中で刺すこと
ができるかもしれないな。しかし、だとすると犯人はいつアレを使ったんだ?)
 そのときコナンはふと「あの光景」に気が付いた。
(…そうか、わかったぞ。犯人はあの人だ!)
 コナンは今回の事件の犯人と殺害方法がわかった。
 そして腕時計型麻酔銃を小五郎に向ける。

 不意にガタッ、と音がした。
 音のした方向を見ると小五郎が柱を背にして座っていた。
「…皆さん、犯人がわかりましたよ」
 物陰に隠れて蝶ネクタイ型変声機で小五郎の声に変えたコナンが言う。
「…本当ですか?」
「ええ。やはり犯人は『お戒壇めぐり』の中で被害者を殺害したんですよ」
「…ちょっと待ってくださいよ、毛利さん。毛利さんも『お戒壇めぐり』をしたはずです
からご存知のはずでしょう? あれは真っ暗闇の中進んでいくもので、それに光を放つよ
うなものは一切持ち込み禁止なんですよ」
 刑事が言うと、
「ええ。正直言って、その点は私も悩みましたよ。確かにあの中は真っ暗で、何も頼りに
なるものはありませんでしたからね。確かに一見被害者を殺害する方法が見つからないか
もしれませんが、あるものを使えばこの問題は簡単に解けるんですよ」
「あるもの?」
「ええ、それを使えば、すべての問題は解決するんです」
「で、それって何なんですか?」
「実はね、凶器であるナイフが刺さっていた被害者の背中の服にに血液とは又違う何やら
黄色の液体のようなものがわずかながら付着していたんですよ。…もしかしたらあれは夜
光塗料じゃないんですか?」
「夜光塗料?」
「ええ。被害者の背中に夜光塗料を塗っておいたんですよ。ご存知のとおり、あれは一定
の時間光に当てておけば、暗闇の中でもしばらくの間発光している塗料ですからね。犯人
はあらかじめ被害者の背中に夜光塗料を塗っておいて『お戒壇めぐり』に入ったときにそ
の夜光塗料めがけて被害者を刺したんですよ。…そうですよね、横山理恵さん!」
 その声にその場にいた全員が一斉に横山理恵の方を向く。
「…ちょっと待ってくださいよ、毛利さん。何で私が隆生のことを殺さなければいけない
んですか? 第一、私がいつ夜光塗料を隆生の背中に塗ることができるんですか?」
 横山理恵がそう言うが、
「横山さん、確かあなたは我々が三門を通りかかったときに、蘭に写真を撮ってくれ、っ
て頼みましたよね?」
「それがどうかしましたか? たまたま通りかかった人に写真を撮るように御願いするの
はよくあることじゃないですか?」
「ええ、よくあることですよね。そしてあの時、松村さんの恋人でもあるあなたは、被害
者の背中に手を回しましたよね? もしかしたらその時に背中に蛍光塗料を塗ったんじゃ
ないですか? ご存知のとおり夜光塗料というのは光を当てておくとしばらくの間暗闇の
中でも光っていますからね。ですからお戒壇めぐりのような真っ暗闇の中でも目標を見失
わないし、塗料の上から刺せば塗料も見つけられない、あなたはそう考えたのではないで
すか? 恋人が相手の肩や背中に手を回すのがごく普通のことです。あなたはその『ごく
普通なこと』を利用した、というわけですよ。…そんなことができるのはただ一人、あな
たしかいないんですよ!」

 その場をしばらくの間奇妙な沈黙が流れた。
 すると横山理恵が、
「…許せなかったのよ、あの男が」
「許せなかった、ってどういうこと?」
「…あの男、他の女と付き合って方からよ」
「…もしかして、あたしと前に付き合ってたことを怒ってるの?」
 水上裕美が言うと、
「違うわ。あたしが彼と付き合ってまもなく裕美と隆生が付き合っていたことは知ってた
し、もう別れたんだから関係ないとは思っていたもの」
「…じゃあ、どうして?」
「…あの男、あたしと付き合っていたときに他の女とも付き合っていたのよ」
「何ですって?」
「…あれは1ヶ月くらい前のときだった。たまたま町で他の女と一緒に歩いている隆生の
ことを見かけたのよ。最初は妹か誰かかと思ったけれど隆生に妹がいる、という話は聞い
ていなかったし、どう見ても兄妹には見えなかった。それで何であたしと付き合っている
のに他の女を連れているのか、気になったからいけないとは思いつつもついていったのよ。
そして公園に寄って、ベンチに座って何やら二人で話していたのよ。そのときあの男はこ
う言ったのよ。『今付き合っている女とはすぐに別れるから』って」
「…」
「…それを聞いたときに許せなくなったのよ! こっちは本気で隆生と付き合っていたの
に、あいつは単に腰掛けで付き合ってたのか、って。…それで丁度みんなで善光寺に行こ
う、って話になったから、そこにある『お戒壇めぐり』を使ってあいつを殺してやろう、
って思ったのよ。それでもあいつの前ではそんなことおくびにも出さなかったからあいつ
はそんなこと気がつかなかったようだけどね。でも、本心を隠し続けるのは大変だった。
そしてあいつを刺したときは上手くいったと思った。…でもまさかその前に、あの毛利小
五郎の娘にシャッターを押してもらっていたなんて…。あんなことがなければ…」
    *
 そして翌日。
「全国大学空手道選手権大会」と看板が下がっている会場の前に蘭たち3人がいた。

「…そろそろ先輩たちが来ると思うんだけど…」
 蘭が腕時計を見て言う。
「…ここで待ち合わせてるんでしょ?」
 コナンが聞くと、
「そう。先輩にこれを渡さなきゃいけないしね」
 と、蘭は昨日善光寺で買った御守りをコナンと小五郎に見せる。
「…あれ? 蘭ねーちゃん昨日御守り二つ買わなかった?」
 そう、昨日蘭は本堂の脇にある土産物店で、大会に出場する先輩の必勝祈願の御守りと、
もうひとつ別の御守りを買ったのをコナンは見たのだが…。
「あ、あれ? いいの。アレはコナン君には関係ないんだから」

 そう、蘭はもうひとつ「恋愛成就」のお守りを買っていたのだ。
 いつ帰ってくるとも知れない「彼」が一日も早く帰ってくることを願って。
(…本当、今頃どこで何をしてるのかな…)

「ちょっと、蘭ねーちゃん!」
 コナンの声がした。
「ん? どうしたの、コナン君?」
「あそこで手振ってる人、もしかして蘭ねーちゃんの言う先輩じゃない?」
 確かに何人かのグループの中で一人の男が蘭に向かって手を振っていたのだ。
「あ、本当だ!」
 そういうと3人はその一団に向かって駆け出していった。

(終わり)


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