長崎バス旅行の謎
〜CONAN IN NAGASAKI〜

(後編)



「…被害者はここに住む大橋昭則さん。53歳。頸部圧迫による窒息死ですね。首にロー
プか何かで絞められたような跡が残ってました」
 現場検証をしていた鑑識課員が中本刑事に報告をする。
「…死亡推定時刻は?」
「ええっと…、詳しいことは調べてみないと判りませんが、死後5、6時間というところ
ですから午後1時から3時の間と思われますね」
「目撃者は?」
 中本刑事が部下であろう、若い刑事に聞く。
「今探しているところですが…。土曜日の午後ということもあってマンションにいる人が
少なかったんですよ」
「…つまり、目撃者は少なそうだな」
「そういうことになりますね」
「…ところで、第一発見者は?」
「…こちらの女性とこのマンションの管理人です」
 そして警官が一人の女性を連れてきた。
「あれ…?」
 その顔を見て「?」となる小五郎。
「…どうかしましたか?」
「いえ…、どこかでお会いしたことありませんでしたっけ?」
「そ…、そんなことないですよ」
「そうですか…? どこかで見たことがあるような気がするんですが…」
 それは小五郎だけではなかった。
 蘭もコナンもその第一発見者と言う女性にはどこかで会ったような気がしたのだ。

 そのときだった。
「…大橋さんが死んだ、って本当なの?」
 一人の女性が部屋の中に入ってきた。
 その女性の顔を見た瞬間、
「あーっ!」
 そこにいた全員が素っ頓狂な声を上げた。
「あんた、昼のバスガイド!」
 そう、入ってきた女性は昼に小五郎たちが乗ったバスでバスガイドをしていた高村恵美
子だったのだ。
 そして、第一発見者の女性は髪形をショートカットにしている、という違いこそあれ、
その顔は高村恵美子に丸っきりそっくりだったのだ。
 その高村恵美子も小五郎たちに気づいたようで、
「あ、もしかして昼のバスに乗っておられた方…、ですよね?」
「ええ、そうですが」
「もしかして刑事さん…、だったんですか?」
「いえ、私はこの、中本刑事の大学時代の友人で毛利と申す者です。東京で探偵をやって
るんですよ」
「もしかして…、あの毛利さんですか?」
「…私を知ってるんですか?」
「ええ。名前は聞いたことが。…それより、奈美ちゃん、いったいどうしたの?」
「いえ、その、姉さん。実は警察の人に事情聴取されてて…」
「『姉さん』? 『奈美ちゃん』? …ってことはあんたたちは…?」
「あ、申し遅れました。…私、高村奈美子って言って、高村恵美子の双子の妹なんです」
 高村奈美子と名乗ったその女性はそうして小五郎に挨拶した。確かに双子と言われれば
納得できるものではある。
「双子か…。道理でそっくりなわけだ。で、あんたもバスガイドを?」
「いえ、私は普通のOLです。今日は土曜日で職場が休みなんですよ」
「それで、被害者とはどういうご関係なんですか?」
「いえ、以前からの知り合いというだけで…」
 高村奈美子が言う。
「それで発見した状況というのは?」
「いえ…、私、この近くのアパートに住んでるんですけど、今日ちょっと大橋さんとお話
しすることがあって来てみたんです。それが5時ごろであったと思うんですが…。この時
間には確実にいる、って言ったのに何回呼び鈴押しても返事がなくって、そこで管理人さ
んを呼んでマスターキーで開けてもらったら…」
「死体があった…、とこういうわけですね」
 それを聞いて高村奈美子が頷く。
「ところで中本。この被害者ってどういう人物なんだ?」
 小五郎が聞く。
「どういう、って言われてもなあ…。この長崎市内では割と有名な経営者で、長崎市内を
歩いていれば大橋昭則経営の店や会社がいくつも見つかる、って言われてくらいだぜ。た
だ…」
「ただ?」
「その経営の仕方、ってかなり強引なところがあって、それで敵を作りすぎた、って話も
あるんだ」
「…実はウチの社長も困ってたところがあったんですよね」
「困ってた? …そりゃまたどういうことですか?」
 小五郎が高村恵美子に聞いた。
「いえ、こういうこと言っていいのかどうか分からないんですけど…。大橋さんはウチの
会社の株も何%か持ってるんですよ。そのせいかどうかわからないんですけど、ウチの経
営の仕方にも事あるごとに口を出してきて…」
「…成程。部外者には口を出して欲しくない、ってことですな」
「ええ、そういうことになるんですが…。たださっきも言ったようにウチの会社の株主の
一人でもあるし、無下には扱えないんですよね。ウチの会社以外の人からもそういう話を
聞いたことがあるし…。もしかしたら大橋さん、それで何らかの形で恨みを持つ誰かにロ
ープで首を絞められて殺されたんじゃないか、と思うんですが…」
    *
 そのとき、誰かの携帯電話の着メロが鳴る音がした。
「…あ、私だ。一寸ごめんなさいね」
 そして高村奈美子が黄色のストラップがついた携帯電話を取り出した。
 そして部屋の隅に行くと、
「はい、高村です。…あ、係長。いえ。実は急用で…」
 どうやら勤め先の上司からの電話のようだった。

「…何の用だったんですか?」
 電話を終えた後に、小五郎が聞いた。
「いえ、なんでもないです。普通の用事ですよ」

(…あれ? そう言えばあの時…)
 コナンは「あること」が心の中で引っかかった。
(…となるとあれをどう説明したら…)
 コナンの頭の中がめまぐるしく回転した。
(待てよ。もしかしたら…)
 コナンは今回の事件を解くある一つの可能性に気づいた。
(でも、まだこれだけじゃ断言できないな…。そうか! アレだったらわかるかもしれな
いな)
 そしてコナンは高村恵美子に近づくと、
「…ねえ、お姉さん」
「あら、確かコナン君…とかいったわね。どうしたの?」
「お姉さん、今日バスの中で永井隆博士の映画について話したでしょ?」
「え、ええ。そう言えばしたわね」
「あの映画っていつ頃公開されたの? ボク、見たこと無いんだけど…」
「ああ、そうね。公開されたのはコナン君が生まれるずっと前だものね。今から50年以
上前の昭和25年に大庭秀雄監督で公開された作品なのよ。でもどうかな? コナン君に
は難しい内容かもしれないわよ」
「うん、わかったよ。ありがとう」
 コナンの頭の中にある考えが思い浮かんだ。
(…そうか。読めたぜ、この事件! あとは…、と)
 そしてコナンは小五郎に時計型麻酔銃を向けた。

 不意にガタッ、と音がした。
 見ると小五郎が椅子にもたれかかって座っていた。
「…? どうしたんだ、毛利?」
 中本刑事が聞く。
「…わかったんだよ、中本。この事件の真相が」
「何だって?」
「今回の事件のアリバイはあるトリックを使えば簡単に出来るんだ」
「あるトリックだと? …一体なんだ、それは?」
「ああ、オレの考えによると、このトリックが使えるのはこの中でただ一人しかいないん
だ。…そうですよね。高村恵美子さん!」

「…ちょ、ちょっと待ってくださいよ、毛利さん。毛利さんはご存知でしょう? 私はあ
なた方が乗っていたバスにバスガイドとして乗り込んでいたんですよ。立派なアリバイが
あるじゃないですか。そんな私が犯人なんて…」
 高村恵美子が言った。
「確かにあなたは我々が乗っていたバスにバスガイドとして乗り込んでいました。しかし、
そのアリバイトリックはある協力者がいれば、簡単に作れるんですよ」
「その協力者って?」
 中本刑事が聞く。
「恵美子さんの妹の奈美子さん、あなたですよ!」
 その声を聞き、そこにいた全員の目が高村奈美子に注がれた。
「奈美子さんが…?」
「…今回の事件、あなた方は双子だということを利用してこのトリックを思いついたんで
すよ。まず、出発の時点で恵美子さんがバスガイドとして乗り込んだ。そして原爆資料館
に着いたときにあらかじめ待ち合わせておいた場所でかつらをかぶり、バスガイドの服を
着た奈美子さんと交代する。そして原爆資料館からは奈美子さんがバスに乗り、恵美子さ
んのふりをして我々のガイドをし、その間に恵美子さんは現場に行き犯行を行う。そして
犯行を終えた恵美子さんは孔子廟に先回りして我々のバスを待つ。そして孔子廟にバスが
到着し、我々が孔子廟を見物している間に再び奈美子さんと入れ替わってバスに戻る。後
はバスが長崎駅前に到着してツアーが終わるまでガイドをやる、とこういう風になるわけ
です」
「…毛利さん、確かに毛利さんのおっしゃるトリックが出来るのは双子の妹がいる私だけ
ですよ。だからと言って私ばかりか何の関係もない奈美ちゃんまでも犯人扱いするなんて
…。毛利さん、もし私が犯人だというなら何か証拠があるんですか?」
「ええ。あなたが犯人だ、という証拠は3つありますよ」
「3つ?」
「ええ。まず一つはバス旅行中にあなたに頻繁に電話が掛かってきて『仕事中は電話をし
ないで欲しい』みたいな事を言ってましたよね」
「それがどうかしましたか?」
「確か原爆資料館で掛かってきたときはあなたの持っていた携帯電話は赤いストラップが
ついていた。しかし、孔子廟に着いたとき、あなたが持っていた携帯電話は黄色いストラ
ップがついていたんですよ。そしてグラバー園から帰るときはまた、あなたの持っていた
携帯電話には赤いストラップが着いていた…。いくらなんでも同一人物が2つも携帯電話
を持つ必要は無いでしょう? …もしかしたらあなた方はあれで連絡を取り合ってたんじ
ゃないですか?」
「…それが、毛利さんの言う私が犯人、だと言う証拠なんですか?」
「言ったはずですよ。あなたが犯人だという証拠は3つある、と。2つ目の証拠ですが、
あなたの言ったことに対してですよ」
「私が言ったこと?」
「…あなたにコナンが聞いたそうですね。バスの中で話した映画の事を」
「え、ええ」
「コナンはこう聞いたそうですね。『お姉さんの話していた映画っていつ頃公開されたの
か』と。それに対してあなたはこう答えたそうですね。『昭和25年に大庭秀雄監督で公開
された作品』って」
「それがどうか…、まさか!」
「…ようやく気づいたようですね。バスの中で我々が聞いた話は『永井隆博士が執筆した
手記をもとに映画「この子を残して」が製作された』と言うことですよ。しかし、映画『こ
の子を残して』は昭和58年に木下恵介監督で公開された作品なんですよ。あなたの言っ
ていた『昭和25年に大庭秀雄監督で公開された作品』は同じ永井隆博士原作の作品です
が『長崎の鐘』ですよ!」
「…」
「恵美子さん。おそらく、あなたはいつもバスの中で如己堂を説明するときにその、映画
『長崎の鐘』を引き合いに出すのでしょう。そこでコナンが聞いたときにもその『長崎の
鐘』の事を聞いてる、と思い込んで『昭和25年に大庭秀雄監督で公開された作品』と答
えてしまった…。しかしバスの中の話は『この子を残して』の方だった。確かに両方とも
長崎の原爆を扱った映画で有名な作品ですが、バスガイドであるあなたが公開時期に30
年もの開きがある作品のタイトルを間違えるはずが無いでしょう。これはどういうこと
か? そのときにバスの中に乗っていたのはあなたではなかった、と言うことですよ」
「…」
「それともう一つ。あなたはご自分で無意識のうちに犯人だということを白状してるんで
すよ」
「どういうことですか?」
「あなたこんなこと言ってませんでしたか? 『もしかしたら大橋さん、それで何らかの
形で恨みを持つ誰かにロープで首を絞められて殺されたんじゃないか』と。私も中本も犯
行方法については一言も言ってませんがね。何であなたが大橋さんがロープで首を絞めら
れて殺された、と知っているんですか? それはつまり、あなたが大橋さんを殺害し、無
意識の内に『ロープで首を絞めた』と言ってしまったんですよ」
「…」
 そして中本刑事が、
「…恵美子さん。失礼ですが、毛利の言ってることが本当かどうか、あなたの携帯電話を
見せていただけませんか?」
 その場にいた全員が一斉に高村恵美子に注目した。
 彼女はセカンドバッグのファスナーを開けると、中から携帯電話を取り出した。
 予想通り、彼女の持っていた携帯電話は昼にコナンたちが見たように赤いストラップが
ついていた。
「…恵美子さん。毛利が言った通り…」
「…そうですよ、私が実行犯です。そして奈美ちゃんは私が犯行を行ってる間に私に変装
してバスに乗ってもらってたんです」
「…なんで、そんなことを」
「…あの男が許せなかったのよ」
「許せなかった?」
「…私たちの母親は私たちが小さいときに亡くなって、それからは私たちはお父さんに育
てられたの。…男手一つで大変だったかもしれない。でも、お父さんは少しもそういった
ところを見せずに私たちを育ててくれた。高校を出て就職して、今度は私たちでお父さん
に楽させてあげようと思った頃だった…。お父さんが死んだのは」
「何だって?」
「丁度去年の今頃だった。私は社員寮に入ってたし、奈美ちゃんもお父さんのところを離
れて一人暮らしをしていたんだけど、お父さんの様子を見に行った奈美ちゃんから連絡が
あったのよ。『お父さんが自殺した』って…」
「自殺?」
「最初は理由が分からなかった。お父さんが自殺する理由なんてどこにもなかったもの。
でも、調べているうちにだんだん分かってきたの。お父さんが自殺した理由は大橋にある、
ってね」
「被害者に?」
「そう、お父さん、大橋にお金借りてたのよ。それがいつの間にかとんでもない額にまで
なっていて…、とうとうお父さん、首が回らなくなって自殺しちゃったのよ!」
「…それだけの理由で、か?」
「…それだけじゃないわ。さっきも言ったでしょ? 『私が勤めているバス会社の経営に
まで口を出してきた』って…。それを聞いたとき我慢できなかった。お父さんをあんな目
に遭わせた男の言いなりになるなんてもう真っ平ごめんだわ! …最初にこの計画を奈美
ちゃんに話したとき、奈美ちゃんはもちろん驚いたわ。でも、奈美ちゃんも最後は分かっ
てくれた。だって私のお父さんは奈美ちゃんにとってもたった一人のお父さんだったから
ね。だから…だから…」
「…もういいよ、姉さん」
 さっきからずっと黙っていた高村奈美子が口を開いた。
「奈美ちゃん…」
「こんなことになるのは判りきってたことだし、こんなことしたってもうお父さんは帰っ
てこないのよ。こんな事したって虚しいだけだよ…」
「奈美ちゃん…」
 そして双子の姉妹は抱き合って静かに泣き始めた。
    *
 そして小五郎たちが帰京する日。
 わざわざ中本刑事が小五郎たちを長崎空港まで見送りに来た。
「…すまないな、毛利。あんな事件に巻き込んだりして」
「いやいや、お前の頼みとあっては断るわけにも行かないからな。それに次の日からは何
もなくてよかったよ」
「またなんかの機会に東京に行く事があるかもしれないけど、その時はまたよろしくな」
「ああ、こちらこそ。そのときはこの『眠りの小五郎』に任せろ」
「ああ、当てにしてるぞ」
「それじゃな」

 そして搭乗手続きをするためにカウンターに向かおうとしたときだった。
「おわっ!」
 何かに躓いたか小五郎が思い切りひっくり返る。
 そして両手に持っていたお土産品をそこらにぶちまけた。
(…やれやれ、一寸カッコつけるとすぐこれだ)

(おわり)



※この作品を書くに当たり、青山剛昌・原案/太田勝と江古田探偵団・画「名探偵コナン
特別編」第7巻(小学館てんとう虫コミックス)をはじめとして長崎原爆資料館やグラバ
ー園、長崎バス観光株式会社等で発行されている小冊子を参考にさせていただきました。
尚、この作品はフィクションであり、登場する人物、団体名等はすべて架空のものです。
(作者より)


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