佐渡―新潟瞬間移動の壁
〜CONAN IN SADO ISLAND〜

(後編)



 二人の刑事たちに連れられ、小五郎たちはホテルの近くの喫茶店に入った。
「…それで、私に話と言うのは?」
 小五郎が言うと平野刑事が、
「実は今朝、新潟市内のマンションで男性の遺体が発見されたのですが…」
「ああ、そのニュースなら今朝、ホテルのTVで見ましたよ」
「それでしたら話は早いですね。実はですね、先ほどから重要参考人の男を警察に呼んで、
事情を聞いているんですが、その男がアリバイを主張してまして…」
「アリバイを、ですか?」
「ええ。何でもその男が『有名な探偵の毛利小五郎が自分のアリバイの証人になってくれ
ているはずだから話を聞いてみろ』と主張しましてねえ。あちこちのホテルに問い合わせ
てみたら、先ほどのビジネスホテルに同じ名前の人物が宿泊している事がわかりまして」
「…それで、あのホテルに?」
「そういうことになりますね。それで毛利さんにこれから署のほうでお話を伺おうかと思
いまして」
「…しかしねえ。昨日我々は佐渡ヶ島の観光に行ってたんですよ」
「ええ、存じ上げております。その件もありまして、佐渡のほうにも応援を頼んで、刑事
が一人、今こちらに向かっているんですよ」
「ほほお。…それで、その佐渡から来る刑事と言うのは?」
「今朝の1番のジェットフォイルで来ると言ってましたから、もうそろそろだと思うんで
すけどねえ…」
 そういいながら、平野刑事が腕時計を覗いた時、
「…平野さん、来たようですよ」
 山本刑事が言うと、一人の男が喫茶店に入ってきた。
「元気でしたか、平野さん」
 その男が小五郎たちが座っているテーブルに近づく。と、
「…誰かと思ったら森本さんですか」
 平野刑事が言う。
「いえいえ、こちらこそ」
「…お知り合いですか?」
 小五郎が聞く。と、
「ええ。結構佐渡で事件が起きたときなどにご一緒するんですよ」
 その森本と言う刑事は小五郎のほうを見ると、
「…ああ、やはり探偵の毛利小五郎さんでしたか」
「私の事を知ってるんですか」
「ええ、お話は色々と聞いておりますよ。…あ、申し遅れました。私は佐渡西警察署の森
本と申します」
「森本…? 何処かで聞いたような名前だな…」
 そう小五郎が言うと、
「…昨日、毛利さんが乗っておられた観光バスのバスガイド、実は私の娘なんですよ」
「え? あのバスガイドがお嬢さんだったんですか?」
「ええ。実は娘が今朝、TVのニュースで事件の事を知ったようで、署のほうに電話をか
けて来ましてねえ。『昨日のバスに探偵の毛利さんらしい人が乗っていたから話を聞いてみ
てくれないか』と言ってきたんですわ」
「ハハハ…」
 それを聞いて、思わずコナンが苦笑した。
「…それじゃ、森本さんも来られた事だし。署の方にいって見ますか。山本君、頼むよ」
    *
 新潟警察署。
「…それで、その容疑者とは?」
 小五郎が聞くと、
「あの男です」
 平野刑事が言う。
「あの男は…」
 マジックミラー越しにその男の顔を見たコナンたちは驚いてしまった。
 そう、その男こそ昨日コナンたちと一緒に佐渡ヶ島を観光していた桂木と名乗る男だっ
たのだ。

「…彼は桂木文彦と言いまして、被害者とは面識があったようですね」
 捜査課の応接室。小五郎たちと平野刑事、森本刑事の二人が向かい合って座っている。
「面識があった?」
「ええ。なんでも被害者からはかなりの額の借金があったようで、最近は返す、返さない
でもめていたようですね」
「…確かに動機としては十分ですな。…ところで平野さん」
「なんでしょうか?」
「…その、村田さんの死因、ってなんでしょうか?」
「ああ、そういえばまだ話してませんでしたね。…山本君」
 平野刑事は丁度茶を持ってきた山本刑事に捜査結果を話すように促した。
「…ええっと、確かですね…」
 5人の前に茶を置くと山本刑事が警察手帳を広げる。
「…村田さんの死因は警部圧迫による窒息死のようですね。首になにやらひも状のような
ものが巻きついていたあとが残ってました」
「発見者は?」
「隣に住んでいた住人ですね。昨夜遅くに外出先から帰ってきたら、被害者の部屋のドア
が半開きになっているのを発見して様子がおかしいと思って中を見てみたら、部屋の真ん
中で被害者が死んでいた、と言うことです」
「…となると、誰か出入りがあったのかな?」
「だと思うんですがねえ」
「…死亡推定時刻は?」
「昨日の12時から1時ごろの間ですね。目撃者も探したんですが、さっきも言ったとお
り、隣の住人は朝から出かけていたそうだし、休日で人通りも少なかった事もあってこれ
といった有力な証言もなかったんですよ」
「ふーん。…ところで、その桂木と言う男が重要参考人になったというのは?」
「先ほども言ったように被害者と桂木の間には借金がありましたし、被害者の爪の間から
なにやら皮膚のようなものが見つかったんですよ」
「皮膚?」
「ええ。おそらく激しく被害者も抵抗して、犯人の身体をを引っかいたものだと想像でき
るですが…。そして桂木の手からもなにやら引っかき傷のようなものがあったんですよ。
DNA鑑定の方は今やっている途中なんですが…」
「…それではヤツが犯人のようなものではないですか。どうしてアリバイを主張している
んですか?」
「それでちょっと毛利さんにお話が聞きたくて」
「私に、ですか?」
 すると今度は森本刑事が、
「娘から話を聞いたんですけど、昨日毛利さんと一緒にあの桂木と言う男も一緒のバスで
観光に参加していたそうですね」
「…え、ええ、確かに。あの桂木、って男は私も何度か見かけましたからね」
「…何かおかしな行動とかは見られませんでしたか?」
「いえ、特には…」
「そうですか」
「そうですか、って…」
「いや、もし桂木が犯人だとしたら、どうやって被害者を殺害したのでしょうか?」
「どうやって、って…?」
「被害者は新潟市で発見されたんでしょう? そしてその死亡推定時刻と思われる頃にそ
の容疑者は佐渡ヶ島で我々と一緒に観光をしていた…。一瞬にして佐渡ヶ島から新潟に移
動して犯行を行うなんていくらなんでも不可能でしょうが?」
「…確かにそうですが…」
「だとしたら容疑者は何らかの形で佐渡ヶ島から新潟に移動した、と考えるのが普通では
ないですか?」
「…確かにそうなんですが、、佐渡から新潟まではジェットフォイルでも1時間あまり、カ
ーフェリーだと2時間半もかかるんですよ」
 そのときだった。何かを思い出したように蘭が、
「…そういえばバスの中で聞いたけど、佐渡から新潟まで飛行機が飛んでましたよね?」
「無理ですな」
 森本刑事が一言でその言葉を否定した。
「無理、ってどういうことですか?」
「確かに佐渡から新潟までは1日4便が飛んでますし、飛行機なら25分で新潟まで行け
ます。しかし、丁度被害者の死亡推定時刻には新潟からも佐渡からも飛行機は飛んでいな
いし、先ほど佐渡から情報があって、桂木らしき男が乗っていた、と言う証言はなかった
そうですよ。それに飛行機で往復するだけで50分かかるんですよ。佐渡にいた容疑者が
新潟に渡って犯行を行い、また佐渡に戻ってくるまでどう少なく見積もっても1時間半か
ら2時間はかかるはずです。娘から聞いた話だと、あのツアーでそんなに見学時間を取っ
ている場所はないそうですな」
 確かにそうである。あのツアーで一番長く休憩を取っていたのは昼食をとっていた1時
間くらいである。あとは20〜30分程度で見学を終え、次の場所に向かっていたはずで
ある。
「それに、あの旅行ではバスが出発するたびにバスガイドさんが人数を確認していたはず
だよ」
 コナンが言うと森本刑事が、
「…確かにそうですな。娘から聞いた話ですけど、島内の観光に出発する際にはまずあら
かじめ名簿に書かれた乗客が乗っているかどうか点呼を取るそうだし、行く先々でも全員
が揃って初めて出発するそうですからな」
 コナンたちは昨日のバスの中で森本刑事の娘と言うバスガイドが点呼をとっていたのを
思い出した。
「…となると、途中で抜け出して新潟に向かって犯行を行なう、って事はあの人にはどう
しても無理、と言うことよね」
「…それじゃ、逆に被害者が佐渡で殺された、と言うのは?」
「勿論我々もそれを考えましたよ。毛利さんもご存知でしょう? ジェットフォイルに乗
る際には乗船名簿代わりにカードに氏名を書きますけど、調べてみたら被害者が乗ってい
た形跡がなかったんですよ」
 確かに昨日小五郎たちも佐渡へ向かう時と、新潟に戻る時にカードに氏名を書いて改札
の時に係員に渡したのを思い出した。
「…となると、あの男は犯人じゃない、と言うことになるんだろうか…?」
 そのときだった。携帯電話の着メロがあたりになった。
「…あ、失礼」
 そう言うと森本刑事は携帯電話を取り出した。
「…森本だが。…うん、うん。…わかった。そっちはそっちで捜査を続けてくれ。私もこ
っちがひと段落付いたらそっちへ戻る」
 そう言うと森本刑事は携帯電話を切る。
「…どうかしましたか?」
 平野刑事が聞く。
「…いや、今、佐渡のほうから連絡がありましてね。今回の事件と関係があるかどうかわ
からないのですが、佐渡市の運送会社に勤めている男が一人行方がわからなくなっている
らしいんですよ」
「行方がわからない?」
「ええ。昨日会社に出勤する、といって家を出たきり戻ってこないらしいんですよ。それ
で家族が捜索願を出したそうなんですがね」
「会社には出勤してたんですか?」
「いえ、会社の方には急用が出来た、といって昨日は休んでいるという話でしたよ」
「…なんですって?」
「署の方には捜査を続けろ、と言ったんですけどね」

(…待てよ…)
 そのとき、コナンの脳裏にはある考えが頭に浮かんだ。
(…もし、そうだとしたら…)
 そしてコナンの頭の中であるひとつの解答が思い浮かんだ。
(…そうか、だとしたら納得が行くな)
 そしてコナンは時計型麻酔銃を小五郎に向ける。
「…来た!」

「…どうしたんですか、毛利さん?」
 平野刑事が小五郎に聞く。
「…もしかして…」
 蘭が呟く。
「…ようやくわかりましたよ、この事件の謎が」
 物陰に隠れていたコナンが蝶ネクタイ型変声機で喋る。
「本当ですか?」
「ええ。私の考えによればやっぱり犯人は桂木ですよ」
「本当ですか?」
「ええ。私もどうしても桂木が佐渡ヶ島から新潟に移動する方法がわからなかったんです
が、結局はそれが盲点になっていたんです。ある一言が私に重大なヒントを与えてくれた
んですよ」
「重大なヒント?」
「ええ。森本刑事は先ほど『佐渡氏の運送会社の社員の一人の行方がわからなくなってい
る』と言いましたよね?」
「ええ、それがどうかしましたか?」
「よく考えてみればなあんだ、と思うトリックですよ。桂木が新潟まで移動して犯罪を行
なった、と考えるからわからなくなるんです。やっぱり死体に来てもらったんですよ」
「死体に来てもらう? …どういうことですか、毛利さん」
 平野刑事が聞く。
「桂木と被害者の村田さんの間には金銭の貸し借りを廻ってトラブルがあった。それが今
回の動機でしょう。そして桂木は前もって犯行当日に佐渡ヶ島に来るように村田さんに言
ってあった。犯行当日、桂木は現場で落ち合って村田さんを殺害する。丁度村田さんが死
んだと思われる12時半から1時半頃は我々の観光もちょうど昼食の時間だったから時間
は十分にあるはずです。そしてあらかじめ待機させてあった協力者――おそらくそれが行
方不明になっている運送会社の社員でしょう――に運ばせ新潟に戻った…。佐渡から新潟
まではカーフェリーも通ってますから死体を乗せて新潟に戻る事は十分に可能ですよ。桂
木か絞殺、と言う手段を取ったのも返り血を浴びたり、現場に血が落ちたりするのを防ぐ
為でしょう。そして死体を新潟に戻した桂木は何食わぬ顔で我々と一緒に観光を続け、死
体のほうは協力者に新潟のマンションまで運ばせて、遺体発見現場であるマンションに残
しておく…。合鍵はおそらく死体が持っていた合鍵を使ったんでしょう。普通外出する時
は鍵をかけてからでますからね。そしてこれはたまたまだったかもしれませんが、当日は
休日だったこともあって、マンションの隣の住人が朝から出かけていたから死体を運ぶと
ころも見られていなかったのが幸運だったでしょうな。もし隣の住人が見ていたとしても、
その運送会社の人物が協力者だとしたら、怪しまれる心配はないはずです」
「…じゃあ、ジェットフォイルの乗船名簿に名前がない、と言うのは?」
「それはおそらく偽名を使って乗り込んだんでしょうな。いくらジェットフォイルにこれ
から乗ると言っても、その乗客の身分照会をいちいちはしませんでしょう?」
「え、ええ。まあ」
「ですから仮に村田さんが偽名を使ってジェットフォイルに乗ったとしても、怪しまれる
可能性はないでしょうな。もしかしたら変装をして乗り込んだ可能性もある。その辺を知
らべて見れば何かわかるかもしれませんな」
「…わかりました。山本君、早速新潟港の方に捜査に言ってくれ」
「わかりました」
「じゃあ、私の佐渡の方に連絡してみます」
 そういうと森本刑事も部屋を出て行った。

 その後事件は急展開を迎えた。
 山本刑事が新潟港でなにやら帽子を深めにかぶりサングラスをかけた男がジェットフォ
イルに乗船した、と言う証言が取れ、一方の森本刑事の方もその行方不明になった運総会
社の男の写真を両津港周辺で見せて回ったところ、よく似た男がカーフェリーに乗船した、
と言う証言が取れた、と言う情報が佐渡西警察署の方から来た、と言う。

 そして翌日、行方不明になっていた佐渡市の運送会社の社員が石川県内に潜伏していた
ところを発見された。
 桂木はアリバイを主張し続けていたが、その社員が証言した事により、桂木もついに犯
行を自供せざるを得なかった。
    *
 そして数日後、毛利探偵事務所の上にある小五郎たちが住んでいる家の夕食時。
 小五郎が猪口に入った酒を飲み干す。
「か〜っ、美味え。こんな美味い酒飲んだのは久しぶりだぜ」
 小五郎は物凄く上機嫌だった。
 見るとテーブルの上には小五郎が佐渡で買うのを断念したはずの「四合しか入っていな
くて5000円の日本酒」が置いてあった。
 実は今日、探偵事務所に宅配便が届いたので中を見てみると、佐渡西警察署の森本刑事
からで「あくまでも個人なものですが」との前置きがしてあったが事件を解決してくれた
お礼に、という事でわざわざこの酒を贈ってきてくれたのだった。
 思いがけず目当ての酒を手に入れることができた小五郎は大喜びで、こうして飲んでい
る、と言うわけである。

「…ねえねえ、蘭ねーちゃん」
 コナンが話しかける。
「何、コナン君?」
「全くおじさんも現金だよね」
「本当よね。佐渡で『あんな高い酒買えるか!』なんて言ってたのにね」
「きっと貰ったお酒だからだよ」
「でもよかったんじゃない。これでお父さんも佐渡へ行った甲斐があった、というものよ」
「? なんか言ったか?」
「ん? なんでもない」
「そうか」
 そういうと小五郎はその酒に蓋をすると戸棚にしまい込み、冷蔵庫からビールを取り出
した。
「あら? お父さんもう飲まないの?」
「あったりめえだ。あんな高い酒、一気になんか飲めるか! これから暫く、少しずつ飲
んでいくんだよ!」

(…ハハハ、おっちゃんらしいや)

(おわり)

作者注・この作品で使用している画像は全て作者である「ともゆき」が
現地で撮影したものです。



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