わたしのおとうさん

(前編)



 警視庁捜査一課。
「それじゃ、失礼しまーす」
 ある事件を解決し、目暮警部たちと話をした江戸川コナンたち少年探偵団が捜査一課の
部屋を出ようとしたときだった。
「…あ、みんな、一寸いいかしら?」
 佐藤美和子刑事がコナンたちに話しかけてきた。
「…どうしたの、佐藤刑事?」
「ん? ちょっとね。実は君たちに話を聞きたい、っていう人がいるのよ」
「オレたちに?」
 小嶋元太が言う。
「今から一寸いいかしら?」
「…どうする?」
 コナンが聞く。
「オレはいいよ」
「ボクもいいですけど」
「あたしも」
 元太、円谷光彦、吉田歩美の3人は即答で答えた。
「…灰原は?」
 コナンが隣にいた灰原哀に聞いた。
「みんながそう言うのなら私も別にかまわないけど」
「そうか」
「それじゃ、目暮警部、今からこの子達を連れて行っていいでしょうか?」
「ああ、頼むぞ」
「さ、いらっしゃい」
 そして佐藤刑事の案内で5人は警視庁の庁舎を歩いていった。
    *
 佐藤刑事はなぜか5人は警視庁の外れのほうに案内して行った。
「…誰がボクたちの話を聞きたい、って言ってるんですか?」
 光彦がそう言ったときだった。
「この野郎! いい加減にしねえか!」
 廊下にまで響く怒鳴り声が彼らの耳に入ってきた。続いて机か何かを叩いたようなドカ
ッ、という音がしたかと思うと、
「テメエ、警察ナメとったら承知しねえぞ!」
 そのドスのきいた大きな声に思わず身をこわばらせる歩美。しかし、
「…相変わらずやってるわね」
 佐藤刑事が平然としているのを見て、
「な、なんなんですか、今の?」
 光彦が聞く。
「…ああ、対策部の取調べよ」
「取調べ?」
「そう、組織犯罪対策部――所謂マル暴ね――の取調べよ。なにしろ相手が相手でしょ? 
相手に舐められたらいけない、って言うことで顔つきもこう言っては悪いけど、どっちが
暴力団員かわからないような強面の人ばっかりだし、自然と言葉遣いも乱暴なものになっ
ちゃうのよ。腕っ節も相当な人が多いらしいわ。そういうこともあって警視庁でも組織犯
罪対策部は別の場所にあるのよ。私もまだ対策部が捜査四課だった頃にここに来たんだけ
ど、その頃は本当怖かったわ。実は今でもあまり付き合いたくない部署なのよ」
「ふうん…」
「でも、そんな対策部の人たちでも、みんな根はいい人たちよ。特に係長の村山さんなん
て家に帰ればとても優しいお父さんなんだって」
「…ねえ、吉田さん」
 灰原が歩美に語りかける。
「…なに?」
「…そういえば村山さんのお父さん、って刑事って話だったわよね」
「…そういえばそんな話聞いたことあったわね」
「村山って…、雪乃のことか?」
 元太が歩美に聞く。
「うん。確かそんなこと言ってたわ」
「へえ、そうだったんですか。ボクたち村山さんと同じクラスだったのに、そんな話聞い
たことありませんでしたよね」
 光彦が言う。
「女の子だから、あまりオレたちは付き合いがないからね。同じ女の子の歩美ちゃんや灰
原のほうが付き合いが多いさ」
 コナンが言う。

 佐藤刑事が「組織犯罪対策部」とプレートがある部屋のドアを開ける。
「…村山警部、連れてきました」
 中の様子を見て思わずたじろぐ5人。
 そう、佐藤刑事の言うとおり、その中にいたのはいかにも、と言った感じの強面の男た
ちだったのだ。
 その中のある係の「係長 村山隆士警部」と名札がある席に座っていた男が佐藤刑事の
ほうを見ると、
「ああ、ご苦労」
「それじゃ私はこれで」
 そういうと佐藤刑事は部屋を出て行く。
「ちょ、ちょっと佐藤刑事!」
 思わず呼び止める元太。佐藤刑事がいなくなって何だか不安になってしまったのだ。
 男がドアに立ったままの5人に近づく。
 そして歩美の顔をじっと見る。
「う…」
 その眼光にこういった場に離れているはずのコナンや灰原も思わず引いてしまった。
「…もしかして、君が歩美って子か?」
「は、はい…」
 そのなんともいえない迫力に思わずたじろぐ歩美。と、
「そうかそうか。じゃ、君たちがその、娘の言っていた子達だな!」
 今までの表情とは打って変わって男が満面の笑みを浮かべた。とはいえ強面でいきなり
笑いかけられると言うのも逆の意味で怖いものだが。
「それじゃあ、あなたが…」
 光彦が聞くと、
「そうだそうだ。村山雪乃のお父さんだよ! 君たちの話は娘から聞いておるよ。ささ、
ここで話もなんだから、中に入っておじさんにいろいろと話を聞かせてくれないか?」
 そういって男――村山警部は部屋の中に5人を押し込むとともに、近くにいた刑事に、
「おい!」
「はい」
「これで下の販売機で何か飲み物を買って来い」
 と千円札を渡した。
     *
 別室で5人と村山警部が話をしている。
「…ほほう、そうかそうか。君たちも活躍しているんだな」
 村山警部が感心したように言う。
「は、はい…」
「いや、娘は家で君たちの事をいろいろと話してくれるんだよ。それに捜査一課の目暮警
部とも知り合いだから、君たちの話もよく聞いているんでね。一度こうやって話を直接聞
いてみたかったんだよ」
「ははは…」
 思わず苦笑するコナン。
 確かに佐藤刑事の言ったとおり、村山警部も根はいい人のようだし、「家に帰ればやさし
いお父さん」と言うのもなんとなくわかるんだが、やはりその強面はどうもなれない。
「まあ、とにかく、これからも娘と仲良くやってくれたまえよ」
「は…、はい」

 そして対策部の部屋を出る5人。
「いやあ、怖かったなあ…」
 元太がいう。
「そうですねえ。あんな顔で睨まれたら、あること無いこと全部喋っちゃいそうですね」
 光彦が言う。
「でもあたしたちの話、随分と興味深そうに聞いていたじゃない」
 歩美が言う。
「やっぱり同級生と言うこともあって気になるんでしょうかね」
 光彦が言う。

 そんな3人の会話を後ろで聞きながらコナンが灰原を「どう思う?」とでも言うかのよ
うに見つめる。
 灰原も軽く頷き返す。どうやら3人の言っているようなことを彼らも考えているようで
ある。
    *
 そして月曜日の朝のことだった。
 始業のチャイムが鳴り、1年B組担任の小林澄子教諭が教室に入ってきた。
「…それでは出席を取ります」
 そして何人か出席を取った後、
「…村山さん。村山雪乃さん」
 しかし返事は返ってこない。
「…村山さん、今日はお休みですか?」
 見ると、確かに彼女の席は空いたままになっている。
「村山さんがお休みの理由、誰かわかりませんか?」
 小林教諭がクラスの全員に話しかける。
 しかしこれまた返事は返ってこない。
「…先生、村山さんのお家から連絡は来ていないんですか?」
 歩美が質問する。
「ええ。学校にも何の連絡も無いんだけど…。休み時間に村山さんの家に聞いてみようか
しら…」

 休み時間の職員室。
「…はい、はい。…そうですか。失礼します」
 そう言うと小林教諭は電話を切った。
「…小林先生、どうかしたんですか?」
 隣の席に座っていた教師が話しかけてきた。
「…いえ、ウチのクラスの村山雪乃、って子が欠席したので、家に電話したところ、今朝
家をちゃんと出た、って言ってるんですよ」
「何ですって?」
「ええ。彼女の母親が電話に出てきたんですが、いつもどおりに家の前で彼女を送り出し
た、って言うんですよ」
「となると…」
「それで彼女の父親が確か刑事をしているので連絡はしてみる、って言っていたのですが
…」
「…そうですか…。とにかく、校長にも知らせておいたほうがいいかもしれませんね」
「そうですね。今から校長にも知らせておきます」
 1年B組の教室でもちょうど同じことが話題になっていた。
「…雪乃ちゃん、どうしたんだろう…」
 歩美がつぶやく。
「なんか心当たりは無いの?」
 コナンが歩美に聞く。
「心当たりと言われても…。たまに遊ぶ程度だからあまり付き合いがある、ってわけじゃ
ないのよ。…あ、でも一度だけ雪乃ちゃんの家に遊びに行ったことがあるわ」
「それで?」
「うん…、雪乃ちゃんの家、って通りから入ったところにあるのよ。それに、朝と夕方は
人通りが多いんだけれど、ちょうど雪乃ちゃんが学校に行くころは人通りも少ないんだっ
て」
「…所謂ベッドタウンというヤツか…」
 コナンがつぶやくと歩美が、
「それがどうかしたの?」
「いや、何でもないよ。でも、もしかしたら…」
「もしかしたら、ってコナン君…」
「…うん。どうやら歩美ちゃんも同じ考えのようだね」
    *
 それと同じ頃、警視庁組織犯罪対策部の電話の呼び出し音が鳴った。
「もしもし。…え? わかりました、少々お待ちください。…村山係長!」
 と一人の刑事が村山警部を呼んだ。
「どうした?」
「奥さんからです」
 そう言われて電話を代わる村山警部。
「オレだ。一体どうした? …え、雪乃が?」
 村山警部は一瞬言葉に詰まったが、すぐに冷静さを取り戻すと
「それで学校から電話があったのか? うん、うん、…わかった。知り合いの刑事が何人
かいるから話はしておく。とにかくお前は連絡を待て」
 そして電話を切る。
「係長、どうしたんですか?」
 一人の刑事が村山警部に話しかけてきた。
「今、学校から連絡があって、娘の雪乃が学校に来ていない、と言っているらしい」
「お嬢さんが?」
「ああ。女房の話だと今朝ちゃんと家を出た、と言っているんだが…」
「それじゃあ、何か事故か事件に巻き込まれた可能性が…」
 さすがに刑事となるとそっちのほうをすぐに連想するようだ。
「…かもしれないし、そうでないかもしれない。とにかく、交通課と捜査課の方に連絡は
しておかないとな」
「それにしても、一体どうしたんでしょうか…」
 すると、もう一度電話の呼び出し音が鳴った。
「…オレが出る」
 ちょうどその場にいた村山が受話器を取る。
「はい、対策部」
「…村山警部ですか?」
「そうだが」
「村山警部あてに外線が入っています」
「…回せ」
 すると程なく、
「…村山さんはあんたか?」
 電話の向こうで男の声がした。
「…そうだが」
「いいか、一回しか言わないぞ。あんたの娘を預かっている」
「…なんだと? 冗談だったら承知しねえぞ」
「冗談でこんなことが言えるか? とにかくあんたの娘を預かっているんだ。返して欲し
かったら次の連絡を待て」
「…待て! 娘は無事か?」
「…心配するな。あんたの娘は無事だよ」
「声を、声を聞かせてくれ!」
 しかし、電話は切れてしまった。
「…係長、どうしたんですか?」
「…娘を、雪乃を誘拐した、と言うんだ」
「何ですって?」
「勿論オレも冗談だと思ったさ。でも、娘の行方がわからなくなっていることと言い、電
話と言い、ただの悪戯だとは思えん。それに…」
「それに?」
「又連絡をよこす、と言ってきているんだ」
「…それじゃあ…」
「…ああ、とにかくありとあらゆる可能性を考えなければならないからな。とにかく、今
から捜査一課の目暮警部の所に行って事情を話してくる。もし何かあったら捜査一課のほ
うに連絡をくれ。それから女房のほうにもオレから連絡しておく」
「わかりました」

(後編に続く)


後編に続く >>

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