善光寺 暗闇の殺意
〜CONAN IN NAGANO〜
(前編)
長野県長野市、善光寺。
その仲見世にある「信州名物おやき」の看板が掛かっているある一軒の店。
「えーっと、野沢菜がひとつ、かぼちゃがひとつ、それからつぶあんひとつください」
毛利蘭が言うと紙に包まれた長野名物のおやきが出てきた。
蘭は代金を渡すとそれを受け取り、
「はい、コナン君はつぶあんで、お父さんは野沢菜だったわね」
そして蘭からそれぞれのおやきを受け取った江戸川コナンと毛利小五郎がそれを口に運
ぶ。
「うん、美味い! やっぱり本場で食べる出来立ては違うな」
一口食べた小五郎が言う。
「つぶあんもなかなか美味しいよ。…蘭ねーちゃんのかぼちゃはどう?」
コナンが言う。
「かぼちゃも美味しいわよ」
そう言いながら蘭がコナンに笑いかける。
「それじゃ、本堂のほうに行こうか。土産は帰りでいいだろ?」
小五郎がそう言うと、3人は本堂に向かって歩いていった。
そう、今コナンたちは長野の善光寺にいるのだ。
なぜ、3人が今善光寺にいるのか。
実は蘭が所属している帝丹高校空手部にかつて所属しており、現在は大学で空手部に所
属している、という先輩が大学の関東大会に優勝したことで、長野県で開催される全国大
会に出場することになった。
そしてその先輩から直々に蘭に応援に来てくれないか、という連絡があったのだった。
空手部の先輩だった人物直々の頼みだったことや、ちょうど学校の休みを挟んでいること
もあり、蘭は出かけることにしたのだが、ただ応援に出かけるのもなんだから大会の前日
に必勝祈願をするために、ということで善光寺を参拝することにしたのである。そしてそ
の善光寺の近くにある、ということでついでに1998年に長野で冬季オリンピックが開催さ
れたときの施設を見物しよう、ということでコナンと小五郎を誘って3人で出かけること
となったのである。
*
「…しかしまあ、浅草寺もそうだけど、こういった有名な寺の仲見世、ってのはどこも人
が多いんだな」
小五郎があたりを見回しながら言う。
そう、善光寺の仲見世はかなりの人が行き来しており、その仲見世に構えてある店も観
光客の姿があちらこちらに見えるのだった。
「『牛に引かれて善光寺参り』という言葉があるくらいだものね。それだけ昔から知られて
いたところだったのかもしれないわね」
そう言いながら3人は本堂に入ろうとしたときだった。
「…あれ、本堂内は飲食禁止かよ」
そう、立て看板があっており、それには「本堂内は飲食禁止」と書かれてあったのだ。
それを知った小五郎はあわてておやきの残りを口の中に放り込んだ。
本堂の前にある三門。
「はい、おじさん、蘭ねーちゃん、撮るよ」
そう言うとコナンはデジカメのディスプレイの中に並んで写っている蘭と小五郎の大き
さを調整すると、シャッターを押した。
やがてシャッター音がする。
「はい、OK!」
それを聞いた二人の緊張が解けたときだった。
「すみません、ちょっとシャッター押してもらえますか?」
蘭たちが撮り終えるのを待っていたかのように、一人の女性が話しかけ、デジカメを差
し出してきた。
「…あ、いいですよ」
そう言うと蘭がその女性からデジカメを受け取る。
そしてその女性は山門の前に立っているグループの中に入っていった。その女性を含め
男女それぞれ2人ずつの4人いた。
…と、三門の前に立っていた男女のうち、一人の男が、蘭がカメラを渡した女性の肩に手
を回した。
女性のほうも男の背中に手を回す。
「…なんだろ、あの二人。恋人同士なのかな?」
少し離れたところで蘭を見ていたコナンが言うと、
「おそらくそうだろうな。そうでもなけりゃこんなところには来ねえだろ」
小五郎が言う。
「はい、チーズ」
そして蘭がシャッターを押す。
「…どうもすみませんでした」
そういいながらその女性がデジカメを受け取る。
「いえ、かまいませんよ」
そしてその女性が蘭の元を離れると、
「ごめんね、お父さん、コナン君」
そして蘭は近くで待っていた小五郎とコナンのそばに来る。
「いや、別にいいけどよ」
そして3人は三門をくぐっていった。
*
そして内陣を見る前に何故か蘭がちょっと道を外れて、鐘楼のほうに歩いていった。
「…おい、どうしたんだ、蘭」
「ほら、これ。この鐘楼よ」
「この鐘楼がどうしたんだ?」
「あれ、お父さん、知らない? 長野オリンピックの開会式のときにこの鐘楼の鐘を鳴ら
して開会式が始まったの」
「おいおい、一体何があったのかと思ったじゃねえかよ。長野オリンピックの開会式はテ
レビで見たんだから、それくらい知ってるさ」
(ふーん。これがその鐘か…)
コナンも長野五輪の開会式はテレビで見たが、実際にこの目で鐘を見てみると、なんだ
かこの鐘であの長野オリンピックが始まったというのがなんだか信じられなかった。
「さ、コナン君、行くわよ」
「うん」
*
改札から内陣に入ると、その中は静かであり、物音ひとつするのもはばかられる気がし
た。
すでに何人もの観光客はいるのだが、そんな彼らも静かにしている。
コナンたちも履物を脱ぎ、渡された袋の中にそれを入れると、物音を立てないように静
かに進んでいく。
そして賽銭箱の前に並んで座るとお賽銭を投げ込み、本尊に向かって手を合わせる。
そして3人は静かに立ち上がった。
順路に従って奥に進んでいくと「お戒壇めぐり 入口」という張り紙が貼ってあり、そ
の先の下り階段には、大勢の観光客が並んでいた。
小五郎は入り口に貼ってある貼り紙を見ると、
「…おまえら、貴重品には十分気をつけろだとよ」
小五郎の言葉に蘭とコナンは携帯電話や財布を自分の体の前に持ってきた。
自分の体の前に置けば大丈夫だろう、という判断だった。
そして入り口から下り階段を下りて中へと入っていく。
「…真っ暗ね」
中に入り、コナンの後ろにいる蘭が言う。
「しかも中ほどにある、って言う『極楽の錠前』にいつぶつかるかわからねえしなあ」
蘭の後ろにいる小五郎が言う。
そう、善光寺の「お戒壇めぐり」とは明かりひとつない真っ暗な回廊の中を進んでいき、
中ほどにあるという『極楽の錠前』を探り当て、この善光寺の秘仏の本尊と結縁するとい
うものなのだ。
当然ながら本堂内は写真撮影禁止だから、明かりを手がかりにすることも出来ず、観光
客は手探りで入り口の張り紙に書いてあった「右手を腰の高さくらいで壁に当てて進んで」
行き、『極楽の錠前』を探すしか方法がないのだった。
人間というのは暗闇に入るとしばらくすると目が慣れてきて、暗闇の中でもある程度見
えるものなのだが、お戒壇めぐりはいつまでも暗闇が続いているからだろうか、なかなか
目が慣れず、コナンたちは一体どこを歩いているのかぜんぜんわからなかった。
おそらく距離自体はそれほど歩いていない、とは思うのだが、「お戒壇めぐり」は参拝者
全員が行うものだから、前も後ろも人がぎっしりでなかなか思うように進めず、一体どれ
くらいの時間が経過しているのかもわからなかった。
いつまで経っても暗闇に目が慣れないからか、あるいは錠前にたどり着かないからだろ
うか、コナンたちの前後の観光客のざわめきが聞こえるだけで3人は暗闇の中を進んでい
った。
その真っ暗な中をどのくらい進んだだろうか、不意にコナンの手が何か取っ手のような
ものに触れた。
念のために前後に揺らしてみるとガチャガチャと金属音が聞こえてくる。
「あ、あった!」
コナンが叫ぶ。
「あ、本当だ」
「おお、これかこれか」
背中から蘭と小五郎の声が聞こえてきた。
どうやら無事に3人とも『極楽の錠前』を探すことが出来たようだ。
そしてそれからしばらく進んでいくと、無事に出口に到着した。
おそらく中に入っていた時間はそんなに長くはないのだろうが、長い時間暗闇の中にい
たからか、外の明かりがまぶしく感じる。
「はあ〜、ようやく出たぜえ」
小五郎が言う。
「ホントね。随分と中に入っていた気がするわね」
蘭が言う。
「あれだけ観光客が一杯いるんだもん。なかなか進まなかったしね」
コナンが言う。
そして履物を履き終え、本堂の中から外に出ようとしたときだった。
お戒壇めぐりの出口から脱兎のごとく一人の男が飛び出してきた。
一体何事があったのかと近くにいた観光客が男に視線を当てる。
と、いきなり男はその場にばったりと倒れてしまった。
そして一人の女の悲鳴が聞こえた。
「…なんだ?」
「行ってみようよ!」
コナンの声に蘭と小五郎が頷く。
そして脱いだ靴をその場に置いたまま3人はその場に近寄った。
「一体どうしたんですか?」
小五郎が聞く。と、
「お父さん!」
蘭が倒れた男を指差して言う。
「これは…」
そう、男の背中にはナイフが突き刺さっていたのだった。
「…一体どうしたんですか?」
騒ぎを聞きつけたか、善光寺の僧侶の一人が出てきて、床に倒れている男を見る。
「…こ、これは…」
「とにかく警察を呼んでください。それから現場には誰も近づけないようにしてください」
小五郎が僧侶に向かって言う。
「わ、わかりました!」
そして僧侶がその場を離れた。
そしてその倒れている男の顔を見た蘭は、
「…この人は…」
「見覚えがあるのか?」
「さっき、あたしにシャッター押してくれ、って頼んだ女の人がいたでしょ? その女の
人と一緒にいた中の一人よ」
「なんだって?」
そういえば、被害者の男性は先ほど蘭がシャッターを押したグループの仲の一人の男だ
った。
「…一体なぜこんなことに…」
コナンがつぶやく。
それからまもなくしてパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。
後編に続く>>
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