佐渡―新潟瞬間移動の壁
〜CONAN IN SADO ISLAND〜

(前編)



「…永らくご乗船ありがとう御座いました。間もなく本船は両津港に到着いたします。お
降りの際にはお忘れ物のないように、また足元に注意してお降りくださいませ」
 新潟港を出発してジェットフォイルで1時間ちょっと。目の前に佐渡ヶ島・両津港が見
えてきた。
「? …そろそろ着くのか?」
 いままで船内で寝ていた毛利小五郎が目を覚まし、隣に座っていた娘の蘭に聞いた。
 何せこのジェットフォイルに乗るために、夜中に東京を出発し、ここまで一睡もせずに
レンタカーで関越自動車道を北上して新潟までやって来たのだ。乗っている間に睡魔も襲
ってくるであろう。実際、小五郎はジェットフォイルが新潟港を出発して間もなく高いび
きをかいていたのだから。
「…だそうよ。コナン君も荷物をまとめておいてね」
「うん」
 それを聞いた江戸川コナンが下船の準備を始める。
 周りに座っていた客も下船の準備を始めたようだ。
    *
 今回コナンたちが佐渡ヶ島を観光することになったのか、それは1ヶ月ほど前のこと、
たまたま小五郎たちが「毛利探偵事務所」の上にある自宅でTVを見ていたときだった。
 その日放送していたのはよくある紀行番組で、その日の放送では佐渡ヶ島を特集してい
たのだった。

 丁度番組では佐渡ヶ島のある酒蔵で女性タレントが酒作りをしている男性に話を聞いて
いるところだった。
「…と言うことは、今年は美味しいお酒ができたということですね?」

「…なんだって?」
 その話を来た小五郎の目の色が変わった。
 そして身を乗り出すようにTVをじっと眺める。
「ちょっと、お父さん!」
 蘭が言うがその声も耳には入っていないようだ。
 小五郎はじっとTVを凝視していた。

「では、一寸失礼して」
 そう言うとその女性タレントは猪口に入った日本酒を飲み干した。
「…本当、味がまろやかで美味しいですね」
「ええ、例年に無く今年は美味しいお酒が出来ましたよ。皆さんも佐渡にお越しの際には
是非、ウチの日本酒を味わって欲しいですね」
    *
 番組が終わったあとも小五郎はTVの前で何やら考え込んでいた。
…と、不意に、
「…行くぞ」
「え?」
「行く、って何処へ?」
 思わず蘭とコナンが聞き返す。
「だから佐渡へ行くんだよ!」
「佐渡?」
「ああ。あんな美味そうな酒、飲まずにいられるか! 佐渡に行って美味い酒、たらふく
呑みにいくぞ!」
(…ハハハ、おっちゃんらしいや)

 とまあ、少々動機は不純だったわけだが、それからホテルの予約や佐渡でのバス旅行で
の予約などをいろいろと済ませ、こうしてコナンたちは佐渡ヶ島へと向かっている、と言
うわけである。
 ちなみに翌日は新潟市内観光の予定を組んでいる。
     *
 そして両津港を出てすぐそばにある観光バス乗り場にやって来る3人。
「…確かこのへんに受付があったはずなんだけどなあ…」
 そういうと小五郎が辺りを見回す。
「…あ、お父さん、あれじゃない?」
 蘭が指差した方向には「佐渡ヶ島観光バス乗車受付」と書かれてある。
「…ちょっと待ってろ。手続き済ませてくるから」
 そういうと小五郎は受付に向かっていった。

「…結構開けてるんだなあ…」
 コナンは周辺を見て呟いた。
 新潟からジェットフォイルでも1時間以上、カーフェリーだと2時間半もかかる場所だ
からいろいろと不便な面があるのではないか、と考えていたのだが、それはまるで大違い。
ちょっと目には新潟市内と大して変わらないくらいである。これならわざわざ新潟市内に
行かなくとも大抵のものは島内で揃うのではないだろうか?
 コナンはそう思いながらあたりを見回す。…と、
「…ん?」
 ある一点でコナンの目が止まった。
 そう、ジャケットにサングラス姿の中年の男がコナンの視線の先に立っているのだ。
 観光客のようにも思えるがそれにしてはこれといった荷物も持っていない。
(…なんだ、あの男は?)

 そのときだった。
「…ほら、切符だ。あのバスに乗れってさ」
 そう言うと小五郎は既に停まっているバスを指差した。
「…コナン君、行くわよ」
「う、うん」
 コナンの思考はそこで中断してしまった。
 そして三人はバスに乗り込んだ。
 そして次々と他の乗客も観光バスに乗り込む。
 そして、コナンがさっき見かけたあのジャケットにサングラスの男もバスに乗り込んだ。
「あ…」
「…どうしたの、コナン君?」
「あ、いや、なんでもないよ」

 やがてバスは両津港前の乗り場を出発した。
    *
「本日は当観光バスをご利用いただきまして誠にありがとう御座います。本日皆様のお供
をさせていただきます、運転手は北村、バスガイドは私、森本と申します。どうかよろし
くお願いいたします」
 そういうとその森本と名乗ったバスガイドは挨拶をする。
「…早速ではありますが、本日のバスツアーに参加されているお客様の確認をするために
点呼を取らせていただきたいと思いますので、代表者の方は手を挙げてくださいね」
 そう言うとバスガイドは点呼をとり始めた。
「…え〜、そして毛利様、三名様ですね」
「あ、はい!」
 そう言うと小五郎が慌てて手を挙げる。
「…ありがとう御座いました」 
 そして何人かの点呼が終わったあと、
「…えー、桂木様。一名様ですね」
「…あの男じゃねえか…」
 コナンは手を上げた男を見て呟いた。
 そう、その男こそコナンが両津港で見たあのジャケットとサングラスの中年男だったの
だ。

 そしてバスは佐渡ヶ島の名所を回っていった。
 尖閣湾で乗った遊覧船で日本海の荒波にもまれ、佐渡金山で金の採掘が盛んだった遥か
昔の思いを馳せ、一行は昼食をとるために越の松原へとやってきた。
 そこにあるレストハウスで昼食をとったあと、
「コナン君、外に出よう」
「うん」
 蘭の誘いでコナンと小五郎は外に出て、浜辺に来ていた。

「晴れてて本当に気持ちがいいわね」
 蘭が伸びをしながら言う。
「…本当だな。しかし日本海、ってのは波が荒いなあ…」
 小五郎が言う。
「本当ね。これから冬に向かうから、ますます波が荒くなるわね」
 蘭が言う。
 そんな二人の会話を聞きながらコナンは浜辺を歩いていた。
 佐渡ヶ島は意外と気候が温暖で、新潟市と比べると冬も積雪が少ない、と言う話を聞い
たことがあるが、それでもやはり一度海が荒れるとなかなか新潟市との連絡も取れなくな
るであろう。そうなると、これだけ開けている、と言うのも納得が行く話ではあるが。

 そんな事を考えていると、
「…おや?」
 不意にコナンの足が止まった。
 あの、今回のバス旅行にひとりで参加している桂木と言う男が浜辺に立っていたのだ。
 よく見ると右手に携帯電話を持ってなにやら話をしているようだ。
(…何やってんだ? あの男は)
 別に携帯電話をかけるくらいならレストハウスの回りにいくらでもあるだろうに何でわ
ざわざこんなところに来て電話をかけているのだろうか?

 そのときだった。
「コナンくーん、何やってるのー?」
 蘭の声が聞こえた。
「なーに、蘭ねーちゃん?」
「そろそろ人形芝居が始まる、って言うから中に入るわよ!」
 そう言えば、ここで昼食をとった後、近くにあるリゾートホテルで人形芝居を見物する
事になっていたのをコナンは思い出した。
「う、うん。今行くよ!」
 そしてコナンは二人の下に駆け寄っていく。

 コナンたちが人形芝居が行なわれる、と言う部屋に入った頃、彼らと一緒にバス旅行を
している観光客達が既に何人か席に座っていた。
 コナンたちも空いている席を見つけて座る。
 そして程なく、その人形芝居の保存会の会員と名乗る人物の説明が始まったが、あの男
は中に入ってこなかった。
 そして、人形芝居が始まって間もなくの頃、あの男がそっと小屋の中に入ってきた。
 そして空いている席を見つけるとそこに座った。
(…一体何してたんだろう?)
 どうもコナンはあの桂木と言う男の行動が気になっていた。
    *
 そしてバス旅行は午後の観光が始まり、小五郎が今回の佐渡旅行を決断する事となった
真野地区へとやってきた。
「…はい、皆様。この真野地区は3つの蔵元が集まっているところから昭和58年、19
83年にミニ独立国『アルコール共和国』を宣言し、無料の利き酒体験や酒造見学を初め
としたさまざまなイベントが行なわれている場所でもあります。皆様の中にもね、お酒が
お好きと言う方も多いと思いますが、くれぐれも飲み過ぎないようにお気をつけてくださ
いませ」
 バスガイドの声に思わず苦笑する小五郎だった。

 そしてその真野地区のある酒造の見学を終わってコナンと蘭がバスに乗り込んだ。土産
でも買ったか、蘭は右手に袋をぶら下げていた。
「…あれ? おじさんは?」
「お酒買ってるんじゃないの?」
 そんな事を言っていて間もなく、何やらぶつくさ言いながら小五郎がバスに戻ってきた。
「…あれ? お父さん、お酒買わなかったの?」
 蘭が聞く。と、
「あたりめえだ! あのテレビでやってた酒ってのがなあ、四合(約720ml)しか入ってな
くって5000円もするヤツだったんだよ! そんな高い酒が買えるか!」
 それを聞いた蘭が思わずくすくす笑い出してしまう。
(ハハハ、結局佐渡まで来た意味なかったじゃねーか)
 コナンもそう思っていた。
「何がおかしいんだ?」
 そんな二人を見て小五郎が言う。
「ああ、ゴメンなさい、お父さん。そうだと思ってほら」
 と、蘭が袋を見せた。
「…なんだ、そりゃ?」
「日本酒が入っているっていうケーキとチョコを買っておいたわよ。ホテルで食べようね。
…あ、コナン君も食べられる、って言ってたわよ」
「…なんでえ、ブランデーケーキとウィスキーボンボンの酒が日本酒に変わっただけじゃ
ねーか」
「…ふーん。じゃあいらないわね」
「食うよ!」

 バスが発車してからも小五郎は何やらぶつくさ言っていたようだが、妙宣寺→大膳神社
と回り、ときの森公園に着いてトキの群れを見た頃には心も癒されたかいつもの小五郎に
戻っていた。

 そして最後の目的地である芸能とときの里を見た後、バス観光を終えて、両津港に戻っ
た頃には既に日が西に傾こうとしていた。
 帰りのジェットフォイルまで少し時間があったことから、コナンたちは待合室でジェッ
トフォイルの乗船時間が来るのを待っていた。

 コナンが何気なく辺りを見回したときだった。
(…あれ?)
 そう、その待合室に今朝からずっとコナンたちと共に佐渡ヶ島観光をしていた桂木と言
う男も座っていたのだった。
(…あの男も新潟に帰るのか…?)

 そんな事を考えているうち、ジェットフォイルの乗船が始まり、コナンたちはジェット
フォイルに乗り込んで新潟へと戻った。
    *
 新潟港に着いた時にはすっかり日も落ちて辺りは暗くなっていた。
 とりあえず食事にしよう、と言うことになり、施設の中にある食堂に入り、注文を通し
た。

(…なんか気になるんだよなあ…)
 料理が運ばれてくる間、隣で蘭と小五郎が観光してきた場所について話しているのも耳
に入らず、コナンはずっと考え込んでいた。
 あの桂木、と言うサングラスの男がどうも気になるのだ。
 勿論、これといっておかしな行動をしているわけでもなかったのだが、どうも気になっ
て仕方ないのだった。
「…コナン君、コナン君?」
 隣に座っている蘭が心配そうに話しかけてくる。
「な…、なに、蘭ねーちゃん?」
「どうしたのコナン君、朝からずーっと考え込んじゃって…。そんなに佐渡ヶ島の観光楽
しくなかった?」
「そ、そんな事ないよ。凄く楽しかったよ」
「そう、それならいいんだけど…」
    *
 そして翌朝の事だった。
 新潟市内のビジネスホテル。ホテルの中で朝食を済ませ、出発しようと3人が荷物をま
とめている時だった。
「…それでは次のニュースです。昨夜、新潟市内のマンションで男性の遺体が発見され、
警察では殺人事件と見て捜査を始めました」
 部屋の中のテレビがニュースを伝えていた。
「ふーん…」
 小五郎がいう。
「…この男性は市内に住む村田勝彦さん、36歳で村田さんは何者かによって首を絞めら
れた跡があり、警察では村田さんが何者かによって殺害されたと見ています」
「…全く、どこでもこんな事件ってあるんだな」
 そういうと小五郎はテレビのスイッチを切るのを合図にしたかのように三人はフロント
へチェックアウトに向かった。

「…チェックアウトお願いします」
 そして小五郎がキーをフロントに返したときだった。
「…失礼ですが」
 それまでフロントのテーブルに座っていた恰幅のいい男と痩身の男の二人組が小五郎に
近づき、恰幅のいい男が話しかけてきた。
「…なんでしょうか?」
 小五郎が聞く。
「…やっぱり。探偵の毛利小五郎さんですよね」
 痩身の男が言う。
「…私の事をご存知なんですか?」
「失礼致しました。我々は新潟警察署の者で平野と申します。こちらは山本刑事」
 そういうと平野と名乗った恰幅のいい刑事は警察手帳を見せた。
「…それで私に何の用でしょうか?」
「ええ。ちょっと毛利さんにお話が聞きたくて、先ほど新潟市に来たんですよ」
「お話?」
「はい。なんでしたら、そこの喫茶店で」
 そして小五郎たち三人はホテルの近くにある喫茶店へと向かった。


後編に続く>>

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