わたしのおとうさん

(後編)



 捜査一課。
「…目暮警部、すまん。こんな面倒なことに巻き込んだりして…」
 捜査一課に出向き、事情を説明した村山警部が言う。それに対して目暮警部は、
「いや、それは気にすることはない。これは我々が扱う仕事だからな。…ところで村山警
部」
「…なんだ?」
「確かに、その電話の相手は娘さんを誘拐した、と言ってるのかね?」
「ああ、間違いない。確かにそう聞いた」
「しかしなぜ、暴力団の仕業だと思うのかね? 暴力団員と言ったら…」
「ああ、覚醒剤の密売や拳銃密輸のほうが確実に資金源になるから、そっちのほうの犯罪
は多いんだが、誘拐なんてリスクばかりが大きい犯罪には手を出さないものだが…。わざ
わざ対策部に電話をかけてきたところを考えるとな…」
「…そうか。今回あえてその犯罪に手を出した、となると、よっぽど対策部や村山警部に
恨みがあるものの犯行、と言うことが考えられる、ということか」
「…そう言うところだな」
「ところで、もし娘さんが誘拐だと考えると、犯人に対しての心当たりみたいなのはない
かね?」
「心当たりと言われてもなあ。知ってのとおり、暴力団の事務所なんていくらもあるから
な。その中で米花町をシマにしている暴力団と言ったら思い当たるのは3つあるな」
「その3つとは?」
「…外道組、極悪会、鬼熊組と言ったところだな」
「外道組、極悪会、鬼熊組か…。話は一課のほうにもいろいろと入ってきておるよ。いず
れも一癖も二癖もある連中のようだな。聞いた話だと、資金源も相当あるらしいじゃない
か」
「ああ。だからあいつらはあんな立派な事務所を持つことが出来るんだよ」
「…そうだったな。確か外道組の事務所は高速道路の南側にあったし、極悪会は最近出来
たビルの西側にあるマンションに事務所があるはずだし、鬼熊組は確か線路沿いの北側に
事務所があるところだろ?」
「ああ。ただ、今の所どの組のモンがやったのか、とかそういったところがわからないん
だ」
「心配することはない。ここはとにかく我々に任せてもらおうか」
「ああ、そうさせてもらうよ」

 と、そのときだった。
「目暮警部、よろしいでしょうか?」
 一課の部屋に佐藤刑事が入ってきた。
「どうしたのかね? 佐藤君」
「…いえ、この子たちがどうしても目暮警部に話がしたい、と言うので…」
 そしてコナンたちが中に入ってきた。
「…君たちは?」
 村山警部もコナンたちに気がついたようだ。
「あ、村山警部。こんにちは」
 コナンたちが挨拶をする。
「…一体どうしたんだ、今日は?」
 村山警部が聞くと、
「…いえ。雪乃ちゃんが誘拐されたらしい、と言うことがわかって…」
 歩美が言う。
「…なんでそんなことがわかったんだ?」
「…今日学校で、彼女が欠席したんで、何があったのか、って学校で先生が電話をした、
って言う話を聞いたんです。そして学校の帰りに雪乃ちゃんの家に行ってみたら、今朝は
ちゃんと家を出た、ってお母さんが言ってたから」
「…目暮警部。彼女が誘拐された、って本当なんですか?」
 コナンが目暮警部に聞く。
「うーん…」
 目暮警部はしばらく何事か考えていたが、
「そこまでわかってるなら仕方ないが…。その可能性が大きい、と言うことだ。村山警部
もそのことでわざわざ一課まで来たのだよ」
「それじゃあ…」
「まだ断定は出来かねるがな」
「…とにかく、犯人からまた後で連絡がある、と言う電話がおじさんにかかってきたんだ
よ」
 村山警部が言う。
「…それは本当か?」
 目暮警部が村山警部に聞く。
「ああ、それは確かに聞いた」
「…よし。今から対策部にいこう」

 そして組織犯罪対策部のある一角に捜査一課の刑事たちが集まる、と言うおそらく警視
庁の中でも滅多にお目にかかることはないであろう光景が展開されていった。
    *

 夕方の5時を少し回った頃だった。
 不意に対策部の電話の呼び出し音が鳴った。
「…オレが出る」
 村山警部が言うと、目暮警部が目配せし、逆探知の依頼を行った。
「…もしもし」
「…村山さんだな」
「ああ、そうだが。娘は無事か?」
「大丈夫だ。あんたの娘はちゃんとここにいる」
 その時だった。
「パパあ!」
 電話の向こうで少女の叫び声が聞こえた。
「雪乃!」
 村山警部が叫ぶ。
「パパ、あたし、怖いお兄さんたちと一緒に事務所みたいなところに閉じ込められている
の。窓から太陽が当たって眩しい…」
「黙れ!」
 そして電話の向こうでなにやら叩くような音と泣き声が聞こえてきた。
「雪乃!」
「…わかったな、村山さんよ。娘を返して欲しければ、3億円用意して米花駅までやって
来い。いいな」
 そう言うと電話が切れた。
「もしもし! もしもし!」
 しかし、返事は返ってこない。
 程なく、別の電話がかかってくる。どうやら逆探知の結果が返ってきたようだ。
「…そうですか。有難うございました」
 そして佐藤刑事が電話を切る。
「…逆探知の結果は?」
 目暮警部が佐藤刑事に聞く。
「…米花町内、と言うことまではわかったんですが…。おそらく、携帯電話か何かを使っ
たのではないか、と」
「うん…、確かに携帯電話からかければ足が付かなくなる可能性は高いからな。全くこう
携帯電話が普及すると、かえって逆探知もやりづらくなるな」

…と、電話の内容を聞いてからコナンはじっと考え事をしていた。
「…コナン君、どうしたの? なんかさっきから考え事しているけど…」
 歩美がコナンに話しかける。
「ん? な、なんでもないよ。…でもなんか、今の電話、変だよねえ」
「何が変なんじゃ?」
「だって雪乃ちゃん、電話で『太陽が眩しい』って言ってたよねえ」
「それがどうかしたのか?」
「だって今は夕方でしょ? 確か外道組の事務所は高速道路の南側だし、極悪会はビルの
西側だし、鬼熊組は確か線路沿いの北側でしょ? どう考えても太陽が直接見えないじゃ
ない」
「…そうね。確か太陽は東から上るはずよね。西から上る、なんてことはまずあるわけな
いわよね」
 コナンの考えを理解したか、灰原も言う。
「…ん? ちょっと待てよ」
 目暮警部が言う。
「どうしたんだ、目暮警部」
 村山警部が聞く。
「…コナンくんたちの言うとおりだとすると、彼女は何かに反射した太陽を見たことにな
るな。例えば鏡とかガラスとか…」
「…となると、雪乃を誘拐したのは極悪会の連中か!」
「何でそう思うのじゃ?」
 目暮警部が言う。
「…外道組の事務所は高速道路沿いで、しかも高速道路は事務所の北側にある。そして鬼
熊組の事務所は線路沿いだ」
「そうか。高速道路沿いにしろ、線路沿いにしろ、車や電車の走る音が電話の向こうから
聞こえてくるはずだな。それに彼女の言っていた『太陽がまぶしい』と言う言葉も極悪会
の事務所の東側にあるビルの窓が太陽を反射している、と考えれば確かに納得がいくな」
「…とにかく行ってみよう!」
「ああ」
 そして捜査一課の部屋を出て行こうとしたとき、
「佐藤君」
 目暮警部が佐藤刑事を呼んだ。
「…この子達を頼むぞ」
「わかりました」
 そして目暮警部が部屋を出て行くと、
「…さ、君たちももう帰りなさい」
 佐藤刑事が元太たちに言う。
「え〜? でも…」
「ここから先は私たち仕事なの。ね、私が送ってあげるから、今日はもう帰りなさい」
「…はーい」
 佐藤刑事の言葉にしぶしぶ頷く元太たち。と、コナンが、
「…灰原、ちょっと頼みがある」

 そして捜査一課の部屋を出、佐藤刑事の車に乗り込んだときだった。
「…あれ? コナン君、どこ行ったんでしょう?」
 光彦が辺りを見回す。
「…そう言えばどこ行ったんだアイツ?」
 元太も言う。
「…そういえばさっきからコナン君いなかったわね。おしっこにでも行ったのかと思って
たんけど、それにしては長いし…」
「…ねえ灰原さん。コナン君どこ行ったのか知りませんか?」
「さ…、さあ、何処行ったのかしらね」
    *
 数台のパトカーが極悪会の事務所の前に停まった。
「…ここだな」
 その中の1台の覆面パトカーの中にいる目暮警部が事務所を見上げながら、運転席の村
山警部に確かめる。
「ああ。ここの一番上の階がヤツらの事務所だ」
「…とにかく何かあったら大変じゃな。念のために確かめておこう」
 そして目暮警部がホルスターからリボルバー式の拳銃を取り出したときだった。
「…あれ? 車間違えたかな?」
 後部座席で聞き覚えのある声がした。
 その声に慌てて後ろを向く二人。
「…コナン君!」
 そう、後部座席からコナンが顔を出したのだった。
「何で君がここにいるんじゃ?」
「だって送ってくれるって言うから、この車で送ってくれると思ってたのに。全然違う方
向に走っていくからおかしいな、とは思ってたんだけどなあ…」
 勿論これは口実で、実際には自分の考えが正しいかどうか確かめるために隙を見て覆面
パトカーに乗り込んだのだった。そのためにコナンは灰原に「元太たちには適当なことを
言ってごまかしておいてくれ」と頼んでいたのだった。
「…ったくもう…。どうする、村山警部?」
「ここまで来ちまったモンは仕方ねえだろ」
「それもそうだな。いいな、コナン君。大変に危険だから、ワシらが戻ってくるまで君は
絶対この中にいるんじゃぞ。その後でワシが毛利君のところへ君を送ってやるから」
「うん、わかったよ」
「…よし、行くぞ!」
 そして目暮警部たちが覆面パトカーを降りた。
 勿論、目暮警部の言うことを聞いて、おとなしく車の中で待っているコナンではない。
 目暮警部たちの姿が見えなくなるのを確認すると、車を降りてビルの中に入っていった。
    *
 最上階に行くと目暮警部、村山警部の二人と数人の警察官がある部屋のドアの前に立っ
ていた。
 コナンはそれを物陰から見ている。

「…いいな」
 村山警部の言葉に頷く目暮警部。
 そして村山警部がドアをノックする。
「…誰だよ?」
 中から声がする。
「…警視庁の村山だ! 話があるからドアを開けろ!」
 その声を聞いた瞬間、ドアの向こう側でなにやらどたばたするような音が聞こえた。
「これは…」
 村山警部はそうつぶやくと目暮警部が頷く。
「よーし、行くぞ!」
 村山警部はそう叫ぶとドアのノブをひねる。
 思ったより簡単にドアが開き、
「雪乃!」
 村山警部のドスの聞いた声が響く。
「…パパぁ!」
 この声を聞いた一人の少女が答える。

 父親の声を聞いた村山雪乃が抱きついてきた。
「雪乃、怪我はないか?」
「あ〜ん、怖かったよお」
 そう言うと雪乃は大声で泣き始めた。
「…よしよし、もう大丈夫だからな」

「…いやあ、本当に娘さんが無事でよかったですな、村山警部」
「いやいや、こちらこそお手数をおかけしまして」
 そう言うと村山警部は改めて彼女の誘拐犯たちのほうを向くと、例のドスの効いた声で、
「…やい、テメエら。こんなことをしたからには、タダで済むと思うなよ!」

 目暮警部たちに連れられ、犯人たちが連れて行かれる。
(…どうやらオレの思ったとおりのようだな…)
 その姿を見てコナンは一安心した。
(…さて、急いで戻らなきゃ…)
 そしてコナンは急いで自分がいた車に引き返した。

 程なく村山警部の家と帝丹小学校に「人質を無事に救出した」という連絡が行き、村山
雪乃の母親や小学校の関係者もほっとすることとなる。
 そしてコナンは自分ひとりで勝手な行動を取った、と言うことで元太たちにしばらくう
らまれることになるのだが、それはまた後の話である。
    *
 夜8時をすぎた頃だった。
 目暮警部がそろそろ帰宅しようか、と荷物をまとめていたときだった。
「…よかった、まだいたか」
 捜査一課のドアが開くと、村山警部が入ってきた。
「…村山警部、いいのかね? 今日くらいは早く帰ればよかったのに」
「そうしたかったんだが、こっちもいろいろとあってね」
「…今回の事件の件か?」
「ああ」
「…それで、どうなったんじゃ?」
「…あの後、極悪会の組長を呼んで取調べをしたんだが、自分は関係ない、若い連中が勝
手にしたことだ、とよ。それで、事件が発覚してから連中を破門したから、これからのこ
とは極悪会は一切関係ないとも言っていた」
「…だろうな。組長としても自分に火の粉が降りかかるのを恐れてんじゃろ」
「…まあ、この程度でオレだって連中の息の根を止めることは出来ないと思ってたがな。
でもこれからも連中のことはしっかりとマークしていくつもりだ」
「ああ、そのほうが懸命だと思うぞ」
「それにしても、今回は本当にすまなかったな」
「なあに、困ったときには一課でも出来る限りのことはしてやるさ。そのかわり、こっち
が困ったときはよろしく頼むぞ」
「わかってる、って」
    *
 事件から1週間ほど過ぎたある日のこと。
「それじゃ行ってきまーす」
 コナンがドアを開けて出て行った。
「気をつけてね」
 それを見送る蘭の背中で小五郎が、
「…なんだ、今日は学校は休みじゃないのか?」
「あら、知らなかった? 今日は父兄参観日なんですって」
「ふーん」
     *
 帝丹小学校。
 今日の授業参観は国語を行うことになっていた。

 コナンはさりげなく後ろを見る。
(…やっぱり来てたか…)
 そう、父兄の中に村山警部の姿を見つけたのだ。
 警視庁で見たときはそれほど感じなかったが、こうして一般の父兄に混ざっていると、
確かに違和感を感じるような、一種独特のオーラを感じるような強面である。
 とは言え、他の父兄と二言三言会話を交わしているのを見ると、確かに佐藤刑事の言う
とおり根はいい人なのかもしれない。

「それじゃ皆さん。今日はこの間書いた『私のお父さん』『私のお母さん』の作文を読んで
もらいます」
 小林教諭が言うと、
「はーい!」
 1年B組の児童たちの返事が返ってきた。

「…えー、それでは次は村山さんにお願いします」
「はい!」
 そう言われて村山雪乃が立ち上がった。
 先日の事件のことは後ろにいる父兄たちも知っているようで、小声で話をしている親も
いる。

「『わたしのおとうさん』1年B組 村山雪乃」
 村山雪乃が作文を読み始めた。
「私のお父さんは警察で刑事をしています。毎日のように事件があるといっては家にいな
い日が多いので、私はなかなかお父さんと一緒にいる時間がありません。でもそんなお父
さんもたまの休みには私と一緒によく遊んでくれるし、とても優しいお父さんです。この
間もこんなことがありました…」
 と例の事件についてのことを題材にした内容の作文を読んでいく。やはりまだまだ小学
1年生と言うこともあってか、かなり怖い思いをしたようだが、父親が必ず助けに来てく
れる、と言うことを信じていたので、助かったときは本当にほっとしたようだ。

「…だから私はそんなお父さんが大好きです。お父さん、これから悪い人を大勢捕まえて
私たちが安心して過ごせる町にしてください」
 作文を読み終えた後、父兄たちから拍手が起こる。
 さりげなく父兄たちのほうを見るコナン。
 村山警部が感動のためか小刻みに体を震わせている。
 さすがにここで泣いたらまずいと思ったか、涙をこらえているようだ。
(…鬼の目にも涙、か)

(終わり)


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