フラワーガーデン殺人事件

(後編)



 公園の正門の前に茨城県警のパトカーが停まり、中から刑事や警官が降りてくる。
 そして刑事たちを公園の職員が出迎えた。
「…それで事件があった現場というのは?」
「はい、こちらです!」
 
 そして小五郎たちのいる現場に刑事たちがやってきて、現場検証が始まった。
 小五郎たちも「立入禁止」の帯が張られたこともあって現場の外で現場検証の様子を見
守っていたが、不意に一人の刑事が小五郎に気がついたか、その傍に近寄ると、
「あ、もしかして探偵の毛利小五郎さんですか?」
「え、ええ。そうですが」
 小五郎がそう答えると、
「ああ、やはりそうでしたか…。毛利さんのご活躍は新聞やテレビでいつも拝見しており
ますよ。…ところで、毛利さんはどんな御用事で来られたんですか?」
「いえ、娘がここに来たい、と言っていたもんで、遊びに来ただけですよ」
「ああ、そうだったんですか…。折角の所申し訳ありませんが、よろしければ捜査にご協
力お願いできますか?」
「ええ、それは喜んで」
 そして小五郎たちはその刑事の招きで現場の近くに寄った。
    *
「…すると毛利さんも事件が起きた頃には近くにいなかった、と言うことですね」
 刑事が小五郎に聞いた。
「ええ、まあ。丁度食事にしようと空いていた席に座ろうとしていた時に現場のほうから
悲鳴が聞こえまして」
「そうですか…。いや、目撃者にもいろいろと聞いてみたんですが、どの人も毛利さんと
同じような証言をしているんですよ。丁度今日は休みですから現場の目撃者がいるかと思
ったんですがね。丁度この現場も人目に着かないところにありますし…」
「確かにそのようでな。…あの土産物屋からも死角になっているようですし」
 小五郎が回りを見回しながら言う。
 小五郎の視線の先には土産物店が立っていた。
(…そうだな。確かにおっちゃんの言うとおり、あの土産物屋からもこの現場は見えない
し、どこの花壇からも離れている。確かに犯行を行うにはうってつけの場所だな)
 コナンもそう思った。

 そのとき、一人の若い刑事が小五郎たちの元にやってきた。
「ガイシャの身元がわかりました」
「そうか。それで?」
「えー、ガイシャの名前は吉岡美貴子さん、24歳ですね。この近くに夫である吉岡裕樹
さんと住んでいて、今日はこちらで行われるイベントに出るために来園したそうです」
「…そのイベント、と言うのはここでやっている『フラワーウエディング』のことですか?」
 小五郎が聞くと、
「ええ、そうです。よくご存知ですね」
「いえ、丁度我々もその撮影の様子を見ていたんですよ」
「それで、何か気づいた点はありませんでしたか?」
「いえ、特には。…あ、そういえば、被害者の死因は何でしょうか?」
「ああ、それですか。死因は頚部圧迫による窒息死ですから、どうやらロープか何かで絞
められていたようですね。凶器も見つかっていませんが、おそらくどこかで捨てたのかも
しれませんね」
「…死亡推定時刻は?」
「そうですねえ。詳しく調べないとわかりませんが、死後1、2時間くらいではないかと」
「死後1、2時間?」
 それを聞いた蘭が声を上げた。
「…それがどうかしたのか、蘭?」
 小五郎が聞く。
「この被害者の女性、ってあの『フラワーウエディング』で写真撮ってたわよね」
「それがどうかしたか?」
「だとしたら、この被害者の女性、ってその写真撮影が終わってそんなに立たないうちに
殺された、ってことになるわよ」
「…そうか、だとしたら被害者があの花のついたウエディングドレスで殺害されたのか、
って言うのも納得がいくな」

 そんな彼らの会話を聞きながらコナンは現場を見回していた。
(…確かこのあたりで倒れていたんだよな…)
 そう、被害者が倒れたこともあって、今は花壇の花も無残なまでに押しつぶされていた
のだった。
(しかし何であんな格好で…。おっちゃんや蘭の言うとおり、あの写真撮影の直後に殺さ
れたのは間違いないだろうけれど…)
 そんなことを考えていると、
「すみません!」
 一人の鑑識課員が小五郎たちに近づいてきた。
「…どうした?」
「いえ、この近くのゴミ箱にこんなものが袋に入って捨ててあったんですが…」
 そういうとその鑑識課員は袋を差し出した。
 その袋にはシルバーグレーのネクタイが一本入っていた。
「…何でこんなものがゴミ箱なんかに…」
 小五郎が聞くと、
「もしかしたら、凶器かもしれませんね」
「ああ、そうか。確か被害者は首を絞められて殺害されていた、ということですから、そ
の可能性はありますな」
「…とにかくこれは何か手がかりになるかもしれんな。ありがとう」
 そして鑑識課員がその場を離れると小五郎が、
「…ところで、その被害者の夫と言う方は?」
「こちらの方です」
 そういうと係員が一枚の写真を差し出した。
「フラワーウエディングを行ったお客様に当日にお渡しするためにデジカメで撮っておい
た写真を一枚プリントしておいたんですよ」
 そして小五郎と刑事たちはその写真を見る。
 確かに被害者の女性の左隣に白いスーツ姿の男が並んで写っていた。この男がその夫と
言う人物だろうか?
「ああ、事務所のほうに待たせてありますよ。よかったら話を聞いてみますか?」
「ええ、お願いします」
 そして小五郎たちは事務所へと連れてこられた。
    *
「…こちらの男性が吉岡裕樹さん。被害者の夫である方です」
 そして紹介を受けた男性が刑事たちに向かって会釈をする。
 ジャケットの下に白のワイシャツにブルーのネクタイを締めているのは今日撮影がある
から、ということなのだろうか。
「…それで、早速話を聞きたいんですが、美貴子さんとはいつごろ一緒になったのです
か?」
「え、ええ。一月ほど前ですが」
「それで、このフラワーウエディングを申し込んだのは?」
「僕のほうです。…実は美貴子と知り合ったのがここだったので、式を挙げたらここでフ
ラワーウエディングをやろうと決めていたんですよ」
「そうですか。…ところで何か犯人に心当たりは?」
「いえ、特にこれといって…」
「そうですか。…ところで、このネクタイに見覚えはありませんか?」
 そういうと茨城県警の刑事は例のシルバーグレーのネクタイを吉岡裕樹に見せる。
「い、いえ、別に…」

(…おや?)
 コナンはその様子に何か違和感を感じた。
(…なんだ、この違和感は?)
 そしてコナンは周りを見回すと、ある一点で目が止まった。
(…そうか、こういうことだったのか!)
 コナンは今回の事件が誰の仕業かすべてを理解した。
 そして小五郎に向かって時計型麻酔銃を向ける。

 不意にガタッ、と音がした。
「…? 毛利さん、どうしたんですか?」
「わかったんですよ、今回の事件の全容が」
「事件の全容が、ですか?」
「ええ。私の考えによると被害者を殺害することができるのはただ一人しかいないんです。
…今回の事件の犯人は被害者の夫である吉岡裕樹さん、あなたですよ」

「…ちょ、ちょっと待ってくださいよ、毛利さん。何で僕が妻である美貴子の事を殺さな
きゃいけないんですか?」
「あなたが犯人だと考えられる証拠はちゃんとありますよ。まずはこの机の上の写真を見
てください」
 そしてコナンは小五郎の手を机の上の写真に向けて指す。
「…これがどうかしましたか?」
「この写真に写っている吉岡さんは白いスーツを着ていますよね」
 見ると確かに吉岡裕樹は白いスーツを、被害者の美貴子は例の花で飾られたウエディン
グドレスを身にまとっていた。
「ええ、確かに着ていますが…」
「次にこれを見てください」
 そういうとコナンは小五郎の手を使って例のネクタイをテーブルに放り投げた。
「…これはこの現場近くのゴミ箱に捨ててあったネクタイですよ」
「それがどうかしたんですか?」
「このネクタイは殺害する凶器に使って後で捨てたと思われるのですが、このネクタイは
普通のネクタイではないのですよ」
「普通のネクタイではない?」
「…吉岡さん、あなたは今ブルーのネクタイをしていますよね」
「それがどうかしましたか?」
「普通慶事、つまり何かおめでたいことがあったときにそういった柄のネクタイは締める
ものではありませんよ。普通慶事の時に締めるネクタイの柄と言ったらシルバーグレーか
白と黒のネクタイ、と相場が決まっているんですよ。ましてやこの写真のように白いスー
ツを着ているのだったらなおさらではありませんか?」
「…」
「…吉岡さん、おそらくあなたはあの撮影が終わった直後に、おそらく美貴子さんの事を
自分がしていたネクタイで殺害した。そして隙を見て凶器のネクタイを捨てたのでしょう。
しかし、そのネクタイは特別な時にしか着用しないネクタイだった。それがあなたが犯し
たミスだったんですよ」

 それを聞いた吉岡裕樹はひとつため息をつくと、
「…やれやれ、そこまでわかっていたんですか。…そうですよ、僕が美貴子の事を殺した
んですよ」
 その場を一瞬、奇妙な沈黙が流れた。やがて、
「あんた、どうしてあんなことを?」
 県警の刑事が聞くと、
「…あれは、一年前の事でしたよ」
「一年前?」
「…そこの刑事さんは知っているでしょう? 水戸市でひき逃げ事件が起きたのを」
「あ、ああ。あの事件は目撃者が少なくて捜査も暗礁に乗り上げてしまったんだが、それ
がどうかしたのか?」
「あの時の被害者というのは、僕の妹だったんですよ」
「何だって?」
「…そういえばあのひき逃げ事故の被害者の名前は確か、吉岡裕美という名前でしたよ」
 若い刑事が言う。
「そうですよ、裕美は僕の妹ですよ。あの日は裕美は友達のところに行く、と言って水戸
に行っていたんですよ。そしてあの事故に遭ったんですよ。僕がその話を聞いて駆けつけ
た時にはもう裕美は亡くなっていた…。このままでは裕美は浮かばれない。そう思って僕
はできる限り警察に協力したんです。しかし捜査は暗礁に乗り上げてしまい、僕もどうし
ていいのかわからなかった。…そんな時にあいつと、美貴子と知り合ったんですよ。それ
から僕たちは付き合い始めたんです」
「…しかし、なぜ結婚までしたのに彼女を?」
「ある日、ひょんなことからわかったんですよ。あの事故は美貴子が起こしたものだ、っ
てね」
「なんだと?」
「あれは結婚してまもなく経った一月ほど前の事でした。用事があって水戸に美貴子と一
緒に出かけたんですよ。そのときにあの事故現場を通りかかったんですよ。そうしたら美
貴子が前にここで何かにぶつけた、といったようなことを話したんですよ。僕がそれとな
く聞いてみたら、どうやら美貴子は最初、電信柱か何かにぶつかったんじゃないか、って
思ったらしいんですよ。丁度あの事故が起こったときは夜だったし、現場も見通しが悪い
ところでしたからね。…その事実を知った時僕は勤めて平静を装いましたよ。僕も両親も
美貴子がひき逃げ犯だったなんて思いもしませんでしたからね」
「…それで、美貴子さんは自分のやったことを知っていたのか?」
「それがちょうどあの日には近くの道路でも同じような事故が起こっていたんですよ。で
すから美貴子もまさか自分がひき逃げをやった、ということは知らなかったようなんです
よ。それを知ってから僕の心に美貴子に対する殺意が浮かんできたのを感じたんですよ」
「…しかし、何でわざわざこんなところで…」
「あれは美貴子と知り合ってまもなくの頃でしたよ。僕たちはここに来たんですよ。そう
したら、今日と同じように『フラワーウエディング』をやってましてね。その時に美貴子
が言ったんですよ。自分もあんなふうになってみたい、って…。それからあの事故が起こ
って妹が死んだ…。そしてその事故は美貴子が起こしたものだったと知った時に決めたん
ですよ。どうせなら美貴子をこの場所で殺ってやろう、って…」
「…しかし、吉岡さん。そんなことやって本当に妹さんはこの結果を望んでいたんですか
ね? 妹さんはこんなことになって喜んでいる、と思いますか?」
「…喜ばないかもしれませんね。でも、僕は後悔はしていませんよ。どうせこうなること
はわかっていたんですから」
    *
 コナンたちの乗った車は東京に向かって常磐自動車道を走っていた。
「…ねえ蘭ねーちゃん、どうしたの?」
 コナンが聞く。そう、蘭は車が高速道路に乗ってからずっと外のほうを見てなにやら考
え事をしているように見えたのだった。
「…もしあたしが今回の被害者みたいなことしたら、新一は…」
 蘭がポツリとつぶやく。
「…何か言った?」
 コナンが聞くと、
「ん? い、いや、なんでもないわよ」
 蘭はそう言うが、また黙り込んでしまった。
(…蘭のヤツ、よっぽど事件のことを気にしているのかもしれないな…)

 そして常磐自動車道を下り、一般道に入ったときだった。
「…お父さん、気をつけてよ」
 蘭が言う。
「わかってるよ!」

(おわり)


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