フラワーガーデン殺人事件

(前編)



 ある日の夜のことである。
 茨城県水戸市のある路上でひき逃げ事件が起きた。
 被害者は市内に住む20代の女性で、病院に運ばれたときにはすでに事切れていた、と
いう。
 茨城県警はひき逃げ事件として捜査を始めたが、人通りの少ない通りで起きたことと、
目撃証言が少なかったことや手がかりが少なかったことなどから、捜査は暗礁に乗り上げ
てしまった。
 そして事件は未解決のまま、1年という時間だけが過ぎていった。
    *
 常磐自動車道を北上し、茨城県の日立南インターチェンジから約15キロ。
「ひたちなか海岸公園」という看板が見えてきた。
 そしてその看板を通り過ぎると、駐車場の一角に一台の車が停まった。
 そして車の中から3人の人間が降りてきた。
 毛利小五郎と毛利蘭、そして江戸川コナンの3人である。

「随分駐車してるわねえ…」
 辺りを見回して蘭が言う。
「そうだろうな。常磐自動車道を使えば、ここは日帰りで帰れる距離だからな。ちょっと
どこか出かけよう、って時にはちょうどいいだろう」
 小五郎が言う。そう、彼の言葉どおり駐車している車は品川ナンバーや横浜ナンバーと
いった茨城県以外の車のナンバーも結構あるのだ。
「さ、行こう、コナン君」
「うん」
 蘭の言葉にコナンが頷くと3人は正面玄関に向かって歩いていった。

 今回、なぜ3人が茨城まで出かけたのか。
 実は半月ほど前、たまたまテレビで見た紀行番組でこの「ひたちなか海岸公園」の特集
しており、その公園の名物のひとつである花壇が今ちょうど見所、と言うことを知り、蘭
が出かけよう、と提案したのである。そして常磐高速道路を使えば一日で帰ってこられる
距離、ということで渋る小五郎を説得し、レンタカーを借りてやってきた、というわけで
ある。
    *
 今日は休日である、ということと、遊園地も兼ねている、と言うこともあってかそちら
のほう目当てと思われる家族連れの姿の多いが、やはり時期が時期ということもあってか、
花壇のほうに向かっていく観光客も多いようだ。
 そんな観光客について行き、花壇のエリアに入っていく3人。

「わあ…」
 あたり一面に咲いている花を見て蘭が思わず声を上げた。
 そう、何百という花が当たり一面に咲いており、テレビで見た光景そのままが彼らの目
の前にあったのだった。
 そして花のそばには花の名前が書かれたプレートが立っており、彼らの名前も知らない
ような花が数多く咲いていた。
 蘭は携帯電話を取り出すと、カメラを使って気に入った花を撮っていった。
 そしてあまり気乗りがしなかったであろう小五郎も、思わず息を止めて花に見入ってい
る。
(…確かにすげえな。テレビで見るのと生で見るのじゃやはり大違いだぜ)
 蘭と小五郎を横目で見ながらコナンも感心して花を眺めている。

 そしていくつかの花壇を見終わった後に、近くにあったベンチに座り休憩をしていたと
きだった。
「…ねえ、コナン君」
「なに、蘭ねーちゃん」
「あれ見てよ」
 そして蘭がある方向を指差す。
 コナンが蘭の指差した看板を見ると、そこには「フラワーウエディング」と言う看板が
立っていた。
「フラワーウエディング?」
 そう言いながらコナンは看板の文字を読む。
 その看板には「過去1ヶ月以内に結婚したカップルに限り、花嫁が季節の花をあしらっ
たウエディングドレスを着用して記念写真を撮影することができる」といった内容のこと
が書かれていた。勿論事前に予約が必要であることも書かれてあったが。
(…ふーん、こんなサービスをしているのか…)
 さすがに季節の花が飾られた花壇を売りにしているだけのことはあるようだ。
 コナンがそんなことを考えていると、
「あの建物の中にそのウエディングドレスがあるらしいわよ。コナン君、見てみよう」
 そう言うと蘭は建物の中に入っていった。
(…ハハハ、しょうがねえな)
 そう思いながらコナンも後からついていく。

 建物の中に入ると、一番目に付く場所に、その「フラワーウエディング」に使うであろ
うウエディングドレスが飾られてあった。
「綺麗ねえ…」
 蘭がそのドレスを見てため息をつく。
 そう、そのウエディングドレスは周りに花をあしらっており、その香りがドレスを見て
いる彼らにまで届いているのだった。
 ちょうどそのウエディングドレスの近くにいた係員にコナンが聞いたところ、あらかじ
めウエディングドレスは数着用意してあり、毎日花は取り替えている、ということだった。
そして飾付用の花も別のところで育てている、ということまで教えてくれた。
 そしてこの企画も結構人気があり、春先から初夏に掛けては予約が多い、という話で、
今日も何件か予約が入っている、ということだった。
    *
 その後しばらく3人は花壇の花を見物し、先ほどのウエディングドレスを見物した建物
の近くに戻ってきたときだった。
「そこの販売機でなんか買ってくるから」
 そう言うと小五郎がその建物のそばにおいてある自動販売機へと向かった。
 その小五郎を待っている間、蘭とコナンは適当に空いているテーブルに座った。
「どうだった、コナン君?」
「うん、花がすごく多くて綺麗だったね」
「そうね。本当、花って言うのは見るとこっちも気持ちが綺麗になる気がするわ」
 と、
「ねえ、蘭ねーちゃん。あれ見て」
 コナンが指を指す。
 先ほどコナンと蘭が中に入った建物の中から一人の男女が出てきた。
 よく見ると女性の方は先ほど蘭が見たウエディングドレスを身にまとっている。
「綺麗ね…」
 その姿を見て思わず蘭が言葉を漏らした。
「そういえば最近結婚した花嫁にあのウエディングドレスを着せて、写真を撮らせるサー
ビスがあるんだって?」
 丁度ペットボトル飲料を3本持って戻ってきた小五郎が言う。
「そうらしいわね」
 小五郎から自分の分とコナンの分のペットボトルを受け取った蘭が言う。
 そして、その二人の周りに友人と思われる複数の男女やスタッフジャンパーを着た係員
が取り囲んでいる。
 その二人と係員がなにやら二言三言話をしている。
 そしてその様子を見ようというのか、いつの間にか彼らの周りにも見物客が集まってい
た。
 その様子を見て蘭が、
「…あたしもいつかあんなウエディングドレスを着てみたいな…」
「そうだね、着られるといいね」
 コナンが言うと、
「うん…」
 そう言うとその二人をじっと見つめていた。
 やはり蘭も17歳の少女ということでああいったウエディングドレスにあこがれること
があるようだ。
「…ほんと、今ごろ何やってんのかな」
 蘭がつぶやいた。
「どうしたの、蘭ねーちゃん?」
 コナンが蘭に聞く。
「ん? い、いや、なんでもないの」
「それならばいいんだけれど…」
 そう言うとコナンはまたその男女に目を向ける。
(…確かに一見幸せそうな風景だけれど…)
 そう、何故かコナンはその風景を見て違和感を覚えたのだった。
(…なんだろうな、この違和感は…)
 決してウエディングドレスを着ている女性の着こなしが悪い、とかそういった話ではな
いのだが、何故かこれから写真を取ろうとしている二人の様子に何か違和感のようなもの
を感じたのだった。
…と、
「おい、お前ら、いつまで休んでいるつもりだ?」
 小五郎が言う。
「…あ、ご、ごめんね、お父さん。行こう、コナン君」
「うん」
 そしてコナンはペットボトルの飲料を一口飲むとふたを閉め立ち上がった。
    *
 そして少し遠くのほうにある花壇を眺めたり、せっかくの記念、ということで記念写真
を撮っていたりするうちに、いつの間にやら昼近くになり、昼食をとろう、ということで
丁度先ほど座っていた席が空いていたこともあって、その席に座り、家から持ってきた弁
当を取り出そうとしたときだった。

 先ほど蘭たちが花で飾り付けられた建物の近くでなにやら人が集まっていた。
「…どうしたんですか?」
 小五郎が近くにいた係員に聞いた。
「いえ、ウエディングドレスが一着無くなっているんですよ」
「ウエディングドレス?」
「はい」
「…もしかして先ほど写真を撮っていた女性が着ていたドレスですか?」
 蘭が聞くと係員は。
「はい。今日これからもお使いになるお客様がいると言うのに…」

 そのとき、不意に花壇のほうから悲鳴が聞こえてきた。
「…どうしたんだ?」
 小五郎が言う。
「行ってみようよ!」
 コナンの言葉に3人が悲鳴のしたほうに向かって走っていった。

「何があったんですか?」
 小五郎が人ごみを掻き分けると、近くにいた人に向かって聞いた。
「そ、そこに女の人が…」
「何だって?」
 そして小五郎が指差した方向を見る。
「うっ…」
 そう、そこに一人の女性が倒れていたのだった。すでに事切れているらしいことは小五
郎もわかった。
「…警察は呼んだのか?」
 小五郎が近くにいた人に聞く。
「いま、係員の人が呼びに行ったよ!」
「そうですか。皆さん、私は東京から来た探偵の毛利です! 警察が来るまで、現場には
近づかないで、そのままにしておいてください!」
 そう叫ぶと小五郎は顔をよく見ようと死体に近寄る。
「…この女性は…」
「さっき花壇にいた女の人だわ」
 そう、その女性は、先ほど彼らが見た、例の花壇で写真を取っていた新婚カップルの女
性のほうだったのだ。
 ざっと見た限りでは首を何か紐のようなもので絞められた跡が残っていることからどう
やら絞殺のようだ。
 しかし、それよりもコナンの目を引いたものがあった。
「…蘭ねーちゃん、来て!」
 コナンが蘭を呼んだ。
「どうしたの、コナン君?」
「この女の人が着ているの、ってもしかして…」
 そして蘭も死体に近づく。
「…!」
 それを見た蘭も思わず絶句してしまった。
 そう、その女性は何故かウエディングドレスを着た姿で倒れていたのだ。
 しかもそのウエディングドレスは、蘭たちが見た例の花で飾りつけたウエディングドレ
スだったのだ。
「…なんでこんなの着たままで死んでるんだろう…」
 と、そのときだった。
「このドレスは…」
 騒ぎを聞きつけたのか、先ほどの係員がいつの間にか小五郎たちの傍に立っていた。
「…もしかして、このドレスは?」
「ええ、先ほど言っていた無くなったウエディングドレスですよ」
「そうだったんですか。…ところで警察のほうは?」
「はい。先ほど連絡しました。今こちらに向かっているそうです。それにしても、まさか
探偵の毛利さんが来ていたとは…。お噂はかねがね伺っていたのですが」
「そうですか。…それならば警察が来るまでの間、ご協力願えますか」
「勿論です」

「…それにしてもこの格好…」
 蘭が言う。
「そうだね、この女の人、何でウエディングドレスを着たまま死んでいるんだろう」
 コナンが言う。
(…いったい誰が、何の目的でこんなことをしたんだ…)

後編に続く>>

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