長崎バス旅行の謎
〜CONAN IN NAGASAKI〜

(前編)



「ねえ、コナン君。明日から長崎に行くんだって?」
 帝丹小学校の昼休み。吉田歩美が江戸川コナンに話しかけた。
「うん」
「長崎ですか…。何でまた長崎に行くことになったんですか?」
 円谷光彦が聞く。
「うん。なんでもおじさんの大学時代の友達で今は長崎県警に勤めている、って刑事さん
が出張で警視庁に来た帰りに事務所に寄って、おじさんに『遊びに来ないか』って言った
んだって。それで話が進んで明日からの3連休に行くことになったんだ」
「長崎か…、いーなー。長崎って言ったらちゃんぽんだろ、皿うどんだろ、それにカステ
ラだろ…。あー、食いてーなー」
 小嶋元太が言う。
(…おいおい、オメーの頭の中には食うことしか詰まってねえのか?)
 と、コナンがそう思ったときだった。
「…そうね。本場の長崎ちゃんぽんは私も食べてみたいわね」
 コナンの脇で声が聞こえた。
「え?」
 その声のした方向を見ると灰原哀が意味深な微笑を浮かべていた。
(…コイツ、オレが考えてたことわかったのか?)
     *
 そして翌日の10時少し前。
 朝8時前に羽田空港を発った旅客機が長崎空港に到着した。
 そしてゲートを出たとき、
「よう、毛利!」
 一人の男が小五郎に近づいてきた。
「よお、中本!」
 そう言って小五郎が近づく。
「よく来てくれたな」
「いやいや、今回のことは娘たちも喜んでるよ。蘭、知ってるだろう? この人はオレの
大学時代の友人で今は長崎県警に勤めている…」
「中本義史です。よろしくお願いします」
 そう言うとその中本と言う刑事は小五郎たちに挨拶をした。
「そしてこっちが…」
「ああ。蘭さんにコナン君…、ですよね?」
「ああ。…それよりどうしたんだ、今日は? 迎えなんかに来て大丈夫なのか?」
「大丈夫、ちょっと抜けてきたんだ。おまえの事は県警の方でも話題になっててな。お前
を迎えに行く、って言ったら喜んで迎えに行って来い、って」
「ははは、そうかそうか!」
(…おいおい、誰のおかげでここまで有名になったと思ってるんだ?)
 さも自分のことのように自慢する小五郎にコナンがそう思ったときだった。
「…それより、ここで立ち話もなんだから、車持ってくるから待ってろよ」
     *
 そして中本刑事の運転で1時間ほど車を走らせてコナンたちは長崎駅前にやってきた。
 まずはホテルでチェックインを済ませると、長崎駅前にやってくる。
「…長崎を案内しようと思って色々考えたんだけど、結局一番これが手っ取り早いだろう
と思ってな。定期観光バスで長崎の名所を回るツアーがあるから、これからそれに乗って
もらうことにするよ」
「わざわざ悪いな」
「なあに。滅多にこんなところなんて来れないだろ?」

 そして受付で手続きを済ませて、12時長崎駅前発のバスに乗ることになった。
「じゃあ、行ってくるから」
「ああ、気をつけて。それじゃ、オレは県警に戻るけど、何かあったら連絡をくれ。それ
と、明日休暇貰ったから、どこか行きたいところあったら連れてってやるぜ」
「ほんとに悪いな」
 そして中本刑事の乗った車は長崎駅前を離れていった。
 それを見送ったコナンたちは観光バスに乗り込んだ。
    *
 12時丁度、長崎駅前を観光バスは出発した。
 乗客の入りは7割程度と言ったところだろうか。
 
「…本日は当観光バスを御利用頂きまして誠にありがとうございます。4時間ほどの短い
時間ですが、皆様のお相手をさせていただきます運転手は広田、ガイドは私、高村恵美子
が勤めさせていただきます。どうかよろしくお願いします」
 そして髪を肩の辺りまで延ばしている高村恵美子と名乗ったバスガイドは軽く会釈をし
た。
    *
「…まずは皆さんに原爆資料館を見ていただきたいと思います。皆様ご存知の通り、広島
に原爆が投下された3日後の昭和20年8月9日午前11時2分、世界で2例目となる原
爆がこの長崎に投下されました…」
 バスガイドが説明を始めた。
 それを聞いているうちにバスは原爆資料館の前に到着した。
「はい、それで原爆資料館に到着いたしましたのでみなさんはお降りの準備をして下さい。
貴重品等はご自分で管理するよう御願いいたしますね」
 そして乗客たちはバスを次々と降りていった。
 そしてバスガイドの案内で原爆資料館内に設置されたスロープを降りていく。

「…それでは、ここの出発は12時50分になりますので遅れないようにお願いします」
 そのとき、不意にどこからか携帯電話の着メロらしきものが聞こえてきた。
 何事か、とそこにいた人々が見回す。
「あ、私の携帯だったわ。お仕事の間は電話しないで、って言ってるのに…」
 そう言うと、バスガイドの高村恵美子がポケットから赤いストラップのついた携帯電話
を取り出した。
「コナン君、行こう」
 しばらくその様子を見ていたコナンは蘭の言葉に頷くと資料館の中に入っていった。
    *
 原爆が投下された午前11時2分で止まっている柱時計、原爆の熱風でひん曲がった鉄
骨、高熱のために溶けてしまいほとんど原形をとどめていないガラス瓶、被爆していた人
が着用していた、と言う服…。話には聞いていたが、こうして資料館に展示されている現
物を見ると原爆の恐ろしさが改めてわかるような気がする。そしてそれからまだ60年し
か経っていない、と言うことも…。
 資料館を出た後に平和公園に行き、これまたTVなどでよく見る、長崎市のシンボルと
でも言うべき平和祈念像を見て、今こうして観光が出来るということは平和なことであり、
そしてその平和をいつまでも壊してはいけない、と改めてコナンたちは思ったのである。

 そして自らも被爆し、長崎で著作活動を続けた、と言う永井隆博士が住んでいた如己堂
(にょこどう)を車窓から眺めた。
「はい、皆様。左手の方をご覧くださいませ。左手に見えますのが如己堂でございます。
この如己堂は自らも被爆しながらその体験を数々の手記にまとめられ、後に長崎市名誉市
民となられた永井隆博士がその執筆活動を行っていた住居でございます。後に、永井博士
の手記をもとにした映画『この子を残して』が製作されており、現在はすぐ隣に『長崎市
永井隆記念館』が作られております」
 そしてバスガイドが説明をする。
(…そういえば中学のとき、体育館で『この子を残して』見せられたな…)
 コナン=新一はそう思いながら目の前に見えてきた浦上天主堂を見る。
 ここに限らず長崎と言うところはこういった名所が街中にひょっこりと立っているのが
意外に思えたが…。
     *
 そして思案橋やめがね橋といった名所を車窓から眺めたあと、一行は出島へと到着した。
 ここも30分の見学時間があり、コナンたちは復元された出島に立っていた、という建
造物を見学した。

 その後新地中華街とオランダ坂を車窓から眺めた後、孔子廟に到着した。
「この孔子廟に置かれている石像や孔子像はすべて中国から取り寄せられたもので、ここ
に展示されている文化財もすべて故宮博物館や中国歴史博物館といったところから提供さ
れているものです。それではここは14時45分出発となりますので遅れないようにお願
いしますね」
 そして観光客は中へと入っていった。

 そのときだった。
 またもやどこからか携帯電話の着メロの音がした。
「あれ…、この着メロ、お姉さんのじゃないの?」
 コナンがバスガイドに言う。
「あ、本当ね」
 そう言いながら彼女は黄色いストラップのついた携帯電話を取り出す。
「…そう言えばさっきも掛かってきたよね?」
「…本当ね。お仕事の間はかけてこないで、って行ってるのに」
 そして彼女は他の観光客の迷惑になると思ったのだろうか、その場を離れていった。
    *
 そして観光バスはこの旅行の最後の見学地である、日本最古の木造ゴシック建築様式で
国宝に指定されている大浦天主堂とそのそばにあり(実際歩いていける)明治時代初期、
開国間もない日本の近代化に貢献した、と言うイギリス人、トーマス・ブレーク・グラバ
ーが住んでいた、と言うグラバー園へと向かった。
    *
 そして一行は大浦天主堂を見物した後にグラバー園へと続く階段を上っていった。
「はい、それでは、このパンフレットをお渡しいたしますので、ここで解散といたします。
ここは3時に出発いたしますので、皆さん遅れないでくださいね」
 そしてバスガイドは下へと降りていった。

「…何見てるの、蘭ねーちゃん」
 グラバー邸前にある庭から浦上方面を眺めていた蘭にコナンが聞く。
「ん? あのあたりにさっき見た原爆資料館があるんだなあ、って。なんだかこう見ると
長崎、って箱庭みたいだよね」
「そうだね。東京じゃこういう景色まず見られないもんね」
「こんなところに60年前に原爆が落ちたなんて…、なんだかまだ信じられないな」
    *
「お帰りなさい」
 グラバー園見物を終え、観光バスに戻るとバスガイドが出迎えていた。

 そして観光バスに乗客が乗り込んだときだった。
「…?」
 一瞬バスガイドの動きが止まった。
 何事か、とコナンが見てみるとバスガイドがポケットから赤いストラップのついた携帯
電話を取り出した。
「…どうしたの? お姉さん」
 コナンが聞く。
「ん? …お姉さんにメールが来てたの」
「今日はよくお姉さんに掛かってくるね。これで3度目だよ」
「…本当ね。お仕事中は電話をかけないで、って言ってるのに…」
 そう言うと彼女は乗客を確認し、全員が乗り込んでいるのを確認するとバスの発車を運
転手に頼んだ。
     *
「…本日は当観光バスをご利用頂き誠に有難う御座いました。またのご利用を心からお待
ちしております。お降りの際にはお忘れ物のないように御支度の程、よろしくお願いいた
します」
 バスガイドのアナウンスがし、約4時間に及ぶ長崎観光ツアーもまもなく終わろうとし
ていた。
 そして長崎駅にバスが到着し、乗客たちが降りていった。
「…お父さん、どうするの?」
 蘭が小五郎に聞く。
「…そうだな。晩飯までには時間があるし、みんなへの土産でも買っていったらどうだ?」
「そうだね。そうしようよ」
 そして小五郎たちは長崎駅ビルの中に入っていった。
     *
 そして夜7時過ぎ。小五郎たちがホテルに戻ってくる。
「美味しかったね、コナン君。長崎ちゃんぽん」
「うん。皿うどんも美味しかったね」
「そうかそうか、それはよかったな。やっぱり本場は違うな」
 3人とも満足げな表情でホテルに入り、フロントに来たたときだった。
「…905号室」
「…905…、あ、もしかして毛利様ですか?」
 フロントが言う。
「そうですが?」
「先ほど長崎県警の中本様、と言う方からお電話がありまして。戻ってきたらこちらに連
絡するように、とのことです」
 そしてフロントが小五郎にメモを渡した。

 小五郎がメモに書かれた番号を元に電話を掛ける。
「…もしもし。…あ、中本か。連絡貰ったよ。どうした? …何だって? うん、わかっ
た。すぐに来てくれ」

 それから十数分して長崎県警のパトカーがホテルの前に到着した。
「…なんか事件が起こったそうだが、どういうことなんだ、中本?」
「話はこの中でするから、とにかく乗ってくれ!」
 そして小五郎たちが乗り込むと、パトカーは出発した。

「…で、事件、ってなんだ?」
「ああ、それか。さっき通報があってな。どうもコロシらしいんだ」
「…で、何でオレなんかを呼んだんだ?」
「いや、『眠りの小五郎』と言ったら県警でも有名だからな。お前の知恵を借りようと思っ
て呼んだんだ」
「そうか! このオレが来たからにゃもうこの事件は解決したも同然だな!」
(…おいおい、これまで解決してきたのは誰だと思ってんだ?)
     *
 現場は長崎市の中心部にあるマンションの一室だった。

「とにかく中に入ってくれ。詳しいことは中で話す」
 そして中本刑事に連れられ小五郎たちは中に入っていった。


後編に続く>>

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